第6話
文字数 2,745文字
幸子は中学にさえ、ろくに行ってなかった。
いじめがひどかったからだ。
幸子はほとんど学校に行ってなかった。行けなかったのだ。
芸能活動と枕営業に忙しかったし、久々に学校に行けば「売れてないのに芸能人気取り」だとからまれた。勉強にも全くついていけず、それもからかいや蔑みのタネになった。
小さないじめなど幸子には何ともなかった。もっとひどいことを自然と受け入れていたからだ。
しかし、この幸子のいじめを受け入れ受け流す姿勢が事件を引き寄せる。
それは、中二の肌寒くなりはじめた頃に起こった。
その日、幸子はクラスの女ボス猿に、「出る」と噂が広がり、生徒が近づかない校舎の裏に引きずり込まれた。
猿の手下は二人だ。大層なことだ。
手下の二人が幸子を押し倒し、両手を抑えた。
「痛いっ! 離してよっ!」
幸子が暴れるので、二人は抑え込むのに必死だ。
「静かにしなよ」
猿が幸子に近づいた。
猿は幸子の腹にまたがり、幸子の顔を見下ろした。
「たいしてきれいでもないくせに」
「あんたよりましよ」
猿の眦がぐいとあがる。
この猿は醜い。広がった鼻の穴、上下左右の肉に圧迫されつぶれた目、腫れあがったような上唇。
猿が小学校のとき、容姿の醜さからひどいいじめにあっていたのを幸子は横目で見ていた。
かわいそうとも何とも思わなかった。
自分は毎晩のように大人たちにいいようにされていたのだから。
中学にあがりぐんぐんと体を巨大化させた猿は、自分をいじめたものに復讐しはじめた。
それが一通り終わると、猿は幸子に目をつけた。
ないものを持っている者を激しく憎む。
それは幼稚な感情だが、何よりも強い感情だった。
「生意気言えなくしてやる」
大きな猿が幸子の細い腹にのっている。
苦しい。吐き気がする。幸子は顔をゆがめた。
それを認めた猿がにやりと笑い、背に隠していた右手を見せる。
そこにはカミソリが握られていた。
「何? 何する気よっ!」
まずは髪の毛だ。
そう言って笑った猿が、幸子の髪をつかみ、切り落としていく。
幸子の顔に、刈られた短い毛が降り注ぐ。
「やめてっ!」
猿は幸子の髪をいたぶり続けた。
手下二人は暴れる幸子の両側を必死の形相で抑えている。
「次は眉毛だ」
「いやっ!」
幸子が顔を反らすと、猿は男のように大きな手で幸子の細いあごをつかんで固定した。
「動くと切れるぞ」
猿が低い声でささやく。幸子は強く目をつぶり、固まった。
ジョリジョリ。
肌を伝わり、音が耳に届く。とても大きな音に感じた。
幸子の皮膚をカミソリがなでる感覚が続く。
「ははっ、はははははっ」
猿は笑いながら、幸子の眉をそり落とした。
「変な顔ーー!」
猿が咆哮した。
幸子はくやしさのあまり涙を流した。
「泣くな! まだまだこれからだよっ!」
幸子は最後の力を振り絞って暴れる。
抑える女たちも必死だ。
ここで幸子を取り逃がせば、猿は女たちを執拗に攻撃するだろう。
逃げる幸子を抑える女たちも、いま必死で逃げている。
「毛はまた生えてくるからな。やっぱり、ちゃんと傷をいれないと」
猿の目は笑っている。
幸子はその目を凝視した。
猿の目は遠くを見ているようにうつろで、幸子の目を捕らえていない。
強い風が吹き、猿の前髪をめくる。そこには不自然な傷跡があった。
猿はいつか自分がやられたことを仕返しているだけなのかもしれない。
「やめて。お願いだから」
幸子の体から力が抜ける。
猿の目はやはり幸子を見ていない。遠い過去を見ているのだろう。
これでは止めることは無理だ。幸子は観念した。
そのとき、猿の体がぐらりと横に倒れた。幸子の視界から猿が消える。
何が起こったのか、幸子にはわからない。
猿が倒れたほうとは反対側に目をやると、そこには一学年上の増永がいた。
喧嘩がめっぽう強く乱暴者で、周囲から恐れられている男だ。
「大丈夫か」
増永は幸子を抑えている女子生徒二人も蹴り上げる。
腹や背中を蹴られた女たちはその場にうずくまった。
増永は幸子を抱き起した。
「うん」
幸子は増永に抱きついた。
増永には何度も抱かれた。今日もここで抱かれる予定だった。
増永が遅刻しなければ、こんなことにはならなかったのに。
