第2話

文字数 9,251文字


繊月
第二装【始まってすらない】


 第二装【始まってすらない】



























 《S氏の今日のスケジュール》

 ネットでの書き込みが混雑状態になっている中、檜呉は複数のパソコンを駆使して書き込みを続けていた。

 一方、弩野は未だ面会謝絶中の将烈の見張りをしており、定期帝に叨場に連絡を入れていた。

 同様に眞戸部は斎御司の見張りをしており、神楽咲は作業をしていた。

 「面白くなってきやがったな。これでようやく俺がこの組織を牛耳れるってわけだ」

 自分の部屋で天井を仰ぎながら優越感に浸っている叨場は、相当今の状況が楽しいらしく、子供のような笑みを浮かべて椅子をぐるぐる回していた。

 しかし少し酔ってしまったらしく、椅子を止めて胸のあたりを摩る。

 気持ち悪さが収まったところで、叨場は椅子から立ち上がり、机の上に用意されていた和菓子を手づかみで食べる。

 仄かな甘さのあんこが美味しいのか、それとも別の理由からなのか、とにかく嬉しそうに頬を緩ませている。

 夕陽に染まる空を眺めていると、こうも気持ちが高揚するとは思ってもいなかったのか、叨場は和菓子で汚れた手を窓ガラスに押し当ててゆっくり手を下に動かして行く。

 窓ガラスにはくっきりと指の後がついているが、今はそんなもの気にならないようだ。

 「待っていろよ、あの椅子に座るのはこの俺なんだ」

 それからすぐのことだ。

 トップニュースでこんなことが流れた。

 【30年以上の経歴を持つ裁判長が、亡くなっているのが発見されました。頭を撃ち抜かれた痕跡があり、銃も見つかっていないことから、暗殺されたのではないかということです】

 【続いてのニュースです。こちらもベテランの検察官が爆破に巻き込まれて亡くなったということです】

 立て続けに起こったこれらの事件に、マスコミ各社は暴走した国民による制裁なのでは、と騒ぎたてていたのだが、すぐにネットでは亡くなった2人に関しての過去の不祥事が暴かれ、正当な抹殺事件とされた。

 弁護士と検察官が持ち合わせた証拠から判断しなければいけないところでの忖度や、権力者を守る姿勢が出来ていたこと、自分達の身内を金で良い大学に入学させていたことなどが公になっていた。

