回転寿司の証明③

文字数 3,173文字


   ☆★☆★☆

「さて、次は何とろうかな」
「……」
「がんがん食おうぜ。豪勢にさ」
「豪勢にね」
「たまご、カッパ巻き、納豆巻き、シメサバ……」
「うに、いくら、ボタン海老、大トロ……」
「……」
「なに?」
「いやなんでも」
「なにか言いたそうじゃない」
「いえなんにも」
「ちょっと考えたんだけどね」
「ん?」
「あなた、ちょっと誤魔化してない?」
「なにを?」
「証明を」
「……なんで?」
「あなたさっき、国語辞典で定義を調べたわよね」
「そうだよ。とっても正確だろ? 裁判の法律解釈で六法全書を根拠にするようなもんさ」
「なんで『回転寿司』の定義を調べないで、『回転』の定義を調べたわけ?」
「……載ってなかったもん、『回転寿司』の定義なんて」
「だからあなたは『回転』の定義を『回転寿司』の定義として代用して、論を進めたわけね」
「まあ」
「そこが誤魔化しだわ。あなたは罠を張ったのよ。……とても狡猾な罠を」
「ほほう……ならば教えてもらおうか。その罠というやつを、ね……」
「……」
「……」
「今ちょっと悪役の演技に陶酔してたでしょ」
「君も探偵の演技に没入してたな」
「ともかく、罠だったの」
「大袈裟な。たいした問題じゃないじゃん?」
「いいえ、とても重要なところよ。いい? そもそも、『回転寿司』とはなんなのか? 『殺人現場』は『殺人の現場』。『猟奇殺人』は『猟奇的な殺人』。『回転寿司』は『回転する寿司』。確かに、それらしい感じがするわ」
「言葉の選定にとっても偏りが」
「でも、『殺人現場』『猟奇殺人』の二つと、『回転寿司』、これは決定的に違うのよ」
「明らかに違うよな」
「同じように思えるのは、錯覚なの。いい? 逆に考えてみるの。『殺人の現場』は確かに『殺人現場』だわ。『猟奇的な殺人』も『猟奇殺人』でしょう。でも、『回転する寿司』が『回転寿司』とは限らない。反例があるの。たとえば!」
「……」
「……」
「……なにしてるの?」
「見りゃわかるでしょ」
「オレ、手元で寿司皿をくるくるする女の子見るの、初めてだよ」
「貴重な体験ね」
「手元で寿司皿をくるくるする女の子が彼女で、オレって幸せ者だなあ」
「でしょー」
「これから好みの女性のタイプを言うときは、手元で寿司皿をくるくるするような子がいいなって、そう言うことにする」
「それは素晴らしいわ」
「あははは」
「あははは」
「……」
「……疲れてるとこ悪いけど、話進めるわよ」
「うん……。でも、わかったから、もう止めてほしいな」
「はい」
「アメリカの自由の女神像に対抗できるのは、寿司皿を回す女神像しかないと思った」
「……で」
「うん」
「これって回転寿司とは言わないわよね?」
「んー」
「その場でくるくる回っている寿司……つまり、その場で回転する寿司。でもこれ、回転寿司って言わないわね?」
「んー……」
「言わないわね?」
「……うん」
「『回転する寿司』なのに、『回転寿司』ではない。つまり、『回転寿司』は『回転する寿司』だけど、『回転する寿司』が『回転寿司』とは限らない」
「……反例を一つあげれば、『AならばB』命題は崩れるというワケ、ね」
「えっと、なんていったらいいのかしら。よくあなたが使ってる……ヒツヨウジュウブンなんたら」
「……つまり、『回転する寿司』は『回転寿司』の十分条件ではあるが必要条件ではない、と?」
「そうそれそれ。だから『回転する寿司』は『回転寿司』の必要十分条件でない」
「つまり『回転する寿司』と『回転寿司』は同値でない」
「よって二つを同じように扱って議論を進めることが、そもそも間違いである。よってカウンター寿司は幻想などではない。Q.E.D.証明終わ――ありがと」
「上出来」
「そう言ってもらえると満足だわ」
「どういたしまして」
「なんだか今の時間がまるで有意義なものだったみたいに思えてくるもの」
