〈終幕 美雪〉証明10-3

文字数 8,047文字

 10-3

 駆け出すといっても、左足はギプスのつっかけ――サンダル履き。大した速度が出ないとわかっていたが、それでも精一杯に急ぐ。
「香世子さん!」 
 石段の下へと叫ぶ。けれど雪に吸い込まれてしまうのか届かない。石段を降り、ハイヤーが進んだ方向へと曲がる白い影が、辛うじて見て取れた。
「待って、置いてかないで、」
 受験生に〝滑る〟は鬼門。注意を払ってしかるべき。一段一段を慎重に降りる。でもはやくはやくはやく。だっておいつかれてしまったら。
 石段の踊り場に差し掛かった時、それは起こった。踊り場は広いけれど、一旦、石段が途切れて土がむき出しになっている。降り立ったと思った瞬間、予測していたよりも前へと左足が出て、その拍子に留め具が外れてサンダルが飛んでいってしまう。当然バランスを崩し、重力に反して体が一瞬浮いたと思った刹那、急速に尻から地面に引き寄せられた。そのまま尻と腰を強打し、呼吸が止まる。
「……あ、」
 あまりの痛みに、呻きが漏れた。白い邸で階段を滑った時同様、視界に黒い紗がかかる。けれど、幸いというべきか、尻から落下したということ、地面が土だったこともあり、今回は単なる打ち身で済みそうではあったが。
 仰向けのまま痛みを堪えていると、制服のスカートからじわり冷たく湿った感触が這い上がってきた。行きに香世子さんが教えてくれたぬかるみの上に落ちたのかもしれない。起きあがろうと手をつくが、腐った落ち葉にぬるりと滑る。泥に浸かったスカートとコートが重い。こんなことをしている間に、追いつかれてしまったら。
 ――あれは手負いの獣。手負いの獣は危険だ。死に物狂いで喰らいついてくる。
 サンダルはどこに消えたのだろう。仰向けの体勢のまま、腹筋の要領で頭を少しだけ浮かせて可能な限りを見渡すが、見当たらない。この際、ギプスのまま歩くのも已むを得ない。
 枝葉をすり抜けた雪が睫毛に積もり、視界を白く澱ませる。沈殿する雪に埋もれ、窒息する錯覚を覚えた。
 左右に身じろぎして、まだしも痛みが少ないほうへと身体をひねり、上半身を起こす。早く早く早く、立ち上がらなけりゃ。
 と、ふいに辺りが暗くなる。もう日暮れ? 夜が来て、狼がやってきた? 背筋に怖気が走る。叫び出しそうになる、瞬間。

「サンダル、下まで落ちてきていたわよ。ずいぶん元気の良いシンデレラだこと」

 ぼてり、と、いとも無造作に。蹲ったすぐ脇、男性用のいかついサンダルが落とされた。
 顔を上げれば、こちらを見下ろす香世子さんがいた。戻ってきてくれたのだろう。安堵に緩みそうになるが、同時に不可思議だった。私は耳を澄ませていた、狼の気配を察知できるよう。靴音は聴こえなかったはずなのに。
 降りしきる雪を防ぐためだろう、香世子さんは白いマントのフードを被り、白一色で身体を覆っていた。だから余計に唇の紅が鮮やかだった。ちらり垣間見えた口腔内のキャンディーもなお艶めいて。
「新森茉莉さんとはお話しできた?」
 香世子さんの問いに、ぶんぶんと首を横に振る。
「……帰る。香世子さんと一緒に私も帰る!」
「どうして? さっき指切りげんまんしたでしょう」
 また、あの眼だ。私を縫い止める漆黒の兎の眼差し。気圧され、言い澱むけれど、なんとか一息で言い切る。
「まだ心の準備ができてなくて。受験が終わったら必ず話すから、必ず。でも今日は、香世子さんと帰る!」
「あらあら」
 駄々っ子の言いように、香世子さんは苦笑する。その様子に安堵した。きっと多分、私のわがままは聞き入れられる。今まで通りに。
 彼女が纏う処女雪で織り上げたかのカシミアを掴もうと、手を伸ばした。ひらり、風にひるがえってそれはあと少しのところで指をすり抜ける。でも、あともうちょっと――
「だめよ」
 半歩、香世子さんは後ろへと下がった。さりげなく、優雅に、でも確実に。ワルツのステップ、手が届かなくなる距離分を正確無比に踏んで。呆気にとられて見上げる私をとても優しげな声が撫ぜる。
「一緒には帰れないわ」
「なんで、」
「だって美雪ちゃんときたら泥だらけ。そんな汚らしい格好では、ハイヤーに乗せられない」
 ――お前はドレスもないし、踊れもしないじゃないの。
 舞踏会へ行きたいとの懇願をはねつけるシンデレラの意地悪な継母を思わせる台詞だった。表情は柔和に微笑んでいるのに。そのアンバランスさに混乱させられる。
「転んでしまったのね。可哀想に痛かったでしょう。でも、なにをそんなに急いでいたの?」
 口調はあくまで甘く優しく、慈愛に満ちている。だのに、手は差し伸べられない。距離を保ったまま、彼女はただ私を見下ろしていた。
「まるで飢えた狼に追われていたみたいに」
 雪風に嬲られた髪がぴしりと頬を叩く。 
 危険だと直感した。
 逃げなければ、本能が囁く。けれど、同時に私の本能は美しい歳上の人から逃げられない。香世子さんが私を見つめる。私だけを。その、恍惚に逆らえない。

