第3話

文字数 3,800文字

 あらわにされた素肌に直接触れた山科のてのひらは、最初のうちはとても冷たかった。けれど、しだいに香川の体温に馴染んでいき、いつしか彼女の身体よりも熱を持って肌のうえを自在に這いまわった。
「や……いや……」
 自分のものとは違う匂い、違う肌触りのシーツに沈み込み、香川はひたすらかぶりを振って訴えた。
 執拗なキスのせいでぼんやりとしているうちに、山科に寝室へと運ばれ、まるで手品のような鮮やかな手付きで服を脱がされ身体をまさぐられていた。
 かつての同級生とはいえ、男の部屋にのこのことついてきておいて、そんなつもりではなかったといくら訴えたところで今さら遅い。おまけに完全な素面ではないのだ。不用心にもほどがある。
 それは香川にもよくわかっている。あの店での山科のようすから、なにかそういう気配を感じてはいた。
 だけどまさか。本当にこんな展開になるとは思っていなかった。
 香川に覆いかぶさるようにして、山科はその肌に顔を埋める。胸の膨らみに唇を寄せて、柔らかな皮膚に吸いつく。ちくりとした痛みが走る。それはすでに、首筋や鎖骨のあたりにも何度か味わった感触だった。
 そんなふうにして山科は、香川の頭から順に下へ下へとキスを滑らせてゆく。
 胸の先端を舌先で転がされて、香川はびくっと身を震わせる。上着を脱いでシャツだけの姿になった山科の肩を掴んで押しのけようとするが、その手をとらわれて指先を舐められる。そうして彼はもう一方の手で香川の胸をやんわりと愛撫した。
「あっ」
 ベッドサイドの明かりが灯されているだけで、部屋のなかはとても暗い。その明かりのなかに白く浮かんだ香川の身体を見下ろしながら、山科は吐息を洩らすようにしてささやいた。
「きれいや」
「んっ、や、いやっ」
 指を根本まで口に含まれ、舌を絡めたままやわやわと吸われる。その感覚に背筋がぞくりとして香川は声をあげる。
「香川さん、えろう敏感やねんな。とくに手ぇが弱いみたいや」
 ねっとりと舐められながらそんなことをいわれて、香川は耳まで真っ赤になる。羞恥のあまり目尻からあふれた涙を、手を掴んだままの山科が舌先で掬いとる。
 そのまま唇にキスを落とされ、顔を背けようとしたが顎をとらわれ引き戻された。
「ん……っ……」
 唇を塞がれ、先ほど指を舐められたのと同じように口のなかを弄ばれる。ぎゅっと目を瞑って身を固くした香川の脳裡に、あの手紙の存在がふとよぎる。
 山科はとっくに忘れているだろうと思っていたが、十年ぶりに偶然再会した香川のことを覚えていたくらいだ。ひょっとすると、手紙のことも記憶にあるのかもしれない。
 しかし、だからといって今もまだ、彼が香川に対してそういった意味での好意を寄せているとは思えない。
 なにしろ十年も前の話だ。
 香川は混乱の極みにあった。
 もう会うこともないと思っていたかつてのクラスメイト。
 彼の知らないところで、勝手にあの手紙を心の拠りどころにしていた香川は、なにやらうしろめたい気持ちになる。もし山科がそのことを知ったら気味悪く思うだろう。
 そう考える一方で、まさかそんなはずはないのだが、すべてを見透かされているのではないかという、恐怖に似た思いも頭を掠めた。
 そのうしろ暗さが、香川の抵抗をあいまいにする。
 キスに意識を奪われているあいだに、山科の手は下肢にまでおりていた。
 いつのまに脱がされたのか、足首のあたりで絡まったストッキングが香川の動きを封じる。それをいいことに、山科の手が足のあいだへと滑り込んでくる。
「やっ」
 のっぴきならない状況にあることを今さらながらひしひしと感じて、香川は必死に足を閉じようと試みる。
 しかし、それを拒むように山科が膝を割り込ませてきた。下着越しに敏感な場所を撫でられ、香川は身を竦ませる。そんなふうに他人に触れられるのははじめてで、どうしていいのかわからない。
 固く目を閉じて、無意識のうちに縋りつくように山科のシャツを握りしめる。ふっと息を吐く気配がして、ついばむようなキスをされた。
「好きや」
 低くささやかれた声に、香川は涙で潤んだ目を見開く。真摯な眼差しを向けてくる山科をじっと見つめ返すと、ふたたび軽く触れるだけのキスを落とされる。
「痛い思いさしたいんとちゃうで。なるべくやさしぃにするし、気持ちよぅなるようにしたる。そやから堪忍してな」

