第2話 うちに懺悔室はありません。

文字数 2,192文字

くっ……今の轟音、スタングレネードか!? やはりあの男、奇襲を予想して罠を張っていたのね!
メドューサのような蛇頭に、全身を鱗に覆われた怪人は、突然鳴り響いた轟音に身をすくませる。どうやら部屋に侵入しようとした際、罠に引っかかったらしい。
おいおい、外から鍵を溶かして人様の家へ入ろうとするなんて、なかなかクールな姉ちゃんだな。
なっ……誰!?  出て来なさい!
俺か? 俺は教会の番をしている居候だ。悪いが、あいつの留守中に何かあったらここを守ることになっていてな……面倒だが、俺の昼寝を邪魔する奴には何人たりとも容赦はしないぜ。
一匹の黒猫がクルッと教会の屋根から飛び降りる。侵入者の怪人は思わず目を見開いた。
ねっ、猫!? まさかこの子がしゃべったわけ……
見たところ、あんたは蛇のミックスみたいだな。猫の怪人はあんたより珍しくないはずだぜ……まあ確かに、俺には人間の特徴がほぼ残らなかったけどよ。

ミックス……それは他の生物と融合してしまった人間たちの俗称である。数十年前、世界各地でこの現象が現れるようになり、突然ケモミミや尻尾の生えてくる者が後を絶たなくなってしまった。原因は未だに分かってないが、大多数は感情が高ぶった時でない限り、それらの特徴が全身に現れることはなく、通常は普通の人間だ。しかし、中には他生物の特徴が常に現れたままの者もいるのだ。

信じられない……いくらミックスでも見た目が完全に他の生き物になるなんて聞いたことないわ。サイズまで猫そのものじゃないの!

そう、他生物と融合してしまった人間に、どの程度その特徴が現れるかは人それぞれだ。とはいえ、たいていは指先の爪が鋭くなるとか、体の一部が毛深くなるとか、そういった程度の変化しかない。しかし、中には全身に他の生物の特徴が現れ、もはや人とは言えない姿の者もいる。彼女もその一人だが、この猫は完全に獣と化してしまったようだ……おそらく、ここまで人から離れた姿なら、普段から人間には戻れないのだろう。

一応聞いておくが、あんたはハジメを襲いにきた怪人の一人か? それとも教会に懺悔でもしに来た、ただのミックスか? もしも後者で匿名の相談を希望するなら、カトリック教会をオススメするぜ。ここはプロテスタント教会で懺悔室(*2)はないからな。

ちなみに、一般に「懺悔」と言われているキリスト教の行為は、カトリック教会の「ゆるしの秘跡」のことだ。基本的に「洗礼を受けた後に犯してしまった罪を赦す」という儀式のため、クリスチャンしか受けることができない。ただし、信者でない人も相談には乗ってもらえる。もちろん、罪の告白や相談で聞いた内容は、牧師も神父も守秘義務があるため、他人には漏らさない。

ふざけないで! 所詮あんたも愛玩動物とのミックス……怪人になった私たちの気持ちなんて分からないわよ! 

まあまあ……このラブリーな体もなかなか大変なんだぜ? 物は掴めないし、背中は掻けないし、うっかり自分の尻を舐めちまうし……
そっ……そう……
おい……マジでひくなよ。
いいわ、そんなに辛いなら私が楽にしてあげる。あんたのことは想定してなかったけど、あいつの仲間なのは間違いないみたいだしね!
ふっ……その前に本命がやってきたみたいだぜ。時間稼ぎに付き合ってもらって悪かったな。
ペンタっ、今の音は奇襲か!?
いったい何があったんですか?
正面玄関から駆けつけてきたハジメに、ペンタと呼ばれた黒猫はひらひらと尻尾を振る。
ああ、蛇の怪人のご登場だ。さっき出かけたばかりのお前なら、あれだけ大きな音を出せばすぐ帰ってくると思ってよ。
ねっ、猫がしゃべった!?
よっ、たまに撫でてきた嬢ちゃん。そういえば、あんたの前でしゃべるのは初めてだったな。
ちっ!……来たわね、琴乃ハジメ! 一緒にいるのはヒーロー組合の者か。奇襲をかける予定だったけど、こうなったらここで命を落としてもらうわ。
なんてベタなセリフを……ここ最近で一番それっぽい敵キャラだな。
余裕かましているのも今のうちよ。4年前まで私たち怪人はあんたに手も足も出なかった……でも今は違う! どういうわけか、ヒーローを引退したあんたがこの町に現れてから、一切他人に攻撃できなくなったのは知ってるのよ!
さすがに4回襲撃されたらそっちにもみんな伝わるか……やれやれ、ややこしくなってきたぜ。
4回!? えっ……今までもここで怪人の襲撃受けてたんですか?
ややこしくなるから知られたくなかったが、今はそう言っていられない。ハジメは一波乱くるのを予想して、全神経を背中に集中する。普段は服で隠れているが、彼の背中にも人とは違う他生物の表皮がある。感情が高ぶると、そこから全身に変化が広がっていくのだ。
こっ、これは……4年前を最後に目にすることのなかったハジメさんのヒーローの姿!
ミックスの中でも限られた者だけが、自らと融合した他生物の能力を制御できる……ヒーローと呼ばれるのは、その力を活かして人々を脅威から守る存在なのだ。
さあ、頼むから教会を壊さないでくれよ……そこの壁も一昨日徹夜で直したばかりなんだ。
いつでも飛び出せるように身構えたハジメは、心の中でため息をついた。これから始まるのは戦いではない、むしろ戦いよりも厳しい時間なのだ……

【注】

*2 「赦しの秘跡」は旧称「告解」とも言われ、一般に言われる懺悔室は「告解室」という。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【琴乃ハジメ】KOTONO,Hajime

トップクラスのヒーローをやめて牧師になった青年。暴力を封印し、教会の仕事に専念しようとするが、ヒーローに復職させようとする者や戦いを挑んでくる敵が後を絶たない。

【飯野カナ】INO,Kana

ヒーロー組合の職員で、ハジメを復職させるよう業務命令を受けている。真面目で責任感が強く、業務を果たそうとするあまりちょっとストーカー気味になっている。

【神野メグミ】KAMINO,Megumi

ハジメの教会の主任牧師。プロテスタントの牧師なのに、なぜかシスターのコスプレをしている。丁寧な口調でいつも笑みを絶やさないが、時々凄みのある雰囲気を纏う。

【ペンタ】Penta

教会に住み着いている黒猫……と思われているが、元々怪人だった一人。悪戯好きで声真似を使って人を混乱させるのが得意。教会の子どもやお年寄りに好かれている。

【蛇の怪人】

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色