「……ねえ。美雪ちゃん、どうして神社から逃げ出したの?」

 どくり、と血の塊が通っていくように、こめかみの辺りが熱く脈打った。
 彼女は降りしきる雪の下、暴き出そうとする。耳を塞いでも、首を振っても、頭を覆っても、透き通った声音はどこまでも追ってくる。
 ――でも。香世子さんは狼ではない。だったら。
「逃げ出したわけじゃない。まだ、心の準備ができてないだけ」
 私は年上の女性を見据え、もう一度繰り返した。未だぬかるんだ地面から立ち上がれない。グリム童話『マリアの子』――処女マリアと相対する娘のようでもあった。
 聖母であるマリアは貧しいきこりの夫婦の娘を引き取る。娘は天国で結構な暮らしをさせてもらうが、ある時マリアとの約束を破り、追求され、とうとう天国から追い出されてしまうのだ。
 けれど、私は嘘なんかついていない。だから香世子さんから目を逸らさない。
 歳上の美しい人はわずかに苦笑する。そして何事か呟いた。血は争えない――聞き違いかもしれない。文脈が読めない。意味がさっぱりわからないから。
「新森茉莉さんと気まずいのはわからなくもないわ。だけど、そんなにも気まずくなったのはどうしてかしら?」
 それこそ秋から繰り返し話してきたはずだった。幼馴染である茉莉が三年になって、クラスの女子とトラブルを起こし、孤立してしまった。私は茉莉が引っ越すまでその事態の深刻さに気付かなかった。親友だったにも関わらず。
「だから、」
「美雪ちゃん、新森茉莉さんに嘘をついていない?」
 再度説明しようとするこちらの言葉を、さらりと彼女は遮った。
「例えばそうね。十五の女の子なら、恋愛とか、友人とか。でも、やっぱりこの時期にふさわしいのは、進路かしら」
 ――志望校について、とか。
 目を見開く。香世子さんは昔流行っていたドラマの風変わりな刑事のように、軽く腕組みし、人差し指を頬に当ててみせた。
 処女マリアは約束を破った娘を問い詰めるが、娘は否としらっばくれ続けた。抜き差しならないところまでくると娘はとうとう嘘を告白して、許される。けれど、私は嘘なんかついていない。許される必要なんかない。だから、このやりとりはまったく益がない、無効だ。
 気を遣わせるのが嫌だから、N西女に進路変更したことを言ってないだけ。誰の他でもない香世子さんからそれを嘘と言われるのは心外だった。理解してくれていると思っていた。私は衝動のまま叫ぶ。なぜなら、これは正当な怒りだから。
「違う、嘘なんかついてない!」
「ええ、そうね」
 こちらの剣幕を受け流すかのように香世子さんはあっさり頷く。
「〝嘘〟ではない。でも、N西女に変更したことは伝えていない。けど、新森茉莉さんが引っ越す以前、どの高校に進学するか二人で相談しなかった?」
「…………」
「例えば、二人で一緒にT高校(・・・)に通おうね、とか」
 惚けたように香世子さんを見る。彼女は微笑を崩さない。雪は舞い踊る。彼女の輪郭を淡く縁取り、まるで自身が発光しているかのような神々しさ。でも、その口から紡がれる言葉には棘があった。透明な、うっかりすれば飲み込んでしまい、手遅れになるそれ。
「確かに話す機会がなければ、嘘をついたことにはならないかもしれない。訂正する機会が無かっただけですものね」
 肯定か、否定か。一体どちらが正解となるのか、わからない。答えられない。答えが出ないまま、真紅の唇は動く。
 実はね、と香世子さんは秘密めかして囁いた。
「この間、N西女へ行ってきたの。あちらの方へ用事があったから、ついでに。仕事ではなかったから、電車で行ったわ。さっきも言った通り必要がなければ車は運転したくなかったし、美雪ちゃんにN西女を薦めた手前、どんな通学路を辿るのかきちんと知っておきたかったから。あんまり遠かったり、人気のない道だったりしたら、いけないでしょう?」
 ちょっとしたイタズラを種明かしするように、人差し指を口に当て、笑みを深める紅い爪、紅い唇、紅い飴玉がきらめく。
「N西女は駅からとても近いのね。JRのS駅の目の前。あれなら通学も問題ないわ。でも、ごめんなさい。帰りの経路は辿れなかった。違う路線を使ったから。N鉄線のK駅を利用したの」
 N鉄線K駅――寒さではない理由で震えが走る。N鉄線は東海地方を基盤とする大手私鉄だ。N鉄線の最寄り駅は自宅から遠いため、私自身は滅多に利用する機会はない。香世子さんにしても、白い邸へと帰るには、N鉄線を利用するのは不便なはず。なのに、どうして。
