第1話

文字数 769文字

 わたしは、鏡を見るのが嫌いだ。

 半年前から、わたしは一人暮らしを始めた。
 通っている大学が実家からとりわけ遠かったわけでもない。電車で片道二時間も乗れば、大学に通うことができた。電車の中で本を読むことが日課だったわたしに一人暮らしを勧めてきたのは、わたしの両親だった。大学の近くに超格安物件が見つかったから……そんな理由で、わたしをここに住まわせたのだ。

 二十平米も満たないワンルームの部屋に、ベッドとテーブルとテレビと大きな鏡。
 なんでこんな小さな部屋にわたしの全身を映し出せるような大きな鏡が必要だったのか、わたしにはわからなかった。これはわたしが初めての一人暮らしをするのでと、母が気を利かせてくれたもの。もちろんそれは、親切心だったのだろう。

 なぜならわたしが鏡が大嫌いなんて、母は知る由もないんだから――

 本当だったらこんな大きな鏡の前に、わたしは立ちたくないんだ。それでも大学へ通うには、最低限の身だしなみくらい必要なんだって、当然理解はしているつもり。だからわたしは勇気を出して、鏡の中に映るわたしと向かい合うわけなんだけど……

 そこに映るのは、みすぼらしい姿のわたし。
 当然のことながら、目を合わせたいとは思わない。だからなるべく目が合わないようそれ以外の部分に視線をずらしながら、身だしなみを整える。だけどやっぱり嫌だ。わたしの姿形全てが、拒否反応を示してくる。

 はぁ…………

 だからわたしは毎朝、この鏡の前で溜息をついてしまうんだ。

「はるみちゃん。そんな毎朝溜息ばかりついてると、また幸せが逃げちゃうよ?」

 そんなわたしをあざ笑うかのようにすっと鏡の中に現れる君。
 本人は脅かすつもりはないんだろうけど、いつものことながらやはり拍子抜けさせてくる。

 ……ちなみに断っておくと、この溜息の理由は君のせいじゃないからね?
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登場人物紹介

わたしのことなんてどうでもいいじゃない。ほっといてよ……


はるみちゃん:

少しだけ性格の暗い女の子。一人暮らしを始めたばかりなのになぜかそこには……。


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