第34話:マディラからアゾレス諸島、日本帰国

文字数 2,786文字

 子供達はと聞くと、この島の子供達を最優先にしていうると答えた。参加したいという子供達もいるのでオーディション形式で選抜してると話した。地元の子供、成人の男女もオーディションで選抜していると語った。確かに美人ばっかりで、驚いたというと笑った。衣装もコンテストで決めるのかと聞くと、もちろんコンテストで競い合って、最も良いと思われる衣装を作ると話してくれた。

 翌5月4日、朝8時に起きて、朝食を食べて、ホテルの精算を終えて、10時過ぎのバスで、10時過ぎにフンシャル空港へ行き、昼食をとり、12時発のサンミゲル島のサンタマリア空港に乗り込み、15時に、サンミゲル島のサンタマリア空港に到着した。空港でレンタカーを借りて、フルナス湖の近くのテラッラノストラホテルに宿を取った。そこに決めた理由は近く天然温泉「テラノストラ公園」があったからだ。

 何しろ、この周りの自然環境が非常に良かった。近くをレンタカーで回ると、地熱の温泉蒸気が吹き出してる所があると聞いた。また、近くにドーナ・ベアトリス・ド・カント公園という敷地内を自然の小川が流れ多くのアヒルたちが遊ぶ広い公園もあった。このホテルから車で近くの山の上までいくと、眼下にフルナス湖が見え、その向こうに大海原が見渡せた。フルナス湖周辺には古い中世の城か寺院のような建物も見ることができた。

 テラノストラ公園の歴史は、フルナス村の温泉スパ、夏のリゾート地としての発展に貢献した。テラノストラ公園は18から19世紀に作られたロマンチックなスタイルの植物園。サン・ミゲル島屈指の人気スポットで、地元の人はもちろん、温泉プールや美しい景色、エキゾチックな植生の多様性と豊かさに魅力を感じてやってくる外国人観光客も訪れる。公園は2つのゾーンに分けられます。

 高地ゾーンは、遊歩道と深い森。低地ゾーンは、リベイラ・アマレラとセルペンティナ・デ・アグアの間のエリアで、遊歩道、芝生、池、噴水がある。見どころには、ソテツ、在来植物、ツバキ、シダを使ったテーマのある庭園と、ヤシの並木道やイチョウの並木道が挙げられます。主な植生種は、オーク、セイヨウハコヤナギ、ギンドロ、スギ、ナンヨウスギ、ユリノキ、ツバキ、木性シダ、アジサイ、アザレア、シャクナゲです。

 私たちは歩いて庭を散策しながら、自然の美しさに感動しました。 巨大な茶色の天然温泉で水着着用で温泉につかるとゆっくり暖まる、暖かさが長時間持続した。地元の人は、温泉で泳いだりして、休日には、多くの地元民が来るようです。泊まっているホテルに隣接して、非常に便利だった。また敷地内には、美味しい昼食を食べられるレストランと美しい自然環境の中にあった。そこで、このホテルに3泊してリスボンに帰ることを決めた。

 翌日、5月5日、朝、朝食後、8時にホテルを出て、フォーゴ湖に向かい、車で景色の良さそうな高台まで車で上がり、高所からひょうたん形のフォーゴ湖を見晴らせた。その後、島の西部のアズル湖へ向かい、ここでも景色の良い高台の展望所まで車で上がった。この湖は、衝立のように山に囲まれ、ひょうたん型をしていた。その後、夕方ホテルに戻って来た。

 途中パイナップル農園があると標識があり立ち寄って温室内を見学して、そこのカフェでパイナップルを食べたが、非常に甘くて美味しかった。しかし、日本で見るようの大きなパイナップルではなく、小ぶりなサイズだった。その他、いくつもの境界があったが、クリスチャンではないので、通り過ぎた。その後ホテルに戻って、天然温泉に入ってから夕食をとった。

 部屋に帰る途中、フロントで、サンミゲル島のベトシーズンはと聞くと、ホテルのフロントマンに聞くと。冬、早春は、霧が立ちこめるので、5月以降の訪問が良いとおしえてくれた。明日、帰る事にした。翌日、朝5時に起き、5時半にホテルをチェックアウトしてサンミゲル島のサンタマリア空港のレンタカー屋に車を返して空港まで送ってもらった。

 空港には6時に到着し6時40分発、リスボン行きの飛行機に乗り込み9時50分にリスボン空港の到着した。その後11時40分発、アムステルダム空港行きに登場した。途中約1時間の待ち合わせで成田行くの飛行機の乗り変えて2014年5月7日の10時35分に成田空港に到着した。かなり疲れたので成田空港のホテルに入り風呂に入って床に入り疲れをとった。

 その後、夕食を食べて寝る前にビールを飲んで床に入り寝るように努力した。そして、疲れをとってから、翌5月8日、10時にホテルをチェックアウトした。そこから成田エクスプレスで東京駅へ行き、新幹線に乗りかえ、15時に岡山駅に着いて、タクシーで自宅に帰った。近所の友人にお土産を渡して回った。その後、公民館の手伝いを小山田夫妻が再会し、働きだした。

 そのうち梅雨のとなり、特に変わりなく過ぎて行ったが、西日本の夏の平均気温は、太平洋高気圧の西日本への張り出しが弱かった等の影響で低く2003年以来11年ぶりに冷夏となり、日照時間もかなり少なかった。特に、西日本太平洋側で1946年の統計開始以来、8月における月間日照時間の少ない記録と月降水量の多い記録を更新した。2014年7月30日から8月26日にかけ、全国的に広い範囲で大雨により大きな被害が発生した。

 気象庁はこの一連の大雨災害を「平成26年8月豪雨」と命名した。このうち、7月30日から8月11日にかけては、台風11号・12号の接近や台風周辺の湿った空気および前線の影響で大雨となったほか、台風の接近した西日本を中心に暴風となった。8月15日から20日にかけては、本州付近に停滞した前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んだ。その影響で、西日本から東日本にかけて局地的に雷を伴った非常に激しい雨が降った。

 特に8月20日未明から明け方にかけては、広島市で1時間降水量が100ミリを超える猛烈な雨が降り、広島市安佐南区・安佐北区で土砂災害が発生し、77人が死亡するなど甚大な被害をもたらした。この広島市を含めて平成26年8月豪雨全体としては、死者91人、浸水・損壊家屋は2万棟以上にのぼった。広島県広島市では集中豪雨による大規模な土砂災害が発生した。国では、これを2014年「平成26」年8月豪雨と命名した。

 お隣の岡山県でも大雨の影響で高潮の時間帯に漁業協同組合の市場も浸水する被害が出て、漁業協同組合の建物にも海水が流れ込んだ。そこで若い漁協の組合員、数人が2階に泊まり込んで、深水時に対応していたが、海水の浸入を防ぐことができなかったようだ。この悪天候で、小山田クルーズでも夏場の稼ぎ時に、クルーズに出られずに、収入が激減した。冷夏のためか、岡山市漁業協同組合の漁師は漁に出られず、収入が大きく減った。
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