レナ ~107番が見た夢~

文字数 11,673文字


 中廊下を歩いて行くと、ドアが開いている部屋がある。
 と言うよりも、こんな場所に来るにしてもかなり遅い時間なので、ほとんどの部屋のドアが開いている。
 そして、それぞれの部屋には一糸纏わぬ姿の女がいる、正確には女の姿をしたクローン人間がいるのだ。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 哺乳類のクローンは20世紀末には既に成功していたが、当初は核を埋め込んだ卵子を雌の子宮に戻して育てさせる方法、その後、培養液の中でも育成できるようになったのが2030年頃の事だ、そして、C国でクローンの軍隊が登場したのが2050年頃のことだ。
 クローンは新生児の状態で生まれる、と言うより培養液から取り出されるので、その後兵士として使えるようになるまでは20年近くかかる、と言う事はC国では培養液実験が成功してすぐに量産を始めたことになる、一党独裁国家ならではの動きの速さだ。
 一方キリスト教圏ではクローン人間の誕生にはかなり慎重だった、神の領域に踏み込む所業なのではないかと言う懸念が働いたからだ。
 だがC国がクローン軍を投入して来たとなれば、A国やR国も手をこまねいているわけにも行かない、世界中でクローン兵士が作られるようになった……だが……。
 クローン兵士ならば替えはいくらでも効くとは言っても、新生児を戦える年齢まで育てなければならないこと、また、兵士の数よりもハイテク兵器の性能と数が決め手になる今の戦争では兵士の数はそう問題ではない、したがって結果的にはあまり戦略的意味を持たなかった、それでも国境を接するC国、R国では継続されたが、A国ではその後、クローン人間の軍事利用は衰退して行き、むしろ別な方面にその技術は利用された。
 女性のクローンだ。
 もっとはっきり言えば売春婦専用のクローン。
 いや、春を提供する側のクローン女には客が付くことのメリットはないので、性奴隷に近いのだが、性的なこと以外は何一つ教えられずに育ち、外部との接点は客だけ、そして売春施設で生まれ一歩も外に出る事のないクローン女たちは、自分たちが性奴隷なのだとは考えていない、ちゃんとした食事と快適な寝床が提供されるだけで不満を抱くような事はないのだ。
 男たちはその施設を『C-イン』と呼んだ。
 性犯罪がはびこっていたダウンタウンにC-インを作ると、性犯罪件数は劇的に減少した。
 ごく安価に性欲を処理できるからだけではない、クローン女は揃って美女なのだ……何しろ細胞の元を美女から採取すれば良いだけの事、何も不美人のクローンを作る必要はさらさらない。
 ただし、クローン売春婦の登場は諸刃の剣だった。
 性犯罪の激減は歓迎すべきことだが、男性側の結婚願望が一気に下降線を辿ったのだ。
 無論、結婚するカップルが皆無になったわけではない、しかし、デートやプレゼントに費やす金をC-インにつぎ込めば、男は性欲の処理にはほとんど不自由しないで済む。
 C-インの料金は、1時間コースならちょっと豪華なランチを食べる程度、一晩を過ごしてもカジュアルなレストランでディナーを楽しむ程度で済む、そのくらいならば稼ぎがそれほど良いとは言えない男でも、それなりに充実したセックスライフを送る事は可能になる、しかも相手はよりどりみどりの美女揃い、お気に入りの娘に入れ込むのも良し、また毎回のように相手を替えるのもよし、リアルな世界と違って自由なのだ。
 恋愛、結婚にまつわるあれやこれやを味わいと考えるか、厄介なことだと考えるか。
 自分の子孫を残す事を喜びと考えるか、重荷と考えるか。
 男と女の関係が、情だけで繋がる夫婦関係に変わって行くのを是とするか否とするか。
 後者を選ぶ男が増えても不思議はない。
 
