第205話 指令

文字数 2,083文字

 鉄の牛とその荷車はその速度に衰えを見せることなく順調に進んでいく。ケランの荷馬車でもこの速度にはついてこれなかっただろうなとユウトはふと思っていた。

 街道を進む一行の移動計画はヨーレンとヴァルで組まれ、その計画にのっとって進められる。たびたび、休憩をはさみながら昼夜問わずに鉄の牛は進み続けた。

 ユウトは移動中、ほとんど荷台から出て鉄の牛の背中に座っている。移り変わる景色を眺める事を楽しんでいた。

 そして荷台にいるよりも流れ続ける風に当たっていたほうが、ユウトにとっては楽に過ごすことができる。多少の寒さもそれと比べれば苦にはならなかった。

 鉄の牛が進む間に何台もの荷馬車とすれ違い、追い越していく。その際には見慣れない鉄の牛の姿と速度、移動方法に荷馬車の御者は不思議そうに眺めながら通り過ぎていった。



 そして進み続けること数日。遠くに大河が見えた。そこへと続く街道の先には砦が見える。その砦から大河に橋が掛かっていた。そこは魔鳥との戦いを繰り広げた大石橋。ユウトは懐かしい気持ちを持った。

 砦の入口では荷馬車が検査を受けており渋滞している。ユウト達一行も検査を待つ列に並んだ。

 ヴァルがユウトへ声をかける。

「面倒ダナ。我ノ性能デアレバ、河ヲ渡ル事ガ出来ルトイウノニ疑問ダ。アエテコノ砦ニ立チ寄ルノカ」
「食料の調達もあるし、休息の意味もあるんだと思う。なにより、レナとリナにとっては特別な場所でもあるんだよ」
「ナルホド」

 ユウトは思い起こす。野営基地跡地で体調を回復させている間、ユウトはラトムを通して何度かマレイと連絡を取り合っていた。

 短い言葉のやり取りの中でユウトはマレイから指令が出されている。それは中央にいたる街道の道筋では砦を含む都市には必ず立ち寄れ、というものだった。

 マレイはユウト達一行が拒絶されることがないよう手筈は整えているから、各地で友好的な態度を示しておくように、と伝えてきている。ユウト自身はその内容にあまり気乗りしていなかった。しかし、そのやり取り次第で生まれる評価しだいで今後の流れに大きな影響を与えるのだとマレイの言葉は続いている。ラトムの口伝えとはいえその内容を聞いた時にはマレイからの圧力をユウトは確かに感じとった。

 そんな事を思い出しながら順番を待っている。待っている間にもユウトはすでに多くの視線を一手に集めていた。

 その視線は明らかに異質な鉄の牛を含め、そこに座っているユウトに向けて好奇の目が向けられている。それまで身を隠しながら周囲に溶け込むように努めていたユウトにとって間近で注目されることには慣れていなかった。

「ユウトさん・・・大丈夫ですか?気分がわるければ荷台に戻ったほうが・・・」

 ユウトの様子を察してセブルがユウトに声を掛ける。

「うーん、でもマレイからの指示っス・・・ちゃんと姿を晒して存在を主張しろって言ってたっス」

 ラトムもセブルに反論するように声を掛けてきた。

「そんなのマレイの都合でしょ。ラトムはどう思うの?」
「オイラは・・・やっぱりマレイの言うとおりにしたほうがいいと思うっス。ユウトさんにとってもきっと必要な事なんだと思うっス」

 ラトムは鉄の牛の背中に飛び降りユウトを見上げながらまっすぐに考えを伝える。

「むーぅ」

 セブルはラトムに何も言い返さず、悩むように鳴き声で上げるだけだった。

「そうだな。身体を張って戦うだけが、オレの役目じゃないってことなんだろう」

 セブルとラトムの会話からユウトは気持ちを決める。それまで深々とかぶっていたフードを両手で慎重におろした。

 そして視線を向けてくる人々に丁寧に視線を合わせると、できる限りの温和な笑顔で手を振って見せる。ユウトの行動に対する反応は様々だった。驚くように慌てて視線を外す者がほとんどであったが、いぶかし気な視線で見てくる者、敵意に近い嫌悪感でにらみつけてくる者もいる。それでも少数ながら手を振り返してくれる者、笑顔を返してくれる者もいた。

 そうしているうちにユウト達の番が回ってくる。鉄の牛は砦の兵士が数人待っている所定の場所へと動いた。

 明らかに異質な見た目の乗り物を目の前にして兵士達は一瞬の戸惑いを見せる。武器を構えそうになる兵士達だったが鉄の牛の上に座るユウトの姿を確認して緊張感に多少のゆるみが生まれた。

「あんた、確か・・・魔鳥の襲撃で調査騎士団と一緒に戦ってた?」

 隊長と思われる鎧装飾をした壮年の兵士が口を開いて尋ねる。

「覚えていて、くれたのか」

 ユウトは思いがけなかった言葉に驚きながら鉄の牛の背中から降りて石畳に足を付けた。
 そして取り囲む兵士が見渡せる前方に歩み出る。

「えっと、魔鳥と戦った・・・ゴブリンだ。あの時はこの砦でとてもお世話になった」

 ユウトは兵士達が力み、緊張するのがわかった。

「では・・・もしや星の大釜で大魔獣と戦って大戦果を上げたハイゴブリンというのもあんただったのか?」

 兵士はさらに質問を重ねる。

「あっ、ああ。確かにその通りだ」

 ユウトも内心緊張しながら答え、心臓が大きく脈打つ音が聞こえてきた。
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