敵陣地とは思えないほど気楽な声でベーミンは切り出した。
棒読みで気合を入れ、銃身を支えていた左手を天に掲げる。
その二人の様子を見ながら、ヨセフは呆れたようにつぶやく。
のんきにも程がある…。
生死が関わっているというのに……
呆れてものも言えないというふうにヨセフは深くため息を吐いた。
その間にジュンメスは感知レーダーを起動させた。
その報告を受け取ったベーミンは頷いた。そしてヨセフとラギーは閉められた扉の左右につく。
「もちろん。」とラギーは頷いた。
せーの、と声を合わせドアを全開にする、最中、ラギーは何かに勘付きドアを押していた手を引っ込めた。
それに驚いたヨセフが声をあげる。
そこで風が床を削るような音が聞こえ、ヨセフは咄嗟に手を引いた。
しかし間に合いきらず、手の甲を軽く擦った。
怒り散らしたい気持ちを抑えて、怒気いっぱいに言う。
ラギーは予想してなかったというように素直に謝った。
念の為ドアの目の前から避けた所に移動して、確認するように言った。
考え込んでいたラギーが、はっとひらめいたように顔を上げて人差し指を立てる。
突然合成音声が聞こえ、ラギーは微量肩を跳ねさせた。
半開きの扉を開けきり、室内を見る。刃物の反射に目を瞑った。
佐竹は刀身を見せ付けるように斜めに持った。
そこでヨセフは躊躇無く弾丸を撃ち込んだ。しかし金属の音しかしなかった。相手のうめき声も聞こえない。
ヨセフはすぐに構えていた銃を下げ、鼻で笑う。
ラギーは佐竹が銃弾を防ぐ姿は見たことが無かったため、感心する。
そう言ってザースは腰のナイフに手を伸ばす。しかしベーミンが制止する。
否定されたことに明らかに不満を表しながらも、大人しく従いナイフをしまい直した。
それを視認するとベーミンは指示を出す。
そう言ってベーミンは自分のナイフを取り出し、空中で数回転させた。
少々不安げにジュンメスが問う。ベーミンは彼らのほうを見て数秒考え込む。
佐竹は日本刀を構えた。
ラギーは人質用ナイフを取り出す。
意味の無い対話と判断したのか、ヨセフが横にはいる。
ラギーは目の端にベーミンが頷くのを確認した。
即座に走り出す体勢、つま先をバネに飛び出す。一直線に佐竹の目の前へ進んだ。金属のぶつかり合う音が響き渡るように聞こえた。
このまま十字に刃を削り合っても仕方がないので、なんとか銃撃しやすいように体をひねらせて佐竹を誘導させようとする。
佐竹はラギーの反対側の別の人影に気付く。そしてすぐ目の前に刃が光る。
ベーミンの目の前に見えたのは、刃物ほどに鋭利な、風。
そのまま数メートル後ろへよろめいたベーミンの足元に血液が垂れる。
ベーミンは多少軸は不安定でありながらも、前屈みになりながらザースらの方へ顔を向けて手を振る。
笑ってはいるが、ゴーグル越しには明らかに汗が滲んでいた。
また体勢を立て直して前衛に進もうとするベーミンをおさえ、ヨセフが突っ込む。
すれ違いざまにヨセフがつぶやいた。
その瞬間、ラギーは佐竹の空いた手が風を切るように小さく縦に振られたのに気付く。ラギーは咄嗟に叫んだ。
ラギーの声に気付いたベーミンはふらつきながら前を見ると、既に目の前には先ほどのような風刃が迫っていた。
ヨセフは急ブレーキをかけ、体全体で方向転換をする。
そして、ベーミンの方へ、風刃に突っ込むようにして、飛び込んだ。
ベーミンはなされるがままに床に打ち付けられる。背中までは着かず、腕で体を支えて防いだ。しかし衝撃はきたようで顔をしかめた。
ヨセフはそのままベーミンに突っ込んだため、ベーミンの腹部に頭を預けていた。
ベーミンはヨセフの状態を確認する。しかしすぐに異常に気付いた。
ヨセフは体を重そうにしながら壁をたよりに立ち上がろうとする。左足の膝の辺りを半分以上切られてしまっている。とても大丈夫には思えない。
ベーミンはさすがに反省しているのか、いつものような軽口を叩くことなく純粋に心配をする。
しかし全く聞いてないように、ヨセフは背筋を少しずつ伸ばしていこうとする。やはり膝が痛むのかあと少しのところで止まってしまった。顔は下を向いている。
そう言うと突然屈み、ラギーの前から離脱する。
急に目の前の相手がいなくなったため、バランスを崩して少し前に数歩進んだ。