 当然のようにネットでは盛り上がり、死んで当然なのだから、殺した人に罪はないという声が並んだ。

 「総監に小包が届いております」

 「はいはい、俺が預かるよ」

 秘書が小包を抱えて斎御司の部屋の近くまで歩いてきたため、見張りをしていた眞戸部がそれを受け取る。

 秘書はそれを眞戸部に渡すと礼をして踵を返し、それを見届けた眞戸部は小包を片手で持ってじっと見つめる。

 そして小さく弧を描いたかと思うと、小包を抱えたまま斎御司の部屋へと入っていった。

 それからすぐのことだ。

 眞戸部が部屋から出て来たかと思うと、部屋の中から物凄い爆音が聞こえて来た。

 扉を開けると、部屋がそこにあったのかと聞きたくなるくらい何もなくなっており、当然、斎御司の姿もなくなっていた。

 「これは!?」

 「総監は死んだのか!?」

 近くの部署の人間が次々に来て、部屋の様子を窺っていた。

 すぐに鑑識が来て部屋は調べられ、爆弾によるもので、それは眞戸部が秘書から受け取った小包だということも分かった。

 しかし、肝心の総監の遺体を集めることは出来ず、総監死亡のニュースが流れた。

 《悪は滅んだ》

 『死んだ?』

 『これでようやく平和になるな。死亡万歳』

 『新しい人は良い人だといいですね!』

 《爆破現場写真アップ》

 『跡形もねえ!!!!!』

 『最高!こういうのは根絶やしにしないと』

 ニュースやネットが大騒ぎしている頃、叨場は1人で祝杯をあげていた。

 この時のためにわざわざ用意してきたのだろうが、ワインやチーズ、生ハムを自分で並べて自分で注ぎ、乾杯する相手などいないのに乾杯する素振りを見せる。

 そしてくいっとワインを少しだけ飲むと、何を思ったのか、ワインを掲げ、その後ワインを傾けて床に中身をこぼした。

 だんだん濃くなっていく床のシミを気にとめることもなく、再びワインを注ぐと、チーズを生ハムで包んで一口で食べた。

 満足気に頬を膨らましながら食べると、今度は綺麗にワインを飲み干す。

 「長かった・・・」

 まだワインボトルには中身が残っていたが、叨場はそれを注ぐ為のグラスを手から放し、重力のまま床へと吸い込まれて行ったグラスは床に転がる。

 割れずにいたグラスの上から足を踏みつけると、グラスは音を立てて粉々に割れる。

 すでに割れているそのグラスに向かい、叨場はさらに何度も何度も踏みつけたため、ただでさえボロボロだったグラスは見るも無残な姿に変わる。

 それでようやく気が晴れたのか、叨場は携帯を取り出してどこかへ電話をかける。

 「俺だ。ああ、俺がトップになったことを発表するためにマスコミを用意してほしい」

 『わかりました。いつ会見します?』

 「明日にでも開こうか」

 叨場から連絡を受けた眞戸部は、マスコミ各社に連絡を入れた。

 マスコミだけでなく、もっと面白くなるのではないかということで、檜呉に頼んでネットでもその中継をするという予告をした。

 すでに明日の会見のことしか頭にない叨場は、靴を磨いたりワックスはどれを使おうかなどと考えていた。







 弩野は、病院へ向かっていた。

 相変わらず面会謝絶の札がかかったままの将烈の部屋を覗こうとすると、看護師に声をかけられ入らないようにと注意されてしまった。

 誤魔化すように笑って謝ると、弩野は一旦そこから離れる。

 トイレに入って時間をつぶしたり、他の人の見舞いに来ているように振る舞う為、わざわざ花を買って来て部屋を見て回ったりしていると、そのうち、人気が少なくなる時間帯がきた。

 弩野はあまり頭を動かさないようにしながらも、視線は左右前後に動かして声をかけられないように注意し、一瞬の隙をついて病室に入りこむことが出来た。

 時間が経ってしまって多少水気を失っている花束を床に放り投げると、沢山繋がっている管からモニター、そして電源スイッチを眺める。

 呼吸器をつけていたため、それを将烈が動いたために取れてしまった事故に見せかけようと手をかけたその時、がちゃ、と背中に突きつけられたそれに気付く。

 「誰だ?」

 病室に響く規則的な機械の音と、弩野の声。

 その後に聞こえて来たのは、弩野にとっては聞き覚えのないものだった。

 「両手をあげろ」

 「・・・・・・」

 声の主は分からなかったが、弩野はこの状況がわからないほど馬鹿でもないため、大人しく両手をあげる。

 未だ背中に突きつけられたままのそれの感触に、弩野は冷静に尋ねる。

 「お前誰だ?なんでこんなところにいる?」

 「黙れ。お前こそ、なんでこんなところにいる?誰の指示で動いてる?」

 やはり聞いたことがない声だと、弩野は両手をあげたまま、どうするか考えていた。

 窓越しに相手の顔を見ようにも、カーテンが閉まっていて確認することも出来ず、つい先ほどまで背中に密着させられていた銃と思われるものも、今はある程度距離を取られているため蹴り落とすことも出来ない。

