詩小説『雨の動物園』3分の母と子の日常。全てのシングルマザーへ~第1話~

エピソード文字数 1,312文字

 子供というのはどうしてこうも融通の利かない生き物なのだろうか? 『損』だとか『得』だとかはお構いなしに、目の前の『楽しい』だけが大事で。効率の良さや、都合の悪さなどには無頓着。
 朝から降り続く小雨はやむことを知らない。霧がかった近所の動物園はやけに静かだ。傘を肩にかけて、片方の手で子供と手を握る私は鼻先が冷たくなっていた。
 確かに約束はしていた。ただ、翌朝私を起こしたのは窓を叩く雨音だった。いつも通り朝食を作り、食べさせている間に説得して今日の動物園を中止にしてしまおうなんて考え、甘かった。大声で泣き叫び言うことを聞かない。床を手足でジタバタと叩くのだ。ドラマや漫画だけだと思ってたが、子供は自分の思い通りにならない時、本当に床をジタバタと叩く。
 大人気ない私も次第にヒートアップして声が大きくなる。子供に理由など話したところで納得するはずもないのに。結局折れたのは私の方だった。バスの時間もあり、テーブルの上に食べかけの朝食を残して、子供の頬についた甘い香りのする苺ジャムをティッシュで拭き取り直ぐ家を出た。
 握る小さい手が私をあちらへこちら見当違いの方向へ引っ張る。気付かないうちに力が強くなっている。子供の成長は恐ろしいものがある。
 羽織るトレンチコートから雨の匂いがした。襟を直したとき微かに濡れていて私を憂鬱にさせる。それなのにレインコートを着せた子供はというと水溜りをあえて踏ん付けようとする。いったい何が楽しいのか理解に苦しむ。『雨に自分の身体が濡れてしまうと厄介』という概念、子供にはない。
 大きな池、並ぶフラミンゴの群れ。子供は明後日の方向を向いている。鮮やかな桃色の羽。人工的ではない、純粋な自然の力で作り出された色だとは思えない。大人になって久々に訪れた動物園は、子供の頃遠足で来た動物園の景色が違う。当然、見るところも感じるものも全く別物だった。
 猿山では猿が身体を寄せ合い、屋根になった岩陰で雨宿りをしている。雨の日の動物園ならではの光景。
「お尻にイボがある」
 大きな声で子供が一言。私も気付いていたが、あえて口に出すことでもないと思っている。どんな意図で発したのかおよそ見当がつかない。おそらく理由などない。思ったことが考えもなく口から出てしまうのだ。これが『素直な子供は残酷』な一面。
 私はジーンズのポケットで携帯電話が震えたことに気付いていた。誰からのメールか心当たりがあったが、ポケットから取り出すまでに時間が掛かった。今、そのメールを見たところで返信するのが面倒だし、返信できる状況でもないからだ。
 それでもどこかで気になり、しばらくして私は携帯電話を確認した。やはりメールは浩次からのものだった。
「仕事休みになった。家、来てもいいよ」
 メールにはそう書いてあった。私は返信しないまま、ポケットに携帯電話をしまった。『来てもいいよ』だなんて、浩次はそういう男だ。逆に言えば来なくてもいい訳で、『来てよ』とは絶対に言わない。「会おう」だとか「食事へ行こう」だとか誘う行為はしない。いつも選択権を私に持たす。だから浩次は傷つかない。断られることがないから。
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登場人物紹介

主人公はあなたです。それぞれの恋愛模様を『詩小説』で。

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