02:ファーストプレイ

文字数 4,005文字

 その週の土曜日、家族で『オルビス・ナイト』を買いに行った。帰ってきてすぐに、私はケースを(おお)うビニールの包装をはがす。

「そういえばプレイヤー登録は一人ずつしかできないみたいだけど」
「マジ?」
「二人とも、サックスの練習が終わってからよ」

 気づいてしまった。
 これ、どっちが先にやるんだろ……?

「じゃあ、ジャンケンで勝った方は先にやってよし、負けた方はサックスの練習ね」

 母がいつものジャンケンの話を持ち出す。
 これは(だれ)が『Player 1』になるかの問題だよね。やっぱり一番がいいよね。

「何でだよ、こういうのはいつも音葉(おとは)が先だろ。たまには(おれ)(ゆず)れよ」
「いつもっていうか、志音(しおん)がジャンケンに弱いからでしょ。はいジャンケンするよ、(うら)みっこなし」

 別に志音に同情して譲る気はないもんね。
 乗り気ではない志音に、私はこぶしを()き出して「最初はグー」と参加させる。

「「ジャンケンポン!」」

 ……あ。
 いつもなら何回かはあいこが続くものの、私はパーを出し、志音は……チョキを出しやがった。

「よっしゃ、(めず)しく勝った!」
「…………先にやってきまーす」

 ジャンケンは無駄(むだ)に強い自信はあったものの、やはり負ける時は負けてしまう。
 でもこんな時じゃなくていいでしょ……。かといって「もう一回!」ってのはちょっとね、大人気ないよね。
 ソフトのケースを志音に(わた)すと、とぼとぼ防音室に向かったのだった。





 私はアルトサックスを習っている。他の人なら楽器を習うといったらピアノが多いと思うが、ピアノよりもサックスの方に興味を持った。

 四年生から習い始め、今年は三年目。志音もサックスを習っているが、志音は今年からテナーサックスで練習している。

「昨日はこれやったから、今日はこれにしようかな」

 二曲の練習曲のうちポップスの方を選んだ。





 練習し終わり、楽器を片づけてリビングに(もど)ってきた。

「あれ、志音ってもうそんなにできるようになってんだ」

 テレビにつなげて大画面で楽しんでいる志音。手元がそこそこ手馴(てな)れた様子である。

「けっこう友だちん家でやってたから。ていうか、もう一時間経ったか?」
「終わり。今度は私の番」
「はえーよ」

 引き出しから赤と青のコントローラーを取り出し、私は志音の(となり)に座る。
 志音はコマンドから渋々(しぶしぶ)セーブボタンを()し、無造作に黄色と緑のビタミンカラーのコントローラーを置いた。

 スタート画面に戻っていた。すでに『Player 1』には『しおん』という名のファイルが存在している。
 一瞬(いっしゅん)だけ(くや)しい思いがこみ上げてきたものの、本当に一瞬で消え去った。大人しく(心の中ではため息をつきながら)『Player 追加』から『Player 2』を選んだ。

 名前か……。志音がひらがなだったから、私もそうしようかな。

 次にプレイヤーの見た目を決めていく。友だちによると後でいくらでも変えられるそうだが、とりあえず色々いじってみる。

 髪型(かみがた)(かみ)の色、(はだ)の色、目の形、目の色、身長、体格、服装、好きな色……こだわる人なら、プレイヤー登録だけで一時間はかかりそうなほどだ。

「さっきの志音のやつを見た感じだと、志音が好きそうなキャラに寄せてた気がする」

 ぶつぶつつぶやきながらカーソルを動かす。全体的にピンクや赤でまとめた、ピンクのツインテールのアバターとなった。

『この内容でプレイヤーを登録しますか?』

 はい、と選ぶと、『仮登録完了(かんりょう)しました!』という文字とともに画面が暗転した。





「……」

 画面の下にセリフが表示される。

「……キミが新しいプレイヤーかな?」

 すると画面が明るくなり、スタート画面で見たような背景と『(ねこ)』が現れた。
 文字上ではしゃべっているものの、音声ではその言葉は発していない。その代わりに『ツー』という電子音が再生されている。