 そして、当初は女性からの非難も多かったC-インだが、その女性向けバージョンである通称C-ルームが登場するに至って、非難も矛先を失った。

 そして……。
 この世から『恋愛』や『結婚』は急速に減退して行くことになる。

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 その頃、俺は相当に落ち込んでいた。
 友達に言わせれば『バカバカしい』らしいが、俺には家庭を持ちたいと言う願望がある、一人の女とパートナーシップを築き、家族を形成して子孫を残す……古い考え方だと言われようとそういう願望があるのだから仕方がない、昔は人間誰しも持っていたはずの願望なのだ。
 そして同じ願望を持つ女性と知り合い、この一年、交際を重ねて来た。
 しかし、俺達はゴールには辿り着けなかった、価値観、人生観、信仰、家庭事情……それら全てが合致しないことには結婚生活を続けて行くのは難しいとされている、少なくともどちらかが歩み寄って合致させなければ結婚など出来ようはずもない。
 俺達は充分に話し合い……別離を決めた。
 彼女に未練はあったし、向こうもそうだと言ってくれたが、完璧なマッチングには至らなかった、そういうことだ。
 
 そして、その晩、俺は夜中まで残業を続けて、翌朝までに仕上げなければならない仕事を片付けた。
 頭も身体もくたくたに疲れてはいたが、明日は休暇を取ってある、週末と併せて三連休だ、心は開放感に満ちていた。
 既に終電は出てしまっているが、明日から休みだと言うのに会社の仮眠室で夜を明かす気になどなれない、無駄な様でもホテルを取ろうかと考えていた時、ふと浮かんだのがC-インだった。
 ビジネスホテルよりは高いが、シティホテルほどではない、一本抜いて貰ってすっきりしてから柔らかな女体を胸に抱いてぐっすり眠ると言うのも悪くない、そう考えてこのC-インにやって来たのだ。

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 それぞれの部屋はごく狭い。
 概ね2メートル×3メートル、その2/3は造りつけのダブルベッドに占められていて、各室にトイレ、洗面兼用のシャワー室、そして客の生体認証で施錠、開錠が出来る、やはり造りつけのロッカーだけ。
 そしてクローン女たちは何も身につけていない、下着すら与えられないのは、裸体を看板にするためでもあるが、それで首を吊ったり客に危害を与えたりしないためでもある、客も荷物と衣服全てをロッカーにしまうことになっている、一応トランクスだけは目こぼしされているが。
 もっとも、クローンにはそんな気はないように思える。
 彼女たちは産まれた時から……培養液から取り出された時からと言うべきか……停止するまで……リアル人間と区別するためにそう表現するのだが……をC-インの中で過ごす他はない、この建物のどこかに厳重に保管されている発信機、その受信範囲から外れると心臓が止まってしまうように細工されているのだ、もう少し科学的に説明するならば、クローンは生後間もなく心臓ペースメーカーを埋め込まれ、自律神経による鼓動は止められる、そして鼓動に必要なパルスと電源は発信機から送られているのだ。
 従って、彼女たちは外の世界の事を知らない、当然学校など通わせるはずもないので情報源は客のみだが、1時間コースの客だと会話もする暇なくオナホ代わりに使われて終わりだ、たまに泊まりで買ってくれる客がいても、クローンにはあまり外の世界の事を話さない、と言うのが社会常識になっているので当たり障りのないところまでしかわからない。
 その一生をC-インで過ごさざるを得ないのだが、同僚はみな同じ境遇、それが当たり前の世界しか知らないので特に疑問を感じることもない、それがクローン女の現実なのだ。

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(さて、今日はどんな娘が良いかな……)
 俺は開いているドアから物色しながら廊下を進んだ。
 俺の好みは……はっきり言って気分次第で変わる。
 そもそも、一人の女性とずっと付き合う訳ではないので、あれこれ悩む必要もないのだ、ランチを例に取れば和食、洋食、中華等々、街に出れば店はよりどりみどりだ、中には和食しか食べないとか、大抵は中華だ、なんて向きもいるだろうが、ほとんどの人はその日の気分でメニューを決める、クローン女選びも同じことなのだ。
 俺の場合、18歳くらいで大人しめの容姿、太からず細からずと言った辺りを最も好むとは言えるだろうが、20代後半の水商売風とか包容力のある熟女系を選ぶこともあり、やはりその日の気分次第だ。

