第10話「令和への帰還」・・・推定読了時間約10分

文字数 5,949文字

 藤原 宗忠(ふじわらのむねただ)の屋敷へとやってきた桃眞。

 行灯を片手に、木製の両開きの門から中を覗くと、縁側に座り中庭を眺める真秀を見つけた。

「真秀ちゃん」と手を振ると、弱弱しくはあるが、ニコリと笑顔を返す真秀。やはり、病気は、鬼の仕業ではなく、本当に持っているものなのだろう。

 橙色の単の袖から伸びる腕は、その歳には似つかわしくない程に、細く力がない。その手を桃眞に振った。

 桃眞は、気に掛ける素振りを見せる事なく、顔色一つ変えずに真秀の隣に座った。

「真秀ちゃん、外に出て大丈夫なの」と問いかける。

「少し気が晴れるのだ」と、星々を見ながら真秀は答えた。

「そっか」

 そう口にした桃眞も顔を上げた。頭上には、令和の時代では見た事がない程に、一粒一粒の星がクッキリと綺麗に見えていた。

「めっちゃ星が綺麗だな。プラネタリウムみたいだ」

「なんだ、ぷなれた……りうむ?」と首を傾げる真秀。

「あぁ、なんだ。こっちの話だ。気にすんな」と笑顔で誤魔化す。


 爽やかな夜の風が頬を撫でる。
 その度に、真秀は瞼を閉じ、揺れる草木の音を小さな耳で感じ取っていた。

「桃眞のお陰で、こうして外の空気を味わう事ができる」と、瞳を開けながら真秀は桃眞の顔に目をやった。

「そんな事ないって。真秀ちゃんが鬼に負けなかったから、今があるんじゃないか」

 そう言った時、突然、真秀が咳き込んだ。

「おい、大丈夫か」と背中をさする。

「やはり、ワシに残された時間は長くは無いようだ」

「まだまだこれからだろ。頑張ってその病気を乗り越えようぜ」と元気付ける。

 そして桃眞は言葉を続けた。

「もっと生きて、長く生きて、これからもっと色んな人生を歩むべきだ。きっと楽しい事も沢山あるはずだ」

 桃眞がそう言うと、真秀は空に浮かぶ三日月を見ながら言葉を発した。

「桃眞。肝心なのは、どれだけ生きたかでは無い。どう生きたかだ」

 その言葉を聞いて、桃眞はハッとした。まだ小さな女の子の言葉に、人生の大切な事を教えられたような気がした。それは、死と向き合っている真秀だからこそ、出た言葉なのかも知れない。

 そして、その言葉を、この歳で導き出したと言う事に、桃眞は尊敬の念を覚えたのと同時に、人生の残酷さと悲しさを感じた。

「よく、そんな難しい事、考えれるよな」

「まぁな」

 何もしてやれない事が悔しく思えた桃眞は唇を噛み締めた。


 真秀は桃眞の目を見つめた。

「ワシは、物心がついた頃に、本当の母様と父様が目の前で殺され、そして今の父様に拾われた。そして直ぐに病を患った。楽しかったと言う記憶はない。だから、どう生きたかと問われても、語れる事や誇れる事など何もないのだ」

 桃眞は黙って話を聞いていた。

「どうかお願いできないだろうか」

「なにを」と優しく訊ねる桃眞。その目には涙が浮かんでいた。

「ワシを忘れないでいて欲しい。そして、立派な陰陽師になってくれ。いつか聞かれた時、昨夜の出来事が……ワシの存在があったからだと自慢して欲しいのだ。それが、ワシがあの世で、どう生きたかを聞かれた際に語れる……誇りだ」

