三十四

文字数 2,835文字


 パルスプラザ前から乗ったタクシーが京都駅八条口に着き、二人がそれを降りたと同時に里中の携帯が鳴った。
「よう電話の鳴る日やな」
 谷口が言った。
 里中が出ると、秋津からの電話だった。
「ああ、秋津さん。今朝ほどは、どうも……」
「いえいえ。それより、里中さん」
「はい」
「例の男、見つかりましたよ」
「例の男、というと――」
「坪井亮太さんというんですが、吉田美貴さん殺しの犯人と目されている隣室の男性ですよ」
「あ、はいはい」
「彼が、この三日前、白骨死体で発見されたという警察発表がさきほどありました」
「えっ、そうなんですか」
「ええ。府警その他の発表によると、財布の中にあった免許証や歯医者の診察券などの所持品から、本人と断定できるそうです。おそらく歯形なども照合して、本人であることが確定的になったんじゃないでしょうか……」
「どこで発見されたんですか」
「右京区の御室というところに双ヶ丘病院というのがあるんですが、そのすぐ眼の前の山、三ノ丘古墳というところへ行く登山道の中腹辺りにある林の中だそうです」
「双ヶ丘病院ですか」
「ええ。ご存知なんですか」
「いえ。例の小説に出てきますから、名前を知っているというだけで……」
「双ヶ丘病院の前は、小高い山が縦に三つほど連なっておりましてね。それで、双ヶ丘というんですが、それぞれの頂点に一ノ丘・二ノ丘・三ノ丘と北から南に向かって三つの古墳があるんですよ。五世紀後半から七世紀後半にかけて活躍した、秦氏一族最後の古墳といわれています」
「ほう」
「ま、そんなことはともかく、死体のすぐ横に太い幹があって、その樹の枝にループ状のロープがかかっていたところから、警察では首吊り自殺を図ったものとみているようです。
死体は地面にありましたが、座った姿勢で首を吊ったあと、犬や鳥などの損壊によって白骨化したのだろうとの見解でした。冬にそんなところを散歩するひともいなかったでしょうから、見つかるのが遅かったんでしょうね」
「なるほど――」
「白骨化しているところをみると、やはり美貴さん殺害後、すぐに後追い自殺をしたということでしょう。成人が地上で白骨化するには数ヶ月要かりますから、時期的にもほぼ一致します」
「遺書は、あったんでしょうか」
「メモの切れ端らしきものはあったようですが、『迷惑かけてすみません』とお定まりのものがあっただけで、吉田美貴さんに関しての文言はなかったそうです」
「やはり、秋津さんのおっしゃっていたとおりになりましたね」
「ええ。でも、なんだかこういうのは辛どいですね」
 秋津は、申し訳なさそうな相槌を打って訊ねた。「ところで、その小説には、どういう形で双ヶ丘病院が出てくるんですか」
「ああ。それは、彼女が度々、強制入院させられた場所として出てくるんです」
「なるほど。わたしも取材でそのことを知りましたが、小説とはいえ、かなり事実に近いつくりですね」
「ええ。事実に近いというより、事実が時系列的に網羅してある自伝風小説といってもいいでしょう。それだけに、今朝も言いましたが、ラストシーンの不確かなのが気になるんです」
「確かにそれだけ事実に忠実に書かれた小説となると、ますます保険金の行方が気になってきますよ」
「でしょう」
「ですね。わかりました。とりあえず、わたしの報告は以上です。またなにかあったら、すぐお知らせします」
「よろしくお願いします」
「なんやった」
 里中が携帯を切るのを見届けて、谷口が訊いた。
「例の美貴さん殺しの犯人と目される男性なんだが、この三日前、双ヶ丘の林で白骨死体となって発見されたそうだよ」
「そうかー。やっぱ、秋津先生の言うとおりになったんやな」
「つぎは、保険金の行方について探ってみると言ってた」
「な、即断即決だけやのうて、フットワークも軽いやろ」
「ああ。きみの言うとおりだ。見直したよ、ぐっさん」
「なんや。褒めてくれるのは、こんなときだけかい」
「いやいや。いつも尊敬してるさ。それはそうと、いつもやきもきさせられて不愉快になるのは、村上というホームレスの所在が知れないことなんだ。ぐっさんは、どう思う」
「どう思うとは――」
「だから、村上は、本当に吉田を殺したのかってことだよ」
「けど、あんたはそう思てんにゃろ」
「まあ、そうではあるんだけどね」
 里中は一瞬、なりすましによる吉田犯人説を口にしようとしたが、却って三田にされたように莫迦にされるだろうと口をつぐんだ。
「殺したか殺してないかは別にして、わしやったら、多分、ネコババしたその金で、なんかやらかしてるはずや。娑婆っ気のある人間やったら、そんな大金手にして、おちおちホームレスなんかやっとられへんやろ。なんか事業っぼいもんに手ェ出して、いまごろリッチに暮らしとる思うけどな」
「だろうね、おそらく……」
「ま、これも『待てば海路の日和あり』っちゅうことで、気長ごう待つよりしゃーないんちゃうか」
「そうだよな。焦りは失敗の素だからね」
「そや。焦りは禁物。ゆっくり行くこっちゃ。ま、お気張り」
「そうだな。今回は、ぐっさんに色々と付き合わせて悪かった。お陰で助かったよ。ありがとう。なにかわかれば電話するよ。あ、それと、肝心の原稿だが、二十枚くらいの短いのでいい。内容は任せるから、適当に書いといて――」
「ああ、わかった。適当に書いとくわ。それより、こうなったら、乗りかかった船や。こっちで手っ伝うことがあったら、遠慮せんといつでも言うてや」
「ありがとう。じゃ、ぽくはここで――」
 里中は、八条口の新幹線乗り場で谷口と別れ、折よく入ってきたのぞみに飛び乗った。ゆったりと座席に腰を下ろした里中は、ある意味で、短くも忙しない四日間ではあったが、それなりに充実した取材旅行になったと思った。
 今回の取材で、思わぬ収穫となったのは、あの稿倍舎の編集者が吉田美貴の娘さんであるということであった。
 彼女との出会いがなければ、今回の謎の半分も解けなかっただろう。
 いずれ、彼女にたどり着いたとしても、一から訪ねて行ったのでは、あそこまで詳しくオープンに答えてはくれなかったかも知れない。ほかならぬ超売れっ子の流行作家、小菅誠太郎邸での面識があり、同じ出版に携わる人間であるという意識が取り持った、僥倖のインタビューだったといってもいい。
 もっとも、なにごともオープンで警戒心のない彼女だから、必ずしも取材拒否される惧れはなかったろうが……。
 里中は、張り詰めた糸が切れたように、そのまま東京駅に着くまで一度も起きなかった。気が付くと、顎と背広の襟に涎の痕がついていた。よほど疲れていたのだろう。
 あるいは、昨夜の深酒が崇ったのかも知れない……。
 だが、たっぷり二時間以上眠ったお陰で、あれほど茫洋としていた頭の中が随分すっきりしている気がした。
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