 その日、あるドアの前で、俺の足は吸い寄せられるように止まった。
(おいおい、マジかよ……俺はどうしちまったんだ?)
 俺は自分自身に驚いていた。
 そのドアの中にいたのは、まだ胸もろくに膨らんでいない少女だったのだ。
 ロリータが出ている事自体は珍しいことではない、これまでも何度も目にはしている。
 そもそも、新生児状態からC-インの負担で育てなければならないのだ、需要が多かろうが少なかろうが性交可能な年齢になれば店に並べるのが当然、ただ、今までは目にはしても気に留める事はなかった……なのに、何故そのドアの前では引き寄せられるように足が止まってしまったのだ。
 前の客を送り出したばかりなのか、その娘はこちらに尻を向けてせっせとベッドを直している、その尻に、と言うより腰つきにかすかな『女』を感じ、それがなんとも新鮮に感じられたのだ。
 そして、ちょっと腰を上げたときにチラチラと見える無毛でピッタリと閉じた一本の筋になぜか秘められた湿り気を感じ、いかにも滑らかそうな肌にも惹き付けられた。
 最後にポンポンと枕を叩いてベッドメークを終えたその娘は、初めて俺の視線に気付いたようで、きょとんとした顔つきで俺を見つめている、その顔を純粋に『可愛い』と思った……子供としての可愛さだけでなく、まだ中性的ながら性的魅力をも感じたのだ。

「今から……いいかい?」
 本当は一回り見渡してから今夜の相方を決めるつもりだったのだが、視線が合った途端、俺はそう口にしていた。
「あ、はい、大丈夫です」
 その娘はニッコリと笑い、俺は吸い寄せられるように部屋に足を踏み入れた。

 相手を決めて部屋に入ったら、壁掛けの内線電話でフロントに通知するのが、こういった宿の通例、プライバシー保護のために今だに有線でカメラも付いていない旧式の受話器だ。
 その向こうから言わずもがなのいつもの注意事項を聞かされ、滞在時間の予定を聞かれる……俺は10時間コースを告げた。
「107番を10時間ですね、明日の12時までになります、延長なさる場合は30分前までにフロントにご連絡下さい、予定より早くお帰りになる場合でも規定料金は戴きますがよろしいでしょうか?」
 受話器からは人口音声による事務的な説明が流れて来る。
 今まで自分にロリータ趣味があると感じた事は一度もなかった、こういう宿で全裸のロリータを見かけても、どうして胸も膨らんでない娘に興味を持つのか不思議に思っていたくらいだ。
 確かにここに来る時、女の身体を抱きながら眠るのは悪くない、と考えていた、だが、その時イメージにあったのはむしろ熟女寄りだったのに……。

「10時間コースですか?」
 彼女……107番はきょとんとしている。
「あ、もしかしてもう眠いのかな?」
「あ、いえ……滅多にないんでちょっとびっくりしただけです」
「そう? 実を言うと俺はちょっと眠い、忙しかった仕事が終わったんだけど終電もなくなっちゃったんでここに来たんだ、一回はさせて貰うけど、多分俺も寝ちゃうから、君も朝まで一緒に寝ててもいいよ」
「あ、そうなんですか? でも、何回されても……皆さんそうされますし」
「俺、別に金持ちでもなんでもないけど、来月は残業代も入るから、たまにはそんな贅沢もしてみたくてさ」
 俺がそう言うと、107番はニッコリ笑ってこくんと頷いた。

