2ー1ー1 祖霊祭

文字数 9,988文字

 街中が喧噪に包まれていた。
 道行く人々の大半は、白地に金と銀の刺繍で縁取られた長衣に身を包んでいる。メインストリートから裏道までを埋め尽くしている長衣の人々は、そのほとんどがここ、惑星スタージアに巡礼で訪れた客たちだ。銀河系人類の始まりの星とされるスタージアには巡礼客が後を絶たないが、それにしても正装とされる長衣にわざわざ袖を通す者は、普段そう見かけることはない。それが今日に限って多く見受けられるのには理由があった。
 今日は年に一度の祖霊祭の日なのである。
 かつて《星の彼方》から訪れた《原始の民》がこのスタージアに降り立った時から、今の銀河系人類社会の歴史が始まった。《原始の民》降下の日とされる今日、人々は年に一度彼らへの感謝を捧げる、それが祖霊祭の由来である。
 今や有人惑星の数は百に達し、そのどこでも様々な祖霊祭が催されている。中でも抜きん出た伝統を誇るスタージアでの祖霊祭は、毎年銀河系中から多くの人々が集まる一大イベントだ。
 しかも二年後には節目の四百周年を迎える。
 今年からして星中が巡礼客で埋め尽くされているが、記念すべき四百年目はこれ以上の賑わいを見せることは間違いなかった。
 メインストリートをゆっくりと走るオートライドの後部座席で、口の端にベープ管を咥えている男も、そんな巡礼客のひとりである。
「世の中、こんなにも暇人で溢れ返っているもんだとは思わなかったぜ」
 形ばかり整えられた黒髪の下で、三白眼気味の目つきに退屈そうな表情をたたえながらそう言うと、ディーゴ・ソーヤはおもむろに水蒸気の煙を吐き出した。
「ご先祖様だって、こう大勢押し寄せられても暑苦しいだけだろうに。だいたい、どいつもこいつも似たような恰好しやがって、味気ないことこの上ない」
「文句ばかり言ってるんじゃない。我々だって向こうに着いたら、あの長衣に着替えるんだ」
 運転席に座るロカ・ベンバが、密閉された車内に漂う白煙を手で払いながら振り返った。
彼の前ではスティック状の操作レバーが、誰に握られることなく微細な動きを見せている。オートライドの自動運転に任せてふたりが向かうのは、あらゆる意味でスタージアの中心とされる博物院だ。時間に余裕を持って訪れたはずなのだが、この混雑だと到着するのは予定ぎりぎりになってしまうかもしれない。
 ロカの言葉に、ディーゴはげんなりした表情で尋ね返した。
「やっぱりあれ、着なくちゃいけないのか。あの古臭さは、俺のセンスが受け付けないんだよ」
「ディーゴ、あなたはテネヴェ市長の代理人としてここに来ているんだ。れっきとした公人だってことを忘れてくれるな」
「市長の代理人ねえ」
 ディーゴは居心地悪そうに肩をすくめた。
「親父の代理なんて、秘書のお前がやれば十分なんじゃないか?」
「市長はあなたに経験を積ませるつもりで、今回の祖霊祭への出席者に任命した。あなたも市長補佐官という立場に就いたんだから、そろそろ自覚を持ってほしい」
 磨き抜かれた黒檀のように漆黒の肌の持ち主であるロカに、しかつめらしい顔で正論を説かれると、言葉以上の説得力がある。ディーゴはそれ以上反論せず、ベープ管を手にしたままに、窓越しに見える人混みを眺めることにした。
 夕刻の街並みには、現像機(プリンター)だけの無人屋台から手売りの露店までがずらりと並んでいる。オートライドのガラス窓越しにも、巡礼客を呼び込もうと飛び交う声が耳に届く。建物の合間に時おり覗く尖塔がゆらりと動いて見えるのは、街区ごとの山車が地元住民に引き回されているのだろう。色とりどりに施された尖塔を載せた山車が街中をいくつも行き交う光景は、祖霊祭の醍醐味のひとつである。
 祭を楽しむ巡礼客たちを横目で見ながら、ディーゴたちが乗るオートライドはようやく博物院の敷地内へとたどり着いた。定刻間際の車寄せには案の定、彼ら以外にも多くのオートライドがひしめいている。ディーゴは渋滞の最後尾で車外に降りると、ロカに急かされながら博物院の来賓用ゲートへと向かった。

