1.美鈴、小梅に相談する

文字数 2,245文字

小梅が、「日本昔話成立支援機構」の社食で、海老フライ定食を食べている。


小梅より、5~6歳、年下の可憐な少女がしずしずとやってきて、小梅の前に立つ。

あの…、失礼ですけど、M2018さんですか?
M2018は、あたしだけど。小梅って、呼んでもらう方が、気分がいいな。
小梅先輩、私は、M2488、美鈴と、言います。浩太と同じ養育所で育った、同期です。


ちょっと、失礼していいですか?

いいけど、浩太のお友だちが、あたしに、何の御用かしら?
浩太が、小梅先輩に、厄介なことを、お願いしちゃったと、言ってました。
小梅、周りを見回し、声を潜める。
あっ、乙姫役の沙紀のこと? 調べたけど、手紙を出すの、忘れてた。明日、手紙送るって、浩太に伝えといて。

てか、手紙書くほどの話じゃないから、あんたから、浩太に伝えてもらおっか。ちょっと、耳を貸して。

はい。
美鈴、テーブルの上で身を乗り出して、小梅の口元に耳を近づける。
この間、あたしの同期のサクラが、初めて、乙姫をやった。他のキャストが、「サクラさんが乙姫だったおかげで、リラックスして、できました」と、すごく喜んでたって。


キャストがそういう事を言うのは、沙紀が乙姫の時は、現場が、そうとうピリピリしてる証拠じゃないの?


あたしがゲットできた情報は、これだけ。探偵じゃないから、うまく探りを入れるなんて、できなかった。浩太に、謝っといて。

小梅先輩、実は、『浦島太郎』の亀をやった同期から、すっごい話を聞いちゃったんです。

沙紀先輩は、浦島太郎役に決まった男性キャストから、お金を取るんですって。それで、男性キャストが払わなかったら、途中で演技を止めて、その理由を、浦島役のせいにするんだそうです。

あんた、それを、浩太に話したの?
ええ、話しちゃいました。やっぱり、まずかったでしょうか?

あんたの同期の亀が言ったことが本当なら、あんたが浩太に話さなくても、沙紀の方から、浩太にコンタクトしてきたと思うよ。


それより、浩太は、どうするって?
お金を払うって、言いました。


お金は、沙紀先輩が直接受け取るんじゃなくて、沙紀先輩の一期後輩のアユさんという人が受け取るらしくて、浩太は、その人に、連絡を取ったんです。それで、明日、大道具倉庫で会うことになって。

あなたは、なぜ、こんな話を、あたしにしてるの?
小梅先輩に、浩太を止めてもらいたいと思って。

浩太は、私が、何を言っても、聞いてくれないんです。

おかしなことを言う子ねぇ~

だって、ワイロのことは、あんたが、浩太に話たんでしょ。ワイロを使えば『浦島太郎』で成功できるって、教えたのと、同じじゃない。

それを、あたしに、浩太を止めて欲しいだなんて、あんた、頭、どうかしてるよ。

私、ワイロの話を、本当は、浩太にしたくありませんでした。だって、沙紀先輩は、ヒドイことをしてるんですよ。浩太を、そんな悪事に付き合わせたくなかった。
でも、結局、教えたんでしょ。
浩太、育成所出てから、ずーっと、脇役ばかりで、パッとしなかったんです。

それが、『舌切り雀』でブレイクしたみたいで、大きな役で立て続けに成功して、次は、大ブレイクしてビッグになるんだって、ものすごく張り切ってた。

そんな浩太の役に立つかもしれない話を黙ってたら、浩太に悪い。そんな気がして・・・

それで話したら、浩太がワイロを使うことに決めた。

今さら、あんたが、どうこう言えることじゃない。

まして、あたしには、全然、関係のない話だわ。

でも、一度でもワイロを使って成功したら、また、使いたくなるんじゃないかって・・・
ワイロを使うことに、抵抗がなくなるかもね。


だけど、ワイロを使う機会なんて、めったにないはずだよ。ワイロを払ってまで、ご機嫌を取ったらイイことがある相手と言ったら、主役くらいのものだ。

でも、主役級のキャストは、使いきれないくらい高い給料をもらって、地球への観光旅行も、させてもらえる。バレたら、そういう特権がチャラなのに、ワイロを取るなんて、まともに計算ができる奴は、やらない。


