あらすじ④
文字数 1,156文字
「しょんないやつらだに」
練習後コーチが四人を連れてきた先はひすい市の繁華街にあるジャズクラブ「レッドポピー」。体重100キロはあるママとハグ、キスを交わすコーチ。そしてカウンターでグラスを傾けていたのは監督。グラウンドでの険悪な雰囲気とはうってかわり、上機嫌で監督のハゲ頭を叩くコーチ。ジャージのままステージに立つとしっとりと一曲、ひすい市歌を歌い上げる。
「みどり、あーたも歌いな」
ステージ袖から空色のエプロンドレスに薄化粧を施したみどりが登場。同じ歌を、初めて聴いたにも関わらず、よどみなく歌う。
「偉大なストライカーには共通点がある、記憶力の良さだ。このボールの流れと人の配置ならどこにいればシュートを打てるか、膨大なデータベースの中から一瞬で弾き出せるんだ」
コーチがみどりの過去を話し始める。ひすい市から200キロ離れた街、神崎にある児童養護施設に捨てられていたこと。名前すらわからず街の名前と緑色にこだわることから神崎みどりと名前がつけられたこと。ほとんどしゃべれなかったこと。なのにすぐ暴れたこと。テレビに映る緑色のピッチを食い入るように見ていたこと。寄付されたサッカーボールだけが友達だったこと。サッカーを始めても誰もパスをくれなかったこと。だからボールがこぼれ出る場所に走るようになったこと。いくら点を取っても何を考えてるか理解されず次々とチームを変えるしかなかったこと。だから動画ではユニフォームの色が次々と変わったこと。そして本人はそれが虹のようできれいだと喜んでいたこと。
「そんで明日、あいつはまたサヨナラするだに。 悲しいとも思わんでね。最後に見せるあんたらがバラバラのあんたらでいいら?」
まあまあ、とコーチをなだめるママ。三人を控室に連れて行き、タキシードに着替えさせ鉄にギター、SOにベース、レオにドラムスティックを持たせる。もちろん三人とも楽器には触れたこともない。
「心配せんでもうちの店にはどすごいピアニストがおるでね」
そう言うと純白のドレスに身を包んだショートカットの女性がグランドピアノの前でおじぎする。白魚のような指で弾いたイントロには聞き覚えが。「虹の彼方に」試合中にみどりが子守唄のように歌っている曲だ。歌声とピアノに合わせて当て振りする三人。
その歌詞を、みどりが飛ばす。やはり緊張していたのだ。いたたまれなくなったみどりが叫ぶ寸前、ピアニストが続きを歌う。一緒に歌う三人。歌詞がわからなくてもハミングする。
ステージを下り、フォローしてくれたピアニストに礼を言う。
「何、他人みたいに」
ウィッグを外すピアニスト。あをいだった。