第1話

文字数 954文字

 自動車の運転で無事故無違反を続けるのはなかなか難しい。(←安全運転をしている人はたくさんいるとは思いますが…)
 今から約10年前のことだった。80歳過ぎの男性が、誤嚥性肺炎で入院していた。経過は順調で退院の目途が付いていた。
 朝の病棟回診で、経過のいい患者さんを診るのは医師冥利に尽きる。
 診察を終えて病室を出た。廊下で担当の研修医から
 「今の患者さんは、地元(酒田市)の○○交通を定年退職されたんですが、バスを運転していて42年間、無事故無違反で表彰されたそうですよ。」
と、情報を教えてくれた。
 (それは凄い。)
 回診が終わって、その患者さんを病室に訪ねた。
 「病気とは関係ないのですが、お勤めで42年間、無事故無違反だった、とお聞きしたのですが凄いですねぇ。」
 「…? あぁ、んだの。」
 「自分はゴールド免許にもなれなくているのに、42年間無事故無違反は立派だと思います。何か極意、秘訣はあるのですか?」
 「…。」
 以外にも彼は目を閉じて沈黙した。
 一瞬、(不都合なことを尋ねてしまったのかなぁ?)と不安に思ったが、彼は何かを思案しているようでもあった。
 「…。」
 言葉が続かなかった。
 やがて、彼は眼を開けこちらを見た。答えが見つかったようだ。
 「ねえの。」
 
 きっと彼は眼を閉じて、42年間を早送りして思い出していたのだろう。偉大な結果は毎日の安全運転の積み重ねの結果であって、そこに秘訣は「ない」と一言で言い切るプロの自信を感じた。

 さて、写真は行きつけの地元の居酒屋のマカロニサラダである。

 実は自分はここのマカロニサラダが大好物で、安くてボリュームがあり(写真で一人前 \330-)美味しくてビール、ハイボールのつまみに合う。
 カウンターで飲みながら、42年間無事故無違反の偉業について考えた。何故、これが凄いと思うのか?
 ひとつは自動車を運転する誰もが彼と同じ土俵にいる。誰にでもできるチャンスがあることだ。
 もうひとつは、よし、今から自分も挑戦しようと思っても、42年間の時間は作れないことだ。自分には42年どころか遠からず運転免許返納の時期が来る。嗚呼、もう自分は歳を取ってしまったのだ。ふ~。
 あ~でもない、こ~でもない、かくして庄内の夜は()けていった。

 んだの~。
(2023年3月)
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