「ボクはこの『オルビス』の世界を案内する猫、ラックスだ。よろしく」

 ラックスと名乗る猫はなぜかスーツを着ている。しかし、動物のキャラクターによくある二足歩行ではなく、しっかりそこは四足歩行らしい。

「君はおとは、だね。これから分からないことがあったら、案内猫のボクに聞いてね」

 自己紹介(しょうかい)をしなくてもラックスは名前が分かるらしい。なぜか納得してしまうのは、この世界が近未来風だからだろう。

「まずは主な施設(しせつ)を紹介するよ。ボクに着いてきて」

 ラックスがそう言った後、アバターを操作できるようになった。ラックスの上には『!』の()き出しが出ていて、とりあえず歩いていく(かれ)の背中を追っていく。

 画面の左上には『ニュー・オルビスシティー』と書いてある。このビルいっぱいの風景と『シティー』という名前から、おそらくこのゲームの中心のところなのだろう。

 Lボタンを押すと、画面の左下に地図が表示された。どうやら街の真ん中に向かっているとみえる。

 行こうとしているところはすぐに分かった。周りの建物から()()けるようにしてそびえ立っている、あのビルだった。

「ここは『オルビス』の重要なことを取り(あつか)っている、『シティーホール』だ。ここで正式にプレイヤー登録をしてほしい」

 あっ、まだ終わってなかったんだ。
 正面の自動ドアから中に入っていく。今度は、入ってすぐのカウンターの人に『!』の吹き出しがついている。

「こんばんは、ここではプレイヤー様の色々な手続きを行うことができます」

 人だと思っていたものの、セリフの吹き出しには『受付アンドロイド』という文字が。
 ラックスがアンドロイドにお願いする。

「この人が新しいプレイヤーだ。仮登録は済ませてあるから、本登録をお願いしたい」
「かしこまりました。それでは…………おとは様でお間違(まちが)いないですか?」

 私はうなずいてAボタンの『はい』を押す。

「おとは様、『オルビス』の世界にようこそお()しくださいました。始めにジョブを決めましょう」

 きたきた、これだね。帰り際に友だちが言ってたやつだ。

「ちなみに、クエストを進めると転職できるようになりますよ」

 実は友だちの家でお試しプレイをした時、ジョブによって使う道具が(ちが)ったり、得意な能力が違ったりするらしい。

 アンドロイドはカウンターに()めこまれた液晶(えきしょう)パネルを操作し、『おとは』に画面を見せた。

「全部で五種類か〜どれにしよっかな」

○スタンダード・・・バランス型。どの能力も平均的に備わっており操作はしやすい。その代わりに他のジョブのように(ひい)でた特徴(とくちょう)がない。

○スプリント・・・(たん)距離(きょり)型。短時間にたくさんの(たま)()て、すばやい動きが得意。その代わりに遠くから攻撃(こうげき)するのは苦手。

○エイム・・・長距離型。敵の不意打ちを狙いやすく、高いところからの攻撃が得意。その代わりに短距離から狙われると倒されやすい。撃つのに時間がかかる。

○ワイド・・・広範囲型。飛距離はスタンダードと同じだが、(おうぎ)型や全方向に攻撃ができる。その代わりに一人の敵だけを狙うのは難しく、敵に居場所がバレやすい。撃つのに時間がかかる。

○ヒーラー・・・回復型。多彩(たさい)な回復スキルやデバフでパーティメンバーを助ける。防御(ぼうぎょ)力が高いが、攻撃の威力(いりょく)は低く飛距離は短い。

 それらの説明に全て目を通す。スタンダードの説明のところに吹き出しで『初心者向け』と書いてある。まずはスタンダードで慣れてから、ということなのだろう。

「スプリントは慣れないとできなさそうだし、ヒーラーはちょっとね……。スタンダードでいっか」

 スタンダードを選択(せんたく)する。画面の真ん中に確認のコマンドが表示される。

「ジョブ:スタンダードでよろしいですか?」

 Aボタンを押すと、受付アンドロイドがカウンターの下から何かを取り出した。シリコンバンドのようなものに小さい液晶画面がついている。
 それを液晶パネルの上に置き、すぐにピッと音が鳴った。

