ご容赦ください

文字数 2,000文字

 土曜日の午前中に電話が鳴ったが、母ではない。
「おやおや」
 珍しい相手からのコールに独り言が漏れる。
「はい?」
 なだめるような声で出てみれば。
「お、おばおば、おばちゃんっ!!」
 電話の向こうで、小学生の姪っ子が大号泣をしている。
「お、おばおば、おば、おばあちゃんがっ!」
「おお、途中まで区別がつかんな。どうした、どうした」
 姪っ子の両親は共働きなので、普段は祖母である

が面倒を見ているのだが。
 ケンカになるたびに、もめるたびに、姪っ子と母、双方から電話が来る。
 ……小学校低学年とケンカをするなよ、母よ。
「それでね、あーでね、こーでね!」
 泣きじゃくる合間に、姪っ子がケンカの内容を説明をしてくれる。
「でね、おばあちゃんがね、”お前は橋の下から拾ってきた、ホントはうちの子じゃないんだ”って!……うわぁ~ん!!」
 まだそれ言ってるんだ、母よ。
 懐かしいねぇ、なんて思っている場合ではないな。言われた子供は傷つくんだよ。
 でも。
「橋の下から拾ってきたって言われたんだ」
「うんっ」
「やったじゃん」
「え?ぐす、ぐす。……え?」
 人はびっくりすると泣き止むって、本当だな。
「だってさ、

おばあちゃんと血がつながってないってことでしょ?いいなぁ、私も橋の下がいい」
「……ああ、そっか」
「いいかい、姪っ子よ。おばの部屋には、観葉植物もどきがあります」
「うん」
「迷惑なほど大きくなった木です。今からその話をします」
「うん」

 例によって、大変つまらない、もとい些細な改めつつましやかな用事で呼びだされた、ある日。
「あんた、帰んの?」
「うん」
「じゃあ、これ持って帰んなさい」
 またまた例によって「持って帰らない?」ではなく、「持って帰んなさい」。
「え、植木鉢?」
 母が差し出した紙袋には、5号サイズ、直系15センチほどの植木鉢から、にょっきりと大きめの葉を揺らしている、観葉植物的なものが入っていた。
「ナニコレ。パキラじゃないし、ベンジャミンでもないし」
「アボカドを食べたあとに植えたら、芽が出たんですって」
 ほぅ、それは珍しい。
「へー。お母さんが植えたの?」
「違うわよ。ほら、あたしの幼馴染のゆっこちゃんっているじゃない?」
 知らんがな。
「いるんだ」
「この間、スーパーでばったり会ってね。芽が出たからあげるっていうから、もらってきたの」
「お母さんがもらったんでしょ。育てなよ」
「めんどくさいじゃない」
「もらわなきゃいいじゃん!」
「くれるっていうから。はい」
 紙袋を持って、床と水平に伸びる母の腕を見れば、持って帰らないという選択肢はなさそうだ。

「そんで、持って帰っちゃったの?おばちゃん、お人よしだねぇ」
 姪っ子よ、いい言葉を知っているな。
「これで終わりじゃないんだよ、続きがある。聞きたい?」
「聞きたい!聞きたい!」
 姪っ子の声が明るくなったのは良いことだ。

 すくすくと大きくなる木を何回か植え替えをして、数年目。
 ある日、

アボカドの葉の間から、5~6センチの房が垂れ下がっていることに気がついた。
 そんなことは初めてだったので、よくよく

アボカドを観察してみると、赤いV字状の何かが枝先に穂を作っている。
「これって花かな?アボカドって、こんな感じの花なんだ。……実がなるかなぁ」
 ちょっとウキウキしながら「アボカド、花、実」で検索したところ。
「こ、これは……!」
 パソコン画像にババーンと映っている「

」の花は、目の前でプラプラ揺れている花とは、まったく異なるものだった。
「こいつはアボカドではないっ?!しかも、冬に葉は落ちないだとっ?」
 

アボカドは毎年冬になると、葉を全部落としてしまっていたのに。
 「あったかいところの植物だからなあ」なんて、のんびり考えている場合じゃなかった。
 まったくの別人ならぬ、別植物だったのだ!

「ええ~……」
 電話の向こうで、姪っ子が絶句している。
「私の部屋には、このまま成長すれば8mになるという、殻は硬くて割りにくいし、実は小っちゃくて食べるところが少ない

の鉢があるわけですが」
「あははははは!どうすんの、それっ!」
「どうしようかねぇ。お寺の裏山に、こっそり植えてこようか」
「自然破壊はダメだよ、おばちゃん」
 難しい言葉を知っているなぁ、姪っ子よ。
「というわけで」
「どういうわけよ」
「きみが将来、おばあちゃんから謎の植物を押しつけられそうになったら、言えばいい」
「なにを?」
「おばと違って橋の下なわけだから、血がつながってないので、もらえませ~んって」
「いいね!」
 すっかり涙も忘れたような姪っ子が、元気に電話を切った。

「それにしてもなぁ……」
 自然と目が行くのは、冬には丸裸になって「観葉植物」ならぬ、「観枝植物」と化す「オニグルミ」の木。 

 本当に、我が(まま)よ。
 いらないものをもらってはこっちに寄こすのを、これ以上はご容赦くださいませんか。
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