第九話
文字数 7,142文字
終業のチャイムと共に自然と深いため息が出た。仕方の無い事だと思う。
だってあれ以来・・・
「心愛ちゃ・・・」
「三石さぁ~ん!心愛もお昼一緒に食べてい~い?」
この調子だ。田中さんの事がよっぽどだったのかあれ以来あたしに見向きもしない。しかも元々友達も多いようで、あたしのことなんか全く気にせず別のグループの子達と楽し気に話してる様子だし。
はぁ~・・・また虚しいぼっち生活が続くのかぁ・・・
「いいの?心愛ちゃん、最近皐月さんと仲良くなかった?」
「え?そんなことないよぉ~!気のせいじゃないかなぁ?」
「え~?あはは!何それ?」
ああ、『気のせい』ですか。そうですか。
ちょっと、いや、かなりグサッと来たけどいつまでも気にして落ち込んでいるのもなんだか酌だ。こっちもこっちで気を取り直して頑張るっきゃない!
「何あれ?ムカつくわぁ~・・・」
「や、山吹さん!?」
心愛ちゃんとこんな状態が続いて三日、あたしは寂しいぼっち生活に戻っていたが少しだけ変わっていた。この山吹さん達『派手ギャルグループ』と少しだけ話す様になっていたからだ。
初めは目立つし関わりたくないって思っていたけど、この人達結構良い人達のようだ。見た目は派手だけど。相変わらず山吹さんは口悪いし、天地さんは厚化粧だし、田中さんはムカつくけど。
「一緒に食べる?」
「い、いいの?」
「いいよ、全然。その代り兄ちゃん紹介しろ。」
「まだ言うか!?」
「だってマジでタイプなんだもん。あれで喫茶店マスターとかヤバくね?」
「元刑事なんだけどね・・・」
「マジ!?超ヤバい!!カッコよすぎ!!」
「なんで!?」
こんな派手なギャルを見たら何て言うか。刑事時代の血が騒いでお説教でもするんじゃないかとハラハラする。そう考えると紹介なんてとても・・・でもいい子達なんだよなぁ。多分。
「何がヤバいの?」
「萌!皐月の兄貴元刑事らしいよ!?ヤバくね?」
「え!?兄って・・・あのイケメンの!?ヤバい!!」
いやいや、あんた達の方がヤバいって・・・
はぁ~・・・でもこうやって騒いでいると気が紛れる。心愛ちゃんを見ると気が重いんだけど。正直山吹さんと天地さんの存在には助けられていた。
「え~?でもぉ~・・・あれは真面目過ぎるっていうかぁ~・・・なんか面倒臭そうじゃない?」
「りっこは理想高過ぎなんだよ。」
「そっかなぁ~?」
「そうだよ!大体好みのタイプが『どんな時でも爽やかで優しい大人な男性』っているか!リアルに!!少女漫画でも今時珍しいから!!」
「え~?でも本当にいたら好きになっちゃうよねぇ~?」
と、いきなりあたし話を振って来る田中さん。なんでここであたしなんだ?
というか・・・その『どんな時でも爽やかで優しい大人な男性』って・・・もしや、
あの人
のことを言っているんじゃ・・・「・・・胡散臭いからあたしはパス。」
「あ~!それな~!!あたしもパスだわ。裏がありそうじゃね?そういう男って。」
「だよねぇ!?本当怪し過ぎて逆に笑顔が怖いって言うか・・・」
「あ~!!わかる~!!なんでも笑って誤魔化すみたいな?」
「そう!それ!!」
思わず本音が飛び出し止まらなくなりそうになった。けど、これ以上はやめておこう。田中さんに変な風に告げ口されたら後が怖い。
当の田中さんはそんな様子を頬を膨らましぶりっ子全開で眺めていた。本当、これがあのイケメンオネエだとは・・・
「萌ちゃんはありだよねぇ?」
「うん、全然いける!つか速攻攻めるわ。」
「あはは!うける~!!」
「なんで!?」
田中さんは相変わらず田中さんだ。性格悪い。自分で話振っといてそれはないだろうに。
まぁ・・・いいか。必要以上に
彼女
には関わらないでおこう。あたしはあたしでこの状況を精一杯楽しむ。それでいい。「にしても・・・あいつなんなの?」
「まぁ~・・・その件についてりっこも責任感じなくはないけどぉ~?」
