死にたがりの夜。

文字数 1,416文字

 ひとしきり泣いて疲れた私は、重い足取りでリビングへ向かう。

 螺旋階段を使って、三階からエントランスへ。

 無駄に広い屋敷の中を、スリッパ一足で降りてゆく。

次はどうやって自殺してやろうかしら……。

 屋敷に独り言が反響して、虚しく消えた。


 身投げして自殺――などは何度も試してみたが、ただ痛いだけで死にはしない。

 頭から打ったら運良く逝けるかもしれないが、病院で目を覚ますのがオチだろう。

 

 私が自殺を決意したのは中学三年生の秋だった。

 それから二年もの間、何度も母と病院のお世話になりながら自殺を繰り返してきたが、結論から言えば「確実に助からない」死に方なんて無いに等しい。

 現代医学とは侮れない。医療費さえ払えれば、どんな酷い状態からでも五体満足で日常へと返却されてしまうのだ。まさに生き地獄である。

だけど――穴はある。確実に。

 テーブルの上に置いてあったカップケーキをかじりながら、つぶやく。

 確実に助かってしまうなら――見つからなければいい。

 どうしてこんな単純なことにも気付けなかったのだろう。

 さっそく私は「絶対に見つからない」死に場所を求めた。


 風呂場の浴槽なら――そう思っていたのだが。

 結果は明白だった。電気を消し忘れ、見つかった。

 もうあの場所は使えないだろう。……実に惜しいことをした。

まぁ――今日はもう満足したし。

テレビでも見て寝ようかしら。

 べつに今日死ぬ必要は無い。一日一回失敗したから、続きは明日でいいだろう。

 ゆっくりと、けれど確実に死にたい。あの人から逃げるために。

 あの人に一矢報いるために。――絶対に、死んでやる。


 いつもと同じ場所に置いてあるリモコンを触り、テレビはニュースキャスターを映した。

『次のニュースです。警視庁の発表によりますと、今日正午過ぎ、義援金着服の容疑で書類送検された田中(たなか)容疑者が何者かによって殺害されたとのことです。自宅で血を流している状態で発見され、緊急搬送されましたが、間もなく死亡が確認されたとのことで――』
 民間放送局は夜だというのに不愉快な情報を流していた。全く興味をそそられない。

 チャンネルを変えて、適当なアイドルの映っているバラエティ番組を探した。

 ――小腹が空いていたのか、カップケーキは気付けば残り一個まで減っている。


 カップケーキの下に、メモ書きが置いてあるのを見つけた。

 相変わらず子供みたいな字。拙い筆跡は間違いなく母のものだ。

『美味しそうだったのでつい買ってきました。

 ママも食べたいのでちょっとだけ残してくださいね』

……バーカ。誰がアンタのために残してやるもんですか。

この場に居なかった不幸を呪うことね。

 容赦なく、最後の一個に手を伸ばす。

 テレビの音が急に遠ざかる。自虐的な笑いが口元からこぼれた。



 最後のカップケーキは少しも甘くなかった。

 期待を裏切られた。涙の味しかしないじゃないか。

 ぐしゃぐしゃと強引に口の中に押し込み、そのままソファに倒れ込むようにして眠りについた。

どう? だらしないでしょう? 叱ってみなさいよ。

どうせアンタは――私が自殺しないと、帰って来ないわよね。

 捨て台詞のように吐いた悪態は届くべき場所に届かない。

 意識の底へと消えていくだけだ。

どうして……生まれたんだろう。

ママ、どうして私を殺してくれないの?

殺し屋――なんだよね?

 そう、私の母、葛城(かつらぎ) (かなで)は――。

 世界一の殺し屋、らしい。

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登場人物紹介

○葛城 守(かつらぎ まもり)

死にたがりの17歳。現役女子高生。

いつも広すぎる屋敷を持て余しては自殺を試みている。

○葛城 奏(かつらぎ かなで)

世界一の殺し屋。守の母親。

仕事が多忙のため、あまり家に帰ってこれない。

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