第15話 髪の毛から牛乳が出た話

文字数 4,232文字

 ちょっくらネパール語でも学んでみようか、と。

 言葉ができれば、地元の人との交流が深まるだろう。留学生活が一段と豊かになりそうだ。

 文字はサンスクリットと同じだ。筆記については、一から覚える必要はない。文法や語彙には共通項が少ないらしい。難易度は、いかがなものだろうか。

 大学で、ネパール語科の日本人学生の何人かと知り合った。学習の話を聞かせてもらう。
 ネパール語は〈体感的に伝わりやすい言語〉だそうだ。

 たとえば、〈匂いを嗅ぐ〉という動詞は、〈スングヌ〉。
 発音してみてほしい。言葉の響きが、なんとなく、匂いを嗅いでいそうだ。

〈いいよ〉を表す〈フンチャ〉も、肯定的な感じがしないだろうか? 
 言葉を知らなくても、「フンチャ!」と言われると、「OK!」の意味だとわかる。

 あとは、〈デーレー〉とか。〈とても〉という意味だ。
 いかにも「とっても!」という感じに聞こえる。〈どえらい〉にも似ているような。

 ほとんどネパール語のわからない私は、おおかたのシチュエーションにおいて、「ラムロ・チャ(いいね)!」で済ませていた。何でもかんでも、「ラムロ! ラムロ! デーレー・ラムロ・チャ!」である。

 ちなみに、ネパール語の中で私が一番好きなフレーズは、〈(サケ)秋刀魚(サンマ)〉だ。
 嘘みたいな話だが、ネパール語には、〈サケ・サンマ〉と発音する言葉がある。〈できるだけ〉の意味だ。ネパール人同士が「難しい問題だけど、できるだけやってみるよ」との趣旨の発言をしたとする。真剣な面持(おもも)ちで、「サケ・サンマ」と呟いている様子が、日本人である私には可笑(おか)しくて(たま)らない。いやいや、真面目な話をしてはるんやから、(わろ)たらあかん。

 いつか私も自然な会話の中で、「サケ・サンマ」と唸ってみたい。

 マルチ・リンガルに、憧れる。

 映画『インディ・ジョーンズ』シリーズ。ハリソン・フォードが演じる考古学者、インディアナ・ジョーンズ博士と仲間の中国人の少年が、敵に追われる。吊り橋を逃げる時、博士は少年に向かって中国語で「橋を切断しろ」と叫ぶ。敵たちは中国語がわからないので、橋を渡って追い掛けようとする。少年がナイフで橋のロープを切る。敵たちは川底に落ちていく。

 かっこいい!
 映画を観た中学生の私は、言語を自由に操る知的な作戦に強く惹かれた。
 私も博士のように、知識による強さを手に入れたい。

 大学生になると、興味の赴くままに、幾つかの言語に手を出した。どれも中途半端な習得具合で、堪能にはなれない。

 これまでに(かじ)った言語の中で、習得の難しさを最も強く感じた言語は、チベット語だ。発音は中国語に近くて、日本人には難しい。おまけに、単語の両端に読まない文字が飾りのように付着しており、どこから読むのか、まるで見当がつかない。余分に感じられる文字もまた、チベットの文化ならではの形式美だろうか?

 どうかネパール語は、使い物になる程度には習得できますように。

 アパートから徒歩圏内で、ネパール語を学べるスクールを探す。
 まずは、外国人向けのネパール語のスクールで話を聞いた。テキストに沿って、なかなかしっかり指導してくれそうだが、月謝がネパールの物価にしては非常に高額だ。日本円にして5千円ほど。却下。

 独学しようかと書店で参考書を探したが、なかなか良書に出合えない。

 どうやって学ぶかを考えながら、大学への通学路を歩いていた時だった。ネパール人向けの英語スクールが目に付いた。中を覗き、ネパール語を教えられるか尋ねてみた。

「当たり前でしょう? だって僕、ネパール人だから」

 教師は、学生アルバイトの青年だった。名前は、ラジェス。ネパール語のネイティブなんだから、教えられて当然、との主張だ。

 いやいや、「喋れる=教えられる」とは限らないのだよ。言語には、文法体系や教授法があってだねぇ。

 とはいえ、学校選びにゴチャゴチャ悩んでいるよりも、入ってみたほうが早そうだ。10回分の受講料を払って入門した。

 レッスンがスタートして、すぐに失敗だとわかった。

 教科書もなしで、ラジェスの発する言葉をリピートする。何度やっても上手く発音できない音が、幾つか。ラジェスは首を捻り、「ちょっと、違う」と、やり直しを求める。〈ちょっと〉が〈どう〉違うのか、私には理解できない。ああ、きっちりした参考書がほしい。