 トランクスだけ残して、荷物と着衣の全てをロッカーに放り込むと、俺は107番をシャワーに誘った。
 
「何歳?」
「11歳です……もうすぐ12歳になりますけど」
 子供の平均的な身長・体重など知らないし、個人差も大きいから年齢を推察するのは難しい、もう2歳位下かなと思っていた。
 後で調べてわかったのだが、107番の体格は10歳としての平均に近い、12歳に近いという事は少し小柄な部類か……。
 いずれにせよ、実際に腕に抱いてみると140センチそこそこで40キロを大きく下回るだろう身体は見た目以上に小さく感じる。
 彼女の緑の髪……クローンはコピー元の人種に関わらず全て緑の髪になる様に遺伝子操作されている、リアル人間と区別するためだ、髪の毛以外の体毛も全て緑、と言っても107番には体毛と言えるものは何もないが……は、とても細くサラサラだった……髪を撫でた時、その頭の小ささも実感した、そして、見た目にはほとんど膨らみが感じられない胸も撫でるとかすかに柔らかく、まだ陥没したままの乳首も固くなる、肌のキメの細やかさは成人とは比べ物にならない、掌が吸い付くような感覚だ……そして性器……見た目には一本のスジに過ぎないが愛撫してやれば『あん』と小さく声を漏らす、こんなに小さくても客を取らされている身、性体験は豊富なのだ、そしてまだ演技を憶えるような歳でも無いから本当に感じてしまうのだろう。
 だとすれば……こんな子供を抱こうとしていることに少し後ろめたさも感じていたのだが、気にすることでもないだろう、一本相手して後は寝ててもいいというなら、この娘にとっても良い仕事、楽な仕事だろうし……。

 シャワーの後、いわゆるお姫様抱っこにしてベッドに運ぶ、小さく軽い身体ならではの楽しみ方、大抵の男はこれをやりたがるのではないだろうかと思う。
 ベッドに横たえてからたっぷりと時間をかけて愛撫をしてやると、107番は大きく背中を仰け反らして達してしまった。
「ご、ごめんなさい……」
 そう教育されているのだろう、107番は自分だけ逝ってしまった事を謝ったが、俺は少しも気分を損ねてはいなかった。
「気にしなくて良いよ、俺がしたくてしたことだから、俺の愛撫は気持ち良かった?」
「はい」
「とても可愛い声で鳴くね、嬉しくなるような声だ」
「そ、そうですか?」
「うん、今までロリータ趣味はないつもりだったのに、君を見かけた時に思わず足が止まったんだ、なにか惹き付けられるものがあってさ、かいがいしくベッドを直してる姿が可愛かったし、顔も可愛いよね」
「え……ありがとうございます……でも、子供っぽ過ぎませんか?」
「子供っぽくないとは言わないよ、実際子供なんだしさ、でも、11歳でもちゃんと感じてくれれば女としての魅力もあるよ」
「あ……ありがとうございます……」