 スタージア博物院の南面に広がる博物院公園の敷地中央には、屋外ステージが設けられている。今夜の祖霊祭式典が執り行われるのが、《原始の民》降下から間もない頃に建造されたという、この武骨な外観のステージだ。
 博物院が主催するこの式典には、伝統的に銀河系中の様々な国々から代表が送り込まれ、参列してきた。ディーゴも独立惑星国家テネヴェ市を代表する、公式な参列者である。彼自身は全く興味の湧かない行事だが、各国の代表が集まる祖霊祭に顔を出すことは、実績を積むのによい機会だ――彼の父にしてテネヴェ市長キューサック・ソーヤはそう言って、秘書のロカをお目付け役として同行させながら、ディーゴを代理人に送り出した。政治家という職業に魅力を感じないディーゴだが、だからといって代わりに何をするという目的も行動力もない。結局、ただ命じられるままにこんな銀河系の片隅の星にまで足を運んでいる。
 長衣に着替えて会場の参列者席に腰を下ろすディーゴの隣りでは、神妙な面持ちで着席するロカの頭が飛び出して見えた。
 同じような服装に身を包んでいても、筋肉質で均整のとれた長身のロカと並ぶと、中背のディーゴの貧相さが際だって仕方がない。痩せぎすだというのに、数年来の暴飲暴食がたたって出張ってきた下っ腹を、意識的に力を入れて引っ込める。三十代半ばにさしかかったディーゴに比べてロカは七歳年上のはずだが、傍から見て健康的かつ魅力的に映るのがどちらであるかは明らかだった。
 ロカ・ベンバは十年以上も前から、父の忠実にして有能な秘書である。大物政治家のひとり息子という立場に甘んじて怠惰な生活を過ごしてきた身の上としては、劣等感を刺激されることこの上ない。ディーゴは初めてロカと出会った時から、彼のことが苦手だ。
 式典そのものは厳かに、つつがなく進行していった。ステージ中央の壇上に掲げられた巨大な尖塔の周りを、博物院生が扮した舞妓たちが優雅に舞う。舞台用に装飾された色鮮やかな長衣の長い裾が、楽曲に合わせて一糸乱れず棚引く様子が、列席者たちの感嘆を誘った。
「随分と小さな子まで演じてるんだな。あれなんて多分、院生になったばかりぐらいだぜ」
 隣席に向かって囁きかけるディーゴに、ロカがステージに目を凝らしながら尋ね返す。
「誰のことを言ってるんだ」
「ほら、あの端っこでくるくる回ってる奴。ほかに比べてもいかにも幼い」
「ああ……相変わらず、女を見分けるときだけは目がいいな」
 ロカの指摘にディーゴが臍を曲げる。そうこうしている内に演舞が終わり、続いて博物院長による祝詞暗誦の下りでは襲い来る眠気を撥ね除けるのに苦労したが、式典そのものは順調に進行していった。
 いずれにせよ屋外ステージで催された華やかな式典は、ディーゴも含めた列席者たちにとって前座に過ぎない。彼らにとって本番はむしろ、式典後の懇親会にあった。
 博物院の建物は、円を象るように向かい合うふたつの弧状の建物と、その間に挟まれる長筒状の中央棟から構成されている。懇親会の会場となったのは、中央棟南端の最上階に設けられた展望台スペースであった。
 建物の南に広がる広大な緑地を見渡すことの出来る会場には、ディーゴたちと同じように長衣に身を包んだ人々の姿が多く見受けられる。だが道中で見かけた巡礼客に比べると、どの顔からもある種の緊張感やふてぶてしさ、あるいは傲慢な表情が窺えた。ここにいるのは皆、スタージア博物院から招待された各国の代表かその関係者ばかりだ。自然と、もしくは意図的に、よそ行きの表情を保つことが骨髄まで身に染みついている人種ばかりである。所々で穏やかな談笑が漏れ聞こえるものの、独特なよそよそしさが漂うのは当然であった。
「どいつもこいつもすかした顔して、お近づきになりたいと思える奴がひとりもいないね」
 会場を一通り見回してそう独りごちるディーゴを、横に並んだロカが小声でたしなめる。
「そういう台詞は思っていても口にしないでくれ。万一聞かれでもしたら大問題だ」
「いくら俺でも、こんなこと大声で喚くつもりはないよ」
