第1話 『ハンターズ』という仕事

文字数 5,231文字


 午後十時。
 晩ご飯も終えて、そろそろ明日の為にベッドに入ろうかという時間。
 僕らの仕事は、そんな夜も遅い時間から始まる。

「…そろそろ時間かな」
  僕は自分の借りている部屋を出て、隣の部屋のドアを叩く。
「ミア。出掛けるから、そろそろ準備しといて」
 ドアの向こうに呼びかけると、『分かった』と、短い返事が返ってきた。
 自室に戻り、僕も出掛ける準備をする。
 先ずは、着ていた袖の無いベストを脱いで、ズボンを仕事用の厚手の生地のものに替える。
 それから左にナイフの収まった革製のケース。右にも、同じく革製の大きなポーチを、それぞれベルト穴に交差させるように通す。
 ズボンの上から、これまた厚手の生地の丈夫な脛当てを着け、靴が脱げないように、土踏まずにベルトを引っ掛けて固定する。
「上着上着…」
 椅子から立ち上がり、壁に掛けていた、制服の黒い上着をシャツの上に着る。手袋を嵌め、袖口の留め具を留めて…
「よし、準備完了!」
 ミアの方は出来たかな?
 僕は部屋の前で、ミアを待つ。
 …女の子というものは、準備に時間が掛かるものなのだ。
 五分ほど待つと、ミアの部屋の扉が、遠慮がちに開かれる。
「お、お待たせ…リット」
 ミアはいつものワンピースの上に、僕のより少し丈が短い、女性用の制服を着用している。
 決して、似合わないわけじゃないんだけど…普段着てる服が薄い色だからか、黒は何度見ても見慣れない。…いや本当に、似合わないわけじゃあないんだ。
 ミアは魔力除けのカチューシャが無くて不安なのか、首から下げた薄水色の祈り石を、ぎゅうっと握り込んでいる。
「ミア。…大丈夫、僕がついてる」
「う、うん。…ありがと」
 手を差し出して手を繋ぐと、ミアは少しはにかんだ。
「じゃ、行こっか」
「…うんっ」


 僕らの仕事は、通称“ハンターズ”と呼ばれる。
 仕事内容は、“マモノ”…魔力と悪い気や思い・想いが形を成したもの…を狩り、散らし、浄化するというもので、基本的には、“ハンター”と“プレイヤー”の二人一組で形成されている。
 祈り石の粒子を吹き付けて作られた武器で、マモノを狩り・散らすのがハンターの。色付きの特別な祈り石を使って、散らした悪い気を浄化するのが、プレイヤーの仕事だ。…僕らに当て嵌めると、僕がハンターで、ミアがプレイヤー。
 プレイヤーの使う色付きの祈り石は、魔力に敏感な人しか見つけられない上、石に意思があるのか、見つけた人しか使えない。
 その為、必然的にプレイヤーは、センサーの役割も担うことになる。

「い、痛い…」
「ごめんね。すぐ狩るから…どっち?」
「あ、あっち…」
 ミアの指差した方を目を凝らして、よーく観察する。…じっと見ていると、街灯のない植え込みの上で、何か黒いモヤのようなものが蠢いていることに気付いた。
「あれか!」
 僕は闇夜に潜むマモノに向かうと、愛用のナイフでその身を切り裂いた。呆気なく真っ二つになったマモノは、黒い霧となって、辺りに霧散する。
 ミアが空かさず、霧散した場所へ首から下げた祈り石を向ける。祈り石はふわあ…と光り出すと、辺りを浄化の光で明るく照らし清めた。
「…ふう」
 光が収まると、ミアは石から手を離し、小さく息をつく。
「お疲れさま」
「あ、うん…、…っ!」
「ミア⁉︎」
「あっちの…建物の方にも…居る…!」
 ミアが片手で耳を押さえながら、もう片方の手で暗闇の中を指差す。
「りょーかいっ!」
 僕はナイフを構え、言われた方向へ飛び出した。


「ふう…」
 浄化の光が辺りに散り…消える。
 公園の時計を見ると、午前二時を指していた。
 ハンターズの勤務体形は、季節によって少し変動はあるものの、基本的には『完全に陽が落ち暗くなってから、翌朝陽が昇るまでの計四時間』という曖昧なもので、本人達の都合に合わせて、好きな時間に仕事をすることが出来る。僕らはいつも、午後十時から翌日の午前二時までの四時間を、仕事の時間としている。理由は、『食材が安く手に入る朝市や、行きつけのパン屋さんの人気パンを買いに行くのに、これより遅いと朝起きられなくなるから』というもので…ほんとに、こんな理由で決めちゃっても良いんだろうか?と時々不安になる。

