第14話  宴とそのあと

エピソード文字数 3,599文字

 夕方になると、仕切り直しということで、長屋のみんなで連れだって開廊山(かいろうやま)へ花見に出かけることになった。
 開廊山の川辺にゴザをしいて、みんなで酒盛りをするのである。なぜか猫又の夫婦もいっしょだ。みんなが、猫又の夫婦を放っておかなかったからである。夫婦は、それが当然、という顔をしてすましている。愛らしい笑顔がいとおしい。

 車夫が人力車を走らせているのを横目で見ながら、お互いに一献かわしあう長屋の仲間たち。トメは桜の木の下にいた。杯に花びらが舞い落ちてくるので、それが綺麗だと嬌声をあげている。
「五郎が、あれであきらめるとも思えないのお」
 ご隠居は、もごもごと言った。
「もののけに守られた長屋とはね!」

 八っつあんは、憤懣やるかたないようすで、石を小川に投げつけている。そういうところは六十になっても、幼いところがあるのだ。
「壺や掛け軸を直してくれた。それに、トメが危ないことをするときは、かならず制止してくれている。このあやかしは、心根のよい妖怪だ」

 小鳥遊は、妖怪の背中をなでている。なーご、と妖怪は喉を鳴らして答えていた。
「あれだけやっつけたんだから、もうあきらめてくれるんじゃないかの。あの五郎も、ほんとうは良い子なのじゃ」
 ご隠居は、噛みしめるように言った。八っつあんは、ほんとにそうなのか? という目をしたが、トメは、
「おチビちゃん、仲がいいのねえ」

 とかなんとか、鰹節をやりながら妖怪に話しかけている。妖怪たちは、すっかり長屋の仲間たちの一員になっていた。
 そのうちに、フーッと二匹の妖怪たちが騒ぎはじめたので、川岸ちかくで飲んでいた小鳥遊が、刀の柄に手をやって立ち上がる。

 すると猫たちは、となりの竹藪に飛び込んで行った。
 それと入れ替わりに、神主姿の菅原が現れた。となりに五郎もいる。相変わらず、身なりはだらしない。
「あなたがたには恨みはありませんが、引導を渡すときが来ました」
 菅原がよく通る声で言うと同時に、猫のぎゃあぎゃあ言う声が響き渡る。
「なにごとですか」

 眉根を山のように寄せる菅原。
「じゃましちゃ悪いぞ。いまは春、猫の子も生まれる季節だ」
 小鳥遊が応える。
「妖怪に子ども! たたられますよ!」
 菅原は、真顔で言った。八っつあんは、ハンっとつっぱねる。トメは、気がかりそうに手をもみながら、竹藪のほうを見守っている。

ご隠居は、首をかしげながら、五郎をにらみつけた。
「五郎。おまえにはガッカリしたぞ。こんな安い方法を使うとは」
 ご隠居は、五郎に対して期待していたのだ、と八っつあんは気づいた。あのじいさんは、どんな人間でもいいところがある、と信じている。改心したら即ゆるすタイプだ。お人好しなんだから。期待する方が間違ってる。

 しかし、そんなことを口にするほど、八っつあんはヤボではなかった。
 猫の悲鳴がピタリととまり、あたりは水を打ったようになった。菅原は、少し気味悪そうな顔になったが、御幣を手に、ぶつぶつ呪文を唱え始めた。
「やめろ、このインチキ呪術師!」
 八っつあんは、菅原に飛びかかった。その足をひっかけたのは五郎だった。八っつあんは、地面にひっくりかえって、したたか額を打った。
「おっと、あんたの相手はこのオレさ」
「三太、やめなさい!」
 トメが、厳しい声でしかりつける。
「いいかげんにしないと、母さんは怒りますよ!」
「やめろトメ!」

 五郎に近づこうとするトメを、羽交い締めにするご隠居。小鳥遊はぼんやり立っているばかりだ。ウドの大木である。
「やめなさい、トメ! 三太は――三太は、死んだんだ!」
 八っつあんの叫びは、血を吐くようだった。
 一同は衝撃をうけて八っつあんを見やった。トメはイヤイヤをしている。
「そう思いたいのでしょ! おまえさんはいつもそう! ガミガミどやしつけたり、おさえつけたり! だから三太が家出しちゃったのよ!」

 ご隠居が、思わず腕を緩めた。トメは転ぶように五郎に近づく。
「三太、やっと帰ってきたんだね。待ってたんだよ。ずっと、長い間――」
 フーッ、猫の声が、また聞こえてきた。五郎は、絶句してトメを見つめている。なにか、みょうな同情のようなものが、その顔に浮かんでいた。
「おばあちゃん、そこをどきなさい。今から妖怪を退治する!」
 いまや菅原の目には、自分の仕事以外の何も映っていないようである。ギャーギャーわめく声が、ますます大きくなった。竹藪から飛び出してきて、総毛を逆立てる。
「この妖怪め! 成敗してくれよう!」
 菅原が、叫ぶ。

