タンザナイト――4―1
文字数 2,868文字
早朝の着信で目が覚める。
端末を確認してみると、メッセージが一件届いていた。
たかがメッセージ一件で目が覚めるとは、俺の睡眠はそれ程までに浅いのか、それとも、タイミングよくレム睡眠というやつだったのか。
それはそうとメッセージを確認してみると、送り主は舞奈だった。欠伸をして、伸びをしてから見ても送り主は舞奈だった。
内容だけ見れば今日研究室に来てほしいとそれだけだが、そこではない。一体いつ、俺の連絡先をどうやって知ったのか、だ。
考えられるルートは三つある。
一つは研究室で泊まったときだ。警戒していたわけでもなければ、起床時間に関しては舞奈の方が早かった。最近は携帯電話を振るだけで連絡先を交換出来る。それに近いことをやったのかもしれない。
二つ目は愛梨さんを通してだ。愛梨さんは舞奈を知っていた。つまり、舞奈も愛梨さんを知っている可能性があり、何らかの事柄によって俺と愛梨さんが知り合いだと気付き、教えてもらったということ。
最後は、群青の彼から教えてもらったというものだ。群青の彼が俺を監視するために共有する情報の一つに連絡先があった場合は、彼の仲間は皆が知っているという事になる。
行くべきか行かざるべきか、迷いながら身支度を済ませていくうちに、愛梨さんの起床時間になったようで、部屋から出てきた。
「おはようございます」
「おはよう、今日は早いんだね、陽平君」
俺だったら普段自分より起床が遅い相手が起きていると驚きそうだが、愛梨さんはそんな素振りを全く見せなかった。
「本当にそうですよ。自分でもそう思いますから」
「何か用事でも?」
「そういうわけじゃないんですよ。本当、なんか目が覚めただけなんで」
メッセージの事はあえて伏せたが、着信音程度で起きてしまうのだから、何もなくても起きていたに違いないだろう。
身支度を殆ど終わらせた後、ソファの上でくつろぎながら愛梨さんが朝食を作る音を聞いていた。
すると何の脈絡もないかもしれないことだが、ある可能性が思い浮かび、端末を起動する。
愛梨さんと連絡先を交換した時、俺の端末には愛梨さんの連絡先が登録された。ということは、端末の交換機能を使って連絡先を交換したのであれば、俺の端末には、舞奈の連絡先が登録されているはずなのだ。
これで登録されていなければ、二、三の可能性が、特に疑念が混ざる三である可能性が俺の中では一際大きくなる。
呼吸が荒くなり、祈るようにして連絡先を開いてみると、殺風景な連絡先の中には確かに越前舞奈と書かれた項目が存在していた。
安堵の息を吐いた瞬間俺は気付く。メッセージに記されていた送り主は、アドレスのような文字列でも、送信者不明といった単語でもなく舞奈の名前が書かれていたことに。
どうやら完全に、要らぬ疑いを舞奈にかけていた。
だがこれで証明できたのは、全く関係がないではなく、少なくとも俺の連絡先は共有されている情報ではないだろうという事だ。
愛梨さんの作ってくれた朝食を食べてから、とりあえず理久に会うために部屋を出る。
疑いたくないけど疑うしかない。その所為なのか、俺の無気力な性格の所為なのか、疑っているのかどうかという線が曖昧になってしまっているようで、どうせならいっそ、疑うのなんてやめてしまえと、自分に言い聞かせたいほどだ。
自覚する短所に書いていた無気力、面倒くさがり、飽きっぽいがこんなところで響いているかもしれないなんて、日本にいた頃は思いもしなかった。
そもそも日本にいる時は、他者を疑うなんて面倒なことは殆どしたことがない。
俺はいつものベンチで理久が来るのを待っていた。
「待っててくれたんですね。お兄さん」
「まあ、俺は皆みたいに忙しいわけではないからな」
好ましいとは思えないことを少し誇らしげに言ってやると、理久は苦笑いしていた。
「待っていてくれたのは嬉しいんですけど、今は少し時間がないんです」
「そうなのか。それは少し残念だな」
「残念に思ってくれるんですか、本当に、残念に思ってくれるんですかお兄さん」
思ってもいないところで想像以上に食いつかれた。
「それはまあ、少しくらいはな」
「嬉しいです、お兄さんにそう思ってもらえているのがとっても」
柔らかく純粋で、こう言うと誤解されたり怒られたりするかもしれないが、実に可愛らしく理久は笑う。その表情に曇りはなく、本心で言っているのだとすぐにわかった。
「ところでお兄さん。今晩会えますか?」
