うまいアイスクリーム

文字数 1,969文字

右京はコーヒーを飲んで一息ついた。
一つ大事なことを聞きたいんだけど、いいかな?
構わないさ。

私はどうせ暇だからね。

右京はコーヒーカップをレジのカウンターに置くと、こんな質問を始める。
俺、子供のころ芸人になりたかったんだ。

みんなを笑顔にする芸人にね。

だけど、人に笑ってもらえるのは不細工で頭の悪いおっさんなんだ。

言ってしまえば人間の屑に他ならない。

だから俺は頭の悪い屑になろうと思っている。

だけど、この世界がここまで平和で頭が悪いんだったら、俺は相対的に屑になれるのか?

いいじゃない。

頭がよくてイケメンだったら、みんなから頼ってもらえるでしょう?

それがいいんじゃない?

紡子は自分が思ったことを素直に伝えた。

が、右京の心には届かなかったようで、右京は渋い顔をするだけに反応をとどめる。

当然、マスクをしているので表情は読み取られない。

意思の疎通はできない。

遠回しに自称イケメンとか、自意識過剰やろ。
適当な理屈を並べて頭がいいアピールも欠かさない。

人間の屑なのは間違いないな。

一応、お代を請求しなよ。

他人に借りを作りたくないんだ。

じゃあ、10万円。
1万円しか持ってないんだ。

自分で言っておいてなんだが。

他人に借りを作らないなんて、できると思うの?
わかった。

9万は借金でいい。

借用書をくれ。

転生したばかりなのに、稼ぐあてはあるの?
ないけど、借りを作るよりはまし。
自称天才かとか、人を頼る方法を知らないから、自分の強さに極振りしただけの弱者か。
仕方ないね。
即物的なやり取りばかりで、相手に頭を下げることができない。

社会性が低いくせに、プライドが異様に高い。

世の中、いろんな屑がいるんだねー。
仕方がない。

9万はうちの店で働いて稼ぎな。

それ以降、君は自由だ。

感謝するよ。
それは言うところが違うよ。

右京さんは誰かに感謝はしていないの?

感謝してるって、言ってるじゃないか。
まあいいや。

取り合えず、アイスクリームを作ってみてよ。

らせんを描いてカップに乗せて、先端がくねっとなるようにね。

右京にはその仕事の大切さがさっぱりわからなかった。
いいや、分かりたくても分かれないんだ。

今まで勉強ばかりで、アイスクリームの味だとか外見だとか、そんなものに気を使う時間はなかった。

だが、言われたようにやるしかない。
そういえば、歌にこんなのがあったね。

一国のお姫様でも、昔はとても食べられない。

アイスクリーム。

右京はアイスクリームのサーバーのレバーを倒して、カップにアイスを注いで見せた。
ほれ、できたぞ。

初めてにしては上出来だろう?

右京が生み出したアイスクリームは少し歪んでいて、それでいて先端もくねっとなっていない、ダサいアイスだった。
だが、紡子はそれを受け取って、食べた。
おいしい。
何か、言うことはないのか?
おいしい、それだけだよ。
自分で言っておいてなんだけど、不格好じゃないか。
やはり右京くんに足りないのは心の豊かさだね。

私がおいしいと言ってるんだ、それでいいじゃないか。

それでいいのか?
いいんだよ。

私はこのアイスを9万円で買うから。

これで、右京君の借金はゼロ。

君は自由の身だ。

これでいいのか?
いいんだよ。

私に人の時間を拘束する趣味はないからね。

また、在庫が余った時にプレゼントをあげるから、その時会おうか。

……。
未来の世界の人々の常識に右京は絶句した。

人は未知の考え方に遭遇してしまったとき、思考を停止させるのだ。

右京は紡子の考え方を理解しようとするが、天才なりに考えて見せるが、どうやっても分からない。

これでいいのか、と思いつつ、相手が金をとることを望んでいない。

無理矢理支払ったところで、逆のカスハラになるだけ。

右京はこれ以上は何も言わなかった。

そして、自分がいたころの日本とは違う、転生こそしていないが、自分の常識が通じない異世界へ来てしまったと、本気でそう思う。
(こんな世界に適応できるのか?)
そうだろうな。

賢さと強さだけを妄信した一生を、お前はこれから覆されるんだ。

それは変化する側からしてみたら大変なストレス、今までの自分の人生を否定するのだ。

まあ、仕方ないね。

世界が違えば常識は違う。

いつものこと。

右京君にはこれから試練に耐えてもらうしかないね。

(今までの人生は何だったんだ?)
右京は自宅に飾ってあるはずのトロフィーの数々を思い出した。

コピペで作った読書感想文に送られた賞状、中学校卒業の証書、それらすべてがこの世界では何の効力も持たない。

普通だろ。

コピペで作った読書感想文だぞ?

そんなトロフィー捨てたわ!

家にトロフィーなんて飾ってないよ。

あんな鉄の塊、もらって即、学校のごみ箱に捨てたよ。

ちょ、逆に異常性を増していることに気づいて!
いや、ちゃんと金属ごみのところに入れたよ?
末期! 末期!
ボケじゃなくて素で言ってるのが右京の異常性を表しているんだよなあ。
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登場人物紹介

秋山右京

自称、天才

実際頭がよく運動もできる平均的なエリートで人類を進化させようという妄想を抱いている。

でも生放送顔出し時はマスクをしている平均的なやつ。

タイムトリッパー

右京の異世界転生を実況、解説する女神の一人

時間の流れを無視して過去へ行ったり未来へ行ったりできる

トゥモーローウィズアウトトゥデイ

右京の異世界転生を実況、解説する女神の一人

特定の時間をなかったことにすることができる

フォトショップ

右京の異世界転生を実況、解説する女神の一人

時間を止めることができる

音無音音(おとなし ねね)

異世界転生によくいる奴隷系ヒロイン

飯がまずく、掃除もまともにできない

挙句の果て風邪をひいて右京に面倒を見てもらってからは生活を右京に依存している

三軒茶屋紡子(さんげんちゃや ぼうし)

スラム街の一角で喫茶店を経営する女性

喫茶店がある段階でスラムなのは微妙なのでこの文章は矛盾を孕んでいる

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