冷たい熱

文字数 2,445文字

セエノ:お見舞いに行きます
タカイ:いいよ。大丈夫
セエノ:遠慮しないで。欲しいもの言ってください
タカイ:じゃあ・・・パイナップル
セエノ:了解です(o^^o)

熱が40℃近くになり、LINEで拒否する文字をポチポチと打つ元気もなかった。
セエノに対して(よこしま)な気持ちがある訳ではないけれども、仮にも女子大生が一人暮らしの男の部屋に来るというのは並々ならぬことの筈だ。(ぬる)くなったタオルを自分でひっくり返しているとまたLINEが入った。

モヤ :セエノをそっちに向かわせたからね!

なるほど。モヤの差し金か。

タカイ:どういうつもりだい?
モヤ :別に。セエノを幸せにしてやってよ
タカイ:セエノの気持ちも確かめてない
モヤ :・・・マジ?
タカイ:マジ
モヤ :でも、キスしたんでしょ?
タカイ:モヤも来てくれないか
モヤ :はあ?
タカイ:頼む
モヤ :いい大人のクセに・・・

一寝入りした。そうしたらまた熱が上がって来たようだ。熱に浮かされた悪夢を一本見終わった時にインターフォンがなった。コードレスで

「開いてます」

と返答した。今日は2人とも学科の講義がある曜日のはずだから終わってから2人揃って来たんだろう。

「お邪魔しまーす」

ああ、敬語だ。ってことはセエノかな、と思ったが声がハスキーだ。濡れタオルを外して見ると、モヤが片足で靴を脱ぎながらととっ、とよろけているところだった。

「敬語だったね」
「『邪魔するぜ』とか言うとでも? わたしをなんだと思ってんの」
「セエノは?」
「パイナップル包んでる」
「え?」
「スーパーのカットしたやつか、なんなら缶詰でもいいだろ、って言ったのにわざわざ駅前のフルーツショップでまるまる一個のやつ買うって。もうじき来るよ」

そう言いながらモヤはスーパーの袋からスポーツドリンクやら熱冷ましのシートやらを取り出してテーブルに置いた。

「ほい。パイナップル以外のやつ」
「ありがとう」

そのままモヤは部屋の中をぐるぐると歩き始めた。

「へえ・・・医者だからすごいところに住んでるのかと思ったら意外と普通だね」
「大学病院勤務なんて要はサラリーマンだから・・・普通のアパートだよ」
「しかし、医者の不養生ってやつだね」
「精神科医だから。風邪はしょうがない」
「はは。ヘンな医者」
「ふう・・・」
「熱高そうだね。この熱冷ますシート貼ったげようか?」
「うん・・・お願いします・・・」

正直、しんどい。
モヤの厚意に甘えることにしてベッドの上で目を閉じていた。

「わっ!」
「な、なんだよ、タカイさん」
「つ、冷たっ!」
「ああ。そういうシートだからね」
「いや、そうじゃなくて。キミの手が」
「ああ・・・わたし、手が冷たいんだよねどういうわけか」
「医者に診てもらったことは? 血行障害じゃないかな?」
「さあ? わかんないけど昔の彼氏には『生きてんの?』とか言われたけどね」

モヤは恋愛経験ありか。これだけの美形ならそれが自然だろう。

「じゃあ、ちょっと冷やしてあげるよ。ほれ!」
「冷たい冷たい!」

モヤがダルさで抵抗できない僕のおでこに手の平を当てる。

「そういえばリンパ冷やせばいいんだよね。首筋にもリンパ、あるよね」
「ちょちょちょ・・・わあっ!」

モヤが僕の首筋に手を当てる。
彼女は手の肌までも美人だった。
こういう病気の時でなければ正直理性を保てるかどうかわからない。

「あと、腋の下にもあるんだよね」
「そ、それはやめろ・・・」
「いーや。やめない。ほれっ!」

モヤが僕のTシャツをまさぐって腋の下に手を突っ込んだ瞬間。

ドアがガチャ、っと開いてセエノの立つ姿が見えた。
そして、すぐまたバタン、と閉まった。
タタタタ、とセエノの駆ける足音。

「あ、ちょっとセエノ!」

立ち上がったモヤは猛スピードで靴を履き、ドアを乱暴に開けて駆け出して行った。

間抜けにも僕は天井を見上げて待っていることしかできなかった。

ただ、僕はどうにもならない事実を噛み締めていた。

熱で苦しんでいるので、生理面ではモヤと間違いの起こりようはなかった。

ただ、感情面ではモヤが部屋に入ってきた瞬間から、いつみても素晴らしく美人だ、というふうにモヤの立ち姿や冷たい手を僕の体にくっつける時に一緒に近づく顔の整い具合に感動していた。

とても冷酷な事実だけれども、セエノといる瞬間にそういう感情を持つことはない。

「ああ・・・美醜(びしゅう)の区分認識をこんな基準で脳にインプットするのって・・・やっぱり神様なのかな?」

そう独り言を言っているとドアが開いて2人並んで入ってきた。

「大丈夫だった?」

言った自分が、何が? と思ったけれども他に発言のしようがない。
セエノが軽く頭を下げる。

「タカイさん、すみません。早トチリしちゃって」
「ああ・・・モヤの手が冷たくてね」
「セエノ、わたしには?」
「モヤ、ごめん・・・」
「ああ、いいよ。問題ないよ」

きれいな包装を結局はすぐに開けてセエノがパイナップルをカットしてくれた。

「うん。甘い」
「よかったです。まだ切ればありますから・・・」
「どうしたセエノ。セエノの方が病人みたいだよ」

モヤが言うとセエノは一瞬視線を落とし、その後意を決したように語った。

「モヤが羨ましい」
「はあ? なんで? 何が?」
「だって、モヤみたいな美人だったらおでことか腋とか触られたら男の人も嬉しいだろうけど、わたしだったら気持ち悪がられるもん」
「同じだよ。セエノもわたしも性別はメス。以上!」
「でも・・・」
「あーめんどくさい! ほら、タカイさん、腋出して!」
「あ、こらっ!」

モヤに無理やりTシャツをまくし上げられた。

「ほら、セエノ、今だ!」
「じゃ、じゃあ・・・失礼します」

「・・・熱っ!」
「あ、すみません」
「・・・どういうことだ?」

モヤがセエノに訊く。僕はもう答えはわかってるけど。

「あの。わたし手が昔っから熱くって」
「なんだそりゃ」

がっ、とモヤがセエノの手を掴んだ。

あれ? 僕ですら冷たくて熱かったのなら2人の温度差は・・・

「冷たーい!」
「熱っちちちち!」

この2人、どこまで正反対なんだろう。

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