そしていつの間にか座っているベーミンの目の前に立った。そして片手で斜めに刀を振り上げる。
ヨセフは動こうとするが、左足が痛みでうまく動かないのか倒れそうになる。しかし壁を支えに前屈みでとどまった。
その間に佐竹は刀を勢いよく振り下ろした。
そして数秒後、骨の折れる音が聞こえた。
佐竹が当てたのは刀でなく肘。首にむけて突いたのだ。
衝撃的な光景に思わず動きが止まってしまう。目の前にいたヨセフも固まってしまっていた。
しかし佐竹が刀を持ち直した音で気を取り戻す。今度はふつうにヨセフの上半身めがけて刀を振ってきた。寸でのところで体を反らせたが間に合いきらずぎりぎりヘルメットとゴーグルの隙間を切りつけてきた。
刀を振っている間にと銃弾を放ったが、目に捉えられない早業で金属音として返ってきた。
体を反らせた勢いで足で支えきらず、そのまま後ろへ倒れた。
まだ出血しているなか患部を激しく動かしたためか、ひどく血があふれ出していた。左足全体がどくどくと脈打つのを感じた。かなりもたない予感が自分でもしてくる。
ラギーは佐竹が他へ気を取られている間にそっと背後へ近付く。攻撃を仕掛けようと首後ろまで刃をもっていこうとした瞬間、佐竹は気配を察知したのかまた屈み、ラギーの攻撃を空振りさせた。
そのうえで右足を後ろへ回す。ラギーは危うくこけそうになった。軽くバランスを崩したのですぐに反撃ができなかった。
その隙を佐竹は狙ったのか、すぐに足を付いて上半身をひねらせ立ち上がろうとする。タイミングを狙いザースは再び撃った。
ひねらせている体から軽く液体が噴き出すのを確認する。
突然視界が真っ暗になった。
その様子に気付いたジュンメスは唖然とした。
異変が起きているのは右目だと気付く。そしてゴーグルにヒビが入っていることにも気付いた。
なんとか左は無事なようで、ある程度ははっきりものが見えた。だが右も全く情報を発信してこないわけではないらしく、視界の右のほうをぼかして邪魔をしてくる。
説得力に欠ける助言をする。さっきのヨセフと同じような返事をした。
そして佐竹はラギーと金属音を奏でながら再び指先を揃えた。ヨセフはその様子に気付く。
少し手首を動かしたと思うと、数秒後にはジュンメスの鼻先を切っていた。
(指先が攻撃の合図…なのだろうか。
…仲間に伝えなければ………)
タイミング悪く、一気に視界が歪んだ。
ピントが一切合わなくなり、地面が波打つ錯覚に襲われる。
体の力や感覚が抜けていくのを抜けていく意識と共に仄かに感じた。
ラギーは確認するために地面を蹴って後ろに下がった。佐竹はその行動に眉をひそめる。
ジュンメスは銃を放り、座ったまま前屈みの姿勢になる。そのまま口の近くへ手をもっていく。もう片手は腹に添えられていた。おそらく腹部をやられたのだろう。足元には既に血が多くたまっていた。現在進行形で増量している。
ジュンメスは上半身を起こすのもきつくなったのか、とうとう地面に額をつけた。さらに呼吸も荒くなっていく。みるみるうちに液体の範囲が広がっていく。
ザースは銃を構えなおし、万全でない視界で戦闘中の2人のほうを見る。
精密に射撃するためにピントを合わせようと目に力を入れる。痛みでピントがなかなか合わせられない。かなり視界が不自由である。
戦闘しているなか、ラギーには当てないように撃つには今の視力ではなかなか難しい。運任せになってしまう。
ジュンメスの目の前を液体が舞った。
ラギーも音に気付きちらりと背後を確認する。
肩を切られた。脈の辺りをやられてしまったらしく、肩の近く全体が心臓にでもなってしまったようだった。
痛みに肩をおさえる。右肩だ。よりによって右とは…。
ジュンメスがなにか言おうと息を吸ったのが聞こえたが、声で聞こえることはなかった。自分も徐々に意識を削られているのを感じる。視界が霞む、とはまさにこういう状態のことだろうか。
佐竹は突然下がった。そして距離を離しながら刀をしまう。
[それはこちらにもだ。
しかし逃がさなければならなくてな。]
ラギーは腰を低くし、走る体勢をつくる。
佐竹は呆れたように「だから…」と言ったが、全くラギーは耳に入れず飛び出した。