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文字数 1,613文字

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 手紙となった私は他にもいたが、その活動はすぐに犯人の知れるところとなった。
 あるじの携帯にメールの文章たちが次々と飛んでいって、私を包んだ封筒の存在を伝えてしまったのだ。あるじの携帯を監視していた犯人はそれに気付くと、あるじの名前を騙って、至急返送してくれるようにとメールを返した。それで封筒の多くは送り返され、私は誰の目にも読まれないまま、細かく破られてトイレに流されてしまった。
 運良く読まれることができた私もいた。でも、これもうまくはいかなかった。私を読み始めると皆、なんだあ? という顔をする。必死に文字に力をこめる私の想いは彼らに届くことなく、ただ空振りするばかり。そのうち私は、一読した相手の表情を見ただけで、ああ、これは駄目だ、と判断がつくようになってしまった。毒のようにまわりはじめた弱気のせいで文字に込められる情熱が薄れ、ますます伝わらなくなる悪循環に陥った。

 何故、伝わらないのだろう。
 私は必死で考えた。
 こんなに大切な文面だというのに、何故、みな、わからないのだろう。

 私は図書館の中の文章である。並んだ沢山の書架のうち、奥まった場所にある一つ、最下段に収められた一冊の本のページの隙間にそろりと挟まり、読んでくれる人を待っている。

 図書館の文章たちは、あまり文面に挨拶を持っていなかった。私が郵便局の文章たちの話をすると、彼らは笑い、自分たちはそんな狭い世界で生きていないからね、と口々に言った。私に宛先がないことにも、彼らは頓着しなかった。特定の宛先なんてものはいらない、読みたい奴に読まれればいいのだ――そう言う彼らの言葉に、私は落ち込んでいた気持ちがわずかにほぐれるのを感じた。通じなさに焦りを感じはじめた私にとって、一つの宛先にすべてを賭ける頑なな生き方をする郵便局の文章たちは、一緒にいて少し辛かったのだ。図書館の文章たちの中で、私は息抜きをしていた。

 あるじが私を挟みこんだのは、『四季の花』という四冊兄弟たちの、秋編の本の中だった。私は彼を〝秋〟と呼んだ。

(きみはシンクロがしにくいんだよね)

 金木犀の写真が載せられたページに私を挟み込んだまま、秋はそう言った。花の写真に叙情的な解説をあしらった文面をその身にまとった彼は、落ち着いた気品を漂わせている。

(文面が読み手に伝わって、読み手が心を動かされていることを直に感じ取ることができる瞬間が、稀にあるのさ。視線と文字が溶け合って織り成す至福。人間と文章の間で交わされるその神秘的な体験を、ぼくたちはシンクロと呼んでいる)
(何故、私がそれをしにくいって?)
(読み手の立場で考えてみるといい。ぼくに手を伸ばす人間は、花のことを知りたいと思っている。もともと、ぼくの持っている文面を自分の中に取り込むつもりで読み始める。だから伝わりやすい。ここにいる文章たちは皆そうだ。読み手に求められて読まれ、伝える。でもきみは違う)
(それは……)
(文章には二種類ある。求められて伝える文章と、求められないが伝えたい文章だ。前者の文面は伝わりやすいが、後者の文面はとても伝わりにくい。きみは後者なんだね)

 秋の言葉は淡々としていて、事実を事実として述べているだけという風だった。さすがに秋の花の本だ。春の花の本だったら、きっとこうはいかない。

 つまり、ここでも私は異端文なのだった。求められた文章たちの中で、私は求められぬ文章なのだ。

 言われた内容はショックだったが、秋の淡々とした話し方のおかげで、気落ちするタイミングも逸してしまった。それに私にはまだ自負があった。だって私の文面は、秋の持つ文面とは、他の文章の持つ文面とは、まったく違うのだ。花の解説文や他の文章が、大事でないとは言わない。それでも私の文面は、本当に本当に大切なものなのだ。だから、きっと伝わるはずなのだ――
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