「どうだかな。たとえば奴にでも聞かれた日には、あなたひとりの首じゃ済まないぞ」
 心持ち声を低く落としたロカが、わずかに目線を動かして指し示す。その先に居たのは、ロカをも上回る長身の、堂々たる体躯を誇る少壮の男だった。
 オールバックにまとめられた金髪の下には彫りの深い顔立ち、そしてやや張り出し気味の立派な顎が特徴的だ。数名と談笑する横顔には、遠目にもよくわかる力強い笑みが浮かんでいる。
「バジミール・アントネエフだ。惑星同盟は結構な大物を寄越してきたな」
 惑星同盟と聞いて、ディーゴは弛緩した顔を心持ち引き締めた。政治に無関心を貫いてきてきたつもりの彼でも、惑星同盟の名を聞き流すことは出来ない。
 彼が代表する惑星国家テネヴェは、入植からまだ百年そこそこの歴史しかない若い国家である。だが惑星同盟――正式にはローベンダール惑星同盟はそれよりもさらに若く、わずか半世紀足らず前に成立したばかりだ。おそらく今日の祖霊祭に参列したどこの国よりも新しい国家である。にもかかわらず惑星同盟は今、銀河系人類社会で最も存在感を放つ勢力と言えた。
 その理由のひとつは、初期開拓時代からの歴史を誇るエルトランザ、バララト、サカ以来、およそ二百五十年ぶりに誕生した四番目の複星系国家であること。また、銀河系人類史上初めて既存勢力からの武力独立を果たした国家であること。そして、独立後も周囲への拡大傾向が顕著であること。特に最後の理由が、テネヴェにとっては無視できない頭痛の種である。
 ディーゴは気づかれないように観察するだけのつもりだったのに、迂闊にもアントネエフの青い瞳と目が合う瞬間が生じてしまった。途端に金髪の男は談笑を切り上げて、大股で真っ直ぐにこちらへと向かってきた。ディーゴがその場を離れる暇もなく距離を詰め、太い声で呼びかけられる。
「テネヴェ市長のご子息ですね。お初にお目に掛かる、ローベンダール惑星同盟のアントネエフです」
 面と向かって大きな右手を差し出されて、ディーゴはぎこちない笑顔を作りながらその手を握り返した。
「ディーゴ・ソーヤです。アントネエフ卿のお噂はかねがね」
「恐縮です。本日はお父上の代理で?」
 ほとんど真上から見下ろしてくるアントネエフの長身に気圧されて、ディーゴは思わずたじろいだ。背後にロカが控えていなければ、実際に二、三歩後退りしていたかもしれない。
「ええ、まあ。本来なら父が顔を出すべきなのでしょうが、あの、あれでなかなか多忙でして。僭越ながら、市長補佐官の私が代わりに出席することに」
「一国の首長ともあれば、お忙しいのも無理はない」
 アントネエフは大袈裟に頷いた。彼の何気ない仕草に過剰反応しようとする筋肉を、ディーゴは必死に抑えつける。
「お父上とは一度しかお会いしたことはないが、実に知性溢れる御仁だった。是非またお目に掛かりたいものです。バジミール・アントネエフがそう申していたと、よろしくお伝えください」
 アントネエフは含みを持たせた笑顔でそう言うと、右手を上げて軽く一礼するや否やその場を離れていってしまった。金髪の偉丈夫と交わした言葉はほんの二言三言のはずなのに、ディーゴにとっては息をつくのも困難な数分間だった。アントネエフの背中がよその談笑の輪に加わるのを見届けてから、ようやく大きな息を吐き出す。
「よく堪えたな。途中で失神でもしないか、ひやひやしたぞ」
 ワインの入ったグラスを差し出しながら、ロカが声をかける。ディーゴは強張った笑顔で振り返った。
「そう思ってたなら助け船のひとつでも出してくれよ。見ろ、今になって膝が震えてきた」
「国の代表同士の会話に、秘書が口を挟むわけにもいくまい」
 ロカの言うことはもっともなのだが、だからといってディーゴの冷えた肝が和らぐわけではなかった。ロカの手からひったくるようにグラスを奪うと、ディーゴはからからになった喉に深紅の液体を流し込んだ。
「あいつと顔を合わせたくないから俺を寄越したんだな、あのくそ親父」
 アルコールを摂取して少し落ち着くと、ディーゴはそう言ってこの場にいない父に毒づいた。