「ミア、今日はこれで終わりにしよう」
「…うん。お疲れさま、リット」
「ミアも。お疲れさま」
 僕らは労い合い、街の中心部へと足を向ける。
「今日は割と少なかったね。いつもこうだと良いのに」
「うん。十三…いや、十四体、だったかな」
「数えてたの?ミア」
「いつも、数えてる。リットこそ…報告書、書く時どうしてたの?」
「だいたい…で」
「…ちゃんと、数えなきゃ、だめ」
 ミアにじっと見られて、少し居心地が悪くなる。
「今度からは、ちゃんと数えるよ」
 僕は視線を逸らしながら言った。
「ん…リット」
「なに?」
 ミアが僕を見上げている。
「手、…いい?」
 祈り石と同じ、透き通った薄い水色の瞳で、ミアはじっと僕を見る。
「…はい」
 右手を差し出すと、ミアは嬉しそうに僕の手を取った。




「あら、今日もラブラブねえ。お二人さん!」
「おうおう、見せつけてくれるじゃあねぇか!」
 ハンターズ本部に戻ると、特徴的な濃い薔薇色の髪をツーサイドアップにした、ミアより背の低い女性と、金の短髪をワックスで厳つく逆立たせた、ガタイのいいサングラスの青年に絡まれる。
「こんばんはロゼさん、ラルズさん。お疲れ様です」
「こんばんは…」
 二人も僕ら同様ハンターズで、なんとロゼさんがお姉さん、ラルズさんが弟さんの実の姉弟だ。世の中不思議なこともあるものだと、二人のことを知った時、僕は心底から思った。…因みに、ハンターがロゼさんで、プレイヤーがラルズさんだ。これも、見た目とのギャップが激しい。
「いやー、今日は少なくて助かったわー。多い時は眼が痛くて痛くて、たまったもんじゃあねぇからなぁ…」
「わたしも…耳、痛いの…辛い…」
「プレイヤーは大変よねえ…ま、その時はお姉ちゃんがこの愛用の双剣でバシバシ仕留めてあげるから、任せときなさい!」
 …頼もしい…!
「じゃないっ」僕は慌てて首を振る。何の為にハンターになったんだ、リトリス!
「僕も!頑張るからね、ミア」
「うん。…でも、リット…いつも、頼もしい…よ?」
 ミアが少し俯いて、ぼそぼそと呟く。が、声が小さ過ぎて、何て言っているのか、よく分からなかった。
 二人と話していると、
「あら、こんばんはミルミアちゃん。リトリスくん」
「あ、ユアちゃん。こんばんは…」
「こんばんは。カナヤさんも、こんばんは」
「ああ。…君らは今日も、仲が良いね」
 同じくハンターズの、ユウアさんとカナヤさんがこちらへやって来た。
 こっちの二人は、ユウアさんがハンターで、カナヤさんがプレイヤーになる。
「うふふ〜、今日はいつもより多かったから、ちょっと楽しかったわ〜」
 …桜色のゆるふわロングを揺らしながら、ユウアさんが嬉しそうに頬に手を当てて微笑む。
 この人は、黙っていれば見た目はおっとり美人さんなのだが、ちょっと戦闘狂なきらいがある。後ろに見える大きな弓から、そっと視線を外す。
「君はまた…ぼくは舌が甘くて甘くて、結構キツかったんだけど?」
 『ああ…この苦味。癒される…』とブラックを飲みながら呟くカナヤさんは、魔力を舌、“味覚”で感知するらしい。魔力が強ければ強いほど甘みが増すらしく、甘党ではないカナヤさんには、なかなか難儀な体質だと思う。

 …いや、ミアも…勿論ラルズさんや他のプレイヤーさん達も、それぞれ内容は違えど、似たような苦しみを抱えている。

 この仕事は、プレイヤー無しには成り立たない。彼ら彼女らの強力があって初めて、ハンターはハンターズとしての活動が出来ている。…僕も、ミアが教えてくれなかったら、マモノの接近にも気付けないし、魔力が分かるわけでもないから、祈り石も使えない。

 ミアが少しでも暮らし易くなるようにと、マモノを倒せるハンターズになったけど…寧ろ、今ミアを苦しめているのは、自分なんじゃないだろうか。
 魔力除けのカチューシャを外して、痛みに耐えながらも、マモノの気配を察知して貰って…

 これで、本当に良いんだろうか?