 通い始めて5回目。ドアを開けると、何やら受付が騒がしい。ラジェスと女性校長、事務員として働いている若い女子社員のアヌジャ。3人が頭を寄せて、興奮気味に語り合っている。

「宏美! 惜しいね。ついさっき、凄いミラクルがあったのに」私の顔を見るなり、ラジェスが詰め寄る。「入口で、サドゥと()れ違わなかった?」

 サドゥとは、ヒンドゥ教の行者だ。たいていが長髪に(ひげ)もじゃ、身体に灰を塗りたくる。



「見てないけど。サドゥがどうしたの? 何かあった?」

「とにかく凄かった!」
 ラジェスの熱弁が始まる。

 (ほどこ)しを求めるサドゥに1ルピー硬貨を渡した。サドゥは祝福の印として、穀物の粒と葉っぱを授ける。ラジェスは新聞紙の上に受け、包んで胸ポケットに仕舞った。
 サドゥが灰に(まみ)れた自分の髪の毛を掴んだ。絞った髪の毛の束から、勢いよく牛乳が飛び散った。牛乳を撒きながら、「神の祝福あれ」と叫んで去っていったらしい。

「ほらほらほら! ここを見て。牛乳が落ちた跡」
 床の上を指差す。
 たしかに、液体で濡れた跡がある。

 話は、まだ終わらない。

「サドゥが帰ったあとに、包みを解いてみた。そしたら」
 胸ポケットから包みを取り出し、広げて見せてくれた。穀物の粒と葉っぱが入っているはずなのに、そこには――

 15ルピー紙幣が。

 なんと。
 サドゥに渡した1ルピーが、15倍に増えて戻ってきたのだ。

「あー、その顔は、信じていないね? 本当だってば。校長もアヌジャも見てたんだから。きっとシヴァ神の化身だよ」

 伝説では、天界の水がシヴァの髪を伝って、ガンジス川に流れ落ちている。が、髪の毛から牛乳の出る話は聞いた(ためし)がない。

 3人は完全に舞い上がっていて、熱が冷めない様子だ。

 私は3人の熱狂ぶりを冷静な目で見ていた。実際にミラクルの現場を見ていないから、冷めている部分もあるだろう。サドゥが仕組んだマジックかもしれない。かと言って、頭ごなしにマジックだとは決め付けられない。本当にミラクルが起こった可能性も認めたい。これまでインドで数々の不思議を見聞きしきた私だ。この世に起こるミラクルの存在を信じるからこそ、騒がないのだ。本物の聖者であれば、牛乳を床に撒き散らすぐらい容易(たやす)くできるだろう。

 いつまで待ってもレッスンが開始される気配はなく、そっとスクールを後にした。

 歩き慣れた通学路のはずなのに、その日は、なぜか道に迷う。気付けば、見知らぬ小道に入り込んでいた。狭い路地の角を曲がると、柵の中で繋がれた牛に遭遇する。
 黒くて艶々。これほど大きくて肥えた牛は、初めて見た。前足の片方をちょっと前に出して、いかにもポーズを取っているような。表情も、どことなく人間臭い。

 牛に見惚(みと)れていると、激しい眩暈(めまい)に襲われた。真っ直ぐに立っていられなくて、柵に寄りかかる。
 しばらくして眩暈が治まると、再び帰路を歩き出す。なぜか、すっかり方向感覚がなくなっていた。同じ道を何度も通り、牛の前に戻ってしまう。

 この感覚は、高校時代にも味わった。狐に騙された経験がある。

 高校は、市街から離れた山の手にあった。駅へと続く畦道(あぜみち)を、一人で歩いていたときだった。

 遠くまで、畑が続いている。20メートルほど先で、白い狐が前方・右手から駆け込む。私の正面で止まり、天を仰いて遠吠えする。鈴のように澄んだ、伸びやかな鳴き声が響く。

 鳴き声が私の耳に届くと同時に、眩暈に襲われた。歩き続けるが、駅に近づかない。同じ道を何度もループした。通り慣れた道なのに。

 何周目かでやっと駅へ繋がり、無事に帰宅はできたのだが、あれは何だったのだろうか。

 翌日の高校でクラスメイトたちに打ち明けたが、誰も信じてくれない。その後も何年かに一度は誰かに話すが、今のところ皆がスルーだ。ほんまやのに!