 妖怪と、菅原の壮絶な戦いがはじまった。光る閃光が菅原から放たれると、妖怪はそれをすばやくかわし、鋭いツメで菅原をひっかく。生臭い風が、肌を刺す冷たい疾風にかわり、春から冬に戻ったかのようだ。山の西方から、昼間の雷鳴が低くこだました。鬱々とした空気がたちこめている。
 ミー、ミー。
 竹藪のかげから、小さな声がした。長屋の八っつあんたちが駆け寄ると、白い猫あやかしのすぐとなりに、小さな二匹の猫(白と黒)がじゃれている。
 それを見た菅原の目が、据わった。
「悪霊め、この長屋にたたりをもたらそうというのか!」

 いや待て、そうじゃない、やめてくれと八っつあんが叫ぶのも聞かず、藪の入口に立った菅原は、人形(ひとがた)を取り出し、あやかしたちに向けてはっしと放った。
 すさまじい光。
 雷鳴がとどろき、地鳴りが響いた。
 グラグラ、地面が揺れている。足元があぶなくなり、小鳥遊は慌てて、となりのトメとご隠居を地面に引きずり下ろす。バリバリと竹が裂け、青臭い匂いがたちこめた。悲痛に叫ぶ妖怪たち。青い火の玉がぼおっと燃えた。

「おチビちゃん……!」
 トメが、小さく叫ぶ。揺れる大地が裂けていく。砂が割れ目を崩れ落ちていく。宴会をしていたゴザが、割れ目にむかって引きずられていくとともに、八っつあんもその割れ目に落ちそうになっている。
「た、助けて!」

 八っつあんが叫んだ。手を天空に差しのばし、なにかにすがろうとがんばってみるが、空を掴むばかりである。
 そのとき、二体の火の玉が、八っつあんの元へと飛んでいった。あきらかに、八っつあんを救おうとしているのだ。菅原は、イカれた目でそれを確認した。
「化物め、まだ懲りないか!」

 式神を放つ菅原。竹藪から浮かび上がった火の玉は、それを華麗にかわすと、割れ目に向かってずり落ちていく八っつあんへ飛んでいく。
 菅原が、懐に手をやった。次の式神を放とうというのだ。手の中に、紙の乾いた感触がする。菅原は、呪文を唱え、式神を放った。まっすぐに火の玉へ走って行く。火の玉を直撃する。パアッと、花火のように砕ける火の玉、そして同時にその玉の中から、八っつあんの姿が転げ出た。
「は、八っつあん!」

 ご隠居が、小鳥遊を押しのけようともがいている。しかし小鳥遊は、どこにそんな力があったのか、すごい力で組み伏せている。
「ふっふっふ。妖怪を、やっつけましたぞ! 陰陽界でも通用する、立派な手柄を立てましたぞ!」
 菅原は、底の知れない笑顔を見せている。未来に描く栄光の予感に、身体じゅうが震えている。
 八っつあんは、竹藪に駆け寄った。そこにいるはずの猫たちの姿が見当たらない。ミーミー鳴く猫又が二匹、いるだけだ。

 八っつあんは、子猫を抱き上げた。
「この、猫殺し!」
 八っつあんは、絶叫した。
「人殺し!」
「いや、人じゃないっての」

 五郎は、アタフタと取りなし、菅原はふふふ、と笑っている。
「これでもう、わかったでしょう。わたしたちに逆らうと、どういう目に遭うか」
 菅原の言葉は、陰陽師とはとても思えないセリフである。五郎は、自分の立場がなくなったぜ、と憮然としてしまった。このセリフ、オレが言いたかった。オレこそが、一流のヤクザのハズなのに。
「三太のバカ」

 顔を真っ赤にして怒っているトメを見ながら、五郎は胸くそ悪くなってきた。スカッとするはずの場面なのに、なんでこんな気持ちになるんだ。
「悪霊の化物は退散しました。あとはザコです!」
 菅原は、堂々と宣言した。
 長屋の仲間たちは、頭を抱えてうずくまった。頼れる味方がいなくなってしまった。このまま、やられっぱなしでいるのだろうか。

 菅原が、意気揚々と去って行く。拳を振り回して舌を出す八っつあん。あとを五郎が、うしろめたそうに歩いて行く。裂け目の開いた地面から、土の臭いが漂っている。
「帰ろう」
 小鳥遊は、淡々としている。
「長屋があるうちは、やりようがある」
 それもそうだ。一同は、ゴザを片付け、足を引きずりながら帰宅していった。
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