第7話
文字数 1,912文字
朝ぼらけ
おまけ①「男、我を行く」
おまけ①【男、我を行く】
男は以前、軍神を司っていた。
しかし、争いばかりの人間の世界に嫌気がさして、異動願いを出していた。
その行き先は・・・。
「よし。これで俺も今日から死神だ」
男が次に選んだのは、死神だった。
寿命が近い人間のところに行って、命の長さをした蝋燭をその人間の枕もとに置く。
恐れる存在の死神になった男は、これまでに数え切れないほどの人間の枕もとに立ち、蝋燭を置いてきた。
間違って消してしまう、なんてことのない不思議な蝋燭の火は、その人間の魂の色をしていた。
「さて、次は、と」
男が向かった先には、1人の少年がいた。
生まれたときからなのか、黒っぽいがネイビー色のその髪の毛をした少年の蝋燭は、綺麗なオレンジをしていた。
だが、もうすぐこの少年も死ぬ。
男にとって、どうってことのない日になる予定だった。
蝋燭を置き終えた男は、さっさと帰って煙草でも吸おうと思っていた。
尚、死神の姿のまま煙草を吸うと、匂いでバレてしまうため、着がえてからの一服となるのだが。
そもそも身体に沁みついてしまっている匂いのため、煙草は止めるよう言われたのだが、なかなかやめられない。
それで止められるなら苦労はしないと、何の努力もしないその男は言っていた。
そしてその少年の蝋燭が消えようとしたその時、少年が住んでいる家の隣の古びたアパートから出火した。
時間が昼間だったこともあり、車通りの多い道は渋滞は発生しており、消防車がなかなか到着出来なかった。
みるみる家に火が燃え広がり、少年の家まで燃え始めてしまった。
しかし、少年は当時風邪を引いており、両親は不明、親戚の家に預けられていて、その親戚は海外に旅行へ行っていた。
「哀れな命だ」
男は呟き、火は益々燃え、消防車が到着した頃には、すでに少年の家も8割以上燃えていた。
また1つ、命が無くなる。
いつものことだと、男は蝋燭が消える瞬間を見届けようとしていた。
だが、消えかかっていたはずの少年の蝋燭の火は、なぜか以前よりも大きく燃え、蝋が無いにも関わらず、なぜか燃え続けた。
「どういうことだ?」
すると、1人の青年が、少年を抱えて火傷を負いながらも家から出てきたのだ。
少年はもちろん、青年もすぐに救急車で搬送された。
少年は奇跡的にほぼ無傷で、青年は火傷が酷く、数日もつかもたないかと言われた。
男は青年の蝋燭を見てみると、先日まではまだ充分にあったはずの長さが、急激に短くなっていた。
こんなことがあるのかと、男は青年の枕もとに立つ。
そしてそこに蝋燭を置こうとすると、青年が目を開けて男を見た。
「!?」
自分のことが見えるはずがないと、男は冷静に構える。
青年はうっすらと口を開けて、言う。
「あんたが、死神か」
「・・・俺が見えるのか」
「ああ、もとからそういうのは見える体質だったが、こうもはっきり見えるのは、これから死ぬからかな」
これから死ぬというのに、青年は自嘲気味に笑っていた。
「どうしてあのガキを助けた。あいつはあの火事で死ぬ運命だった。それなのに、お前が助けちまって、逆にお前が死ぬことになった」
男の言葉に、青年はまた笑う。
「運命か。一番嫌いな言葉だ」
「?」
「運命が決まってるとか、未来が決まってるとか、そういうのが大嫌いなんだ。運命なんてものはないし、あったとしても、それは完全な完璧なものじゃない。いつだって変えられる。俺はそう思ってる」
「・・・だから助けたのか。それでてめぇが死んでちゃあなぁ」
「あんたらには、そういう感覚がないんだろうな。人間にはあるんだよ。決まっていると尚更、逆らってみたくなることが。明日なんて、一秒先なんて、生きてみなきゃわからないもんだ」
すると、青年は男の方を見て、弱まって行く心音に鞭をうち、言葉を紡ぐ。
「あの子のこと、頼んだぞ」
「・・・俺に頼みごとか?」
「ああ。見守っててやってくれ」
「他人を助けた上に、見守ってやれとは、随分とお人好しだな」
「俺の分まで、生きさせてくれ」
「・・・・・・」
ピー、という一定の心拍数が部屋中に鳴り響く中、男はフードを深く被る。
「管轄外なんだがな」
男は以前、死神を司っていた。
「さて、始めるとすっか」
これまでに人間の死に向かい合ってきて、何億人、いや、その何倍もだろうか。
男は当初、クロノスと名乗っていたが、なんだが、格好悪いからと言って、自分で名前を変えてしまった。
「間波奈功典、か。しょうがねぇ。俺が面倒みてやるか」
偶然か必然か、それとも奇跡か。
なんにせよ、男はまた砂を戻すのだから。