第3話

文字数 1,093文字

 母は祖父からどんなひどい仕打ちを受けても、父に相手にしてもらえなくとも、父とは別れなかった。祖父は母の作った料理が不味いと言って箸をおき、近所の町中華屋に食べに行くこともよくあった。父も同じく黙って箸をおき、近所のコンビニに行き何かを買ってきて鍵のついた自分の部屋に戻ってくることもある。しかし母はそれらの冷酷な行為を黙って受け入れるのだ。僕はそれが不思議であった。祖父からどんなに理不尽な仕打ちを受けても、自称恋愛結婚のはずの父に無視されても母はこの家に居続けた。その謎をなんとなく理解したのが、小学校の運動会だった。祖父と祖母と母が毎年運動会を見に来たけど、決してそれは僕を見に来たわけではない。それは祖父が地元の神社の厳格な宮司様という権力を示すためのものだった。祖父のもとにはいろいろな人が挨拶に来た。地元住民だけではなく、小学校の校長や教頭、後から知ったのだが地元の市会議員までも祖父に挨拶に来ていた。その横で母は僕には見せたことない笑顔で挨拶を聞いていた。それを見たとき僕は母がこの家の人ではなく、この家の人が持っている権力が好きなのだとなんとなく理解した。そして挨拶に来た人が「息子さんはいいお嫁さんをもらいましたね」とか言うと、祖父は「そうですね。息子にはもったいないくらいの嫁です」と心にも思っていないことを言っていた。「まだ若いし」とか言われると「本当に息子にはもったいないです」と嘘ばかり言う。うちでは母に女は黙って男に従えとか、女に教育は必要ない、高卒くらいで十分だとか跡継ぎの男を生めばそれだけでいいとかさんざん言っているのに、外で母のことを言われたらそれらがまるで嘘のように母を褒める。祖父もそうだがみんなうちでの態度と外での態度が違いすぎる。世間的には立派な立場の祖父や父もうちの中では最低の人間だ。そして僕は自分では権力を持てない母は教師として権力を持っている父と結婚したのだと納得する。だから権力が好きな故に別れない。そういえばむかし母は父に生徒のノートを持って帰らせ、中身を見て何か書き込みをしていた。あれは母が疑似的に生徒の上に立って権力を振って自己満足していたのだろう。その後、父が自称進学校レベルに転任になってから内容についていけないのか? ノートへの書き込みは止めたけど、母にとっては何よりも権力が好なのだと強く思うようになったエピソードである。結局母も祖父や父と代わらない最低な人間なのだ。そして僕はそんな両親から生まれた罪の存在である。僕も罪人という意味では両親と何ら変わらない。僕は自分にそう言い聞かせて、僕はひと時の現実逃避をする。
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