 桃眞は、真秀の細い手を握った。

「忘れる訳ないだろ。小生意気な喋り方しやがってさ」と涙を流しながら笑って見せる。

 そう言うと、桃眞は真秀を優しく抱きしめた。華奢な体を感じながら……。

「俺は……お前が生きた証だ……。だから、もうその喋り方は辞めろ。強がる必要は無い。泣きたい時は泣いてもいいんだ」

 そう言いうと、真秀は桃眞の背中に回していた手で、白い狩衣を力いっぱい握った。そして、声を上げて泣き出した。

「…………怖いよ……怖いよぉぉ。死にだぐないよぉぉぉ。まだまだ生きだぁぁぁぁあい……」

 その言葉に、桃眞の目から涙がボロボロと溢れた。

「それで……いいんだ……。よしよし……」と、桃眞は真秀の頭を撫で続けた。


 真秀の子供の様に泣きじゃくる声を聞きながら、桃眞は、自分を恥じた。

 同じように両親、そして友達を目の前で殺され、自分は、この世で一番不幸だと思っていた。なんて呪われた人生なんだろうかと。

 だが、桃眞よりも遥かに幼い真秀は、人生で一度も報われる事もなく、自らの生きた証を桃眞に託す事で、小さな希望の光を感じようとしてくれている。

 もちろん、異形の鬼への復讐心を忘れる事はできない。だが、今の人生を恨み、不幸だと思う事が、愚かに思えたのだ。

 これからは前だけを見て突き進む。

 真秀の思いが、桃眞の心の中に根付き始めた。

 そして、もう振り返らないと桃眞は誓った。



 真秀の下を去り、桃眞はまた行灯を片手に、晴明の屋敷へと歩を進めた。
 来る途中で出会った不気味な男に、また遭遇しないかと不安を抱きながら、歩を早める。


 暫く歩いていると、小路と小路が重なる十字路の中心の床に、黒い何かが見えた。

 気になり近づくと、その正体に恐れをなした桃眞が行灯を床に落とした。

「え、何コレ……」

 目の前の黒い何かは、犬の顔だった。

 犬の顔が、土の地面から突き出ている。行灯を近づけると、首の周りの土が赤黒く染まっている。恐らく犬の血だろう。

 辺りを見回すが、人一人居ない。

 薄目の中で黒い瞳がゆっくりと動いたが、もう手遅れな程に死にかけている。

「誰がこんな酷い事を……」

 桃眞は、行灯を床に置き、地面を照らしながら、犬の周りの土を素手で掘り返した。

 暫くして、犬を地面から救出。どうやら首を切られている。
 そうこうしている内に、犬は、桃眞の腕の中で息絶えた。

「かわいそうに……」

 桃眞は、平安京のメインストリートとも言える、朱雀大路に出て、道端の草地へと着くと、近くに落ちていた枝で穴を掘り始めた。

 そして、そこに犬を埋めて供養した。


 晴明の屋敷へと戻ってきた桃眞は、母屋の灯りが消えている事を確認すると、瓶子に入った水を飲み、隣の部屋で床に付いた。


 桃眞が目を覚ましたのは、晴明の浮ついた笑い声のせいだった。

「うるさい……」と、桃眞は起き上がると、目を擦りながら縁側へと出た。

 今日は平安京に来て初めての鉛色の空だった。
 また、若い女と戯れているのかと思ったが、そこに居たのは、男だった。

 水色に金の刺繍が入った、狩衣とは違う、袖の長い直衣(のうし)を纏い、黒い烏帽子。(しゃく)と呼ばれる30センチ程の細長い木の板を持っている。

「どちらさん」と桃眞が訊ねると「(ちん)の事か?」と男は、自分の顔に指を差した。

「ちん……下ネタ」と桃眞は聞き返す。

「……しもねた」と、その男はまたも聞き返した。

 話が噛み合わない……。
 その時、晴明が口を開いた。

「村っちょ。コイツは口の聞き方を知らんのだ」

「晴明。またその様な呼び方を。帝と呼べ、帝と」と笑いながら答える男。

 どうやら帝らしい。

 無骨な表情に、彫りの深い顔。整えられた口髭と顎鬚が目立つ。
 厳格そうではあるが、どこか憎めそうにもない愛嬌が垣間見える。