「用事っていうのはね、古い友人の新居に招待されたの」
 古い友人。思い当たる人はいた。でも、一度だって話に出てきていない。聞き流してしまえればどんなに良かったろう。
 どうしておばあさんの耳は大きいの? どうして目は大きいの? どうして手は大きいの。どうしてお口は大きいの? どうして、どうして、どうして。
 いくつものどうしてに蓋をしてしまえば、もしか、赤ずきんはおばあさんに成り代わった狼と仲良く暮らせただろうか。それは、無理。いくつもの〝どうして〟を、他の言葉に置き換えて問いかける。
「……茉莉のおばさんと、友達だったの?」
 震えた声は、寒さのせいだと自身に言い聞かせる。
 茉莉の母親は、母の幼馴染だ。香世子さんと母は同級生であり、当然、茉莉の母親とも同級生で、付き合いがあったとしてもおかしくない。香世子さんは、ええそうよ、といとも軽く頷いてみせる。
「今まで、そんなこと、言わなかったのに」
 手酷い裏切りにあった心地で呻く。そんな素振り、少しも見せたことがなかった。幼馴染である母ですら、まだ新森家に招待されていないのに。いや、逆に同い年の子を持つ二人だからこそ距離が隔たってしまったのか。
「女同士の友情って面倒なの。あの子と仲良くしちゃダメ、この子とつき合ったら絶交する、とか。美雪ちゃんもわかるでしょう?」
 ひそひそ話、突然響く笑い声、逆さまにした鞄から落ちたゴミくず。わかりすぎるほどにわかるし、実際、香世子さんに幾度となく相談していた。わからないとごねることは今さらできない。
「N西女に行ってから、新森家のマンションに伺ったの。徒歩二十分ちょっとぐらい。車ならば一息だけど、歩くには少し遠く感じる。日々車に乗っていると、どうにも感覚が狂ってしまっていけないわね」
 狂う。その意味深な音に、喉がわずかに鳴る。
「行ってみたらマンションの最寄り駅は、徒歩一分のN鉄線のK駅だったわ。あのマンションはN鉄線がすぐ近くに走っていて、それが売りなのね。帰りはもちろんN鉄線に乗って、駅から自宅まではタクシーを呼んだわ」
 どこか面白がるふうに、彼女は続けた。
「もしも、新森茉莉さんがT高校に進学するとしたら、使用するのはN鉄線K駅ね。T高校の最寄り駅もN鉄線だし。美雪ちゃんがN西女に通うとしたら使うのはJR線。駅が違うのでは、N西女に受かったとしても、あまり新森さんと顔を合わす機会は無いかもしれないわね」
 どこで息を吸ったかもわからない滑らかな口調。そして最後に、こう尋ねてみせる。
「美雪ちゃんは、このこと知っていたかしら?」
 答えられるはずなかった。答えられないと香世子さんもわかっている。
 私は進路を決める際に、学校見学に赴いている。その感想を香世子さんにも伝えている。吟味し、熟慮を重ね、N西女を選んだ。それが二人の間で周知のことで、それでもなお答えられなくて、答えられないことが答えを示す。香世子さんは私の回答に目を細めた。 
「私の経験則なんだけど。近所に住んでいたとしても、生活リズムが違うと意外に顔を会わせないものなのよね。相手の生活リズムを知っていれば、近くにいたとしても、遭遇を避けられる。逆もしかりだけれど」
 ――例えば、ほんの百メートル先のお隣さんとだって、半年間、顔を会わせないことができるの。
 呼吸を止めるほど冷たい雪風が吹き付けた。なのに、香世子さんは身震い一つしない。私はこんなにも冷え切っているのに。痛いほどの寒風に我慢できず、コートに包まれた膝に顔を伏せた。
 ちなみに、と香世子さんは続ける。
「新森茉莉さんの第一希望はT高校だそうよ。少なくとも、公立優先だと弥生さんは言っていたわ。マンションを購入した後ですものね」
 雪に音を吸いとられてか、周囲はぞっとするほど静かだ。その中で、香世子さんの声だけが、すうっと通る。美しくデコレーションされたケーキを躊躇いなく切り分ける銀のナイフのように。あまりに鋭く、美しく、痛みを感じさせないほどに。
「……ねえ、美雪ちゃん。進路を変えるまでして、どうして新森茉莉さんを避けるの? 周囲を欺いてまで」
 答えられない。答えないまま、周囲は真白く埋められる。雪、手紙、純白のカシミア。さっきは伸ばした手を避けたはずの彼女が半歩身を寄せ、耳に囁きを落とす。秘密めかして、睦言みたいに。ミルクを落とすように、優しげに。