 そんなことを考えていると、銃を突きつけている男は言う。

 「副総監だろ、お前をここに寄こしたのは」

 「・・・だったらどうする?お前、1人で対抗出来るとでも思ってんのか?」

 「お前らの悪事は全て世間に報せる」

 そう言うと、男は銃を持っていない方の手で弩野の肩を掴み、自分の姿が見えないように回転させると病室から出る。

 非常階段が近くにあったため、誰にも気付かれないように扉を開けて階段を下りると、銃を洋服で隠しながら突きつけたまま、歩き続ける。

 「何処まで行くんだ?」

 「お前等の黒幕のところまでだ」

 「そりゃまた御苦労なこと」

 弩野が歩いている途中に騒ぐ可能性もあったのだが、意外にも弩野は大人しく歩き続け、叨場がいる場所まですんなり着いた。

 そしてまた非常階段を上って行くと、やっと叨場がいる部屋の前に辿りついた。

 すぐに部屋の中に入るかと思った弩野だったが、男がなかなか部屋の中に入ろうとしないため、両手をゆっくり下ろそうとする。

 「下げるな」

 弩野が手を下ろしていることに気付いた男がそう言うと、弩野はさほど慌てた様子もなく、再び手を挙げる。

 それでも入ろうとしない男に、弩野が言う。

 「俺が開けてやろうか?」

 「・・・開けろ」

 ここに来てようやく開けることになったドア。

 弩野は片手だけをゆっくりと下げてまずはノックをすると、中から返事があったため、またしてもゆっくりとドアノブに手を置き、まるでコマ送りにしているかのような動きでドアを開ける。