 実は、俺は少しばかりコンプレックスを抱えている。
 俺は185センチ80キロとかなり大柄な方だ。
 しかしアレは少々小さめなのだ、そう極端に小さいわけではないとは思うのだが身体が大きい分余計に貧弱に見えてしまうらしく、リアルでもクローンでも『あら?』と言う顔をされてしまうことがある、中には声に出してしまう女性もいるくらいだ。
 しかし、107番の小さな身体を前にすると、控え目サイズで良かったとすら思う、体の大きさに見合ったビッグサイズだったら壊してしまいそうだ。
 107番も『あら?』と言うような顔はしない、むしろ少し安堵している風ですらある、それもそうだろう、この小さな身体で大人の男の相手を務めるのは決して楽ではないはずだ。
 案の定と言うべきか、幸運にもというべきか、俺と107番の相性は抜群だった。
 俺は107番の身体に溺れ、夢中で腰を振る、すると107番も良い声で鳴き、身体を仰け反らして喘いでそれに応えてくれる、その声を聞き、姿を見ると俺は更に夢中にさせられた。
 俺の控え目サイズを107番の小さい身体はみっちりと包み込んでくれ、107番の小さな身体には俺の控え目サイズがジャストフィットしたようだ。
 ここに来る時は、軽く一本抜いてもらって後はぐっすりのつもりだったのに……。
 この部屋に入ってから3時間あまり……すっかり弾を撃ち尽して満足した俺は、ごろんと107番の横に寝転び、腕を差し出した。
 きょとんとする107番、その表情も可愛らしい。
「腕枕……しないの?」
「いいんですか? 腕、痺れませんか?」
「俺がそうしたいんだよ」
「それなら……」
 107番は俺の腕を頭に敷いてニッコリと微笑んだ。
「すごく良かった」
「本当ですか? 私もすごく感じちゃって、ちゃんとできたかどうか……」
「ちゃんとも何も、俺、こんなに興奮したこと初めてだし、あんなに女を乱れさせたのも初めてだよ」
「私も……」
「相性が良いのかな」
「だと嬉しいです」
 107番の小さな身体にジャストフィットすると言う事は、やっぱり俺のは小さめだと言うことでもあるが、そんな事はもうどうでも良い、相性ばっちりの相手を見つけたのだから。
「君は可愛いね」
 俺は傍らの107番の身体をゆっくりと撫でながら言った。
「え?……」
「言われない?」
「言われたことないです」
「そんなことないだろう?」
「頭をぽんぽんと叩かれながらなら何度かありますけど」
「ああ、まあ、それだと子供扱いだな」
「実際、まだ子供ですから」
「まだ身体が小さい事は確かだけど、俺が今まで抱いた中では一番だったよ」
 リアルでもクローンでも、と付け加えかけて、やめた。
 なんとなく107番をクローン扱いしたくなかったのだ。
「ありがとうございます」
 クローン女は世辞を使わない、客に失礼のないようにとは教育されてはいるが、客の歓心を煽る事はないのだ、なぜなら、沢山客が付いても彼女たちに取って何も良い事はないから、まあ、あまり少ないと罰を受けたりはあるのかもしれないが……。
「ここ、びしょびしょだね……犯人は俺なんだけどさ」
「うふ……」
 その笑顔に嬉しくなって、俺はさらさらした緑色の髪をゆっくりとなでた、すると107番はうとうとし始める……もう夜中と言うよりも明け方、疲れが出たのだろう、にもかかわらず全身全霊で俺の相手をしてくれた……俺はその幼い笑顔を眺めながら髪をなで続け……いつしか眠りに落ちて行った。

「う……うん?」
 目が覚めると、隣にはちゃんと107番が居た、俺の胸を触れるか触れないかのソフトさで撫でている。
「あ……起こしちゃいました?」
 107番が俺の顔を覗き込む。
「ん? ああ……いいんだ……今何時?」
「10時半です」
「ああ……そうか」
「何か予定が?」
「いや、今日はオフなんだ、明日と明後日もね」
「良かった……」
「君は? だいぶ前から起きていた?」
「いいえ、つい15分位前です」
「そうか……よく眠れた?」
「はい、ぐっすり」
「昨日は無茶しちゃったね、悪かった」
「いいえ……」
 107番ははにかんだような顔を見せて言った。
「あと1時間半あります、よろしければもう一度……」
「君は? 大丈夫なの? 身体はきつくない?」
「大丈夫です……もう一度……抱いて……欲しいんです」
 そんな言葉を聴いて奮い立たないのは男じゃない。
 俺はじっくり愛撫してやり、ゆったりと穏やかに107番と交わった。

 出来ることならば後二日まるまる延長したい位だったが、C-インには連続で同じクローン女を買えないと言うルールがある、クローンの安全を確保する……以前、無茶しすぎてクローン女を死なせてしまい、時間延長でそれを誤魔化そうとした客がいたのだ。
 そして、クローン女が特定の客に過度に入れ上げるのを防ぐと言う意味合いもあるのだろう。
 後ろ髪を引かれる思いで俺は身支度を始めた。
「また来るよ、まっすぐこの部屋に来るけど、良いかな?」
「はい!」
 翳っていた107番の顔に灯りがさしたかのようだ。
「俺の名前は幸男、君は?」
「私は……107番……」
 迂闊な質問だった、クローンに名前などない。
「それは呼びにくいな……う~ん、そうだな……レナはどう? 107の0と7でレナ」
「レナ……私の……名前…………はい! 素敵な名前です」
「じゃあ、レナ、必ずまた来るよ」
「待ってます」
 