「今晩? まあ、大丈夫だと思うけど」
これから舞奈のところへ行かなければならないし、行けばきっと閉じ込められて泊まることになるだろう。それでも、用事があるからと必死に説得すればわかってもらえる、はずだ。確証はない。
「なら、今晩会いましょう。その時には僕の秘密も教えてあげます、絶対」
「まじか、それは何と言うか、楽しみだな」
「なので約束してください。ちゃんと来てくれるって」
理久はそう言って小指を突き出してくる。指切りということか。
昔は本当に指を切っていたらしいが、今では約束を守るという意思表示となっている。だから俺は何も考えることなく交わした。その程度だと気楽に考えて、子供じみた行為に付き合ったのだ。
しかし、そんな気楽に思っていたのは俺だけなのか、理久の口からは指切り以外の言葉が出てこなかった。その時の気迫と相まって、数滴の冷水が背中を伝うような気がして、自分の小指を意味もなく見つめる。
これは文化の違いだ、文化の違いなんだ。
「お兄さん」
小指なんか気にしていない、平常を装って理久の顔へと目を向ける。
「指以外には何を切りましょうか」
嬉しそうな愛嬌のある笑みで恐ろしいことを言う。
本気かどうかなんて聞かなくてもわかる。足だろうと首だろうと約束を破れば容赦なく切るつもりだろう。
指を切るだけでも痛いだろうに、それ以上切られてたまるものか。足だろうと手だろうと日常生活に支障が出るし、首なんて間違いなく死ぬ。
「そうだな。なら、髪の毛で」
「頭皮ですか、わかりました」
非常に恐ろしい。流血沙汰以外の選択肢を無くしてくるその態度も、笑顔で平然と言い放つところも。
そもそも頭皮を切るってなんなんだ。削ぎ落とすという事か。想像するだけで心拍数が跳ね上がり、身体が震えそうになる。
「お兄さん、僕はもうそろそろ行かなければならないので、えっと、十一本目はとりあえずお渡しします」
「お、おう」
「それではお兄さん、また今晩会いましょう」
どうやら本当に時間がないようで、どこへ向かっているかは知らないが、目的地へと駆けて行く。
時間がないなら、どうせ今晩会うのだから花はその時でもよかっただろうに。
時間は短くとも理久と会うという目的は達せられ、十一本目の花を貰った。
端末を確認してみると、メッセージが一件届いていた。
たかがメッセージ一件で目が覚めるとは、俺の睡眠はそれ程までに浅いのか、それとも、タイミングよくレム睡眠というやつだったのか。
それはそうとメッセージを確認してみると、送り主は舞奈だった。欠伸をして、伸びをしてから見ても送り主は舞奈だった。
内容だけ見れば今日研究室に来てほしいとそれだけだが、そこではない。一体いつ、俺の連絡先をどうやって知ったのか、だ。
考えられるルートは三つある。
一つは研究室で泊まったときだ。警戒していたわけでもなければ、起床時間に関しては舞奈の方が早かった。最近は携帯電話を振るだけで連絡先を交換出来る。それに近いことをやったのかもしれない。
二つ目は愛梨さんを通してだ。愛梨さんは舞奈を知っていた。つまり、舞奈も愛梨さんを知っている可能性があり、何らかの事柄によって俺と愛梨さんが知り合いだと気付き、教えてもらったということ。
最後は、群青の彼から教えてもらったというものだ。群青の彼が俺を監視するために共有する情報の一つに連絡先があった場合は、彼の仲間は皆が知っているという事になる。
行くべきか行かざるべきか、迷いながら身支度を済ませていくうちに、愛梨さんの起床時間になったようで、部屋から出てきた。
「おはようございます」
「おはよう、今日は早いんだね、陽平君」
俺だったら普段自分より起床が遅い相手が起きていると驚きそうだが、愛梨さんはそんな素振りを全く見せなかった。
「本当にそうですよ。自分でもそう思いますから」
「何か用事でも?」
「そういうわけじゃないんですよ。本当、なんか目が覚めただけなんで」
メッセージの事はあえて伏せたが、着信音程度で起きてしまうのだから、何もなくても起きていたに違いないだろう。
身支度を殆ど終わらせた後、ソファの上でくつろぎながら愛梨さんが朝食を作る音を聞いていた。
すると何の脈絡もないかもしれないことだが、ある可能性が思い浮かび、端末を起動する。
愛梨さんと連絡先を交換した時、俺の端末には愛梨さんの連絡先が登録された。ということは、端末の交換機能を使って連絡先を交換したのであれば、俺の端末には、舞奈の連絡先が登録されているはずなのだ。