 ――新森茉莉さんをいじめていたのは、あなた?

 幾層にも白を重ねて、結果、浮き上がってきたのは、あんまりな台詞だった。
 一瞬、呆気にとられた後、燃え上がるものがある。いくら香世子さんでも、いや貴女だからこそ。
「そんなことするはずない!」
 沸騰した薬缶が蓋を持ち上げる勢いのまま、顔を上げて叫ぶ。
 雪の中、真白いフードを被って私を見下ろすその人は、恐ろしいぐらいに端然としていた。一気に熱が冷める私に、香世子さんは淡々と言う。
「そうね、お母様同士が幼馴染だし、告げ口されてはまずいものね。賢い美雪ちゃんはそんな愚は冒さない」
 擁護しているのか、貶しているのかよくわからない台詞。まったくもってその意図が掴めない。
「いじめや仲違いはなかったけれど、新森茉莉さんと顔を合わせたくない。これは一体どういうことかしら?」
 ――まるで『謎』みたい。香世子さんはくすりと笑う。
 言わんとしていることが理解できた。それぐらいには私と香世子さんの間には、共通言語が育まれていた。
 『謎』はグリム童話の一つで、姫君にとけない謎を出したら者は誰でも婿にする、という物語だ。賢く高慢な姫君に、勇気ある王子が謎を出す――一人も殺さなかったのに、十二人殺した。これ、いかに、と。謎は他愛ないものだ。毒のまわった馬の屍を食んだ鴉を十二人の盗賊が食べて死んだ。ただそれだけ。頭を悩ませた姫君は、真夜中、王子の部屋に忍び込み、答えを聞き出そうとする。王子は寝ぼけたフリをして姫君に答えてやるが、落としていったマントを証として、姫君を娶るのだ。
 香世子さんは姫君よりももっと直裁で、王子よりもずっと聡明で、魔女よりもはるかに残酷だった。
「例えばそうね。こんな脚本はどうかしら」
 ――聞いてくれる? 極小の刷毛のような睫毛を伏せ、座したままの私に語りかける。
 求められて断れるはずがない。だからこそ、香世子さんは尋ねたに違いなかった。
 そして彼女は雪ふりしきる中、紡ぎ始める。運命の糸紡にも等しい脚本を。
 