 痛い。はじめのうち、香川の頭を占めたのはただそれだけだった。
 身ぐるみ剥がされて、山科の長い指で執拗に下半身をいじられたあげく、そこに彼のものを捩じ込まれて。それも、焦らすように時間をかけてじわじわと挿入されて、この苦痛が永遠につづくのではないかと、おおげさなことを本気で考えた。
 嘘つき、と胸のうちで山科をなじる。痛くしないといったくせに、とんでもなく痛いではないかと恨めしく思う。
 嗚咽混じりに訴える香川の反応にさすがに異変を感じたのか、途中でいったん動きを止めて山科が尋ねた。
「香川さん、もしかして、はじめてなん?」
「…………っ」
 痛いのと恥ずかしいのとで香川はこれ以上ないくらいに赤面し、まじまじと顔を覗き込んでくる彼を押しやった。
「うー」
 駄々をこねる子どものように泣きながらうなる香川の手をやすやすととらえて口づけながら、山科はもう片方の手で彼女の髪を撫でる。
「ごめんな。こらえてや、堪忍してな」
 あやすようにそう繰り返されて、香川はますます苦しくなってすすり泣く。
 謝るくらいなら今すぐやめてほしいと思ったが、山科にその気はないらしく、容赦なく腰を進めてきた。
「いっ……ああッ」
 頭をのけぞらせていやいやと首を振る香川のうえで、山科が苦しげに吐息を洩らす。
 そのまましばらくのあいだ沈黙がつづいた。互いの息遣いと、すすり泣く香川の声が小さく洩れるだけで。あいまに、彼女の濡れた頬や唇に山科が口づける微かな音が聞こえてくる。
 ふいに、彼が緩やかに腰を動かしはじめた。
「あっ、や、いた……」
 びくりと身体を強張らせて山科の腕に縋りつく。
「少しだけこらえてな」
 そういうと、彼は香川の反応を探るようにようすを見ながら腰を揺すりつづける。
 ぐっと歯を食いしばってどうにか痛みをやり過ごしていた香川は、しだいにおかしな感覚を味わいはじめた。山科が動くたびに、そこからじんじんと痺れるような、今までに感じたことのない感覚が生まれてくる。
「あ、あっ、ん、やだ」
 それにともない、つい先ほどまでは苦痛の悲鳴しか出てこなかった唇から、今までとは明らかに異なる声があふれてくる。
 ひどく戸惑いながらもこわごわと顔をあげると、わずかに眉を寄せて、なにかをこらえるような表情をしていた山科が、その強張りをふっと和らげて目を細めた。
「少ぅし、ようなってきたみたいやな」
 熱を帯びた彼の眼差しと声音に、香川はくしゃりと顔を歪めて目を背ける。身体の奥に埋められた山科のものが粘膜を擦るたび、下腹部が震えて、吐息混じりのあられもない声がこぼれ出す。
「ふ、あぁ、あ、んん……やぁっ……」
「は……、可愛なぁ、香川さん」
 思わず口をついて出たというふうにささやかれて。決して乱暴ではない、気遣うような緩やかな抽挿に意識を奪われて、ほかのことが考えられなくなる。
 痛みはある。けれど、それをはるかにうわまわる得体の知れない感覚に流されていく自分に、香川は怯えた。
「や、やだ……なに……っあ、や、いや……」
 熱に冒されうなされるように力なく頭を振るう彼女をごく間近で見つめながら、山科が甘い声で聞き返す。
「いや? なにがあかんの?」
「あ、ああっ、や、だめぇ」
 香川の足を開かせて下半身をぴたりと押しつけ、なかをえぐるように腰をまわす山科の動きに、彼女は切羽詰まった声をあげてさらに泣く。自分から仕掛けたはずの山科はくっと眉をしかめた。
「……っ、なんちゅう声出さはんねや」
「いやぁ……ああ……っ」
 たまりかねたように、いきなり激しく突きあげられ、香川は背中をしならせて身をよじる。衝撃から逃れるようにずりあがった身体を容赦なく引き戻され、間断なく責め立てられる。
「ひ、っあ、ああ、やぁッ」
 荒々しい抽挿のあいまに生々しい水音が混じって聞こえてくる。
 山科のシャツ越しに彼の体温を感じるほどの距離で身体を重ねられ、香川は夢中でその背中にしがみついた。摩擦を繰り返されるたび、そこから熱が伝播して身体が溶けていくような錯覚にとらわれる。
「や、ああ……とけ……っとけちゃう……こわい……」
 うわごとのように訴える香川に、山科は一瞬息を呑む。そうして自身のなかにわだかまる熱を逃がすように小さく吐息をこぼすと、彼女の耳許にささやきかけた。
「ほんまに……可愛ぃてかなわんわ。溶けそうなん? ぼくもや。香川さんのなか、熱ぅて柔らこぅて、ぼくも溶けてまいそうや」
「や……いや……」
「なんもこわいことあらへん。もっとどろどろに溶けてしもたらええ。なんも考えられへんようになるくらい、溶けて、溺れてもうたらええ」
 掠れた息遣いでそうささやいたあと、山科は真摯な声で小さくつぶやく。
「このまま、ぼくのもんになり」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み