第2話 四人の親友/孤独の世界

文字数 2,586文字



 トシカズ、イチヤ、アイ、マリア。

 この順が都合がいい。なぜなら最初に僕を裏切ったのは、トシカズだから。

 僕らは同じ少年サッカーチームに所属していた。二人でプロを目指そうって誓い合っていた。

 なのにトシは裏切った。背が高いのを監督に見()められて、隣町のチームに移籍してしまった。

 『二人で』っていう大事な約束を、ゴミ箱に捨てたんだ。

 だから僕もチームごとサッカーを辞めてしまった。


 次はイチヤ。

 こいつは普段は喋らないが、好きな話題をふると、息が切れるまで話し続ける変なヤツ。何を考えているかなんて、きっと親でもわからない。態度は悪いし、友達なんて僕ら以外いない気がする。

 けれど僕とは馬が合った。それはたまたま、スマホゲームの『インペリアル・ダークソウル』でタッグを組んだことから始まった。

 無敗、無敵、連勝。

 トーナメントリーグを駆け上がった闇の魔獣と聖騎士のコンビは、初回でいきなり『西ダルセパクト地方』で一番有名なチームになった。

 それで気の合う友だちになったんだ。

 僕はイチヤと他の三人の間に入って、意思疎通の助けになってあげた。だから喋るのが下手なイチヤも打ち解けて、やがて僕らの仲間の大事な一人になった。

 それなのにイチヤは、ある時からまったく『ワールド』にログインして来なくなった。風の精霊(エアリアル)に手紙を持たせて送っても、全然戻りが来やしない。

 仕方なく僕はソロで出場したんだけれど、調子が狂ってしまって初戦から敗退。それ以来、評判もランクも地に落ちた。

 まさかゲームの世界で親友に裏切られるなんて、思いもしなかった。

 直接(リアルで)、イチヤを問い詰めても、ウーンしか言わないから、もう救いようがない。


 アイは一番良くわからない。

 いつも、僕らの一人でも見つければ、小鳥みたいに飛んできて、声がかすれるまで喋りかけてくる。

 ウザいと感じる時もあったけど、僕たちはいつの間にか、それがアイなんだと受け入れていた。

 けれど一ヶ月前ぐらいから突然、喋らなくなった。トシカズにもイチヤにも喋るのに、僕だけにはてんで話しかけなくなった。

 それどころか目が合うと逃げるようになった。さすがに僕はムカついた。なあ、僕はそんなに嫌われるぐらいむごい何か、したのかよ?


 輪をかけてひどいのは、最後のマリアだ。

 彼女だけは保育園からずっと一緒に大きくなってきた間柄(あいだがら)

 小さな頃から『世話好きのお姉さん』キャラだった。園では僕の出したおもちゃの片付けから、お迎え前の荷物の準備まで、いつも一緒にやってくれた。

 喧嘩する時だって、止めようとしながらも、いつもマリアは僕の側に立って助けてくれた。

 だから、彼女の存在は――悪い言い方をすれば――当たり前になっていた。

 ところがその関係が一ヶ月前、急に途切れてしまったんだ。

 それは僕がアイに何か話された時の事だった。

 正直その時は、アイがまた差し障りの無い話題を喋ってるんだろうなと思って、半分以上は無視してしまった。その時の仕草はとても冷たく、手を払うようにして、シッ、シッって。

 突然の平手打ちが襲ってきて、僕は思いっきり吹っ飛んだ。

 頬を押さえ、目に星を浮かべていると、それを放った人物が叫んだ。

「馬鹿!!」

 僕の頬を打ったのは、誰でもない。マリアだった。

 彼女はとても怒っていて、唇が震えていた。すごく何かを言いたそうだったけれど、感極まってポロリとひと粒だけ涙を流した後、黙って行ってしまった。

 それ以来、彼女とはまったく口を利いていない。

 どうだい、この裏切りと暴力の数々。僕が心の病気になって引きこもるのも、納得できるだろう?


 部屋は暖かく涼しく快適で、外の世界には直接つながっていない。安全だ。だから僕は、もう一生ここから出ないと決めた。

 引きこもって()ぐは、父や母が僕を引っ張り出そうと試みたけれど、やがて静かになった。諦めたんだろう。

 他にも祖父や祖母、学校からは担任まで来たようだ(部屋の中だから良くわからない)。

 けれど誰も、僕を外に出すことには成功していない。

 僕の元仲間たちのうち、トシカズとイチヤだけは家に来たと両親が教えてくれた。

 けれど友人は全員追い返してと両親に伝えていたから、二人とも二階までは上がってきていないと思う。

 ずっと家にいてつまらないかと言えば、そうでもない。ここと外とを繋ぐ手段は、いくらでもある(家のWiFiとスマホの回線だけは切られていなかったから)。

 それでも余計なつながりは全部切ってしまおうと、連絡先は消しまくった。タップして、スワイプして最後に残ったのが、あの四人の連絡先とメッセージ・グループだった。

 それまで軽快だった指が、ピタリと止まってしまう。人差し指を『グループから脱退』のボタンの上に載せるだけ。それだけが、やたらと重い。

 六年。マリアだけは保育園の分もあるけれど、その歳月×四人分が計算できない重量になって、指に絡みついてくるんだ。

 結局、僕はその時に消すのは諦めた。そんなに頑張っていま消さなくてもいいや。

 残っていたって、僕からこいつらにメッセージを送ることは二度と無いから関係ないし。

 引きこもってしばらくは、この四人のグループにもたくさんメッセージが来ていた。けれど全部無視して読まなかった。

 動画サイトもキャスも見飽きて、余った時間ができた。その時に、ベッドの上で既読にもせず、まとめて消してやった。

 そのうち僕のスマホは、バイブとか着信のサインが全く点かなくなった。

 やった。完全なる拒絶に成功した。

 もう僕の事を知っている人(・・・・・・)と関わらなくていいんだ。知っているつもり(・・・)の人たちとだけ、楽しくやろう。嫌ならいつでも関係ごと、切っちゃえばいい。

 僕はとても満足した気分になった。

 食事をした直後という事もあって、眠気が襲ってきた。僕はこの完璧な世界の中で、自分の意思で微睡(まどろ)んでいった。そしてついには床で仰向けに眠ってしまった。
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