「みかどって、あの帝の事すか」

「お主、朕を知らぬと申すか。処す?」と晴明の表情を伺う。

 中庭で跪く護衛の武人が、刀を鞘から抜きかけた。

「いや、処さぬとも良いだろう」と、帝が持つ杯に、瓶子を傾けた。

 帝が、手の平をひらひらと仰ぐと、武人は、刀を鞘に収めた。

「このお方は、村上天皇。帝だ」と晴明は紹介した。

「そ、そうなんですね。で、村上だから、村っちょすか。チャリーっすね」

 その言葉に顔を強ばらせた帝。

「何たる無礼。その名を口にしても良いのは晴明のみ。処す? 処す?」と、晴明を見る。
中庭で跪く護衛の武人が、刀を鞘から抜きかけた。

「いや、処さぬとも良い」

 帝が、手の平をひらひらと仰ぐと、武人は、刀を鞘に収める。 

「晴明さん……、何となく察しはつきますけど、処すって何?」

「お前を殺すと言う事だ」

「いや、めっちゃサイコパスじゃないですか」


 その後、晴明は、桃眞を交え、あらかたの経緯を帝に説明した。

 やはり、スマートフォンを見せると「あなやッ!?」と絶叫していた。

 帝からは、平安時代の先の出来事を聞かれたが、あまり歴史に詳しくない桃眞が困り果てていると、晴明が「村っちょ、あまり先の世を知らん方が良いぞ」と諭してくれた。


 なぜ晴明が『村っちょ』と読んでいるのかは、現代のあだ名を付ける感覚とは少し違っていた。

 帝が、自分の名前を言おうとした時に、しゃっくりが出てしまい、『村っちょ! 村っちょ!』と発した事が発端らしい。

 そこに愛嬌を感じた晴明は、親愛の思いを込めてそう読んでいる。
 帝が気を許している晴明だけが、そう呼ぶ事を許されているのだ。


 帝は、時折、酒や(さかな)を持っては、ラフな直衣に着替え、晴明の屋敷に遊びに来る。

 この時だけは、自分が帝である事を忘れ、一人の男として、晴明とたわいもない話ができる。息抜きでもあるのだ。

 ちなみに、好奇心旺盛な帝は、晴明が関わった妖しに同行したり、時には、帝が聞いた事件を一緒に解決したりという事もあるらしい。


 晴明は、桃眞の土に汚れた手に気付いた。

「桃眞。その手、どうしたのだ」

「あ、これですか。昨日の晩、道の真ん中に、死にかけの犬が埋められてたんですよ」

 そういうと、帝が「お主、その犬を掘り起こしたのか」と慌てた様子で訊ねた。

 何故、それ程までに慌てるのか。その訳理由も分からず、訝し気に「そうです……けど」と答えた。

 晴明が口を開いた。

「それは、今では禁止とされている呪術だな」

「呪術……」と言葉を繰り返す。

「飢餓状態の犬を、そのままや、時には首だけを埋めたりもする。その上を人が跨ぐ事で、怨念を蓄え呪物として呪いを成就させる。犬の周りに食べ物を置き、首を斬り落とした瞬間に食べ物に喰らい付く頭部を焼き、その骨を呪術に使うという事もある。その犬は犬神とも呼ばれるが、何れにせよ、惨たらしい光景故、今では使われる事はない」と、淡々と晴明は説明した。

 その光景を想像すると、胸の気持ち悪さを覚えた桃眞

「誰がそんな事を……。あっ……」

「どうした」

 桃眞は昨夜みた髪の長い男の事を思い出した。


 桃眞から、謎の男の話を聞いた晴明と帝。

 帝は、晴明の方へ向き、「なぁ、晴明。もしやすると、道満ではなかろうか」と訊ねる。

「誰だそれは……」と、心当たりの無い様子で答える。

「芦屋 道満だ。都に帰ってきたのか?」

「悪いが、俺は抱いた女の名前しか覚えておらん。男に興味はない」

 そう言い、杯を唇に付ける。

「その芦屋 道満って何者なんですか」と桃眞が訊ねた。

 帝が答える。

「陰陽寮に属していない陰陽師でな。主に、都の外で術を奮っておる。あ奴に道理などない、目的の為なら人の命すら呪物に変えるような危険な男だ。……とは言え、幾度も晴明に術比べを挑みはするが、返り討ちにされておる」