「三ヶ月前に惑星同盟への加盟を迫りにテネヴェまでやって来たのが、ほかならぬあのアントネエフだ。あのときは市長が上手に立ち回ることで回答を先送りできたが、この場で再会してしまったら話が蒸し返されるのは目に見えているからな」
 否定するどころか真面目くさった顔で肯定するロカを見て、ディーゴはそれ以上何も言う気が失せてしまった。グラスに残ったワインを飲み干すと、改めてアントネエフの長身に目を向ける。
 ゆったりとした長衣の上からもよくわかる広々とした背中からは、自らの力を疑いもしない者だけがまとうことの出来る迫力が溢れ出ているように思える。父やロカからも感じることのある同じような雰囲気は、自分には決して身につかないものだ。
 こんな連中ばかりを相手にしなければならないなんて、全くまっぴらだ。
 父の威光を笠に着て好き勝手にする放蕩息子として、後ろ指を指され続ける方が余程気楽だった。これ以上の道楽を許そうとしない父が、急遽新設した市長補佐官などという役職への就任を強要してきたときに、なんとしてでも逃げ切るべきだった。遊び呆けるのももう少し程々にしておけば、こんな窮屈な立場に押し込められることもなかったろうに。
「おい、どこへ行く」
 その場を離れようとするディーゴに、すかさずロカが言葉をかける。
「緊張が解けたら、用を足したくなってきた」
 自分が煩わしげな顔をしていることがわかっていたから、ディーゴは振り返らぬままにそう言い捨てて、そのまま会場を抜け出した。
 真っ直ぐに伸びた廊下は幅広いが、左右とも殺風景な壁が連なっている。博物院の建物は《原始の民》が使用した移民船のレプリカというが、こんなところまで宇宙船の機能性など模さずに、外の景色でも望めるようにしておけば良いものを。ディーゴは内心で文句を垂れながら、壁際にいくつか並んでいた応接セットのひとつに腰を下ろした。
 懐から取り出したベープ管を咥えて、白煙を口から吐き出しながら、思わず額に右手を当てる。頭が痛い。
 本来それほどアルコールに強くないくせに、ワインを一息に呷ったせいだ。酔うことは嫌いではないが、こんな堅苦しい場では気持ちよく酔うことも出来ない。そう思って顔をしかめていた矢先、ディーゴの目の前にすっと一杯のコップが差し出された。
 コップの中には七分目までの水が満たされている。訝しげに面を上げたディーゴの視線の先には、長衣を羽織る見知らぬ少女の顔があった。
「どうぞ。喉が渇いてるように見えましたから」
 明るい茶色の髪を頭の上で団子にまとめた、まだ中等院を卒業したばかりぐらいの年頃だろう少女に薦められて、ディーゴは無言で頷きながらコップを受け取る。そのまま喉に流し込んだ水がひんやりと心地よく、少しばかり頭痛を追い払ってくれた気がした。
「ありがとう、君は博物院生かい?」
 コップを返しながらのディーゴの問いに、少女がにこりと微笑み返す。
「はい。会場のお世話を仰せつかってます。さっきの演舞にも出てたんですよ」
「へえ、そいつは凄いな」
 この程度の年頃の娘相手なら、構えて会話することもないだろう。ディーゴが彼女の言葉に素直に感心すると、少女はどことなく悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「お客様には楽しんで頂けたでしょうか」
「もちろん。さっきの演舞は素晴らしかった。堪能させてもらったよ」
「端っこでくるくると回っていたのが、私です」
 そう言われてディーゴはああ、と膝を叩いた。舞い踊る一団の中でもとびきり小柄に見えたのは、目の前のこの少女だったか。
「覚えてるよ。ほかの舞妓に劣らない、美しい演舞だった」
「そう言ってもらえると光栄です。水、もう一杯持ってきましょうか?」
 ディーゴが彼女の申し出を遠慮すると、少女は「祖霊のご加護があらんことを」という言葉と共に、会釈しながら彼の前から離れていった。白地の長衣の裾に編み込まれた刺繍がライトブルーということは、まだ院生になったばかりだろう。あんな年端もいかない少女まで自分の役目をしっかり務めているというのに、自分の体たらくといったら。
