第3話 引きこもり支援

文字数 2,482文字

 ピンポーン
はい。どちら様でしょうか?
初めまして。わたくしレンタルサーヴァントサービスの秋と申します

あぁ、執事の方ですね。

お待ちしておりました――

 秋はクラシカルな鞄を片手に、とある一軒家へとお邪魔する。
奥様、頼んでいたモノは用意できておりますか?

えぇ……でも、本当にあのコが着てくれるのでしょうか?

お風呂にも中々入ってくれないのに……

そうできるよう、努めさせていただきます

 そう言って、秋がまず準備をしたのはお風呂だった。

 次いで、お菓子の仕込みと焼成。

 そして、良い匂いが漂い始めてから――動き出す。

お嬢様、お風呂の準備が整いました
 ノックをして伝えるも返事はない。
お嬢様?
……だ、だれ?

 困惑に満ち溢れた声。

 自分がお嬢様と呼ばれるなんて、予測すらしていなかったに違いない。

執事の秋でございます
執事?
さようでございます
なんで、執事がウチに……?
お嬢様の為に、奥様がご用意いたしました
そんなの頼んでないし。いらない

それは残念です。

せっかく泡風呂をご用意して、今日の為のお召し物も用意いたしましたのに

もちろん、美味しいお菓子とお茶の準備もしております。なのに、お嬢様はそのどれもいらないと仰るのですか?

……頼んでないもん。

そっちが勝手にしたことじゃん

えぇ。それでも、わたくしは悲しいのです。

それに奥様も哀しむことでしょう

 ここぞとばかりに秋は情に訴える。
……わたしの、せいじゃないもん

もちろんですとも。ただ、お嬢様の為に奥様が勝手になさったことです。

高いお金を払ってわたくしを呼んだのもそう――

……

 沈黙したのは測りかねているからだろう。


 少女の世界はあまりに狭い。ゆえに相手を敵か味方でしか判断できず、どちらでもない存在にうまく対処できなかった。

 味方ならもっと優しい。敵ならもっとしつこい。


 それに……母親を揶揄するような台詞もあった。

 そして何よりも――執事って何? という疑問が大きい。

わたくしは午後4時までおりますので。気が向きましたら、なんなりと申し付けください。

ちなみに、お風呂に入るのでしたらお早めにお願いいたします

だから入らないって!

あと、お手伝いが必要でしたら仰ってくださいね。

お嬢様は仮にも女のコですので些か躊躇いはしますが、お風呂で溺れられては困りますので

なっ!? ……溺れるわけないじゃない! 馬鹿じゃないの?

そんなことありませんよ。お嬢様は長いことお風呂に入ってないと窺っておりますので、充分にその可能性があります

うっさい黙れ!
かしこまりました
 そう言い残して、秋月はリビングへ戻る。
本当に大丈夫でしょうか?

さぁ、どうでしょう。

ただ、お嬢様は優しい性格と窺っておりますので

それは……えぇ
それに女のコであれば、興味があって当然のモノを用意しています

それは、そうですね。

私でもいいなって思いますし――

 ――と、足音が聞こえた。
そっとしておきましょう
 母親をそう制して、秋は次の行動へと移る。
 少女がお風呂に入ったのを確認してから、
お嬢様、今の内にお部屋の掃除をしてもよろしいでしょうか?
――だ、駄目っ!

しかし、とても汚いと窺っております。

それにわたくしとしては、奥様の命令には従わなければなりません

それでもダメなの!
では、奥様に掃除していただくのはどうでしょうか?
……それなら、いい

ありがとうございます。

では、ごゆっくりと

 掃除の許しを得たことを母親に伝えると、
凄いですね。あの子が許してくれるなんて

女のコですから。

お風呂に入っている最中に話かけられるのは嫌だったのでしょう

 更に言えば、汚いと思われるのも嫌だったに違いない。

 少女が執事と名乗る異性をどのように妄想したかにもよるが、概ね好意的のようだ。


 母親が部屋の掃除をしている間、秋はお茶と菓子の準備。

 しばらくすると、少女がやってきた。

 一人で会うのは怖かったのか、母親と一緒である。

 その為、髪も奇麗に結ばれていた。

よくお似合いですよ
……別に着たくて着たんじゃないし

 秋が社長に頼み、母親に用意して貰ったのは下着と洋服一式である。


 引きこもりの多くが子供時代の格好で過ごしていると聞いて、用意して貰った。

 服屋に来ていく服がないという言葉があるように、彼女たちには人前に姿を見せる服がないと思ったのだ。


 また、単純に女性は可愛い下着や服を好む。たとえ見えなくとも、身に付けるモノは意識せずにいられない。

ではどうぞお席に。

冷たいフルーツインティーを用意しております

 ここからは単純な給仕となる。

 母親と娘の二人を席に付け、秋はティータイムを提供する。

 会話はないが問題ない。

 実際、無理に喋らなくていいとも母親には伝えてある。


 そして、秋の役目は既に終わっていた。頓知ではないが、部屋から出した時点で充分であろう。

 それにその先はどう考えても力不足だし、気安く踏み入っていい問題じゃない。

お口に会いましたでしょうか?
 少し躊躇ったものの、少女は頷いた。
それはよかった

 問題は時間が余ってしまったこと。

 もう少し渋るか、長風呂になると思っていたが共に予想を裏切られた。

よろしければ、美容院に行かれませんか?

 なので、提案してみた。

 可愛い衣装を纏えば、次は髪も可愛くしたくなるものだ。

わたくしがご一緒いたします
 少女は母親を見る。
じゃぁ、お母さんも行こうかしら
 
 そしてまた、小さく頷いたのだった。

 どうやら、本当に優しくていい子のようだ。

 引きこもったのは単に弱くて、幼かっただけだろう。


 誰かに攻撃されると、ただ傷つけられた事実にショックを受けるタイプ。

 怒ることもできず、怖くなって――おしまいだ。

……

 そこから抜け出すのは大変だが、不可能ではない。

 少なくとも今日、少女は自分の部屋から、家から踏み出すことができた。


 身なりを整えるだけでも、人は充分に変われる。

 ――後日

 レンタルサーヴァント宛てに感謝のメールが2通届いた。

 そのことに社長は喜び、またしても調子に乗った。

 

 そうして、レンタルサーヴァントには引きこもり支援という不釣り合いな文言が追加されたのであった。

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登場人物紹介

レンタルサーヴァントの執事第1号、秋《あき》。

姉がいるゆえに少女漫画で育ち――

同年代の少年が少年漫画の主人公やライバルに憧れる中、少女漫画の有能イケメン当て馬キャラに憧れを抱いた結果、色々と有能で残念である。

元女子高に初の男子生徒として入学して、3年間不動の委員長を務めた実績もあり。



レンタルサーヴァントの発起人で社長。

思いつきのまま動くものの、今までそれなりの結果がついて来たゆえに止められなくなった男。

巻き込まれるほうは大変だが、本人は至って健康で幸せである。

かつて温泉街で働いていた際、界隈を仕切るボスに土下座を強要されても頑なにしなかったほど、理不尽に対して強い憤りを感じる性格。


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