第15話:新潟の雪女が、やってきた

文字数 1,721文字

 短い夏が過ぎ、秋風が吹き、やがて11月になると時雨れてきた。新潟内陸の峠道は雪が積もりはじめる。そのためスタッドレス・タイヤで、出かける日が多くなった。いつもの様に、長岡、小千谷、十日町と、まわり近くのスナックで飲みながら夕食をとった。定宿のホテルに、帰りシャワーをあびて寝ようとした時、トン・トンと、ドアをノックする音が聞こえた。

 彼は落ち着いた声で、こんな時間に誰ですか、すると女の声で私よ私。誰と言うと、とにかく寒いからあけてというではないか、ドアの小窓から、のぞいて見ると、村下は、目を疑った、スナックの、あの女である。ドアをあけて、中に入れてよ。何だよ、藪から棒に、小声だが、ちょっと怒った声で言った。

 なーにね、あんたが、店に来てから、気になってしょうがなかったんだよ。だから、あんたの定宿を調べて、来たって訳さ。早くドアを開けな、と言ったのだった。その勢いに負けて部屋に入れてさっとドアを閉めた。だから何の用だよ。女は何野暮な事言ってるんだよと言うだけだった。今、亭主が出稼ぎにいって、一人ぼっちで寂しいんだよ。

 だからさ、こんな夜は、無性に切なくて寂しいだと言った。その晩は、ご想像の通り、ゆっくりと、逢瀬を楽しんだ。これは、とんだ雪女の出現だ、喜ぶべきか怖がるべきか?。数日後、新潟に戻って久々にスナックあゆみに顔を出した。あら久しぶりとママが声をかけた。今日は一人なの。久しぶりにママの顔を見たくてねと言った。

 村下はニヤッと笑った。飲み始めてママは、彼の顔を見て何かあったんでしょ! 違う? 鋭いなママは、と言い、大きな声では言えないけど、ちょっとねと言った。そして、いたずらっ子みたいな笑顔でかえし、奥の方の席へ座った。彼が、ママ、俺の事、所長に、女難の相があるって言ったんだって! 嫌だ、もうしゃべったの口の軽い人ね。
 
 実は、ママ、数日前に雪女が出たんだよと笑いながら話した。えー、雪女・・ あー怖い。どこでの話、聞かせて、聞かせて・・。先日のホテルのでの出来事を話すとママは腹を抱えて、笑う笑う・・。良い思いしたんだね。それも、タダで・・。笑い転げる状態で、涙を流しながら、大笑いしてた。

 ママが、ひきつった声で、それで相談て、何なのよ、彼が、新潟で、こんな話、前に聞いた事にあると質問した。まだ、笑いが収まらない、ママが、嘘! そんな事、聞いたことないわよ。そして、また大笑いした。みんなに見られるのが嫌だから、そんなに大笑いするなよと言った。だって、あんた、突拍子もない、面白い事を言うからよ。

 村下は、姿勢を正して、どうしたら良いかなと再度相談した。ママが、また笑いながら、あなたは、どうしたいのよと続けだ。その女が、良かったら、続けたら良いし、どうしても嫌なら、
他の町にホテルをとって、会わない様にしたらいいのよと、答えた。村下は、どうしたら良いか、わかんないから相談しに来たんだよと強く言った。

 ママが、わかった、真面目に話を聞こうと言い、座り直した。昔はね、冬場、山間地の農家で稼げないから、男は出稼ぎに行ったもんだ。今でも、貧乏な農家の奥さんが、小料理屋やスナックで働き、旦那は都会へ出稼ぎというケースは、いっぱいある。ただ、ここらでは、大家族が多く不倫みたいな事は、あまり聞かないよ。

 多分、これは想像だけれど、その女は、子供が、いなくて、ご両親と同居してない、珍しいケースなんじゃないかな。よっぽど良い女でなければ、やめた方が良い。あなたの奥さんが、知ったら大変な事になるから、やめなと告げた。また、決して、町中で、仲良くしちゃ駄目だよ。田舎の町では、噂が命取りになるんだ。

 みんなに、ばれたら、その女は、その町にいられられなくなる。そこのところを十分に注意しなよ。村下は、わかったと小さく頷いた。この話は、絶対に他言しないでよ、念を押した。わかったよ、この商売やって長いんだよ、そんなの十分承知だよと笑っていた。

 ため息をついて、足早に店を出た。村下は、胸のつかえが、取れて、ほっとした。それからは、その雪女の店に、顔を出さなくなり、二度と雪女が、ホテルの部屋をノックすることはなくなった。
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