 美雪ちゃんと新森茉莉さんは二人で何か悪いことしていた――つまりは共犯者だった。というのは、どうかしら。一番考えられそうなのは、誰かを虐げていた、いわゆる〝いじめ〟ね。
 〝いじめ〟といっても千差万別、多種多様、百花繚乱。程度は様々、明確な定義があるわけでもなし、〝遊びの延長〟なんて言い張られるケースも多い。まあ、その線引きは専門家にでも任せていれば良いでしょう。
 中学二年生まで、美雪ちゃんは新森茉莉さんと同じクラスだった。スクールカーストの上位だったんでしょうね。美雪ちゃんは顔はまあまあ可愛くて、髪もつやつやのさらさら、成績も悪くない。新森茉莉さんもそうなのでしょう。幸か不幸か、お母様に似なかったから。
 二人は教室で適当な獲物を狩って、おもしろおかしくやっていたのでしょう。でも、三年生になってクラスが変わり、カースト構造が変動した。二人はクラスが違い、相乗していた力は相殺されてしまった。
 美雪ちゃんがA組、新森茉莉さんがC組だったわね。偶然っておそろしいわね。いえ、クラス替えは昨年の担任の先生たちが行っているだろうから、意図があったのかも。新森茉莉さんは新しいクラスでは味方がおらず、下位カーストに成り下がり、さらに報復対象となってしまった。美雪ちゃんも多少は経験したでしょうけど、新森茉莉さんほどひどくはなかった。あるいは、幼馴染の境遇から学び自身を律していたから被害を抑えられた。奸智に長けた狐ね、まるで。
 新森家の引越しは偶然か必然か。弥生さんと話したけど、まあ偶然かしらね。でも中学三年生の夏だもの、この時期に転校するのはあまりに負担が大きい。新森茉莉さんだけが祖父母の家に残る道だってあったはず。つまりは、転校を選び取り、そうするに足る理由があった。
 けれど、内心、新森茉莉さんは納得いかなかった。どうして自分だけが辛い目に遭うのか、逃げ出さすようなていになるのか。けれど、面と向かって訴えれば、自分が加害者だと白日にさらけ出すようなもの。
 だから、手紙を送った。白紙の手紙を。読まれてはまずい、でも訴えたい、思いを共有してほしい。送りさえすれば白紙の意味を正確に読みとってくれる――美雪ちゃんは共犯者だから。新森茉莉さんはそう踏んだ。ある意味、美雪ちゃんを誰より信じていたから。
 でも一方の美雪ちゃんは新森茉莉さんを見限った。昨今、いじめが明るみに出てしまえば、加害者の人権は無きに等しい。大炎上よね。新森茉莉さんとつるんでいても、もう旨味はないどころか、とばっちりを喰うだけ。
 だから、進路をT高校から変えた。T高校では自分たちの所業を知る同級生が多すぎる。一方で新森茉莉さんとのT高校進学の約束は破棄しないまま。もしかしたら、T高に進学したら仕切り直そう、報復に対する報復もしてやろうなんて唆していたかもしれない。
 新森茉莉さんをT高校へ進学させて、自分は同級生が少ない私学を選ぶ。そうすれば、矛先は一手に新森茉莉さんへ向き、自分はやり直しができる。とても賢明な判断だわ。
 でも、思わぬ誤算が入った。大日向有加さんがN西女の受験を表明したから。大日向有加さんは新森茉莉さんと同じ三年C組。一連の流れを知っている可能性は高い。そんな彼女がN西女の推薦入試を受けるのはとても厄介だった。推薦入試には面接があって、最悪、その場でいじめを告発される可能性があったから。だから。
 
 ――あなたは大日向有加を殺したの。
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