学校でいじめ続けられた幸子は、何かあったときのために増永に自分の体を好きにさせていた。
増永のセックスは幼稚で、すぐに頂点に達した。
大人を相手にしていた幸子にとって、増永は簡単にいいなりになるおもちゃだった。
猿が慌てて逃げようとする。
「逃げてんじゃねえよ」
増永が立ち上がった猿に何度も蹴りをいれる。容赦のない男の蹴りに猿はうめき声をあげた。
猿の手には何も握られていなかった。
幸子は猿が握っていたカミソリをさがし、取り上げる。
そして、すばやい動きで猿に近づき、猿の腕を、足を何度も切りつけた。
「ぐふっ!」
そのたびに猿は大声をあげ、のたうち回った。
その様子を見ていた手下の二人が逃げようとする。
幸子は増永の蹴りで弱っていた二人を押し倒し、その四肢を必要に傷つけた。
周囲の渇いた土が血で染まっていく。
幸子は狂ったようにカミソリをふるった。
きゃっ! という悲鳴と血しぶきが周囲に飛び交う。
「いいかげんにしろっ!」
増永が幸子を抑える。
「警察沙汰になるぞ」
「なっても構わないわよ!」
「いいから見とけ」
増永が猿と二人の女子中学生をボコボコにしていく。
殴り蹴りする間に、女たちの体は血を流し、変色し、腫れあがり、力を失っていった。
女たちが気を失ったところで、増永は女たちを全裸にした。
幸子も協力する。
二人は脱がした衣服で三人を縛り上げる。
「行くぞ」
増永が歩きだす。
「待って」
幸子はカミソリを手に猿に近づいていく。
そして、縛られている足の先、アキレス腱にカミソリをあて、すっと一気に引いた。
「ぎゃっ!」
それを二度繰り返し、幸子はその場を離れた。
家に帰ると幸子の様子に気付いた母が狂ったように泣き叫んだ。
由紀子は嬌声をあげながら、学校に乗り込んだ。
そして、そのまま幸子を学校に行かせなくなった。幸子もそれならばと行かなくなった。学校に未練はなかった。会いたい友人もいなければ、学び続けたいこともなかった。
こんなふうに義務教育さえちゃんと受けなかった幸子だ。
まともに漢字も読み書きできない。簡単な計算もできない。
そんな幸子ができる仕事といえば、水商売しかなかった。
いじめがひどかったからだ。
幸子はほとんど学校に行ってなかった。行けなかったのだ。
芸能活動と枕営業に忙しかったし、久々に学校に行けば「売れてないのに芸能人気取り」だとからまれた。勉強にも全くついていけず、それもからかいや蔑みのタネになった。
小さないじめなど幸子には何ともなかった。もっとひどいことを自然と受け入れていたからだ。
しかし、この幸子のいじめを受け入れ受け流す姿勢が事件を引き寄せる。
それは、中二の肌寒くなりはじめた頃に起こった。
その日、幸子はクラスの女ボス猿に、「出る」と噂が広がり、生徒が近づかない校舎の裏に引きずり込まれた。
猿の手下は二人だ。大層なことだ。
手下の二人が幸子を押し倒し、両手を抑えた。
「痛いっ! 離してよっ!」
幸子が暴れるので、二人は抑え込むのに必死だ。
「静かにしなよ」
猿が幸子に近づいた。
猿は幸子の腹にまたがり、幸子の顔を見下ろした。
「たいしてきれいでもないくせに」
「あんたよりましよ」
猿の眦がぐいとあがる。
この猿は醜い。広がった鼻の穴、上下左右の肉に圧迫されつぶれた目、腫れあがったような上唇。
猿が小学校のとき、容姿の醜さからひどいいじめにあっていたのを幸子は横目で見ていた。
かわいそうとも何とも思わなかった。
自分は毎晩のように大人たちにいいようにされていたのだから。
中学にあがりぐんぐんと体を巨大化させた猿は、自分をいじめたものに復讐しはじめた。
それが一通り終わると、猿は幸子に目をつけた。
ないものを持っている者を激しく憎む。
それは幼稚な感情だが、何よりも強い感情だった。
「生意気言えなくしてやる」
大きな猿が幸子の細い腹にのっている。
苦しい。吐き気がする。幸子は顔をゆがめた。
それを認めた猿がにやりと笑い、背に隠していた右手を見せる。
そこにはカミソリが握られていた。
「何? 何する気よっ!」
まずは髪の毛だ。
そう言って笑った猿が、幸子の髪をつかみ、切り落としていく。
幸子の顔に、刈られた短い毛が降り注ぐ。
「やめてっ!」
