文字数 1,374文字

 日に日に発掘作業が進んだ。テツヤが掘り進む場所も次第に隠し切れなくなり、全貌を現しつつあった。見つかるのは時間の問題だった。遺跡はしっかりとした木造で、朽ちてはいたがかなりの建造物であったことは見て取れた。豪族やこの土地の有力者の屋敷であったに違いない。この周辺に大きな集落があったとは知らされていない。区画の奇妙な造りは掘り進むにつれ、やがて専門家の目に留まった。その年の冬が過ぎてからは、専門家以外の立ち入りが禁止された。テツヤは強引に他の発掘現場に移動させられた。それと同時に心の糸が切れ、遺跡発掘の仕事を辞めた。
 今、一人部屋に篭っている。手の中には純金でできた直径三センチほどのドーナツ型のリングがある。それはあの奇妙な造りの区画で偶然発見したものだ。建造物の近くには墓のような人型の穴があり、そこに埋まっていた。今頃は学者たちが大騒ぎしていることだろう。テツヤはそのリングを、誰にも知られずに持ち帰った。その行為が犯罪であることも知っている。そのリングは手の中でずっしりと重く、冷たく、歪んではいるが円形を模った純金だ。土色で輝きは無い。けれどもその重みは、他の金属では感じられない重さである。掌に吸い付くような存在感を持ち、擦るとその部分だけ鈍く光る。それを机の引き出しの中に、白い絹のハンカチに包んで入れた。一度引き出しを閉じても気になり、また取り出しては眺めた。その確認行為は日に日に増して行き、部屋を空けて外出することもできなくなった。身に着けて外に出ることなど考えられない。落とすことは無いとしても、運悪く街の不良に絡まれることだってある。どこに隠しておくのが最も安全だろう。やがて不安を覚え、今度は布で何重にも包んでブリキの缶に入れ、押入れの一番奥の洋服で覆うようにして隠した。そして、時々出しては、じっと部屋の隅で眺めた。
 貯えも次第に底を尽いてきた。収入は無い。台所の米櫃に残っている米も残り僅かである。無精髭が伸び、痩せて、目と頬が窪んでいる。やがて電気とガスが止まり、シャワーを浴びることも洗濯をすることもできなくなった。訪ねてくる人もいない。ハガキで公共料金の督促が届く。だが、純金のリングを持っていれば、きっと何とかなるだろうという思いが湧いてくる。死んでしまいたいとは少しも思わなかった。夜になって、暗がりで瞳だけを街灯の光に反射させて、じっと何かに耐えている。部屋の空気は張り詰めている。最後の一握りの米を食う。急に世の中どうでもよくなってきて、笑いが込み上げてきた。それをどうにも抑えることができない。部屋の中には居られない。すると、再びあの遺跡の現場が今どうなっているのか気になりだした。この目で見たいという衝動に駆られた。平日の昼間は人がいる。無理だ。出かけるなら真夜中しかない。雨の日は休みだが、遺跡が眠る日だ。遺跡の眠りを妨げたくはない。雨にひっそりと打たれて眠る歴史を、土足で汚らしく踏みにじりたくはなかった。じっくりと考えた末、作業員が全て帰った週末の夜を狙った。土曜日を待った。土曜日、日曜日は専門職員が出勤せず、恐らく警備も人数を減らしている。土曜日は比較的早めに作業を切り上げる。土曜日から月曜日の朝までは、常駐の警備員が一名いるだけだ。その警備員も暇過ぎて、テレビに夢中になっている。
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