 自虐に浸りかけて、ふとディーゴは先ほどの少女との会話に引っかかりを覚えた。
 ――あの少女はどうして、俺が彼女を評した言葉を知っていたのだろう? ――

 ディーゴが生まれるおよそ三百年近く昔、惑星スタージアから旅立った初期開拓団はいくつもの植民惑星を切り拓いた。
 このうちエルトランザとバララトのふたつは近隣の星系に入植可能な惑星を新たに発見するという幸運に恵まれ、ほかの惑星国家に先んじて版図を広げて複星系国家を築き上げた。遅れてサカも複星系国家の名乗りを上げるが、それ以外の惑星国家は周囲に勢力を広げるだけの余力を持たず、それから二百年以上もの間、先行するエルトランザ、バララトの二強に追い縋るサカとその他大勢という構図が続く。
 その最中にも植民惑星の開拓は進められたが、やがて開拓団はエルトランザかバララトの支援を受けるケースが大半を占めるようになったのは自然な成り行きであろう。
 ただ開拓団を支援する両国の態度は、極めて対照的だった。
 植民惑星を直接版図に組み込もうとするエルトランザに対して、バララトは直接統治にこだわらず、個々の惑星国家の独立を支援する代わりに経済的な権益の確保に努めた。独立志向の強い開拓団はバララトを頼る傾向が高まっていく中、銀河系における有人惑星の数はついに百を超える。各国が支配する星系の数はエルトランザが二十七、バララトが十四、サカが六、そして単独の独立惑星国家が五十四。だがその半数以上はバララトの経済圏に組み込まれており、バララトは事実上銀河系人類社会の覇者の座を謳歌していた。
 バララトの絶頂期を打ち砕いたのは他でもない、彼らの支援を受けて独立した惑星国家たちである。
 今から半世紀前、ローベンダール、スレヴィア、イシタナ、タラベルソら十の惑星国家は軍事同盟を結び、バララトへの債務履行の破棄を一方的に宣言した。
 ローベンダール惑星同盟を名乗る彼らの暴挙を当然ながらバララトは認めず、銀河系人類史上で最大規模の軍事的衝突が勃発する。それまでも小競り合い程度の衝突は頻発していたが、複星系国家同士が真っ向から争うのは初の事態であった。
 バララト優勢という戦前の予想を覆し、同盟軍はエルトランザの支援を得ることで優位に戦況を進め、最終的にはバララトに対して要求をほぼ丸呑みさせることに成功した。後に同盟戦争と呼ばれるこの戦乱の裏には、隣接するタラベルソを経由して、エルトランザ、バララトに属さない独立惑星国家群直結の航宙路を確保したいサカの暗躍が噂されるが、定かではない。いずれにせよこれを機にバララトは覇者の座から転落し、同時にバララトが主導してきた植民惑星の開拓も停滞期に入る。複星系国家四強時代の幕開けである。
 バララトの軛を脱した惑星同盟は、覇者を打ち破ったという軍事力を背景に周囲への圧力を強めていく。その理由として同盟戦争の勝利という成立過程が育んだ気質もあるが、それ以上に周囲をエルトランザ、バララト、サカ、そしてその他の独立惑星国家群に囲まれているという地理的な要因があった。
 未踏の星系を開拓し入植するという手段が取れない彼らは、必然的に軍事力で周囲を牽制、もしくは圧力をかける必要があったのだ。
 特に独立惑星国家に対しては顕著で、同盟戦争終結後から既に五つの独立惑星国家を新たに併呑している。そして今現在、その圧力に晒されている独立惑星国家のひとつがテネヴェだった。
 テネヴェは同盟戦争の直前にバララトの援助を受けた開拓団が入植した独立惑星国家だ。独立して間もない時期に戦争が勃発し、戦時下にあるバララトからの支援も先細りとなって、早々に独り立ちを強いられた。幸いにも温暖湿潤な気候を利用した一次産業への注力が功を奏して、これまで独立惑星国家として順調に成長してきた。
ところが惑星同盟がバララトに勝利し、さらに周辺の惑星国家に対して野心を剥き出しにしてきたことで状況は変わった。これまで外圧とは縁の薄かったテネヴェも、いよいよ対策を迫られることになったのである。