「ほぉ」と言う桃眞の横で、晴明が「俺は術比べをした覚えもない」と嘲笑う。


「あいつ、俺が鬼を喰らった事を知ってました」

「ほう。お前もこの時代で名が売れ始めたかな」とからかう晴明。

「んな訳ないでしょ」

「まぁ、その事がまたお前が首飾りを付けておる原因と言う訳か」と晴明はズバリと言い当てる。

 帝は、お膳の上の餅に手を伸ばした。

「どおりで、犬神に憑かれている事に気付かん訳だ」

 その言葉に、慌てる桃眞。

「えっ、マジで。ちょ、晴明さん、祓って下さいよ」

「お前が、情けを掛けた犬であろう。直ぐに祓ってしまっては味気ないではないか」

「味気ないって……」

「とにかく、その犬神が、今すぐにお前の命を奪おうとは考えておらんようだ。気が済んだら消えるだろう。暫くは側に置いてやれ」

 そう言い、晴明もお膳の餅を齧る。


 遠くの空に稲妻が見えた。

「雨が降るな」と帝が言った。

 風が生暖かい。湿気を含んでいる。

「では、そろそろ朕は帰るとしよう」

 そう言い、立ち上がると、帝は、武人を引き連れ中庭を歩き、門の外へと向かった。

 大きな車輪が付いた籠を、牛が引っ張る牛車(ぎっしゃ)に乗り込む。
 ガタゴトと砂地を車輪が踏みしめ、帝が大内裏へと帰っていった。


 酒と肴を、式神の女に片付けさせた晴明に桃眞は、再度、陰陽の訓練をお願いした。

「晴明さん。もう一度、陰陽の術を教えてくれませんか」

「昨日教えたではないか」

「いや、一日では流石に覚えれないですよ……」

 そう言い、晴明の顔色を伺う桃眞。

 晴明は、今にも雨が降りそうな空を見ながら、一つ条件を出した。

「であれば、一つ頼まれてはくれぬか」

「何をですか」

 桃眞が訊ねると、晴明は袖から人形を取りだした。

「今、紙を切らしておってな。人形を作るのに必要なのだ。悪いが、陰陽寮に行って貰って来てはくれぬか」

「わかりました。じゃあ、雨も降りそうだし、今すぐ行ってきます」

 そう言うと、桃眞は草履を履き、走って大内裏へと向かった。


 朱雀門に着く頃には、ぽつりぽつりと、雨が砂地に染みを作り始めていた。

 門を警護している男に会釈し中に入ると、記憶を頼りに、陰陽寮を目指す。

 令和の時代では大きな屋敷だったが、この平安の時代では、沢山ある離れの一つのようだ。


 『陰陽寮』と書かれた札が掛かっている離れを見つけ、引き戸を開いた。

 中では、この時代の陰陽師達が、六壬(りくじん)と呼ばれる道具や、地球儀の様な道具を使い、吉凶を読み取っている最中だった。

 巻物を開いては、筆で何かを記し、また、道具から何かを読み取る。

 桃眞には、何をしているのか定かではなかったが、陰陽師とは呪術だけではなく、地味な作業もあるんだなと思った。

 そして、そんな地味な作業をする陰陽師が、役割を担うのに、ギリギリのスペースに収めらているかの様に感じた。息が詰まる。


 桃眞は近くにいた陰陽師に声を掛けた。

「すみません。安倍晴明さんの遣いで来たんですけど、紙が欲しいって」

「あぁ、では用意して参るので、しばし待たれよ」と目の前の男は告げ、部屋の隅の棚へと向かった。

 待てとは言われたが、あちこちが気になる桃眞。

 部屋の奥に『漏刻所』と札が掛かった部屋がある。
 出入りする陰陽師の隙から覗くと、水時計が見えた。

 それを見て、元の時代に戻るヒントが無いか気になった桃眞。
 陰陽師達の間を通り抜け、漏刻所の扉を開いた。


 急に音が消えた……。

 振り返ると、小部屋の中に、木製の簡易ベッド。

 そして、前を向くと、さっきまで見えていた石造りの水時計はそこになく、大きなガラス製の水時計があった。

「これってもしかして……」と辺りに視線を巡らせる。

 壁に掛かっている電波時計。

「これってもしかしてッ」と期待に胸が躍る。

 水時計の向こう側から漏刻博士の宮田の姿が見えた。

 やっと帰って来れたのかと、桃眞は安堵し、全身の力が抜けてその場にへたり込んだ。


 つづく

 次回第11話「放課後の式神ファイト倶楽部」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み