第3話 イーサリアムの生みの親 ヴィタリック・ブテリン

文字数 2,683文字

 暗号通貨イーサリアム(ETH)の生みの親ヴィタリック・ブテリンが、TIME誌(2022年3月28日・4月4日号、3月18日刊行)の表紙を飾った。



 28歳のヴィタリックは、暗号通貨業界で最も影響力のある人物の一人である。お酒も飲まず、人ごみも好きではない。
 イーサリアムは、ビットコインに次いで世界で2番目に大きな暗号通貨であり、世界中の銀行口座を持たない人々を金融システムに導き、国境を超えた資本の流れを可能にし、1兆ドル規模のお金を動かしている。

 TIME誌最新号に掲載された、ヴィタリックのインタビューをご紹介したい。(※1)
 彼は1994年、ロシアのコロムナで、二人のコンピュータ科学者、ドミトリーとナタリアとの間に生まれた。
 ソ連が崩壊して数年後のことで、通貨や社会制度が崩壊し、インフレが進み、祖父母は貯蓄を失った。
 父親のドミトリーは、「ソ連で育った私は、学校で言われた共産主義の良さのほとんどがプロパガンダであることに気づかなかった。だから、ヴィタリックには慣習や信念に疑問をもってもらいたかったし、彼は思想家としてとても独立した人間に育った」と語る。

 ヴィタリックは4歳のとき、両親から古いIBMのコンピュータを譲り受け、エクセルをいじり始めた。
 7歳になると、円周率を100桁以上暗唱できるようになり、暇つぶしに数式を叫んでいたと言う。12歳までに、Microsoft Office Suiteの中でプログラムのコードを書いていた。

 2000年、プーチンが大統領に当選した年、ヴィタリックは両親と共にトロントへ移住した。
 ヴィタリック自身は、カナダで過ごした少年時代を“lonely and disconnected”(孤独と断絶)と表現している。

 2011年、父親のドミトリーは、17歳のヴィタリックにビットコインを紹介した。ソ連崩壊後の金融崩壊と、2008年の金融危機を目の当たりにしたヴィタリックは、国家に管理されない世界的な代理通貨というアイディアに興味をひかれた。
 2012年、彼は国際情報オリンピックで銅メダルを獲得した。2013年、ヴィタリックは大学を中退し、イーサリアムのヴィジョンを記した36頁のホワイトペーパーを書いた。

 そして現在のヴィタリックの純資産は、ブロックチェーンに関する公的記録によると、少なくとも8億ドル(約950億円)である。
 ヴィタリックはコードや技術論文を書く生活から、肥大化したエゴや権力闘争と格闘する立場へと転身せざるを得なくなったのだ。

 3月9日、バイデン大統領がデジタル資産を規制するための連邦政府計画を求める大統領令に署名した。
 政府機関が暗号通貨に踏み込もうとしているだけでなく、実はアメリカでは共和党議員の中に暗号通貨支持派が多い。
 ヴィタリックは「暗号通貨が右寄りのものになりかけている兆候があるのは確か」だと危惧する。

 ヴィタリックにとって、暗号通貨の未来における最悪のシナリオは、ブロックチェーン技術が独裁的な政府の手に集中してしまうことだ。ヴィタリックは次のように語る。

“Crypto itself has a lot of dystopian potential if implemented wrong.”
(暗号通貨自体は、誤って実装された場合、ディストピアになってしまう可能性を多く秘めている)

 ヴィタリックは、イーサリアムがより公平な投票システムや都市計画、ユニバーサル・ベーシック・インカム、公共事業プロジェクトなどのさまざまな社会政治的実験に役立ち、権威主義的な政府に対抗する手段となることを望んでいる。
 しかし現実には、彼の期待に反して、イーサリアムは一握りの白人を底知れぬほど金持ちにし、大気中に汚染物質を放出し、脱税やマネーロンダリング、途方もない詐欺の手段として利用されている。


 ヴィタリックはこれまで、Twitterで政治的なコメントをすることはなかった。
 しかし2月11日、ロシア・ウクライナ危機について沈黙を破って、ツイートした。(※2)


(ウクライナへの攻撃は、ロシア、ウクライナ、そして人類に害を与えるだけだ。
状況が平和的な道に戻るか、戦争になるかどうかは、ゼレンスキーでもなく、NATOでもなく、ロシアのクレムリンが決めることである。
懸命な選択をしてほしい。)


 2月24日にロシアが本格的な侵攻を開始すると、ヴィタリックは憤りをツイートした。(※3)


(ウクライナとの紛争に対する平和的解決の可能性を放棄し、かわりに戦争を始めたプーチンの決断に非常に憤慨させられた。これはウクライナ人とロシア人に対する犯罪である。
安全がないことは分かっていても、皆の安全を祈りたい。
ウクライナに栄光あれ。)

 このツイートの後、ヴィタリックはこう付け加えた。
Reminder: Ethereum is neutral, but I am not.”
(リマインダー:イーサリアムは中立だが、僕は中立ではない。)


 ロシアで生まれ、カナダで育ったヴィタリックにとって、この戦争は個人的な思い入れの強いものだろう。彼はロシアのウクライナ侵攻について、プーチン大統領を公に批判し、救援活動のために何十万ドルもの資金を寄付したのだ。

 TIME誌のインタビューで、イーサリアムの未来について、ヴィタリックは次のように語っている。(※4)

“If we don’t exercise our voice, the only things that get built are the things that are immediately profitable”
(僕たちが声を上げなければ、すぐに利益が出るものだけが作られることになる)

“And those are often far from what’s actually the best for the world.”
(そして、それは実際に世界にとって最善のものとはかけ離れていることがよくある)



 ※1, ※4 The Man Behind Ethereum Is Worried About Crypto's Future, Andrew R. Chow, Time Magazine, March 18, 2022.
 ※2 vitalik.eth @VitalikButerin, February 11, 2022
 ※3 vitalik.eth @VitalikButerin, February 24, 2022
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