 ドアが完全に開く前に、男は弩野の背中を押して中に押し入れる。

 前のめりになって倒れそうになった弩野は「おっとっと」と言いながらも体勢を崩すことはなく、踏みとどまった。

 弩野と男の方を見たのは叨場だけではなく、その場にいた神楽咲と眞戸部もだ。

 男がその人数いることを把握したほんの一瞬の隙に、弩野が男の銃を蹴り落として銃を奪った。

 「よぅし、これで形勢逆転だ」

 「手」とだけ弩野が男に言うと、男は降参の格好をとる。

 「で、お前誰だ?」

 ずっと気になっていたことを弩野が聞けば、それに答えたのは男本人ではなく叨場だった。

 「波幸だよ。将烈んとこにいた」

 「ああ、あいつ元部下ね。納得。こいつのせいで止めさし損ねましたよ」

 「構わん。あとでじっくり殺すとしよう」

 「俺が今から行きますか」

 手があいていた神楽咲がそう言うも、叨場は瀕死の状態の男を優先する必要はないと、まずは波幸を片づけることになった。

 波幸はこの状況の打開策を考えてみるが、4対1という絶対的不利と、権力の差、そして武器の有無を考えると、抵抗することは無意味でしかない。

 視線を動かして必死になって考えていると、それが分かったのか、弩野が銃で額を叩く。

 「余裕だなぁ?考え事か?」

 「別に」

 「将烈もそうだが、お前も馬鹿だよな。もっと俺達みたいに利口になれよ」

 「黙れ」

 弩野と波幸のやりとりを見ていた叨場が楽しそうに笑ったかと思うと、ペットボトルの水をコップに注いで喉を潤す。

 コップをコト、と静かにデスクの上に置くと、叨場は波幸に銃を向けている弩野に向かってこう言う。

 「無駄だよ。その男は俺の誘いを断ったんだ。甘い蜜を吸う心算はないとさ」

 「叨場さんからの誘いを断る馬鹿がいたんですね。ちょっと曲げればいいだけだろ?プライドだかなんだか知らねえが、そんなもんより大事なもんがあるだろ?」

 「弩野、そいつはここで殺すなよ。部屋が汚れるからな」

 「はいはい」

 そう言うと、弩野は波幸に銃を突きつけたまま動くように指示を出し、波幸は叨場を睨みつけながらも、何も出来ないまま部屋を出て行った。

 誰ともすれ違わない廊下を歩き、階段をあがって屋上まで向かうと、冷たい風が頬に当たって痛いくらいだ。

 そのまま歩くように言われたため、波幸は屋上の低い手すりのところまで連れて行かれると、弩野の方を向くように言われた。

 その通りにゆっくりと身体を反転させると、銃を向けた笑みを浮かべる弩野。

 片手で前髪をかきあげたかと思うと、そのままポケットに突っ込む。

 「選ばせてやるよ。自分で飛び降りるか、俺に殺されるか」

 周りのどのビルよりも高い場所にあるこの屋上が見える場所など、空くらいだろう。

 片方は銃を持っているとしても、立場を考えると弩野たちの言う事が真実として報道されてしまうだろう。

 波幸は顔を斜め後ろに動かしてみると、そこには目が眩むほどの高さであることと、その下に見えるコンクリートが目に入る。

 目を瞑ってまた弩野の方を向けば、弩野は首を左右に動かしてコキコキ鳴らす。

 「あんな男について行ったのが運の尽きだったな」

 「あんな男?」

 ぴくっと波幸が反応したことを確認すると、弩野は口角をあげて続ける。

 いつでも撃てるようにと引き金に指をかけた状態の弩野に対し、波幸は感情的にならないようにと深呼吸をする。

 まるで波幸の反応を楽しむかのように、弩野は再び前髪をかきあげる。

 「自分を曲げることも出来ねえから、あんなことになったんだろ?世の中の天秤で量ってみろよ。正義より大事なもんはそこら中にある。もっと視野広げろよ」

 「理解してほしいなんて思って無い。きっとずっと理解しえない」

 波幸の言葉に、弩野は首を傾げる。

 「権力を持つ者は、誰よりも正しくあらねばならない」

 「あ?」

 ぼそっと続けて言った波幸の言葉が聞こえなかったのか、それとも聞こえが気に入らなかったのか、弩野は軽く舌打ちをした。

 銃を向けられている波幸だが、目を背けることなく口を開く。

 「信念も持たずに戦っていれば、必ず自滅する」

