第5話 天主堂の向こうに

文字数 1,755文字

 長崎に着いた日、ぼくはまっすぐ待ち合わせの喫茶店に向かった。渡部さんの呼びかけで集まった地元のUFOマニアは三人とも六十代後半から七十代のお年寄りばかり。海の言うように、UFOは子供と老人にしか見えないのだろうか?

 三人から教えてもらった情報を要約するとこんな感じだった。
——長崎では今年に限らずUFOが度々目撃されている
——毎年八月頃に頻繁に現れる
——日中より夜、特に満月の晩は目撃情報が多い
——形は渡部さんのいうギャラクシー型
——編隊で現れることもある
——五島列島に基地があるという噂がある

 ぼくは聞いてみた。
「五島列島に行った方がいいでしょうか?」
「なんで、しゃっちが行くとね」
「わざわざ行かなくてもいい……って意味やけん。一週間もここにおったら見るる」
 その日の晩は二台のカメラに高感度フィルムを入れてUFOを待ったが、結局のところ収穫はゼロ。結局深夜にフィルムを入れ替えることになった。

 二日目の朝。
 平和公園で原爆犠牲者に祈りを向けたぼくは、その足で街を歩いてみた。UFOはこの一か月の間、街中でも頻繁に見られたというが、その日は天気が良すぎたのか、UFOも現れなかったうえに猫の姿もまばらだった。ぼくが初めて目撃したあの日は雲一つない青空だったが、そんな日に現れることは滅多にないと渡部さんが言っていたことを思い出していた。

 そして三日目。
 空は曇り空だけれど、朝から沢山の猫と出会えたおかげで、すでにフィルム一本分を使ってしまった。オランダ坂をグラバー通りの方に向かって歩いていたら急に雨が降り始め、雨宿りを兼ねて、通り沿いにあったカフェで少し遅めのランチタイムにした。サンドイッチとホットドッグで満腹になったぼくは、ズームレンズを装着したFM2を念のため高感度フィルムに入れ替えた。曇り空だと光量不足で速いシャッターが切れないこともあるから。
 店の外に出ると雨は止んでいたが、まだ雲は低く垂れ込めている。偶然通りかかった路面電車を一枚だけ撮影した後、ぼくはグラバー通りを大浦天主堂に向かって歩き始めた。目的地はその先、『祈りの三角地帯』とか『祈りの三角ゾーン』と呼ばれる場所。そこは教会と神社とお寺が隣接している日本でも——いや神社は日本にしかないから世界でも——珍しい場所らしい。そして、二日前に会った三人のうち二人はその辺りで最近UFOと遭遇しているという。

 坂を昇ると大浦天主堂の十字架が目に飛び込んできた。
 坂を登って息切れしたせいも少しはあるけれど、胸の高鳴りが自分でもよくわかる。その辺りは観光名所なので普段は人通りが多いらしいが、その日は何かのイベントが行われているらしく意外と人影はまばらで、その代わり猫の姿をあちこちで見かける。

 ちょうど教会の手前まで来たときに石畳の坂道でゴロゴロとお腹を見せてアピールしている茶トラの猫がいた。近寄ってみると、かぎしっぽの幸運の猫だ。その姿や表情をずっとレンズで捕らえていたら、急に耳を立て空を見上げた。ぼくは急いで猫の視線の先にレンズを向ける。するとカラスが何羽か飛び立っていった。なんだカラスか……と気を取り直し、もう一度レンズを猫の方に向けてシャッターを切ろうとしたとき、それまで寝転がっていたその猫が、大きく目を見開いて急に立ち上がった。
 またカラスかな? と思って、カメラはそのままに猫の視線の先を見上げると、「それ」は大浦天主堂の向こうに音もなく浮かんでいた。



 全身に鳥肌が立ち身体が硬直する。
 カメラの操作も忘れ、ぼくはしばらく立ち尽くしていた。ピーンと張り詰めた空気の中に微細な振動が感じられ、辺りの猫たちが空に浮かぶその物体の方角を目指して一目散に走り始めた。さっきまで足元にいた猫も姿が見えなくなっている。

 気を取り直してズームレンズを向け、ぼくは夢中でシャッターを切った。気づけば、まだ二十枚近く残っていたはずの三十六枚撮りフィルムを全て使い切っていた。

 それはほんの一瞬のことだったけれど、宙に浮かんで静止しているその物体から真下に向けて柱のような赤い光が放たれた。ぼくは急いでもう一台のカメラを手に取ったが、もう間に合わなかった。

 やがてUFOは音もなく上昇すると、目にもとまらぬ速さで雲間に飛び去っていった。


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