第3話 花の環

文字数 1,401文字

お開きの後、ろうかで、お島は、ばつの悪いことに、梅小路とすれ違った。

あわてて、ろうかの隅に移ると、通り過ぎるまで、頭を下げた。

驚いたことに、梅小路が、お島の目の前で足を止めた。

「絵はどこで習った? 」

「は? えっと、父からです」

「さようか。おまえの父は絵師か? 」

 会話の内容から、梅小路は、お島の素性をまったく知らないようだ。

お島は物心ついたころ、大火により天涯孤独の身となった後、

縁あって、家綱公の乳母で老女の矢島局の養女となった。 

養女となった時にはすでに、画法は自然と身についていた。

それと言うのも、実父が蒔絵師であり、

そのそばでよく、蒔絵を描く様子を自然と眺めていたからだ。

「実の父は蒔絵師です。物心ついたころ、矢島の局様の養女となりました」

 お島は正直に身の上をうちあけた。

「矢島様の。おまえは、見たところ、活け花より、

絵の方が向いているようじゃ。

良いことを思いついた。ついて参るが良い」

 梅小路は何かを思いついたようにして、お島を部屋へ誘った。

初めて入る大奥取締役の部屋は、想像通り、ただ広かった。

品の良い調度品が置かれた2間続きの畳敷の部屋。

窓辺には、ついの金魚が泳ぐ丸い金魚鉢が置かれている。

中に入ると、どこか身のしまるお香の香りがした。机の横に、本が詰まった本棚が見えた。

「これとこれ。あと、これを」

 梅小路は、お付の者に選んだ本を持たせた。

「絵の練習用に参考にしなさい」

「え? 良いのですか? 」

「読み終わったら、返しに来るが良い。その時は、完成した絵も見せなさい」

 あらよと言う間に、お島は、梅小路から数冊の画集を受け取った。

(画集を返しがてら、絵を提出するって? あの場ではお叱りを受けたのにどういうこと? )

「あのお方のお目にかなうとは、そなたは運が良い」

 部屋を出た後、やって来た御女中が、お島に駆け寄ると告げた。

「それはいったい? 」

 お島は首を傾げた。その御女中、誰かと思えば、まるだった。

まるが普通に、梅小路の部屋へ入っていったところをみると、まるは、梅小路付らしい。

 その日を境に、お島は、梅小路との間に絵を通じて交流がはじまった。

活け花の会のあと、奥女中たちの間で、「柏餅珍事」として振の性格の悪さが評判となった。

ところが、まるは見解は他の者とは違った。

まるが言うには、柏というのは、振の家の吉田家の家紋であるからして、

神道家の間では、柏というのは神聖なものとしての認識がある。

その認識の違いが珍事を招いたのではないかというのだ。

「つまり、神聖な柏を菓子として食すというのは、

家の者としては抵抗があるのではないの」

「へえ、そんなものなんですか? 」

「同じ公家の出でも、梅小路様は残さず、お召し上がりになっていらしたわよ」

「それ、わかります。本当に、美味でしたから」

公家というのは元来、気高いイメージが濃いけど、時と場合によるというわけだ。

 まるとも、月に1回の活け花会を通じて、親交を深めるようになっていた。

それ以来、振の動向は注目の的になっていた。もし、男子を出産と相成れば、

特に、上の御女中たちは、自分の出世に関わる重大案件だからだ。

振の部屋には、毎日のように、ご機嫌うかがいの一行が通い詰めるようになった。

「こちらはこちらで」

 一方、側室が注目されることを快く思わない御台所派は、

腹の中はどうかしれないが、

表向きには、何も気にしていないと無視を決め込んだ。

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