「こちらは一つで様々なことができる多機能腕時計でございます。今これと、おとは様のプレイヤー情報を同期いたしました」

 アンドロイドから時計を受け取ると、ラックスが前足の片方を上げて時計を指す。

「さっそくつけてみて」

『装着する』と書かれた小さいボタンが現れ、Aボタンで決定した。シューッという電子音のような効果音が流れ、アバターの左(うで)がキラリと光る。

「ピンク色! かわいい!」

 どうやら、時計のバンドはさっき決めた好きな色と同じもののようだ。

「使い方は分かるか?」

 もちろん分からないので、Bボタンで『いいえ』を選ぶ。

「そうだよね、ボクが一から説明するよ」

 唐突(とうとつ)にラックスによる使い方講座が始まった。画面が腕時計にクローズアップされる。

「まず横のボタンを押して」

 ここは電源ボタンだろう。オッケーと納得してガイドどおりに操作する。しかし、

「わっ⁉︎」

 何と、ウェラブル端末のように液晶画面で操作するのではなく、時計から横長に『画面』そのものが映し出されたのである。液晶画面から『画面』に視点が変わった。

「あとは画面にタッチしたりスワイプしたりで操作できるからね」

 スイッチの画面に()れて、その『画面』がスマートフォンのように動くことを確認した。背景の色合いが常に変化しているのが新鮮(しんせん)である。
 この後メインアプリについての説明もしてもらった。

「最初から覚えること多くない?」

 やっていけば慣れるだろうし、大丈夫(だいじょうぶ)だよね!
 初期設定の限られた範囲(はんい)では最高にかわいいアバターだと自負している。

「腕時計すごかったなぁ。あれ一つで時計とスマホが一緒(いっしょ)になっちゃってるし」

 友だちが言っていたことを思い出した。
 武器もそうだけど、服装とかアイテムのカスタマイズとか、ホントに種類があるんだよって言ってたし。

「腕時計のバンドとか背景とか、こういうことかぁ」

 だからこそ、スタート画面にいたプレイヤーの一人一人が個性だらけだったのだ。
 でも、私も頑張(がんば)ればかわいい服とか買えるよね。

 私の心は完全に『オルビス』の世界にのめりこんでいた。
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登場人物紹介

名前:音葉(おとは)

コードネーム:メロディー

年齢:11歳(小学6年生)

性格:どんな人とでも対等に話せる、愛情深い

担当:アルトサックス、GROSKのリーダー

ジョブ:スタンダード


一人称は『私』。志音は双子の弟。北小学校。

アルトサックスがメロディーであり、体力テストでAとBの瀬戸際という理由でリーダーになった。

癖の強いメンバーをなんとかまとめている。

名前:志音(しおん)

コードネーム:オブリガート

年齢:11歳(小学6年生)

性格:面倒くさがり屋、大ざっぱ、やるときはやる

担当:テナーサックス

ジョブ:スタンダード→スプリント


一人称は『俺』。音葉の双子の弟。北小学校。

適応能力が高く、反射神経がよい。

面倒くさいものは姉に押しつける。

名前:琴音(ことね)

コードネーム:ハーモニー

年齢:12歳(小学6年生)

性格:おっとり、気が利く

担当:ピアノ

ジョブ:スタンダード→ヒーラー


一人称は『私』。北小学校。

勉強ができて特に暗記が得意。学校1ピアノがうまいのでよく伴奏者になる。

常に周りを見ており、冷静。

名前:弦斗(げんと)

コードネーム:ビート

年齢:11歳(小学6年生)

性格:真面目、ぼんやり、聡明

担当:コントラバス、エレキベース

ジョブ:スタンダード→エイム


一人称は『僕』。西小学校。

学校1の頭脳を持つが、しゃべり始めるまでにラグがある。

ゲームの腕前はピカイチで、上位プレイヤーなら誰もが知っているほど。

名前:律歌(りっか)

コードネーム:リズム

年齢:12歳(小学6年生)

性格:とにかく明るくアネキっぽい、積極的

担当:ドラム

ジョブ:スタンダード→ワイド


一人称は『うち』。西小学校。

好きな芸人に影響され、エセ関西弁をしゃべる。

見境なく誰にでも話しかけるタイプで、GROSKの活気の源。

弦斗のいわば保護者。

名前:ラックス

コードネーム:コート

年齢:?

性格:正義感が強い、忘れっぽい

担当:情報収集、GROSK補佐

ジョブ:案内役(スパイ)


『オルビス・ナイト』をプレイすると一番最初に出会う猫のキャラクター。見た目は白猫でオッドアイ。

普段は案内猫としてプレイヤーをサポートしているが、裏ではスパイをしているという。

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