4.浩太と沙紀の取引を阻止

文字数 3,841文字

 あたしは、「日本昔話成立支援機構」本部地下にある大道具室の暗がりに身をひそめている。ここは、『浦島太郎』の竜宮城や『大工と鬼六』の橋など、ラムネ星から日本へ持ち込む大規模なセットの保管庫だ。
 あたしは、小道具庫から持ち出してきたポータブル夜間撮影カメラを起動して一時停止にしてある。ボタン一つで、いつでも撮影を再開できる。

 美鈴と別れ、B定食を腹に収めてしまうと、美鈴の頼みが頭によみがえって、落ち着かなくなってきた。
 美鈴は、やってることはヌケてるが、真剣に浩太のためを思ってることは、確かだ。それから、あの子が叫ぶように言った「浩太が、沙紀先輩の奴隷にされるのかと思うと、我慢できないんです」という言葉。半分以上、浩太を沙紀に取られたくないという美鈴のやきもちだと思う。
 でも、何かをエサに他人を自分の思い通りにしようとするのは、悪趣味だ。人が人に接する形で、あたしが、一番嫌いなものだ。それが目の前で行われようとしているのに、みすみす見逃していいのだろうか?

 結局、あたしは、半分は美鈴のため、半分は、あたしの趣味のために、浩太と沙紀のワイロ取引をつぶすことを決め、こうして、大道具室に隠れている。美鈴には、あたしがなんとかするから、寮に帰って、友だちの部屋に行っていろと言いつけておいた。美鈴がからんでいることを、沙紀の一味に知られたくない。

 大道具室の扉が少しだけ開いて、2つの人影が忍び込んできた。あたしは、人影にカメラを向けてスイッチを入れた。画面に浩太とアユが映った。2人の顔が大きく映るよう、カメラをズームする。

「お金は、持って来ましたか?」やせて背の高いアユが紙やすりをこすり合わせるような声で尋ねた。
「半分の5万クララが、やっとです。もう少し、待ってもらえませんか」と浩太が情けない声を出す。
「『浦島太郎』を演じるのは、あさってですよね。もう、お待ちできません。足りない5万クララは、私が、お貸しします。あなたは、私のタイプですから、利息は、月30パーセントでいいですよ」
「月30パーセントの利息だなんて、そんな、無茶苦茶な・・・」

「あなたは、「浦島太郎」役で、成功しなくて、いいのですか?『力太郎』、『五分次郎』、『隣の寝太郎』と、主役で3つも成功して、勢いに乗っているのです。ここで、『浦島太郎』を成立させたら、スター・キャストの仲間入りです。でも、失敗したら、また、冴えない脇役生活に逆戻りですよ」
「冴えない脇役生活」というセリフが、あたしには、カチンときた。脇役もいなけりゃ、昔話は成り立たない。鬼があっての桃太郎なんだぞ。

「ボクは、ここで失敗するわけには、いかない。ここで、成功して、ビッグになって、ボクをバカにしてた連中を、見返してやるんだ」浩太がムキになる。
 気持ちは、わかるよ。誰だって、「私は/俺は、こんな所にいる人間じゃない」と思う時がある。でも、そういう不満や焦りに、沙紀やアユのような、よこしまな連中がつけこんでくるのだ。

「では、私から、お金を借りるしか、ないのではありませんか?」アユがとどめを刺すように言い、浩太がモジモジしだす。そろそろ、あたしの出番だ。
 あたしは、暗がりから、浩太とアユの前に出た。
「アユちゃん、ちょっと見ない間に、ずいぶん、ワルになったね」アユは、私が育ったクローン人間養育所の後輩だ。
「お久しぶりです、小梅先輩。こんな所で、何をしてらっしゃるのですか?」アユが落ち着き払って答えた。養育所では臆病で泣き虫だったのに、立派に成長したものだ。

 あたしは、手元のカメラをかざして見せた。「あんた達が話してるのを、撮影させてもらった。この画像が出るところに出たら、どういうことになるかな?その子からワイロをむしり取るのを、やめな」
 アユがくっくっと含み笑いをした。
「『出るところに出る』って、どこに持ち込む気ですか?プロジェクト管理官ですか?監査部ですか?地球人と合同の『昔話成立審査会』ですか?どこに持ってっても、ムダですよ。先輩が暗黒宇宙に飛ばされるだけです」
 そんなことだろと思っていたが、やはり、汚染は、「機構」の組織全体に広がっていたのだ。

「おエライさんに持ち込むなんて、考えてないよ。昼食時間に、職員食堂のスクリーンで、みんなに、見せるのさ。あたしが娯楽委員会の委員長だって、知らなかった?あんたが、みんなから、総スカン食うところを見るのが、楽しみだよ」
委員会とか面倒くさくて大嫌いだけど、こうなってみると、回り持ちの娯楽委員会の委員長を引き受けておいて、良かった。

「そんなことしたら、先輩だって、タダでは、済みませんよ。私たちには、機構の上の人たちが、大勢、ついています」アユがふてぶてしく笑った。
「なるほど、お互いにダメージを受けるわけだ。でも、あんたが、この坊やからワイロを取り立てるのを止めれば、あたしは、このことは、忘れる。保険のために録画を保管はしとくけど、絶対、誰にも見せない。そうすれば、あんたたちも、あたしも、傷つかない。それを考えたら、10万クララのもうけを失うくらい、安いもんじゃないか」

 アユが何か言いかけるのをさえぎって、あたしは、続けた。
「それから、この録画は、もう、あたしたちの仲間にデータ送信してある。浩太とあたしのどちらかに何かが起こったら、その仲間が、この画像を公開する手はずになってる。せいぜい、浩太とあたしの無事を祈ることだね」

