第3話 引きこもり支援
文字数 2,482文字
そう言って、秋がまず準備をしたのはお風呂だった。
次いで、お菓子の仕込みと焼成。
そして、良い匂いが漂い始めてから――動き出す。
困惑に満ち溢れた声。
自分がお嬢様と呼ばれるなんて、予測すらしていなかったに違いない。
沈黙したのは測りかねているからだろう。
少女の世界はあまりに狭い。ゆえに相手を敵か味方でしか判断できず、どちらでもない存在にうまく対処できなかった。
味方ならもっと優しい。敵ならもっとしつこい。
それに……母親を揶揄するような台詞もあった。
そして何よりも――執事って何? という疑問が大きい。
少女がお風呂に入ったのを確認してから、
更に言えば、汚いと思われるのも嫌だったに違いない。
少女が執事と名乗る異性をどのように妄想したかにもよるが、概ね好意的のようだ。
母親が部屋の掃除をしている間、秋はお茶と菓子の準備。
一人で会うのは怖かったのか、母親と一緒である。
その為、髪も奇麗に結ばれていた。
秋が社長に頼み、母親に用意して貰ったのは下着と洋服一式である。
引きこもりの多くが子供時代の格好で過ごしていると聞いて、用意して貰った。
服屋に来ていく服がないという言葉があるように、彼女たちには人前に姿を見せる服がないと思ったのだ。
また、単純に女性は可愛い下着や服を好む。たとえ見えなくとも、身に付けるモノは意識せずにいられない。
ここからは単純な給仕となる。
母親と娘の二人を席に付け、秋はティータイムを提供する。
会話はないが問題ない。
実際、無理に喋らなくていいとも母親には伝えてある。
そして、秋の役目は既に終わっていた。頓知ではないが、部屋から出した時点で充分であろう。
それにその先はどう考えても力不足だし、気安く踏み入っていい問題じゃない。
問題は時間が余ってしまったこと。
もう少し渋るか、長風呂になると思っていたが共に予想を裏切られた。
なので、提案してみた。
可愛い衣装を纏えば、次は髪も可愛くしたくなるものだ。
どうやら、本当に優しくていい子のようだ。
引きこもったのは単に弱くて、幼かっただけだろう。
誰かに攻撃されると、ただ傷つけられた事実にショックを受けるタイプ。
怒ることもできず、怖くなって――おしまいだ。
そこから抜け出すのは大変だが、不可能ではない。
少なくとも今日、少女は自分の部屋から、家から踏み出すことができた。
身なりを整えるだけでも、人は充分に変われる。
レンタルサーヴァント宛てに感謝のメールが2通届いた。
そのことに社長は喜び、またしても調子に乗った。
そうして、レンタルサーヴァントには引きこもり支援という不釣り合いな文言が追加されたのであった。