海人〜うみんちゅ〜

文字数 2,905文字

「さとし、何しよる?」

「海の音ば聞きよると」

「海の音?波の音やなくて?」

「そう、海の音。波の音の向こう側の音」

「ふーん、おいには聞こえんな」

港町で生まれたさとしにとって、海はとても身近な場所です。さとしはいつも学校が終わると、父の働くレストランへと向かいます。レストランは浜辺のすぐそばにあるため、さとしは「ただいま」のあいさつをするとすぐにランドセルを置いて、目の前に広がる海へと遊びに出かけます。
 
目の前に広がるのはいつもと変わらない風景。
けれども、最近は少し様子が違っていました。

「あの人、また海に潜っとる」

ここ最近、毎日のように浅瀬で素潜りをしている人がいます。さとしは、その人が何をしているのか気になっていました。するとそこへ、素潜り漁師の清さんがやって来ました。

「あいつ、また潜ってウニばとりよるな。おーい、今日は海がしけっちょるけん危なかぞー(はよ)う上がってこい!」

(きよし)さん、こんにちは!」

「おぉさとし、もう学校終わったんか?波が(たこ)うなってきたけん、今日は海に近づいちゃいかんぞ」

「うん」

台風が近づいていて、次第に雨風が強くなって来ました。

「さとし、帰んねぇのか?」

「うん、、ねぇ清さん。あの人な、ずっと潜っとるんよ。一体何しよるんやろ?」

「あぁ、あの兄ちゃんな。最近この町に引っ越してきたって。何や海の調査ばしよるらしか。そやけど、あげん毎日ウニばっかりとって何になるとやろうか。おいには分からん」

「へぇ、海の調査かぁ。なんやかっこいいな。ウニ高く売れるんかな?」

その人をよく見ると、確かにかごの様なものに何かを入れているのが見えます。

「はははっ、あのウニは食べられんよ」

清さんは少し呆れた様子で話しを続けました。

「あの浅瀬の辺りにはワカメとか海藻がびっしり生えとるんや。そやけど、今年の海は何かおかしくてな。その海藻がごっそりなくなっとる。その代わりにウニが大量発生しとってな」

「何で食べられんの?ウニって高級な食べ物やろ。いっぱいウニとれるならお金持ちになれるやん」

「はははっ。さとし、面白いこと言うな。あのウニたちはもう、エサがないんや。大量に発生してしもうたけん、エサになる海藻ば食べ尽くしてしまったとよ。やけん、ウニを割っても中に身はいっちょんつまっとらん。売り物にもならんよ」

「あんなにとれるのに。何かもったいないな」

「おいたちにも生活がある。ここに生えとった海藻はおいたちの大事な収入源やった。ウニを駆除せなこの浅瀬に海藻は生えてこんて、あの兄ちゃんが言いよった」

「そういえば、最近海の音が聞こえんとよ。何か関係あるんかな?」

「海の音か、さぁどうやろな」

「さとしー早う戻ってこい!風も強うなってきたぞ」

レストランの方からさとしの父親が小走りでやって来ました。

「ほら、父ちゃんも心配しよる。さぁ早く帰れ」

「でも、あの人大丈夫かな、、。あっ見て!あの人沖の方に流されてるよ!」

「ほんなこつ。言わんこっちゃなか。早う助けな」

「父ちゃーん、人が流されよるー!」

さとしの声を聞いた父親が急いで駆け寄って来ました。

「清さんどうも。さとしは危ないけん、先に帰っとき」

「でも、、」

「大丈夫やけん、さっ早う行け!」

「うん」

「人が沖に流されよる!波も高うなって来た、早う来てくれ!」

清さんが漁師仲間に連絡を取ってくれました。さとしは1人レストランへ戻って行きました。

しばらくすると、ウニをとっていたお兄さんが、
さとしの父親と清さんに抱えられレストランへ
と入って来ました。お兄さんは無事に救助されたのです。

「おめぇ何ですぐに陸さ上がらんかったか⁉︎」

清さんがすごい剣幕でお兄さんに詰め寄りました。

「す、すみません、ご迷惑かけてしまって。報告書をまとめて県へ提出する期限が迫ってたもので、、」

「あんなー、おめぇさん死ぬとこやったとぞ!そげな調査やら報告やらそんな事よりも自分の命をもっと大事にせぇ!命はたった1つしかないとやけんな!」

「はい、、本当に助けて頂いてありがとうございました」

「じゃあ、おいは帰るけんの」

清さんは納得いかないような面持ちのままレストランを後にしました。

「まぁ、無事で良かったたい。スープば作ったけん、温かいうちに食べんね」

「ありがとうございます、いただきます」

ずっと海の中にいたお兄さんの体は寒さで震えていました。

「それにしても、君はなんでこんな大変な思いばしながら1人で海の調査をしよるとね?」

さとしの父親が尋ねました。

「昔、私の祖父母がこの町に住んでいて、私も小さい頃はよく、ここの海で遊んでいたんです。その頃は魚がもっといっぱいいて。祖父母が亡くなってからは、この町に来る事もなくなったんですが、久しぶりに来てみたら魚が全然見当たらなくて。変わり果てたこの海を見て何だかショックを受けたんです」

「それで海の調査を?」

「はい。海がそばにある環境で暮らしいたいと前々から思っていて。移住を考えていた時に、たまたま県のホームページでこの仕事を見つけたんです。少しでも早く県からの支援を受けるためには、とにかく報告書を提出しないといけなくて」

「そやけど、1人であの広さを調査するには時間がかかるやろう」

その時、入り口の方でカタン。と物音がしました。 

「あれ?清さん、帰ったんじゃなかったとですか?」

「忘れ物したけん、取りに来ただけたい」

そう言って清さんは、家の鍵らしきものを手に取り帰って行きました。次の日、台風は去り、天気もすっかり回復しました。さとしが海へ行くと、またあのお兄さんが1人でウニを獲っていました。

「しょうがなかね」

「あっ清さん」

いつの間にか清さんがウエットスーツを着てさとしの隣に立っていました。

「おーい、清さーん!」

「おっ、やっと来たな」

遠くから清さんを呼ぶ声がしたのでさとしが振り向くと、そこにはたくさんのウエットスーツを着た人たちが集まっていました。

「さぁ、始めるか。おーいこっちだ」

清さんはみんなを引き連れて、海へと潜って行きました。それに気づいたお兄さんは呆然とその光景を見つめていました。清さんたちはそんなのお構いなしと言わんばかりに、黙々とウニをとり始めました。そこへさとしの父親がやって来ました。

「おーやっとるな」

「ねぇお父さん、清さんたち何で急にウニとり始めたんやろうか?」

「清さんなぁ、昨日の話ば聞いとったらしか。それで、漁師仲間に声を掛けてまわりよったて。酒屋の(まこと)さんが言いよった。あげん最初は関わりたくない言うとったけど、気にしちょったとやろ。助けになってあげてぇって、清さん言いよったって。あぁ見えて優しい人やけんの」

「そっか。ねぇ父ちゃん、早く海に魚がいっぱい戻ってくるといいね。海藻もまたいっぱい獲れるようになるといいね。そしたらみんなが笑顔で暮らせるね」

「ははっ、そうだな!さとしの言う通りだ。さっ、俺たちも手伝うぞ!」

「うん!」

それからは、お兄さんの取り組みを手伝う人たちが増え、予定よりも早く県に報告書を提出することが出来ました。そして、無事に県からの支援を受けられることになったのでした。

「あっ、父ちゃん!今な海の音聞こえた!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み