これで登録されていなければ、二、三の可能性が、特に疑念が混ざる三である可能性が俺の中では一際大きくなる。
呼吸が荒くなり、祈るようにして連絡先を開いてみると、殺風景な連絡先の中には確かに越前舞奈と書かれた項目が存在していた。
安堵の息を吐いた瞬間俺は気付く。メッセージに記されていた送り主は、アドレスのような文字列でも、送信者不明といった単語でもなく舞奈の名前が書かれていたことに。
どうやら完全に、要らぬ疑いを舞奈にかけていた。
だがこれで証明できたのは、全く関係がないではなく、少なくとも俺の連絡先は共有されている情報ではないだろうという事だ。
愛梨さんの作ってくれた朝食を食べてから、とりあえず理久に会うために部屋を出る。
疑いたくないけど疑うしかない。その所為なのか、俺の無気力な性格の所為なのか、疑っているのかどうかという線が曖昧になってしまっているようで、どうせならいっそ、疑うのなんてやめてしまえと、自分に言い聞かせたいほどだ。
自覚する短所に書いていた無気力、面倒くさがり、飽きっぽいがこんなところで響いているかもしれないなんて、日本にいた頃は思いもしなかった。
そもそも日本にいる時は、他者を疑うなんて面倒なことは殆どしたことがない。
俺はいつものベンチで理久が来るのを待っていた。
「待っててくれたんですね。お兄さん」
「まあ、俺は皆みたいに忙しいわけではないからな」
好ましいとは思えないことを少し誇らしげに言ってやると、理久は苦笑いしていた。
「待っていてくれたのは嬉しいんですけど、今は少し時間がないんです」
「そうなのか。それは少し残念だな」
「残念に思ってくれるんですか、本当に、残念に思ってくれるんですかお兄さん」
思ってもいないところで想像以上に食いつかれた。
「それはまあ、少しくらいはな」
「嬉しいです、お兄さんにそう思ってもらえているのがとっても」
柔らかく純粋で、こう言うと誤解されたり怒られたりするかもしれないが、実に可愛らしく理久は笑う。その表情に曇りはなく、本心で言っているのだとすぐにわかった。
「ところでお兄さん。今晩会えますか?」
「今晩? まあ、大丈夫だと思うけど」
これから舞奈のところへ行かなければならないし、行けばきっと閉じ込められて泊まることになるだろう。それでも、用事があるからと必死に説得すればわかってもらえる、はずだ。確証はない。
「なら、今晩会いましょう。その時には僕の秘密も教えてあげます、絶対」
「まじか、それは何と言うか、楽しみだな」
「なので約束してください。ちゃんと来てくれるって」
理久はそう言って小指を突き出してくる。指切りということか。
昔は本当に指を切っていたらしいが、今では約束を守るという意思表示となっている。だから俺は何も考えることなく交わした。その程度だと気楽に考えて、子供じみた行為に付き合ったのだ。
しかし、そんな気楽に思っていたのは俺だけなのか、理久の口からは指切り以外の言葉が出てこなかった。その時の気迫と相まって、数滴の冷水が背中を伝うような気がして、自分の小指を意味もなく見つめる。
これは文化の違いだ、文化の違いなんだ。
「お兄さん」
小指なんか気にしていない、平常を装って理久の顔へと目を向ける。
「指以外には何を切りましょうか」
嬉しそうな愛嬌のある笑みで恐ろしいことを言う。
本気かどうかなんて聞かなくてもわかる。足だろうと首だろうと約束を破れば容赦なく切るつもりだろう。
指を切るだけでも痛いだろうに、それ以上切られてたまるものか。足だろうと手だろうと日常生活に支障が出るし、首なんて間違いなく死ぬ。
「そうだな。なら、髪の毛で」
「頭皮ですか、わかりました」
非常に恐ろしい。流血沙汰以外の選択肢を無くしてくるその態度も、笑顔で平然と言い放つところも。
そもそも頭皮を切るってなんなんだ。削ぎ落とすという事か。想像するだけで心拍数が跳ね上がり、身体が震えそうになる。
「お兄さん、僕はもうそろそろ行かなければならないので、えっと、十一本目はとりあえずお渡しします」
「お、おう」
「それではお兄さん、また今晩会いましょう」
どうやら本当に時間がないようで、どこへ向かっているかは知らないが、目的地へと駆けて行く。
時間がないなら、どうせ今晩会うのだから花はその時でもよかっただろうに。
時間は短くとも理久と会うという目的は達せられ、十一本目の花を貰った。