第16話

文字数 2,602文字

 土曜日の午後六時、島村瑠璃は自宅で夕方のTNNニュースを見ていた。そこではアナウンサーが今日の午後行われた比叡山と京都府内の僧侶たちが中心となって行っている京都御所でのデモが十万人規模に拡大したと話していた。府民の間でも僧侶たちへの賛同は着実に広がっているようである。しかし孫英玲知事の支持率は依然六十パーセントという高いものでもある。ネット内では情報操作が行われているのではないかとのもっぱらの噂だ。熊田大僧都の演説を流していたのだが、画面はアナウンサーの立花香織に切り替わった。その背景では国際的音楽家の細田真二の顔が映し出されている。立花はニュース原稿を読み上げている。
「京都の僧侶によるデモについて各界から様々な批判の声が上がってきております。まずはニューヨーク在住の細田真二さんの声です」
「日本に居ると実感が持てないのかもしれませんがニューヨークでは、いえ、ここに限らずアメリカ全土で京都のお坊さんたちによる人種差別ととれるデモについて大批判が繰り返されています。タイム・ターナーのニュースサイトでは連日のように日本国内での人種差別事件のニュースが大々的に取り上げられているのです。日本人として相当肩身が狭い状況にあることを日本に居る人たちには理解していただきたいですし、日本政府にはしっかりとした対応をとって欲しいというのが僕の考えです」
「続いてパリ在住のデザイナー森田和美さんからのメッセージです」
「パリでは日本の僧侶の人種差別デモに反対するデモがエッフェル塔広場で明日行われる予定です。お坊さんたちの訴えは日本人として理解できるのですが、やはり今の国際情勢を顧みない前時代的な行動とパリ市民からは受け取られています。もっと世界に目を向けてくださいと京都のお坊さんたちには言いたいですね」
「大変手厳しいお言葉が各界の著名人たちから続々と寄せられております。他にはMETAL BoysのギタリストTOSHIROさんや、テニスの福田直美選手、プレミアム・リーグの新原直人選手、カンヌ映画祭でパルムドール賞に輝いた小島昌子監督、作家の太田和代さん、そして世界的建築家多田仁さんなどから京都御所でのデモについて批判的な声が届いています。今日はゲストとしてジャーナリストの久富幸太郎さんにお越しいただきました。久富さん、今回の京都でのデモについて国内では同情的な声もあるのですが海外からは批判的な声が目立ちます。それについてどうお考えでしょうか」
「あのね、まず言いたいのは京都の坊主たちは何で時代錯誤のことをやっているんだということだ。坊主なら慈愛の心でもってどーんと移民を受け入れるべきでしょう。大体自分たちのことしか考えていないから歴史的に見ても信長に攻められているじゃないか。いま、世界は男女や人種の区別もなくして、そのうえで国籍もなくし世界中の人々が一つの国に固まらないように人口の再配分をしていくことで貧困を撲滅していこうとしているんだよ。そのための百万人移民受け入れ計画なんだ。今後は日本からアセアン地域への移民が計画されることになるはずだ。東京も大阪も外人の人口が四十パーセントに達しようとしている中、京都や福岡、札幌などは積極的に移民を受け入れないといけないことがわかってない。たいへんけしからん。それに」
「あ、すいません。ここで速報が入ってきました。中国東方電視台によりますと今日、午後四時に海南電子有限公司の魏偉総経理が中国警察に逮捕されたようです。容疑は海外要人への総額五十億円にも上る不正献金とのことです。その中にアメリカ合衆国大統領クリストファー・マッコイ、日本の大沼広樹総理大臣、ドイツのエレン・シュミット総理はじめ、先進諸国のリーダーたちの名前が挙がっております。大沼総理へはトミー電子工業への融資という名目で迂回献金として五億円を不正に献金したと報告されています。久富さん、これが事実とすれば世界中が大混乱に陥ることになりかねませんね。いかがでしょうか」
「うーん、誠にけしからん。大沼君一刻も早く辞任したまえ」
 島村瑠璃はこのニュースに驚愕した。彼女たちが立ち向かおうとしているその相手の大きさを思い知らされたようだ。マッコイ大統領の件はあらかじめ白川から聞かされていたので驚きではないのだがまさか、大沼総理やドイツのシュミット首相にまで及ぶとは想定外であった。しかし釈然としないのはマッコイ大統領や、大沼総理そしてシュミット首相はいずれも親中派と考えられているリーダーである。彼らを失脚させることにどのようなメリットが中国にあるのだろうか。今、内乱中の中国であるがそれは国際金融の影響力を排除しようとして起こった内乱のはずである。それなのに彼らの失脚により国際金融とより近い、エイミー・ディキンソンやキャサリン青木が政権の座に就けば共産党政権にとって大変憂慮すべき国際情勢となりその政権崩壊につながり兼ねないこの逮捕である。そう考えると呉亮国家主席と敵対する国際金融と結びついた勢力によるものであるのかもしれない。瑠璃にはこの事態の急転がどのような意味を持つのか全く想像できなかった。それに加えて久富幸太郎が話していた国籍をなくして人口の再配分を行い、人口の平準化でもって世界から貧困を無くすという計画も初めて聞くものである。そのような世界になれば世界中の民族が培ってきた歴史や文化そのものが壊滅的に破壊されて一般の人々の生きる拠り所のようなものが失われるのではないだろうか。その結果が招くものとしては一部の人たちだけが富を独占してそれ以外は新たに植え付けられた価値観のもとに生きることを強制される世界になるのではないかと瑠璃は漠然と思いを巡らせた。それを阻止するためには今インディーズ・ウェブ内で行われている教練を拡大させ全国的な組織に一日も早くしなければならない。もはや残された時間はないように瑠璃には思われた。そしてこの運動は日本国内だけの展開では巨大な敵に立ち向かえるはずがないことも今日のニュースで思い知らされたのである。まだ第一歩を踏み出したばかりだというのに早すぎる展開に戸惑うばかりであった。
 瑠璃は動揺する気持ちを静めながら静かに床に着座して座禅を組んだ。自分の往くべき道筋が見いだされるといいのだがと思いながらも雑念をすて瞑想に耽るのであった。
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