「あのおっさんがただ者じゃないってことは、俺にだってわかったぜ。あいつの要求をいなし続けたとしてだ、親父がこっそり進めているっていう惑星開発が成功しても、それで対抗できるもんなのかね?」
 祖霊祭を終えてテネヴェに向かう宇宙船の一室で、ディーゴはそう言ってベープの煙を吐き出した。室内にぽっかりと浮かんだ水蒸気の煙の塊は、エアコンディショニングの風に吹かれてまもなく霧散する。それと同時に大欠伸が出たのは、彼が長旅にすっかり倦み飽いていたためであった。
 恒星間移動は隣接する星系それぞれに存在する極小質量宙域(ヴォイド)同士を行き交う、いわば時空間の高速トンネルを介して移動する超空間航行によって果たされる。超空間航行を終えればまた次の極小質量宙域(ヴォイド)まで、亜光速航行で移動しなければならない。
 銀河系人類社会の端に位置するスタージアから、ほぼ反対側の端に近いところにあるテネヴェまでは、極小質量宙域(ヴォイド)が結ぶトンネルを二十回以上も潜り抜けて、およそ二ヶ月もの旅程を強いられる。先ほど宇宙船は最後の恒星間移動を終えてテネヴェ星系に至り、ディーゴにとっては退屈極まりない旅もようやく終わりが見えつつあった。
「相手は十以上の星を抱える馬鹿でかい国だろう? うちがこれから新しい星を開拓して複星系国家を目指すってのも、現実味に書けると思うんだがなあ」
「惑星開発はどちらかと言えば、議会の方針に市長が押し切られた形で決まった」
 室内に設置された透過パネル状の端末に目を通しつつ、ロカが答える。
「市長はそう簡単に候補地など見つからないだろうから、適当なタイミングでの切り上げを考えていたらしい。だが程なくして条件のそろった候補地が見つかってしまったせいで、後に引けなくなった。元々、惑星同盟に膝をつくことをよしとしない連中の、自尊心を保つために推し進められた話だ。このタイミングで惑星開発計画を中断することは、世論が許さないだろう」
「候補地ったってなあ。惑星CL4だっけ。最初の有人調査隊は全員が行方不明になったって聞いたぜ。とても安心して開拓できるような星には思えねえ」
 ベープ管の端を咥えながら、ディーゴは無責任な感想を口にした。するとロカはパネルから顔を上げ、意味深な表情をたたえた眼差しをディーゴに向けた。
「あなたの予感がどうやら当たったらしい」
 不審げに眉をひそめるディーゴに、ロカはパネルに表示された映像を指さした。そこにはいくつかの画像と共に文字の羅列が浮かび上がっている。テネヴェ本国から届いた連絡船通信だろうということはすぐわかった。タイムラグの少ない直接通信が及ぶ範囲は同一星系内までが限界で、星系を飛び越えた連絡は、極小質量宙域(ヴォイド)を行き交う連絡船によるメッセージの運搬によって成り立っている。
「先ほどテネヴェ星系への恒星間移動に入る直前に、極小質量宙域(ヴォイド)管制ステーションで連絡船通信を受け取った。一週間前にCL4第二次調査隊が帰還したが、八名の調査員のうち生還できたのは二名のみ。うちひとりは重傷で、帰還後に即入院したそうだ」
 不謹慎な想像が的を射てしまったときのばつの悪さを、ディーゴは感じていた。気まずさに押し黙る彼を無視して、ロカが冷静に告げる。
「四日後に惑星開発推進委員会による調査員への聞き取りが行われる。市長からは市長補佐官としてあなたもその場に立ち会うこと、とのお達しだ」
 四日後と言えば、ディーゴたちがテネヴェに帰国するまさにその日である。彼の父は、息子が気侭に動き回る余裕を与えるつもりはさらさらないらしい。ベープ管を吸い込む気力さえ失せて、ディーゴは力なく天井を仰ぎ見た。

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登場人物紹介

シンタック・タンパナウェイ:第一部に登場。

ドリー・ジェスター:第一部・第三部に登場。

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