 これで、ミアは本当に暮らし易くなるのかな…。 

 …助けるどころか、寧ろ…僕が助けて貰ってる…。

 ミアは優しいから、僕に付き合ってくれてるだけで…

 本当は…


「リット」


 不意に、ミアに呼ばれて、意識が現実に戻る。

「あ……なに?」
「報告」
 ミアがカウンターを指差して言う。
「…ああ、うん。…じゃあ、皆さん、おやすみなさい」
「おやすみ、なさい」

「おやすみー!」
「またなー!」
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 四人と別れ、報告書に、名前・狩ったマモノの数・業務開始時間と終了時間、それから気付いたこと等を記入して、受付の人に提出する。
「…はい、確かに。…それでは、リトリスさん、ミルミアさん。本日も、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」

 僕らは本部を出ると、また手を繋いで、家路まで歩く。
「…リット、明日は、パン屋さん、行こう」 
「…うん。じゃあ帰ったら、直ぐ寝なくちゃね。何パンを買うの?」
「イチゴブドウパン」
「あはは。飽きないねーミア」
「イチゴブドウパンは至高」
 ミアご執心のイチゴブドウパンとは、イチゴジャム入りのものと素のままのものをランダムにブドウ型に繋げた、お店オリジナルちぎりパンのことだ。生地は硬めのフランスパン寄りのもので、ぽこぽことしたまるい表面は、こんがりと茶色によく焼かれている。
 人気の秘密は自家製のイチゴジャムにもあるらしく、ジャム単品での販売もされている。…勿論、ミアの部屋にも常に二瓶ストックがある。
「リットは?リットは、なにパンが好き?」
「僕?そうだなあ…」
 確かにイチゴブドウパンも美味しいけど、育ち盛りの胃には物足りない。…やっぱり、肉が無いと!
「僕はステーキサンドかな。あのフランスパンに、甘辛ーく焼いた厚切りの豚バラ肉と、シャキッシャキのレタスがたっぷり挟まれたやつ。…やっぱり、がっつりいきたいな」
「ん。それも美味しそう。……リット」
 ミアが急に立ち止まる。
「どうしたの?」
「わたしは、…えっと…」
 ミアは言いたいことが上手く纏まらないのか、祈り石を握りながら、視線をあちこちに彷徨わせる。
 じっと次の言葉を待つと、答えが出たらしく、ミアは真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「わたしはっ…リット、と…一緒に居るのが、いちばん好き。…いちばん、安心できる。…痛いのは、ちょっと苦手だけど…でも、無理はしてない。自分で選んだ道だから。…わたしも、あのまま、痛いだけなのは、イヤだったから。…だから…その、…これでいいの。このままがいい」
 珍しく長く喋ったからか、ミアの頬が少し、上気している。
「ミア…」
「…あれ、…違った?」
「…ううん」
 ミアは、僕が少し弱気になってたのを、見抜いていたのかもしれない。

 …やっぱり、ミアは強いな。

「このままっていうのは、僕がハンターで、ミアがプレイヤーとして、これからもハンターズの仕事をやっていこうってこと?」
 こくん、とミアが頷く。
「無理、してないんだね」
「してない」
 きっぱりと答える。
「そっか…」
 ミアがそう言うなら…言ってくれるなら、僕は迷わずこう言える。

「じゃあ、これからもよろしく。ミア」
「…まかせて」
 ミアが、小さな花が綻ぶように、…ふわ、と微笑む。

 …僕は、ミアのこんな笑顔が好きだ。勿論他の表情も。
 優しくて落ち着く声や、どこか小動物を感じさせる愛らしい仕草も、時々見せる、女性らしい大人っぽさも。


 …僕はミアが、大好きだ。
 

「…よし!まずは帰ってしっかり寝て、明日の…じゃなかった、今日の朝に備えよう!」
 自覚はだいぶ前からしているし、自分の中で揺るがない確かな想いなのはなのだが、…何だか急に恥ずかしくなった。
 空気を切り替えようと突然声を上げた僕に、ミアが柔らかな笑みを向ける。

 …そう、そういうところが、ちょっと大人っぽくてずるいんだ。

「ふふっ」
「なに?」
「…寝て、…起きるのが楽しみ」
 ミアが嬉しそうに、僕の手を引いて歩き出す。
 少し引っ張られるようにして、僕も歩みを再開させる。

「…♪」


 静かな夜の街に、ミアの懐かしい旋律が、優しく…溶けていった……
 


 −終わり−











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