呪いの息

文字数 850文字

「君たちは狼と話せるのかい?」
「いいえ、でも敵意の無いことを伝えることはできる。狼はかれらの子供の鳴き声を聞くと落ち着くの。私達は、あなたたち小人族のような無駄な争いはしない。父はよく言っていた。私達は、この世界に生かされている。だから命を無駄にしてはいけない。獲物は独り占めせず、ハゲタカや狼たちにも残しておくの。だから彼らも、私達を無駄に襲わない。」

 タボは思った。かれらのその優しさが種族を滅びへと導いてしまったのだろうと。

 朝になった。岩の隙間に朝日が差し込んできた。二人はゆっくりと外に出た。昨夜はよく腫れていたので、朝の冷え込みは厳しい。しばらく、日に当たって体をあたためる。辺りを見回すと、一匹の灰色の狼がこちらを見つめていた。
「あら、あなたが見張ってくれたの?優しい子ね、ありがとう。」
 ポポは狼に向かって話しかけた。狼は、しずかに去っていった。

 弱者として怯えながら暮らすクロマニヨンにはない感情だ。熊や狼にならぶ強者としてのネアンデルタールだから、かれらと対等でいられるのだろう。

 岩と氷の大地を七日かけて進んだ。ときどき沢に降りながら水を調達してきたが、岩が増えるにつれ川も見つからなくなってきた。
「ここから、氷の淵を進む。落ちれば命はないわ。私も向こうは見たことはないの。氷の王の呪いの息と呼ばれる、時折強く吹き付ける風には気をつけて。」
 かれらは槍を凍りに突きたてながらゆっくりと進んだ。乾いた風が吹き付ける。

「君をガイドに選んでよかったよ。」
 タボは今までのことを振り返った。人は、死に直面すると昔の事を思い出す。
「まだ、お礼には早いわ。約束は終わってなんですからね。」
 その時、一陣の強烈な風が先頭を行くポポを襲った。
「うわ!」
 ポポの手が槍から離れた。彼女の体が下に滑り落ちてくる。タボが彼女の下にすばやく潜り込んだ。五歳とはいえクロマニヨンに比べると体の大きなネアンデルタールだ。彼も巻き込みかがら、雪の上を滑り落ちていった。
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