 俺は最後にレナとキスをして部屋を出た。
 
 フロントで支払いをしている時、ふと思った。
 これがレナを抱いた料金ではなく、レナとディナーを共にした代金だったらどんなに良いか……。
 もう俺の頭の中はレナの事で一杯だった。


▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「レナ、また来たよ」
「幸男さん!」

 俺は三日と空けずにレナの元へ通った、そして週末ともなれば一晩を一緒に過ごした。
 その料金は給料では賄いきれずに、結婚資金にと積み立てていた貯金を崩すことになったが、レナとの時間は金には代え難かった。

 レナはいつも満面の笑みを浮かべて俺を迎えてくれる、そして俺達は時間が許す限り肌を重ね合い、快楽を貪った。

 時々はレナの部屋、107号室のドアが閉まっている事もある、そんな時はフロントでレナが空く時間を尋ねて出直した。
 C-イン側ではそれを快く思わない事は知っていた。
 クローンの女とリアルの男があまり深い仲になって欲しくはないのだ、クローンに無用な知恵がつく恐れがある。
 だが、俺はそうしないではいられなかった。

 そして、レナの身体が空くのを待って部屋に入る時、俺もレナも少し気まずい思いをする。
 それまで別の男に抱かれていた事は明らかだからだ。
 そんな時、俺はいつもより激しい劣情に駆られるのだ。

「レナ、レナ、レナ……」
「幸男さん、幸男さん、幸男さん……」
 俺は激しくレナを求め、レナもそれを全身で受け止めて、俺に全てを委ねてくれる。
「あああっ……ああっ……」
「レナ、お前の身体から前の男の痕跡を消してやる、俺のレナ、俺だけのレナ、レナが身体に刻んで良いのは俺の痕跡だけだ」
「消して、忘れさせて、幸男さんだけのレナにして……」
「レナ……愛してる、俺だけのものにしたい」
「私も幸男さんだけのものになりたい……」
 しかし、それは叶わぬこととわかっている。
 もしできるのなら、どんな代償を払ってでもレナを買い取りたいと思う、しかし、このC-インから離れればレナの心臓は止まってしまう、それはクローン人間とリアルな人間を区別して共存するために必要なルール、それを回避することが出来る技術があったとしても法的に許されないことなのだ。
 それがわかっているだけに、この部屋で、107号室で、俺とレナは互いの身体を貪るようにして愛し合う。
 レナは生まれてこの方、この部屋しか知らない、ここで男に抱かれるためだけに生まれて来た、そうやって育って来た。
 しかし、それが本来は愛の行為であることを知ったのはごく最近の事なのだ。
 
 レナは俺を愛してくれている、だが、それを表す術は一つしか知らない。
 レナがここから一歩も出られない以上、俺達は抱き合い、お互いの身体を貪りあう以外に愛し合う術を持たないのだ。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「これ、着てみてよ」
「え? これって……」

 ショッピングセンターでふと見つけた白いワンピース。
 白一色のコットン、ところどころにレースをあしらっただけのシンプルなワンピース。
 それを見かけたとき、レナに着せてみたい、これを着たレナを見たいという衝動が抑えられなかった。
 そして、それを鞄に忍ばせ、レナの部屋に持ち込んだのだ。

「似合うよ、レナ……本当に可愛い、本当にきれいだ……」
「……嬉しい……」

 シンプルな白いワンピースを着たレナは一幅の絵のようだった。
 窓ひとつない、いつもと変わらない107号室、しかし、俺の目には青い空が、湧き上がる雲が、きらめく海が見え、爽やかな風が通り過ぎた、そしてその中に佇むレナの姿も……。
 レナは勿論、そんな景色を見た事はない、そんな景色が存在することすら知らない。
 俺は頭の中に浮かんだ風景できるだけ詳しくレナに話して聞かせてやった。
 レナが決してそれを体験できない事を知りながら……それを知らずに一生を終えるのが良いのか、イメージだけでも持った方が良いのか、俺にはわからなかった。
 ただ、その話を聴いているとき、レナの顔は、瞳は夢を見るように輝いていた。
 
