有給休暇の取得

文字数 2,632文字

たぬきち、ちょっと来い
あ、はい
 昼休み。


 食堂でカツカレーを食べていた僕は、上司さんに小会議室へと呼び出された。


 昼休みだろうと呼び出してくる上司さんに怒り半分、何がバレたのかと不安が半分の複雑な心境で上司さんの言葉を待つ。

……これはなんだ?
へ? 有給の届けですが?
 見せられたのは有給の申請届け。


 そこには五日分の有給の申請の旨が記されている。

五日間は取りすぎだろ。何するんだ?
私用です
旅行か?
……プライベートなので
 聞くんじゃねえよ。


 そう言葉に込めながら言葉を返す。

お前が休んでる間、誰がお前の仕事をすると思う?
他の方……ですかね
そうだ。俺を含めて全員がお前のせいで苦労するんだぞ?
はあ……
だから俺達にはお前の有給の理由を聞く権利があると思わないか?
思います(思いません)
じゃあ、言え
母が(五年前に)倒れまして、お見舞いに行こうかと……
 母親をだしにするのは気が引けるが、仕方ない。


 実際、実家にも帰る事だしセーフだろう。

それは通常の休みにでも行けばいいんじゃないのか?
それが、通常の休みの際は別の用事がありまして……
なんだ?
……取引先の方とバスケットボールの試合が……
 リーグ戦参加のテストマッチがあるのだ。これに参加しないわけにはいかない。今後、練習に行きにくくなるのもあるが、審判できる人間が少ないと落とされる可能性がある。
ふーん……母親よりバスケットか……
だから、こうやって有給の申請をしているじゃないですか
とにかく! 五日間は駄目。長すぎ
 そう言うと、上司さんは小会議室の扉に手をかけた。





◆◇◆



 はい! おはようこんにちわこんばんわ!


 はじめまして! たぬきちと申します! 皆さん忙しい時期だと有給は中々取りにくいですよね!


 え……? ウチはホワイトだから提出するだけ? 理由も聞かれない……?



 …………。


 ……帰れよ。


 おら! 定時だぞ! 帰れよ! このホワイト野郎!



 ……っと、少し取り乱してしまいましたね。ホワイトの方はお帰りくださいませ、この野郎。


 あ、人種じゃないですよ? 念のため。


 そして学生の皆さんもこんな物読まず、勉強や部活、友人らと語り合い、コミュニケーション能力を高めましょう。


 何といっても社会で一番必要な能力は……そう、愛想笑いです。


 これの熟練度で昇進と昇給が決まります。


 ちなみに僕は……ニヤァ…ハッ!


 ええ。下手くそすぎてバイト時代に何度かお客様と先輩にガチ切れされました。不気味にニヤァと笑って、短く馬鹿にしているかのようなハッ! と笑ってしまうのです。


 ハが続かないのですよ。無理やり続けると下手くそなミッ○ーの物真似になる訳です。


 っと、話が逸れてしまいましたね。そういうわけなので学生の皆さんは、愛想笑いの練習でもして下さい。


 そして、ブラックの方! 有給を取る方法を教えましょう! 


 ニートは夢でも追ってろ。


 今回有給取得の為に使用するのは交渉術。様々な場面で役に立つ技術なので、覚えて損は無いですよ!


 では、どのような交渉術があるのか? まず一つ目。



 初頭効果


 最初に受けた印象が後まで残る事ですね。


 つまり、最初が肝心なのです。僕はもう五年目で最初に与えた印象は変えられません。真面目な好青年を演じてきた僕が、三日前になって五日分の有給を出すなんて暴挙に出たなら、最初からいい加減だった奴の数倍は株を落としてしまうことでしょう。


 しかし、その最初のイメージ。真面目な好青年、これを逆に利用するのです。


 つまりこういうことです。





はにゃーん! 世界(ワールドワイド)(ラヴ)を届けるマジカルクリーミーなオトコノコ、たぬきちが有給の申請に来たにょろー
……わかった。休め
 ね? 休めたでしょう? 望んでいた休みとは違うかも知れませんが、白い部屋の病院を紹介される事になるかも知れませんが。


 続きまして、二分法の罠


 これは、複数ある選択肢を二つに絞ることで、どちらかを選ばないといけないと錯覚させることですね。


 例えば、犬派かネコ派なんて有名ですね。


 僕はハムスター派ですが、聞かれたならばどちらも好きと答えるでしょう。


 ええ。間違えました。



 これを利用するとこうなります。


 



さあさあさあ! 僕が辞めるか! 有給を認めるか! 選んでください! さあさあさあ!
辞めろ

 ね? 休みが貰えたでしょう? とてつもなく長い。


 どうしても有給が良ければこうしましょう。 

さあさあさあ! あなたの家に爆弾仕掛けた! さあさあさあ! 家族か有給を認めるか! 選びなさいよ! さあさあさあ!
……もしもし、警察ですか?

 刑務所内で作業すれば、給料が出所時に貰えるらしいですよ。


 と、長くなってきたのでおふざけはここまでにしておきましょう。



◆◇◆



待ってください!
 小会議室から出て行こうとする上司さんを呼び止める。


知っていますか? 有給の申請を断ることは、(基本的に)出来ないんですよ
な、なにぃ!? 当然知っているが、あえて、なにぃ!?
労働基準法、第四十条……
待って、待って。違う、違う。三十九条、三十九条ね。四十条は労働時間及び休憩の特例
あ、すみません。……えー……労働基準法、第三十九条、年次有給休暇、第四項、使用者は(長いのでwiki参照!
ぐぬぬ、まさかそんな法律があったとは……しかし、五日間は……
わかりました……でも、流石に二日ならいいですよね!?

 ドア・イン・ザ・フェイス。


 最初に断られる前提の要求を行い、それを断らせる事で生まれる罪悪感につけ込み、その後の小さな要求を通す交渉術。


……わかった。仕方ない。二日間だけ認めよう
ありがとうございます!
ただ、二日も休むんだから、その分仕事を進めておけよ
え?
だから、有給を二日も認めてやるんだから(・・・・・・・・・)その分、仕事を進めておけよって

 返報性の原理。


 人は何かをしてもらったら、そのお返しをしないといけないと思う心理の事。


そ、そんな馬鹿な!? 有給は認められて当然の権利ですよ?
いいぜ、有給が思い通りに取れると思ってる、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す。
上○さん!?
時期変更権って知ってるか?
ッ!?
(参照する条文は)さっきの労働基準法、第三十九条、第四項と同じだよ、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる!
ぐぬぬ……
わかったら、やってくれるよな?
え、ええ、もちろん(ニヤァ…ハッ!
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