猿は幸子の髪をいたぶり続けた。
手下二人は暴れる幸子の両側を必死の形相で抑えている。
「次は眉毛だ」
「いやっ!」
幸子が顔を反らすと、猿は男のように大きな手で幸子の細いあごをつかんで固定した。
「動くと切れるぞ」
猿が低い声でささやく。幸子は強く目をつぶり、固まった。
ジョリジョリ。
肌を伝わり、音が耳に届く。とても大きな音に感じた。
幸子の皮膚をカミソリがなでる感覚が続く。
「ははっ、はははははっ」
猿は笑いながら、幸子の眉をそり落とした。
「変な顔ーー!」
猿が咆哮した。
幸子はくやしさのあまり涙を流した。
「泣くな! まだまだこれからだよっ!」
幸子は最後の力を振り絞って暴れる。
抑える女たちも必死だ。
ここで幸子を取り逃がせば、猿は女たちを執拗に攻撃するだろう。
逃げる幸子を抑える女たちも、いま必死で逃げている。
「毛はまた生えてくるからな。やっぱり、ちゃんと傷をいれないと」
猿の目は笑っている。
幸子はその目を凝視した。
猿の目は遠くを見ているようにうつろで、幸子の目を捕らえていない。
強い風が吹き、猿の前髪をめくる。そこには不自然な傷跡があった。
猿はいつか自分がやられたことを仕返しているだけなのかもしれない。
「やめて。お願いだから」
幸子の体から力が抜ける。
猿の目はやはり幸子を見ていない。遠い過去を見ているのだろう。
これでは止めることは無理だ。幸子は観念した。
そのとき、猿の体がぐらりと横に倒れた。幸子の視界から猿が消える。
何が起こったのか、幸子にはわからない。
猿が倒れたほうとは反対側に目をやると、そこには一学年上の増永がいた。
喧嘩がめっぽう強く乱暴者で、周囲から恐れられている男だ。
「大丈夫か」
増永は幸子を抑えている女子生徒二人も蹴り上げる。
腹や背中を蹴られた女たちはその場にうずくまった。
増永は幸子を抱き起した。
「うん」
幸子は増永に抱きついた。
増永には何度も抱かれた。今日もここで抱かれる予定だった。
増永が遅刻しなければ、こんなことにはならなかったのに。
学校でいじめ続けられた幸子は、何かあったときのために増永に自分の体を好きにさせていた。
増永のセックスは幼稚で、すぐに頂点に達した。
大人を相手にしていた幸子にとって、増永は簡単にいいなりになるおもちゃだった。
猿が慌てて逃げようとする。
「逃げてんじゃねえよ」
増永が立ち上がった猿に何度も蹴りをいれる。容赦のない男の蹴りに猿はうめき声をあげた。
猿の手には何も握られていなかった。
幸子は猿が握っていたカミソリをさがし、取り上げる。
そして、すばやい動きで猿に近づき、猿の腕を、足を何度も切りつけた。
「ぐふっ!」
そのたびに猿は大声をあげ、のたうち回った。
その様子を見ていた手下の二人が逃げようとする。
幸子は増永の蹴りで弱っていた二人を押し倒し、その四肢を必要に傷つけた。
周囲の渇いた土が血で染まっていく。
幸子は狂ったようにカミソリをふるった。
きゃっ! という悲鳴と血しぶきが周囲に飛び交う。
「いいかげんにしろっ!」
増永が幸子を抑える。
「警察沙汰になるぞ」
「なっても構わないわよ!」
「いいから見とけ」
増永が猿と二人の女子中学生をボコボコにしていく。
殴り蹴りする間に、女たちの体は血を流し、変色し、腫れあがり、力を失っていった。
女たちが気を失ったところで、増永は女たちを全裸にした。
幸子も協力する。
二人は脱がした衣服で三人を縛り上げる。
「行くぞ」
増永が歩きだす。
「待って」
幸子はカミソリを手に猿に近づいていく。
そして、縛られている足の先、アキレス腱にカミソリをあて、すっと一気に引いた。
「ぎゃっ!」
それを二度繰り返し、幸子はその場を離れた。
家に帰ると幸子の様子に気付いた母が狂ったように泣き叫んだ。
由紀子は嬌声をあげながら、学校に乗り込んだ。
そして、そのまま幸子を学校に行かせなくなった。幸子もそれならばと行かなくなった。学校に未練はなかった。会いたい友人もいなければ、学び続けたいこともなかった。
こんなふうに義務教育さえちゃんと受けなかった幸子だ。
まともに漢字も読み書きできない。簡単な計算もできない。
そんな幸子ができる仕事といえば、水商売しかなかった。