沙紀が、頭が、イカレてるだけだ。もしかしたら、あいつは、カネもうけより、自分が他人を支配しているっていう感覚が、好きなのかもね。

そう、それなんです。

沙紀先輩は、一度、自分にワイロを払ったキャストを、繰り返し、相手役に使って、その都度、ワイロを取るんだそうです。

指名されたキャストは、沙紀先輩に昔話をぶち壊されたくないから、泣く泣くワイロを払って、付き合い続けるんですって。

ちょっと待った!

昔話で、誰が、どの役をやるかは、主役じゃなくて、キャスティング部長が決めるんだよ。

沙紀が、いつでも、自分の好きなキャストを相手役に選べるわけがない。


それとも・・・まさか?

その、「まさか」なんです。


沙紀先輩は、キャスティング部長を抱き込んでて、ワイロのほとんどは、キャスティング部長に流れているらしいんです。

待って!あたしを、面倒な話に巻き込まないで欲しい。


今の話は、全部、聞かなかったことにする。


あたしは、ここで、海老フライを味わうことに専念するから、あんたは、あたしの見えない所に消えて、二度と、姿を見せないでちょうだい。

でも、私は、浩太が、沙紀先輩の奴隷にされるのかと思うと、我慢ができないんです。
それは、あなたの気持ちの問題で、あたしの問題では、ない。

さっさと、あたしの前から、消えてちょうだい。

シッ、シッ。

美鈴は、うなだれて、立ち去る。


小梅は、イヤな記憶を振り払うように、猛然と、海老フライに食いつくのだった。

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登場人物紹介

小梅

地球の並行世界ラムネ星に設置された「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャスト。遺伝子改造されたクローン人間で、地球上の様々な動物に変身できる。

日本の「むかし、むかし、あるところに」派遣されて、動物が登場する、日本昔話を成立させるのが仕事。動物役が専門だが、たまに、人間役をすることも、ある。

仕事の成績は、あまりパッとしない。短期で、言葉づかいが、荒い。

しかし、度胸満点で、目先の損得にこだわらない。実は、助けを求められると、見過ごしにできないタイプ。

浩太

小梅より5歳年下のクローン・キャスト。動物変身も、主役の人間もできる、オールラウンダー。

『舌きり雀』で、途中まで小梅の足を引っ張っていたが、最後に、成功を決める一手を放ったので、小梅に対して、態度が大きい。

『浦島太郎』の主役に選ばれ、物語を成功させるために、乙姫役のクローン・キャスト沙紀にワイロを払おうとしている。

美鈴

浩太と同期のクローンキャスト。浩太とは同じクローン人間育成所で育った、幼馴染。

沙紀がワイロを取り立てた相手を、ずっと利用し続けると知り、小梅に、浩太がワイロを払うのを止めて欲しいと頼みにくる。

浩太だけでなく、周りの皆を気づかう、心優しい女性。

沙紀

「日本昔話成立支援機構」でも、指折りの美女。

「かぐや姫」、「乙姫」、「鉢かつぎ姫」など、美人役専門。小梅と同期だが、動物役専門の小梅とは、仕事上の接点は、ほとんどない。

実は、他人を支配することに最大の喜びを感じる、魔性の女。キャスティング部長を抱きこんで、自分の好みの男性キャストを相手役に指名させ、そのキャストからワイロを取る。もっとも、ワイロはキャスティング部長に流れ、沙紀は、相手の男性キャストをもてあそぶことを、生きがいにしている。

アユ

沙紀の一期後輩で、沙紀の手下。ワイロの取り立て役をしている。

小梅とは正反対に、ていねいな言葉づかいをする。

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