 だが、クローンは私物を持つ事が出来ない、見つかれば取り上げられてしまうだけ、罰を受けないとも限らない。
 俺はその都度ワンピースを持ち帰り、レナに逢ってはそれを着せて、二人で高原の澄んだ空気の中を散策し、海を訪れて波と遊ぶ夢を語り、そしてそのワンピースを脱がせたレナと愛し合った……。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 しばらくして俺は二週間ほどの長期出張に出なくてはならなくなった、勿論その事はレナには話してある。
 何日で帰るのかも。
 きっと指折り数えて待っていてくれるに違いない、レナの笑顔を思い浮かべると思わず早足になる、駆け出してしまいたいほどに。
 俺自身、早くレナに逢いたくて、レナと愛し合いたくてたまらないのだ。
 
 だが、二週間ぶりに訪れた107号室はドアが閉まっていた。

「107号室は何時ごろ空くかな……」
「107号室? ああ、あなたですか」
「え?」
「107番は停止しましたよ」
「停止?」
「まあ、我々リアルな人間で言えば死んだと言うことになりますかね」
「死んだ?……まさか……どうして……」
「ここをこっそり抜け出したんですよ、この建物から離れれば心臓が止まる事を知っていながらね、遺体は100メートルと離れていない所で見つかりましたよ……馬鹿な事を……」
「そんな……」
「知っていますよ、あなたが107番にご執心だった事をね、107番もまんざらでもないようでしたからね、これはまずいなと思って同じ遺伝子の別のクローンとトレードする話を進めてたんですがね、ちょっと遅かったようです……法的にはあなたに責任はない、しかし、我々は107番はあなたのせいで停まったんだと思ってますよ……もうここには出入りして頂きたくありませんな」

 レナがいないのならここに来る理由などない……フラフラと立ち去ろうとする俺の背中に辛らつな言葉が投げかけられたようだが、何を言われたの記憶にない。

 レナが……死んだ……。

 俺にはわかる、レナは青い空を見たかったのだ、白い雲を見たかったのだ、煌く海を見たかったのだ。
 それを吹き込んだのは俺だ、俺がレナを海に、山に連れて行きたいなどと夢想したせいだ。
 
 心臓が止まる時、レナは何を見たのだろうか。
 空は、雲は見られたのだろうか……都会の狭くてくすんだ空であっても、それだけは見ていて欲しいと思った。
 そして、その時、俺の顔を思い浮かべてくれただろうか……。
 
 レナと同じ遺伝子を持つ別なクローン?……レナと同じ顔、同じ姿のクローンはきっと他に何人もいるのだろう、だが、レナは一人しかいない。
 俺が愛したレナはもうこの世にはいないのだ……。
 そして、それは俺のせいだ……。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 俺は一時自暴自棄に陥り、仕事も手につかずクビになった。
 僅かに残っていた貯えでどうにか食いつなぐ日々……。

 しかし、俺はなんとか立ち直れた。
 今、俺は海辺の町で旅館の下働きをしている。
 立ち直ることも出来ず、貯えも底を尽いて死んでしまおうかと彷徨っていた時に、この町で煌く海を、青い空を、沸き立つ雲を見たのだ。
 それを目の当たりにした俺は泣けるだけ泣いた、そしてフラフラと海に入ろうとしていたところを宿の主人に止められ、そのまま下働きとして残してもらったのだ。
 仕事の合間に海を、空を、雲を眺めるのが俺の日課、レナを失ったばかりの頃はそれを見るのが辛かったが、今はレナを思い出させてくれる大切な時間だ。
 レナがこの世に存在し、俺と愛し合い、空を、雲を、海を夢見て死んだ、その事を俺は胸に抱き続けなければいけない。
 もしそれが消えてしまったら、レナは本当にいなくなってしまうのだから……。

         終

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