 「くだらねえ。権力が強さの象徴。現にお前等、その権力で何も出来ねえクズになり下がっただろうが。残酷で非道じゃねえと、強さは保てねえんだよ」

 弩野は少し興奮しているのか、波幸との距離を縮めていくが、波幸は近づいてくる銃を恐れること無く真っ直ぐ見る。

 その目が気に入らなかったのか、弩野は銃を持った手で、銃の部分が波幸に当たるようにして殴りつけた。

 数回呼吸をして落ち着いたのか、弩野は再び前髪をかきあげて波幸と距離を取る。

 「早く選べ」

 先程の答えを訊ねたのだが、波幸は会話の続きを述べる。

 「残酷であることや非道であることが強さだというのなら、俺は弱くても構わない」

 「さっさと死ねって」

 「泣ける人間でいたい」

 「だから!!!てめぇを貫くつもりなら飛び降りるか殺されるかだっつってんだよ!!どうすんだよ!!!」

 平静を保っていた弩野だが、ついに色々おかしくなってしまった。

 激しい運動をしていたわけでもないのに息を荒げ、何度も何度も髪の毛をぐしゃぐしゃとかき乱し、足元もフラフラと千鳥足だ。

 銃口を波幸に向けたまま、上半身を大きく動かし、そして徐々に落ち着いたのか、狙いが定まった。

 「じゃあ、殺すってことでいいな」

 「・・・・・・」

 弩野は、波幸の返事も聞かずに引き金を引いた。

 銃弾は迷うことなく波幸の脳天に向かって行き、その衝撃によって波幸の身体は後ろに倒れて行く。

 銃弾が当たった場所からは血が流れ、仰向けに倒れた波幸の身体の周りに真っ赤な池を作る。

 ぴくりとも動かなくなった波幸を見ることもなく、弩野はその銃を持ったまま屋上を後にする。

 弩野と波幸が屋上に向かったその少し後のこと、叨場たちは記者会見で弩野たちのことも紹介することを話していた。

 檜呉には、叨場がこれまでに残してきた偽りの武勇伝を広めてもらっているため、きっと世間からの評判も良いはずだと。

 そんな話を楽しげにしていると、ノックするのが聞こえた。

 早速波幸の始末を終えた弩野が戻ってきたのかと思って返事をした叨場だったが、ドアから入ってきたのは別の男だった。

 その男の登場に、神楽咲と眞戸部も思わず緩めていた頬を引き締める。

 「これはこれは、どういうカラクリだ?」

 男は上半身に包帯をぐるぐる巻いた状態で、肩から黒い上着をかけていた。

 その腰には銃が備えられており、気だるげに口を開く。

 「痛ェーんだよ、この野郎」







 「死人が蘇るなどといったオカルト、信じる方では無いのだがね」

 「三途の川渡ろうと思ったんだけどよ、渡し舟が満杯だってんで定員オーバーで置いてけぼりよ。そのまま戻って来ちまったんだ」

 「ふふ、そんな冗談が言える男だとは思っていなかったよ。わざわざここに来てもう一度殺されに来てくれるとも思っていなかったよ。将烈」

 病院にいるはずの、しかも意識は戻らないと思われていた将烈の登場に、叨場は参ったというように手をあげる。

 そして上げた手をすぐにデスクの上に置くと、ちら、と眞戸部と見る。

 眞戸部はすぐに将烈の膝の裏を蹴り飛ばして両膝をつかせると、頭の後ろで両手を組むように言う。

 大人しく言われた通りに行動する将烈の背後から、戻ってきた弩野が銃口を向けながら入ってくる。

 「始末終わりました」

 「御苦労」

 眞戸部は将烈の腰にぶら下げてある銃を奪うと、弩野と一緒に銃口を将烈に向ける。

 2人から銃を向けられたまま、将烈は大人しくしている。

 そんななか、一番最初に口を開いたのは叨場だった。

 「いつ意識が?」

 「ずっとだよ」

 「ずっと?おかしな話だ。医師の話では、二度と意識は戻らないだろうと。どういうことだ?」

 顔を下に向けて小さく鼻で笑った将烈は、ゆっくりと顔をあげる。

 「あれな、頼んだんだよ。そう伝えてくれってよ。まあ、刺されたことは事実だし、ICUにも運ばれたけどよ」

 「俺の間違いじゃなければ、めった刺しになっていたはずだ」

 「ああ、そう見えたか?あの野郎も興奮してたからな、気付いてなかったみてぇだけど、人を刺した感覚になるっつークッションみてぇなもんを持っていってたからな。ついでに血のり付きで」