「お前が原因かよ!?何したの?姫川に?」
「だっさいキーホルダー持ってたからつい・・・てへっ♡」
「ぶりっこうぜ~・・・」
そうだよ!原因は全て田中さんだ!!あんな余計な事言わなければあたしも今頃は・・・
楽しそうに話す心愛ちゃんの様子をちらりと見ると、あたしは今更ながら田中さんが恨めしく思えて来た。いっそバラしてやろうか・・・彼女の正体を。
「でもぉ~、りっこはこれで良かったと思うけどなぁ~?」
「はぁ?」
「姫川さんって面倒臭そうだし?ならガサツなコマちゃんと仲良くした方がマシって感じ。」
「ガサツ言うな。ま、ぶり子なりっこと仲良くした方があたしもマシだと思うけどな。」
「も~う!そうやって意地悪言う~!!」
「うっせ。」
この二人って仲が良いんだか悪いんだか・・・
けど・・・まぁ、確かにこの二人の言う事もわかる。あんなこと・・・っていうのもナンだけど・・・それで三日も無視されるのはさすがに・・・凹むけど腹も立ってくるわけで・・・
けど、せっかく出来た友達一号なんだよなぁ・・・一号って失礼か。まぁ、だからこのままにはしておきたくないんだけど。
「ま、いいんじゃね?このままで。」
「いいのかなぁ・・・」
「離れてったのはあっちじゃん。」
「う、う~ん・・・まぁ・・・そうなんだけど・・・」
何かもやもやする・・・
そうは思っているものの・・・
「深山さ~ん!一緒に組もう?」
「え?い、いいけど・・・」
昼休み明けは苦手な美術の授業だった。この日はペアで似顔絵を描くと言うありがちな授業で、当然ぼっちのあたしは一人あぶれるわけで・・・
心愛ちゃんはまたまたあたしには目もくれず深山さんの方へまっしぐら。ああ、なんか嫌だな。この感じ。
「皐月さぁ~ん、一緒に組んでもいいよ~?」
「た、田中・・・さん・・・」
「どうせぼっちでしょ~?あはは!」
うわぁ~・・・ムカつく・・・
この・・・女装オネエのクセに!!
「ま、気にする事ないわよ・・・あんな女。」
「え?」
皆から少し離れた美術室の隅、あたしは田中さんと向かい合って座っていた。ええ、組みましたとも。ぼっちだったし。田中さんの有り難いお誘いを無下にも出来ないし。
「昔っからあんな感じよ。あ、私中学一緒だったから知ってるのよ。」
「へ、へぇ~・・・・」
「あ、ちゃんとした生徒としてよ?」
「う、うん・・・」
「明るく可愛く人懐っこいんだけどね・・・表向きは。けど裏は真っ黒よ?女子同士でも結構揉めてるの見てたし?」
「揉めてるって・・・そんな悪い子には・・・」
「・・・そうね。他人から見たらそうかもね。だから最後は必ず
「で、でも・・・今回は確かにあたしも悪かったし・・・」
「馬鹿ねぇ・・・そんな理由で三日もシカトされてんでしょ?普通一日経てば元通りよ?そうでしょ?」
「人によるんじゃ・・・」
「それもあるけど・・・女ってねちっこいものね。でもあの子ね・・・あんたの事元から気に入らなかったんじゃないかしら?」
「なんで!?」
「だって・・・あんたを見るあの子の目って・・・笑ってなかったもの。」
「こ、怖い事言わないでよ・・・」
「あら?本当よ~?私ずっと見てたから知ってるのよ?」
「なんで見てたんですか!?」
「あんたが気になるからに決まってるでしょ?」
「え?」
「・・・勘違いしないでちょうだい。同士としてってことよ。」
「あ、ああ・・・」
びっくりした・・・。こんな恰好しててもこの人はオネエさんで男の子なわけで。ああやって絡んで来るのは好意の裏返しかと思いそうになった。危ない危ない。
忘れそうになっていた。この人もあたしと同じなんだってこと。同じ様に視えないモノが視える体質・・・
「た、田中さん・・・あの・・・
あれ
ってどうなったの?」「あれぇ?」
「だ、だから・・・ほら、女子トイレの・・・」
「ああ、
あれ
ね・・・簡単に説明すると・・・一種の怨念の塊ね。」「お、怨念!?」
ガタッ!!
