相良の仮説

文字数 2,820文字

(このエピソードは、物語の性質上、

を用いています)
新一と相良の意識の声は『 』で表現しています。

『新一、柳原一飛層が死んで自分が消滅してしまうという感じに変わりはないか?』
『うん。説明できないけれど、だんだんと強くなってきている。でも、意識は保てるようになったよ。どうしよう……爺ちゃん……爺ちゃんは助かるはずなのに……』
 相良は考えた。考えれば考えるほど混乱を極めた。だが、混乱の中で、突拍子もない仮説を思いついた。それは、かなり現実離れしていて自分でも信じられないものであった。
『新一、俺の仮説を聞いてくれ。貴様の意識のタイムスリップとやらは偶然などではなく必然ではないのか?』
『えっ? そんな事……何か根拠はあるの?』
『いや、無い。だが俺のこの時計を柳原一飛層が持っていたという事は、俺は柳原が死なないという未来を知っていた事になる。それは新一、貴様の意識と出会ったからという事に他ならない』
『そうか、うん。爺ちゃんは、どうして相良少尉がその時計を自分にくれたのか分からないって言ってた。だから自分が死んで向こう側に行ったら少尉に聞いてみるって』
『そうか、そうだろうな。で、俺の仮説だが、歴史は危険を犯してでも貴様を昭和20年7月10日の俺の意識の中に飛ばさねばならなかった。それが何故かはわからないが、俺と貴様に共通する何かが鍵となる。だが、その為に歴史の意図とは全く別の歴史に変わってしまう危険性もある。そしてその危険は今これから起きようとしている』
『どういう事? 相良君、何を言っているのか分からないよ』
『いいか、歴史は貴様をこの時代の俺の意識の中に送った。それは多分、貴様の時代、もしくはそれ以降に起きる辻褄の合わない大きな矛盾。それを是正する為だ。だが、それには危険も伴う。歴史は貴様が言うように過去の大筋を変える事はしない。そして、その為には多少の変化は許容する』
『どういう事?』
『つまり、俺たちは意識的にしろ、無意識的にしろ、未来に起こってしまう大きな矛盾を是正する為に何かをしなければならないという事だ。だが、現状それが出来ていない。なので、歴史はあらかじめ用意していた保険を発動した』
『保険?』
『そうだ。その保険が柳原一飛層の死。強いては貴様の消滅だ。多分、柳原一飛層の末裔、つまり貴様の人生が関わるであろう矛盾を訂正する為に貴様は送られた。その矛盾の是正には俺の行動が必要不可欠なのだろう。だが、そこまでしたにもかかわらず、その矛盾を訂正する事が出来なかった場合、少し乱暴だが、柳原一飛層の存在そのものを消してしまったほうがましだと歴史は考えた……というのが俺の仮説だ』
 相良はそう言ったが、自分でも信じられなかった。明確な根拠もない。勿論、証明も出来ない。SFにも程がある。自分は現実主義者だ。第六感だとか幽霊などの超常現象については誰よりも否定的だった。だがそう思ったのだ。どこからともない不思議な意識にそう囁かれたような気もした。多分、新一が感じたという消滅の意識……それと同じようなものなのかもしれない。
『新一、どうだ? 今にも消滅しそうか?』
『うん……でも今すぐって感じではないよ』
『そうか、何とか耐えろ。もう少し考えてみる』
『相良君、君の仮説は合っているかも知れないし間違っているかも知れない。でも現世で僕はすでに死んでいるのかも知れない。もしかしたら親父も……僕の事はいいから、自分に残された時間を有意義に過ごしてよ。あわゆくば、相良君が死ななくても済む方法を考えるほうが建設的だと思う』
『いいか新一。俺は己の死を受け入れている。この死があるからこそ貴様とこうして会話をする事が出来る。俺はそれで十分だ。だが貴様を消滅などさせない』
『嬉しいよ、ありがとう。相良君は頭がいいから、もしかしたらその仮説は真実かもしれない。でも、状況から考えて無理だと思う。僕の身に起きる矛盾なんて、想像がつかないよ……』
『諦めるな! 俺の死を無駄にするな!』
『うん……ありがとう。相良君、君とは現世で友達になりたかったな』
『酒を酌み交わす事はできないが、俺と貴様は既に友だ』
 相良も同じ気持ちだった。今までの人生で、親友と呼べる人物は上田しかいなかった。上田とはまた違った性格の新一。本来ならば自分とは接点の無いはずの新一に強い親近感を覚えていた。
 気が付くと朝食の時間はとっくに過ぎていた。
 廊下で相良は高野整備兵に呼び止められた。
「相良少尉、おはようございます。昨夜の柳原一飛層との勝負、少尉の勝利だったとお聞きしました。少尉は何でも出来るのですね。改めてご尊敬申し上げます」
 高野はキラキラと目を輝かせて相良の手を握った。
 この高野という青年はこの後どうなるのだろう。戦後、生きて故郷に戻るのだろうか。どんな大人になるのだろう。爺ちゃんに聞いてみたかった。
「将棋ごときで大袈裟にするな。それより、柳原一飛層に何か変わった事はないか?」
 何か、何か変化はないだろうか。俺は何を見逃している?
「いえ、少尉との対戦に興奮しておられました」
「そうか……それより貴様、油だらけではないか。こんな朝早くから飯も食わずに整備をしていたのか?」
 高野整備兵の指先は黒く汚れ、顔にも油がついている。
「はい。昨夜、柳原一飛層がご自分でされると言われた注油ですが、気になったので念の為、今朝から点検しておりました。そうしたら一飛層の的に致命的ともとれるゴムの亀裂が見つかったんです。丁度、昨日届いたあの部品で修理出来たので良かったです。そこで、少尉の的も同型艦なので、点検させて頂きましたが大丈夫でした。ついでに各部増し締めしましたので弁の開閉が硬かったら仰って下さい」
そう言うと高野は頭を下げてその場を立ち去っていった。
 高野が立ち去った後、相良はしばらくその場にたちすくんでしまった。大変な事に気がついたのだ。もしかして……
『相良君。もしかして爺ちゃん……』
 新一も同時に気がついた。
『貴様も気がついたか』
『うん。多分……爺ちゃん、油圧の故障で特攻出来なかったって……』
『畜生! 俺が柳原を探したりしなければ、奴は昨夜、高野と会う事は無かった。そして奴の的の整備も……』
 相良はその場所にヘナヘナと座り込んでしまった。
「相良少尉、いかがされました?」
「いや何でもない」
 周りの声を振り払って相良は立ち上がり、表に出た。
『新一、すまない。俺の軽率な行動のせいで……今更、柳原一飛層の的を元に戻す事は不可能だ。すまない……』
『それが原因だと決まった訳じゃないよ。それに、僕が来なくても、あのパッキンは交換されたのかも知れないし……』
 そうは言ってみたが、原因はパッキンの交換だろう。だが相良を責めるつもりなど毛頭ない。彼は新一の為にベストを尽くしてくれたのだ。もしかしたら、爺ちゃんを消滅させることが歴史の目的なのかもしれない。
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