 「そういうことか。医師は買収したというわけか?」

 「買収はしてねぇよ?協力してもらっただけだ」

 「協力などするはずなかろう?お前は最低最悪の、警察の恥として世に広まっていたのだから。そんな輩に協力などするはずがない」

 「俺じゃねえけどな、頼んだのは」

 「なに?」

 「まあ、その話はもういいだろ。それより、俺を殺してぇんだろ?それだけのために大掛かりなことしたよな」

 「死にかけても尚、生意気な男だ。お前の味方をする奴はいないぞ。お前の味方をしそうな奴らはみな、力を奪った。もう何も出来まいよ」

 「・・・それな、マジで俺嫌いなやつだからな」

 「?」

 はあ、とため息を付きながら下を向いた将烈だったが、次に顔を上げたときの目つきがあまりにも獣のようで、叨場だけでなく、他の3名も思わず身構えた。

 叨場がごくりと唾を飲み込むと同時くらいに、将烈は口角だけを上げてうわべだけの笑みを浮かべて言う。

 「俺1人の首で済むならいくらでもこんな首差し出すし辞めても良かったんだけどよ、あいつらにまで手ぇ出すなら話は別ってもんだよな」

 一見笑っているように見える将烈なのだが、それが決して笑っていないと分かるからか、状況的には圧倒的に叨場たちが有利なものの、視線を逸らせずにいる。

 そしてそれと同時にまた、叨場は思った。

 ドクドクと波打つ心臓を落ち着かせながら、叨場はゆっくりと立ち上がる。

 「やはり、お前は潰しておかねばならない」

 一歩一歩、将烈に近づいてきた叨場は、将烈に立つように言う。

 将烈は言われた通り、腕を後頭部に回したままその場に立ち上がると、多少将烈の方が背が高いため、叨場は少なからず不快感を覚える。

 この部屋を汚すまいと思っていたが、叨場は今自分の感情を押し殺すことも出来ないと、眞戸部が持っている、将烈から奪った銃を自分に渡すように言う。

 眞戸部はその銃をくるりと反回転させると、持ち手の方を叨場に向けて手渡す。

 「こいつは俺が殺す」

 その言葉に、弩野は将烈に向けていた銃口をひとまず床に向ける。

 目の前に銃口を向けられても、将烈はその目つきを止めない。

 「とっとと潰しておけばよかった。さすれば、俺の手足となって働く奴らはもっといただろうな」

 「生憎だが、俺を殺しても何も変わらねえよ。腐ったてめぇらがいなくならねえように、俺みてぇな奴もまた、同じように存在してるもんさ」

 「ならば、徹底的に潰して行くだけだ」

 「やってみろよ。雑草はどんな場所にでも生えるもんだ。知らねえうちに浸食されてるのはそっちかもな」

 「ふん、強がっていられるのも今のうちだ。言い残すことはもうないか?俺に頭を下げてもいいんだぞ?」

 「断る」

 その言葉を将烈が放った瞬間、叨場は引き金を引く。

 それと同時に、将烈は顔を横にずらすと、銃口から放たれたものはいきなり現れた人物に当たる。

 「あ」

 「・・・・・・」

 「な、なんだこの銃は!?」

 叨場が慌てるのも当然のことで、将烈が持っていた銃から発射されたのは銃弾ではなく水だったのだ。

 本物の銃を改造して作ったものだろうが、一体誰がこんなものをつくったのだろうか。

 しかし、問題はそれだけではなかった。

 その飛びだした水を顔面から浴びたのは、将烈ではなく、避けたことによって後ろに立っていた人物なのだが、その人物もまた、死んだはずだった。

 「斎御司・・・!?なぜお前が!?」

 斎御司は、濡れた顔をハンカチで拭いたかと思うと将烈に言う。

 「よけるな」

 「ついな、つい。水だって分かっててもついつい避けちまうんだよ、現場主義の人間は」

 「お前は爆弾で死んだはず・・・!!」

 短い前髪はまだ多少濡れてしまっているが、斎御司がハンカチをしまうと、叨場はその玩具とも言える銃を床にたたきつける。

 あれだけの爆破の被害を受けて生きていられるはず、ましてや怪我ひとつないなど有り得ないと思っていると、斎御司が淡々と話しだす。

 「爆弾だと分かって、すぐに解体した。別の爆弾と入れ替え、私のいない部屋で爆破させただけのことだ」

 「なに・・・!?解体だと!?なんのためにそんなことを・・・!!」

 「もちろん、そちらの神楽咲という男が作った証拠を手に入れるためだ」

 斎御司が立ったまま自分を見ている神楽咲の方を見ると、神楽咲は眉を潜めていた。

 しかし、別の爆弾を準備することとて容易ではなく、ましてや爆弾だと分かったとしても、回避する暇などなかったはずだ。

 一連の流れを頭の中で考えていた叨場は、ふと、1つの仮説に辿りついた。

 「まさか・・・」

 「ご明察―」

 間延びした声を出したのは、ついさっきまで将烈に銃口を向けていた眞戸部だ。

 背中に隠し持っていた銃を取り出すと、その銃を今度は神楽咲の方に向け、弩野には顎を動かして移動するよう指示を出した。

 銃を持っていた弩野だが、銃口を床に向けていたためむやみに動くことが出来ず、大人しく神楽咲の隣へと移動した。

 「どういうことだ?いつからだ?いつから俺を裏切っていた・・・!?」

 叨場の問いかけに対し、眞戸部はキョトンとした顔を見せたあと、歯を見せて笑いながら答える。

 「なーに言ってんの。先に裏切ったのは叨場さん、あんたでしょ?総監を亡きものにして自分がその椅子に座ろうなんて、すごいこと考えるよねー」

 「斎御司!!!貴様!!!全て貴様の演出だったというわけか!!俺に言った言葉は嘘だったんだな!!!」

 やれやれと言った具合に、斎御司は首筋を摩る。

 自分の事を未だ睨みつけている叨場に向かい、感情の無い言葉で返す。

 「私はこう言ったんだ。“膿を出しきる”と。膿を出す為に大芝居をうたせてもらった。そしてその膿とは、君のことだったんだよ、叨場」


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