思わず立ち上がり、椅子を倒してしまったあたしはクラスメイト達の注目を浴びる羽目になってしまった。それくらい勢いよく椅子が倒れたのだ。
田中さんを見ると、小さく『お馬鹿』と呟いている・・・
ああ、本当にお馬鹿だ・・・あたし・・・
けどいきなり怨念の塊なんて言葉聞かされたら・・・
「や、やぁ~だぁ~!ちょっとふざけてただけなんですぅ~!ね?皐月さん?」
「あ、あはは!そうなんです~!すみませぇ~ん・・・」
ああ、また変な噂が立つのかなぁ・・・
つい田中さんにつられてぶりっこ口調で誤魔化したけど・・・
静かに座り直すと、案の定田中さんに深いため息を吐かれた。
「・・・ごめん。」
「馬鹿なのあんた?」
「だって怖い事いうんだもの・・・」
「怨念って?あんたそんなもん何度も視てきたでしょう!?」
「あたしが視えるのは霊体のみです。」
「・・・はぁ、よく聞きなさい珠惠。霊って言っても色々あるのよ?それに視えるモノが霊だけとは限らないのよ?」
「そ、そうなの?」
「そうなの!はぁ~・・・あんたそれでも紫乃様の助手なの?」
「いや、それ違うから!むしろ助けてもらってるのあたし!!」
「キィ~!!羨ましい!!」
「そうでもないよ~・・・」
「何よその余裕!!もういいわ!似顔絵物凄くブッサイクに描いてやるんだから!!」
「はいはい・・・」
ああ、もうぶりっこじゃなくてただのオネエに見えて来たよこの人。
でも・・・そっか、あたしは目に視えるモノ全てが霊だって思ってたけど・・・違うんだ。それ以外のモノである可能性もあるんだ。
じゃああたしが今まで視て来たモノの中にも・・・・昨日みたいな・・・
「怨念って人の情念から生まれるんだよね?」
「そうよ。死者から生者まで・・・」
「せいじゃ・・・って生きてる人も!?」
「当たり前でしょ?むしろ生きてる人間からの方が多いくらいよ。あんな風に黒い影となってね・・・」
「それって一人の情念でそうなるの?」
「一人ならまだマシよ。それが幾人分にも集まって塊になったら厄介だけど。」
「も、もしかして・・・この前のあれって・・・」
「安心なさい。ちゃんと
一人分
よ。でも厄介な事には変わりないけど・・・」「え?だってさっきマシだって言ったじゃん!」
「色々あるのよ!もう!面倒くさいから帰って紫乃様から教えてもらいなさい!!」
「わ、わかったよ・・・」
紫乃さんの方が優しく丁寧に教えてくれそうだし・・・
けどあれが『一人分の情念』・・・しかも『怨念』だったなんて・・・。確かに厄介な感じがした。と言ってもあたしは祓い屋でもなんでもないただの『視える霊感少女』なんだけど。あのゾワっとした感じは今でも忘れない。
黒い影・・・それが集まって膨れ上がったらどうなるんだろう?あんな風に無差別に人を襲ったりするのかな。それともターゲットが決まってたり?
え?それってまさかあたしだったりしないよね?だってあたし恨まれる様な事してないし!というかずっとぼっちだったし。
「田中さん・・・えっと、あたしに出来る事あったら言ってね?」
「何よ急に?気持ち悪いわね?」
「だって田中さん恨まれそうだし・・・」
もしやこれって田中さんが自分で蒔いた種なんじゃ・・・
「あんた本当に失礼ね・・・これは私の仮の姿よ?普段はこんな嫌な女じゃないんだからね!(小声)」
「いや、そんな変わらない気がするんだけど・・・」
「お黙り・・・それ以上言ったら・・・」
「ごめんなさい。」
まぁ、確かにあたしも失礼が過ぎた。出会ったばかりの人間に面と向かって失礼な事を言ってしまったかもしれない。大人しく黙って似顔絵を描こう。
その後あたし達は無言になり、それぞれ似顔絵を描くことに没頭した。おかげで大作が出来上がったので満足満足。
「何よ?そんなに自信あるの?」
「田中さん元がいいから頑張っちゃったよ!」
「やだぁ~!も~!!正直~!!」
自信満々でそれを見せると・・・・田中さんの顔から一瞬で笑顔が消えた。
はて?何故だろう??こんなに上手く描いたのに・・・
「あ、あんたねぇ・・・嫌がらせにもほどがあるわよぉ~!!」
「え?な、なんで!?凄いでしょ!?特にこの顔の輪郭とか目とか!!」
「ピカソもびっくりな似顔絵描いてんじゃないわよ!!」
思わず素で叫ぶ田中さん・・・それに驚き皆こちらを見て・・・あたしの似顔絵を見て・・・笑う。笑う笑う。先生までもが笑う。
ふっ・・・バレては仕方ない。実はあたし、何を隠そう絵が下手なのだ!芸術的センスゼロ!!小学校の時の美術はいつも「頑張りましょう」でした。
こうしてあたしは・・・またクラスで新たな伝説(汚点)を作ってしまった。そしてこの後田中さんに滅茶苦茶追い掛け回され怒らた。
「珠ちゃん、今帰りかい?」
「あ、紫乃さん。」