 ネパールでも、同じ種類の眩暈を感じた訳だ。今回は狐ではなく、牛の悪戯(いたずら)である。はたまた、髪から牛乳を垂らすサドゥのミラクルの延長だろうか。

 歩き彷徨(さまよ)う私の耳に、大勢の子供たちの笑い声が聞こえてきた。エコーが掛かって、幻想的な雰囲気だ。道端で、子供たちが自転車のタイヤを転がして遊んでいた。落ち始めた日の光が斜めに当たって、人影が長く伸びる。イタリアの画家、ジョルジョ・デ・キリコの絵画のようだ。

 結局は自力で帰れず、サイクル・リクシャー(自転車タクシー)に乗った。

 スクールにはその後も通ったが、8回目で退学した。

 残念ながら、ネパール語は私に定着しなかった。生半可に勉強すると、(かえ)ってコミュニケーションの邪魔になる。《トモダチ・ゲストハウス》のオーナーのお母さんと話をして、実感した。

 ネパールの年配の女性全般を大変に尊敬している。家庭を守る誇りと威厳を感じる。

 家庭の主婦は朝と晩に、家の中あるいはベランダで、プージャー(祈りの儀式)をする。時間になると、主婦たちが鳴らすベルの音が乾いた風に乗って届く。

 観光ビジネスに関わる人とは英語・日本語で話せるが、オーナーのお母さんのような主婦と会話をしてみたい。私がネパール語を学びたい理由の一つでもあった。

《トモダチ》でゴヴィンダさんを相手に絶対に勝てないチェスに挑んでいると、オーナーのお母さんが現れた。ネパール語を使う絶好のチャンスの到来だ。

「サンチャイ・フヌフンチャ(お元気でいらっしゃいますか)?」

 目上の人に対して用いる挨拶のフレーズだ。ゴヴィンダさんが駒を動かす手を止め、「おお、スゴイ!」と日本語で感嘆する。

 お母さんは、満面の笑顔で声を上げた。
「まあっ! あんた、ネパール語が喋れるようになったの? 知らなかったわ~。いつの間に覚えたんよ?」と言っいる、たぶん。
 ネパール語としては、さっぱりわからないが、雰囲気でそんな感じだ。喋ること、喋ること! きっとお母さんは、ずっと私と喋りたかったのだ。喋りたいが、言葉の壁で諦めていたのだろう。(せき)を切ったように喋り続けるお母さんを、私は茫然(ぼうぜん)と眺めるしかなかった。

 さようなら、私の《インディ・ジョーンズ化計画》!
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登場人物紹介

リカルド

クラスメイト

メキシコ人

40代半ば(当時)

神話やインドの文学に興味があり、『ラーマーヤナ』(インドの代表的な文学作品。ラーマ王子の英雄譚)を原文で読みたい

きっちりした性格

ダニエル

クラスメイト

イスラエル人

30代半ば(当時)

アメリカでカメラマンをしていた際、ヨーガを学び始める。精神世界・瞑想に興味ありいずれはサンスクリットでヨーガ・スートラ(ヨーガの経典)を読みたい

大の甘党。ディスコでの夜遊びがやめられない

篠田さん

クラスメイト

日本人

65歳(当時)

ヨーガ、瞑想の(自称)エキスパート。日本の某私立大学の英語講師を25年に亘り勤め上げた。サンスクリットを学んで教本を出版したい

本人曰く、動物をも感動させる歌声を有し、森で鹿を泣かせたことがあるらしい

ディーパ

教師

ネパール人

25歳(当時)

幼少の頃から英才教育を受け、サンスクリットをマスターした才女

3児の母でもある

宏美(私)

日本人

27代半ば(当時)

大学1年生の時にインド旅行で衝撃を受け、インドの虜に

基本的にボーっとしてる

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