「それは幻想」
「やはり」
「君の言う通り、『回転する寿司』は『回転寿司』の十分条件にすぎない。集合論から言えば、『回転寿司』は『回転する寿司』の真部分集合である。つまり『回転する寿司』という広い集合の中の一部分にすぎないってわけだね」
「回転寿司から集合論に話を飛ばせる人間なんて、そうそういないわね」
「まあ細かく言えばラストは、『カウンター寿司は幻想などではない』ではなく、『カウンター寿司が幻想ということが証明されたわけではない』だけどな」
「そんな細かいことはどうでもいいの」
「でも、カウンター寿司が幻想でないと証明されたわけではないんだぜ?」
「両方証明されていないなら、今証明なしで通用している事柄を仮の法則として使い続けたって、問題はないと思うわ」
「……まあな」
「ふふ、勝った」
「でも仮だ。覆される可能性も、0じゃない」
「限りなく0に近いけどね」
「そのうち第二第三の反カウンター寿司派が現れるさ……その日までせいぜい、その安息を貪っておくがいい……」
「……ぐらり」
「ひゅるるるるる」
「ばしゃーん」
「崖淵に駆け寄り、海面を見下ろす主人公」
「しかし既に彼の姿はなく、波が大きく打ちしぶくだけであった」
「完」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あ、……えっと、お茶はー……ああはい、そうそうここですね、はい。あはは」
「……」
「……」
「……恥ずかしい奴」
「……あなたもね」
「ノリすぎたな……」
「他人の存在を完璧に忘れてたわ」
「こうやって若者は嫌われていくんだろうな」
「若者の評判にまた泥を塗ってしまったわけね」
「真実の探求の前には些細な問題さ」
「そういうことにしておきますか」
「うむ」
「……ところで」
「ん?」
「『回転寿司』の定義が載ってなかったっていうのは本当?」
「ああ、それは本当。もっとも……」
「……うわ」
「……こっちなら載ってるかもな」
「新語辞典まで持ってたのね……」
「敵の属性を考慮して持ち替えるワケな」
「ワケか」
「えっと……あった。『回転寿司』。……寿司屋の業態の一。客は巡回する専用のコンベアーで寿司などの載った皿が通過していく間に、自分の食べたいものを選ぶ。精算は客の手元に残った皿の枚数・種類を基に行う。通常の寿司屋に比べ安価であることが多い。商標」
「……」
「こんなことじゃないかと思った」
「予想してたのね……」
「なんか……はいオシマイ、って感じだろ? 付け入る隙がないというか」
「感じね」
「だから排除した」
「卑怯な」
「裁判だって不利な証拠は提出しないもんさ。歴史の整合性を狂わすオーパーツも、ないものとして扱われる。つまりは人間、見たいもの以外は見えないフリをするってことさ」
「回転寿司の話題から出てきた結論とは思えないわね」
「にしても」
「ん?」
「しばらく会わないうちに成長したな」
「むしろ人間社会から遠ざかっている気がしてしまうの」
「気のせい」
「えー」
「ま、んじゃ、ご褒美やろうかな」
「おお、なになに?」
「カウンター寿司。奢ってやるよ」
「おおおお。ほんと?」
「ほんと」
「マジ?」
「マジ」
「食べ終わった後、自殺しない?」
「保証はできない」
「……」
「うにばかり頼むと自殺確率は高まっていきます」
「まあ、それほど高いの頼まないから」
「信じてる」
「雰囲気を楽しむヨシ」
「ヨシ」
「えっと……いつにする? 今から?」
「今からにするか。まだおなか空いてるだろ?」
「うん。あんまり食べてないもの」
「じゃ、ラスト一皿食って出ようぜ」
「了解」
「何にする?」
「うーんと……」
「……」
「じゃあまた、うに。あなたは?」
「シメサバ」
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