いつもにも増して疲れた一日を過ごし、ようやっと帰宅しようとしていたあたしは、その日金木犀には寄らずに家へ直帰しようと思っていた。
そしてまたまた急に現れる紫乃さん。いや、別にただのお散歩途中だと思うけど。いつもと変わらず爽やかスマイルを浮かべ、妙な大正浪漫スタイルで立っていた。
「今日は疲れてるみたいだけど・・・うん、別に変ったところはないな。」
「疲れているけど
憑かれて
はいませんよ・・・大丈夫です。」「うん、それならいいんだけど。どうしたんだい?」
「それが!聞いて下さいよ!!田中さんが・・・いや、秋明君がですね・・・」
思わず紫乃さんに詰め寄り、あたしは思わず今日の出来事を話し始めていた。勿論、紫乃さんに笑われたけど。
「酷くないですか!?あたし・・・一応自信作だったんですよ?こう見えて少女漫画だって昔からよく読んでるし!なら絵だって自然と上手くなると・・・・」
「う、う~ん・・・それは練習あるのみなんじゃないかな。俺も昔から読書好きだったけど文章に自信ないし未だに駄目出しされる事あるし・・・」
「え!?紫乃さんが!?プロなのに!?」
「だからこそ、そこは厳しくされるんだよ・・・本当あの人は厳しいから。」
「あの人って担当の編集さんとかですか?わぁ~!なんか格好良い!!」
紫乃さんの一瞬疲れ切ったような表情も気になったが、あたしはその『担当編集』の存在がもっと気になった。こういう話を聞くと本物なんだなってそう思えるし。
「まぁ、俺の事は置いておいて。特に変わった事は無かったかい?何か変な物を視たとか・・・」
「田中さん?」
「秋明君の話もいいから。ああ、でも・・・彼も仕事で
「え、ええ・・・まぁ・・・。そう言えばこの前トイレで黒い影を視て・・・それが人の情念の塊だとかって話をしてましたけど。生きている人間からも出て来るって・・・それが厄介なんだって確か・・・」
「黒い影?ああ、珠ちゃんが秋明君を連れて来た時に視たって言うあれかい?」
「はい、あれです・・・一人分だって話です。と言ってもあたし何も出来ませんけど。」
「何もしなくていいんだよ。珠ちゃんは。むしろ関わって欲しくは無いんだけどな・・・俺としては。」
「でも秋明君は巻き込む気満々って感じが・・・」
いや、それはないか。あの時だってちゃんと守ってくれたし。今日の話もあたしを心配してなのかもしれない。
それに『手伝え』なんて言われてもあたしは本当にどうする事も出来ないのだ。ただ霊が視えて憑かれやすいってだけのごく普通の乙女なのだから。まして祓うのが霊ならまだしも、それが生きた人間の情念だなんてとんでもない。
「でも秋明君はお塩で軽く祓っちゃってましたけど・・・あれってあたしでも出来るんですか?スーパーで売ってるお塩とかで。」
「あれは特別な塩だから駄目だよ。誰でも出来るもんじゃないよ。」
「そうなんですか?う~ん・・・でも普通にしょっぱかったけどなぁ・・・」
「珠ちゃん食べたの?」
「ちょっと口に入っちゃったんです。それで。え!?ま、まさかまずかったですか!?何か悪い気が一緒に入っちゃうとかそんな・・・」
「それはないけど・・・興味本位で食べるのはお勧め出来ないかなぁ。まぁ、それならいいんだ。俺は珠ちゃんの安全を第一に考えてるからちょっと心配になっただけだよ。」
「そ、そうですか・・・なんかすみません・・・」
よ、よかった・・・紫乃さんが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。一瞬紫乃さんの顔から笑顔が消えたからヒヤッとした。今は普通に穏やかな表情だけど。
「でもそんな人の情念ってあんなどす黒く現れて無差別に襲ったりするもんなんですか?」
「その人の持つ感情によるかな。その念の強さが強ければ強い程そんな風に現れる事は実はよくあるんだよね。相当の強さがあった時に限るけど。」
「え、笑顔で何怖い事言ってんですか?」
「あはは、ごめんごめん。でも、そうだな・・・珠ちゃんは知っておいた方がいいかもしれないな。」
「じゃあ是非!あ、家この近所の団地なんでお茶でも飲みながら!」
「え?いいのかい?聡一郎さんが怒ると思うけど・・・」
「いいんです!あたしの今後に関わるかもしれないんですから!!」
絶対お兄ちゃん怒るだろうけど。そんなのは今はどうでもいい。
そりゃ、あたし人に恨まれる様な事なんてした覚えはないけど・・・。人はどう感じどう思っているのか・・・それは結局その人にしかわからないのだ。だからあたしだって知らないうちに恨みを買ったりしているかもしれないわけだ。多分。
だったらその仕組みを知っておくも悪くはない。紫乃さんなら何か対処の方法も知っているかもしれないし。なにせその道のプロなのだから。
いざとなったら自分の身は結局自分で守るっきゃない!