 アユの顔に、さすがに影がさした。あたしは、ダメ押しにかかる。
「それから、今度の『浦島太郎』が不成立になったら、その時も、この録画は公開される」
「待ってください。この坊や以外の理由で失敗することだって、あります」
「何が理由で失敗しようと、浩太のキャリアには傷がつく。絶対にしくじりのないよう、隅々まで、よ~く目を配るよう、あんたのボスに言っておくんだね。乙姫と言えば、『浦島太郎』の座長も同じだ。そのくらいのことは、できるだろう」

 アユが、はじめて、怒りのこもった目であたしをにらんできた。あたしも、真っ向からにらみ返してやった。
―アユちゃん、残念だよ。養育所のころ、あたしは、いつも、あんたに、強く、たくましく育って欲しいと思ってた。それが、こんな形で実現しちゃうなんて・・・
 
 アユの視線から怒りが解けた。
「わかりました。小梅先輩の顔を立てて、今回の話は、なかったことにします。だけど、いつも、いつも、先輩の好きにできるなんて、間違っても、思わないでくださいね」
「思わないわよ。私は、誰かさんと違うもの」本当だよ。あたしは、生まれてこの方、自分が世界の中心だなんて思ったことは、一度もない。

 アユがあたしに背を向けて、大道具室から出て行った。

 突然、どんと、わき腹を突かれた。横を見ると、浩太が怒りに燃えた目であたしをにらんでた。
「小梅先輩、なんてことをしてくれたんですか?」
「あら、怒られるより、感謝して欲しいね。タダで、『浦島太郎』の成立を確実にしたんだよ。さっきのアユの話しぶりだと、沙紀は『昔話成立審査会』ともつながってる。だったら、『浦島太郎』の成立は、もう、決まったようなもんだ」

「そこじゃないです。今度だけじゃなくて、ボクは、この先も、沙紀先輩に引き立ててもらって、大スターになるつもりだったんです!これで、ボクは、沙紀先輩ににらまれて、終わりじゃないすか!」
「ビッグになる代わりに、沙紀の奴隷にされちまうんだよ。そんな一生の、どこが、面白いんだい?」
「そぉいうセリフは、動物役しかできない小梅先輩みたいに、先が見えてるクローン・キャストの言うこと。負け犬の遠吠えです]
えっ、それって、ちょっと、言いすぎじゃないか?

「ボクは、動物役から人間の脇役、人間の主役まで、何でもこなせるオールラウンダーです。悪くしたら、便利屋あつかいされて、あっちの脇役、こっちの脇役と使い回されて、あっという間に50年の寿命を使い切ってしまう。でも、うまくすれば、スター・キャストの座に収まることだって、できる」
「だから?」
「だから、沙紀先輩と取引して・・・」
「わかった。あんたの好きにしな。アユから月利30パーセントで、残りの5万クララを借りて、沙紀だけじゃなくて、アユの奴隷にもなって、その代わりに、スター・キャストになればいい。あたしは、自分がやりたかったことをやって、気がすんだ。これ以上、あんたの邪魔をする気はないよ」

「小梅先輩が、5万クララ貸してくれませんか?月30パーセントは無理でも、ちゃんと利子をつけて返します。スター・キャストになれば、そのくらい、簡単です」
 あたしは、呆れた。この男に関わったのは、あたしの人生の一大汚点だという気がしてきた。頬をひっぱたいてやろうかと思ったが、そんなことをしたら、手が汚れて、洗っても洗ってもとれなくなりそうな気がする。
「あたしには、5万クララなんて大金の持ち合わせは、ない。仮にあったとしても、それを誰かがワイロに使うとわかってて貸してやる趣味は、ない。サヨナラ」
 
 あたしは、浩太を残して大道具室から出た。暗い所から急に廊下の明るい照明の中に出て、目が変になったのだろうか。涙が出てきて、困った。





 
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登場人物紹介

小 梅 「日本昔話成立支援機構」登録番号M2108

ラムネ星から「むかし、むかし、あるところの」日本にやってきて日本昔話の成立を助ける遺伝子改造型クローン人間(クローン・キャスト)の一人。

『舌切リスズメ』のスズメなど、もっぱら、動物変身が担当。

濃ゆい人間関係と組織の縛りが嫌いな、一匹狼だが、実は、他人の涙に弱く、困っている相手には、つい、手を差し伸べてしまうタイプ。

浩 太 「日本昔話成立支援機構」登録番号M2415

クローン・キャストの一人。

動物役、人間の脇役、人間の主役のすべてが務まるオール・ラウンダー。

それだけに、便利屋として使いまわされて50年のクローン寿命をすりつぶしてしまうのではないかと不安にかられている。

その一方で、かなりお調子者で、適当なところもある。

美 鈴  日本昔話成立支援機構登録番号2488

クローン・キャストの一人。

浩太と同じ日に培養器から出てきて、同じクローン人間養育所で育った、幼馴染。

心が優しく、無欲なタイプだが、浩太を気にかける思いが強すぎて、周りを巻き込んで迷惑をかけることも。

ア ユ 「日本昔話成立支援機構」登録番号M2297

小梅のクローン人間養育所での後輩。そのころは、弱虫、泣き虫だったが、今は、したたかな悪党に成長し、沙紀のワイロビジネスの手先を務めている。

沙 紀 「日本昔話成立支援機構」登録番号M2119

クローン・キャストの中でも指折りの美人。「乙姫」、「かぐや姫」などの美しい主人公を演じるスター・キャストの一人。

キャスティング部長と組んで、ワイロと引き換えにスターのポジションを提供する裏ビジネスをしている。陰で「日本昔話成立支援機構」の上層部、さらに、ラムネ星と地球が合同の「昔話成立審査会」ともつながっているらしく、非常に危険な存在。

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