時代の精神

文字数 2,896文字

今日は、仕事が休みだから、ジャージにサンダルだけ穿いて、のんびり買い物でもして来ようと思ったのだった。そうして、駅前広場を通りかかったら黒いダウンジャケットを着た、髪の毛ボサボサ、無精髭を生やした人物が、通行人の若い女性を後ろからナイフで刺して押し倒し、そのまま女性の下半身を丸裸にし、男自身の勃起したチンポコを女性の尻、太腿の肉を用いて気持ちよくしていた。

男は「えあ!えああああああ!」と凄絶な叫び声を発し、女性の、剥き出しの白い尻に向けて射精していた。

周囲には血だまりができていた。私を含めた通行人は、騒ぎ立てる様子もなく、通り過ぎていた。なかには、スマートフォンで、黒いダウンジャケットの男が性的に気持ちよくなる様子を、撮影している者もいた。みんな、手元のスマートフォンを凝視することに忙しいのであり、この場所で行われた殺害行為について、構っている暇などないのだ。それに、女性はすでに深く刺され、酷く出血し、全く動く様子がなく、白目を剥いている状態であり、これは、確実に死んでいるものと思われる。すでに死んでいる者のために、誰かが熱心に、救助の活動をすることは、あまり合理的ではない。救助活動は、生きている人、生きている可能性のある人にこそ、熱心に行われるのが、常識的な考え方であろう。

「今の時代、人を殺すのは大変楽になりましたね。つまり、みんな歩きながらスマートフォンに熱中して、大変無防備になっているでしょ?だから、気配を消す努力とかを特にしなくても、凄く接近できるのです。警戒心ゼロって感じの時代ですよ。それで、首筋とか、脇腹とかを深々と刃物で刺すわけです。押し倒し、頸動脈を断ち切る。血が派手にドババ、と出て、それで終了ですよ。凄く、簡単。大変に殺害行為のしやすい時代で、僕みたいな人間にはありがたい時代。昨日も仕事帰りの太ったサラリーマンが幼い女の子をレイプしまくるエロ漫画なんかをスマートフォンを用いて凝視していたので、殺してやりましたよ。高級そうなスーツを着ていたのがむかついて、全裸にしてやりました。ケツ毛が濃かったのが、非常に印象的でしたね」

「写真は撮ったのかね?」

「撮ってないですよ!僕は変態じゃないですから!僕は至ってノーマルだし、常識人ですよ!」

私は、喫茶店のなかから、外の景色に目を移す。確かに、人々は歩きながら、手元のスマートフォンを凝視していた。私はコーヒーを数口啜った。店内には馨しいコーヒーの香りが満ちていて、控えめにピアノの静かな音が、鳴っていた。

カウンターのなかでは、店主の男性、痩せていて白髪、白いワイシャツの上に黒のエプロンを着用している、口ひげを生やしたダンディズムの権化のような男性が、グラスを磨いている。カウンター席には、黒いダウンジャケットを着用した、髪の毛ボサボサ、無精髭を生やした人物が、白い陶器のマグカップを、口元に運んでいた。

私は、再び、喫茶店のなかから、外の景色に目を移す。スマートフォンを凝視して歩く背の高いダークブルーのスーツを着用した男が、後ろから近付いてきた上半身裸、下半身にピッチリした黒いタイツを穿いた中年太りした男性によって、その男性の持っている大きな斧の一撃によって、首を切断されていた。首は、すぐ下に転がる。首を切断された背の高い男は棒立ちのままである。噴水のごとく、男の首があった部分から血が放出していた。首を切断されてもなお、その手にはスマートフォンがしっかりと固定されている。大したものである。

そうして、駅前広場では腰の曲がった老人が、血だまりをモップで掃除していた。私は近づいた。特に、声は掛けない。

「ここで殺害行為は止めて欲しいよ。掃除が大変。臭いし、死体は重いしキモイし」

「死体はどうしましたか?」

「今日のあれは若い女性の死体だったからね、需要がある。さっき、いらないならくれないかって、なんか太った毛深い全裸の野郎に言われたから、勝手に持っていけばいいと、渡してやったよ」

「そうですか」

「まあ、わしは小学生男児にしか興奮しないがね……」

何を想像しているのか、老人はモップを動かしながら、ニヤニヤしていた。そうして見てみると、老人の股間部分は明らかに膨張しているのだった。

議員を選ぶ選挙があるとかで、駅前広場にはタスキを掛けた中年の男が満面の笑みでビラを配っていた。男は髪の毛のほとんどが欠如し、脂ぎっていた。ブランドものだろうか、美麗なグレーのスーツを着用していた。みんなを幸せにする政治を必ず実現しますとか、何度も連呼し、自身の顔がアップで写っているビラを渡していた。だが、ほとんどの通行人は、この男が本当に欲しいのは名誉と金であり、みんなを幸せにする政治なんかには全く興味がないということを理解しているので、男を無視し、手元のスマートフォンを凝視し続けたのであった。それは正しい姿勢である。私も基本的に権力者や権力に執心する人間は死んだ方がいいと考えているので、賛成である。

タスキを掛けている中年男性の配っているビラは、駅前広場でほとんど、受け取られることはなかった。受け取られても、数秒後に捨てられ、わざとらしく何度も踏まれた。

「みんなを幸せにしたいだけなのに、それは酷くないか?俺は、本気で、良い政治をやって、みんなを幸せにしたいのだ。なぜ信じてくれないのか?」

大量のビラを、結局その男性は持ち帰ることになった。

夜の路上で、ふらふらと疲れた状態で歩いていた。

「幸せを目指して頑張ろうよ。政治を諦めるな。みんな、希望を捨てないで欲しい。」

男性は呟くと、大量のビラの束をその場に放り投げた。路上に、中年男性の脂ぎった顔のアップ写真が散乱する。その数は、数千枚はあろうか。

タスキには「みんなの幸せが一番」と書かれていた。

男性は、スーツの懐から刃渡り20センチはあるだろうサバイバルナイフを取り出すと、前方2メートル先を歩く、スマートフォンを凝視している若い紫色の髪の毛をした女の元までほとんど駆けるようにして近づくと、その背中の中央を、深々とナイフで刺した。

ナイフを抜くと、大量の血飛沫が放出された。

男性のタスキはもちろんだが、顔面も、血でびしょびしょになった。

「えあ!えあああああああ!!」

男性は凄絶な甲高い声で叫びながらその場で全裸になると、押し倒した紫色の髪の毛をした若い女の衣服を剥ぎ取ってめった刺しにし、その血液を潤滑剤の代わりに用いて自身の勃起した赤黒いチンポコの全体に塗りたくると、女性のマンコの中に入れた。

男は激しく腰を振る。何度も、勃起した赤黒いチンポコが、マンコに入り、出て、入りを繰り返す。ジュプ、ジュプ、という粘着質な音が発生する。

「えあ!!えああああああ!!!」凄絶な甲高い声を発しながら、夜の路上で、全裸の中年男性は腰を振り、射精し続けた。

私は、しばらくその様子をスマートフォンで撮影し続けたが、5分以上、彼が延々と「えあああああああ」と叫び続け、射精を続けている様子であることに対して「なんて芸のない人なのだろう」という落胆の感情を覚え、その場を去ったのだった。
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