chapter2-3:砕ける虚像

文字数 6,194文字



「黒い……ヒーロー……?」

 ―――空から現れた怪人に襲われていた、俺たち一家。

 だがその視線は渦中の怪人ではなく、それを追って現れたもう1つの人影に吸い込まれていた。

 どうみても怪人とは違う、機械のような意匠の鎧。そして一見悪役然としていて、それでいてヒロイックなその姿。

 それを見て、俺は間違いなくこの人物が「怪人を狩りに現れたヒーロー」だと認識した。

 きっとこの家に狙いを付けたあの怪物を仕留めるため、この場に現れた正義の味方なのだと。


 怪人はその黒いヒーローを怪訝(けげん)に見つめると、じりじり距離を離そうとする。
 きっとあの怪物も警戒しているのだ、目前のヒーローを。


『―――喰らえ』

 その言葉と共に、黒いヒーローは足を踏み出す。
 それにあわせて怪人も迎撃体制を取り、向かい来る敵を返り討ちにしようと拳を構える。

 駆け出す黒い戦士。

 ―――その瞬間、ヒーローの背部から紫の光が発される。

『―――ッ!?』

 その光はまるで、ロケットの噴射の如く燃え上がる炎。
 その推力に押され、ヒーローの肉体は目にも止まらぬ速度へと加速し、その振りかぶった拳の勢いも数倍に引き上げられている。

 そして怪人の眼前。
 ―――ヒーローはその勢いに任せ、拳を大きく振り抜いた。

『グルル……ぐおぉッ!?』


 怪人の顔が、(いびつ)に曲がる。
 その拳の威力は殴り抜けた後も怪人の肉体へと残留し、受けた側はたまらず後方へと大きく吹き飛ぶ。

 家の壁を貫通してもなお止まらぬその怪人の身体は、哀れ外の道路にまで吹き飛ばされコンクリート塀に激突し、またも土煙があがった。

『これでも解けないか、存外しぶといな』

 黒いヒーローはそういうと、真っ直ぐに怪人の着地点へと向かう。

「あっ」

 ヒーローが飛び去ったのを見て、俺は思わずベランダへと駆け出した。
 見ると怪人の落ちた地点の通りがよく見える。
 ここでなら、戦いを見届けられそうだ。

 ―――見ていては危険なのは分かっている。

 でも、気になってしまったのだ、あのヒーローの勇姿が。

 こんな感心、今までは抱かなかった。
英雄達(ブレイバーズ)』に所属するヒーローになんか、いままで興味はなかったのに。

 本当に、なぜだろうか。
 彼の戦いの光景を見届けたくなっている自分がいたのだ。


 ―――黒いヒーローは倒れ伏す怪人の前に立ち、腕を組んで見下ろす。

『……まだ戦えるだろう、立て』

 その声はまるで拡声器のように響き、自分達の家のベランダにまで聞こえた。

 ―――だが、周りの民家の人々が起きてくることはない。
 何故だろう、隣家がこんなにボロボロになっていて、声もこんなに響き渡っているのに。

「ダイキ、大丈夫か!?」

 俺の背後から、父の心配する声がする。
 その身体を見る限り、擦り傷程度の怪我しかしていないらしい。

「母さんは?」

「あぁ、怪我1つない、お前も早く中に―――」

 その時、向こうの通りから声が響く。
 どうやら怪人が立ち上がったらしい、黒いヒーローは拳を強く握り、それを倒す意思を強く顕示する。

『いっ……あ、グルルルルル!』

『今さら取り繕ったところで無駄だっての』

 響く声。

「……取り繕う?」

 その会話に、俺は少し疑問を抱いた。
 ―――というかあの怪物、今少し喋らなかったか?

「どうした、ダイキ?」

「ほら、あのヒーローと怪人の会話が……」

「?、なにも聞こえないが……とにかく遠くで戦っているようだし、早く避難するぞ」

 ―――聞こえないのか?父さん達には?

 そこまで考えて、俺はふと理解する。
 きっと、情報漏洩を最小限に抑える為に能力者にしか聞こえないような仕組みの発声器を使っているのだろう、と。

『―――』

『グル、オラァッ!』

 拳と拳のぶつかり合い。
 ヒーローが拳を振るえばそれを怪人は避け、受け止め、反撃する。
 その返された攻撃をいなしたヒーローが、不意を突き、その繰り返し。

 ―――その戦闘は、先程の一撃からは想像も出来ないほどに互角に見える。

 一向に決着の着かない、一進一退の攻防。

「グルル、ぐぅっ!?」

 ―――だが、先に疲弊が見えてきたのは怪人だった。

 確かにヒーローの拳自体は、問題なくガードし続けている。
 だがその地の威力が違いすぎたのだ。

 ガードした箇所には殺しきれなかった威力によるダメージが蓄積しており、その動きは目に見えて悪くなっている。
 このままあの攻撃を受け止め続ければ、いずれ限界が来るだろう。対するヒーローには未だ疲弊の色は見えず、むしろ切り札をまだ切っていないかのような余裕すら伺える。

 このままいけば、あの黒いヒーローの勝利は確実―――!



 ―――俺がそう考えた、その時だった。

「あれは……」


 黒いヒーローと醜悪(しゅうあく)な怪人が激戦を繰り広げる、その後方。
 そこから、巨大な鎌を構えた一人の男が歩いてくる姿を、国見ヶ丘ダイキはその視界に認めたのだ。

 その姿には見覚えがある。
 それもそのはず、俺にとってはつい数時間前に見たばかりの人物である。

「今日、学校の前に来てたヒーロー……!」

 ―――そう、我が学校に派遣されていた『英雄達(ブレイバーズ)』所属のヒーロー、「ルーパー・リーパー」。
 ピエロのような装飾と、巨大な鎌のような得物。そして腕には、先程の黒いヒーローと似たデザインの腕輪。

 俺はそれを見て確信する。
 間違いなく、あの黒いヒーローの応援―――!


「頼む、ルーパー・リーパー!あの黒いヒーローを助け―――」

『ハァッ!!!!!』

 その言葉を言い終わる前に、ルーパー・リーパーは手にした巨大な鎌を振りかぶり、振り下ろす。
 その瞬間、振り抜かれた刃から紅い三日月状の光波が生成され、黒いヒーロー達が戦っている地点へと放たれたのだ。


 斬波は風を斬りながら空中を突き進み、そして―――!


『―――ッ!くそ……』


 ―――黒いヒーローの肩口に、着弾した。
 着弾した箇所は大きく削られ、欠損した装甲の断面からは紫色の光が漏れ出す。


 それはまるで血の代わりのようで、見るものに痛ましさを覚えさせる。

「え……?」

 ―――間違って、味方に当ててしまったのか?

 その一部始終をみていた俺は混乱する。
 そしてその混乱は、それから発されたルーパー・リーパーの言葉でより深いものとなってしまったのであった。


『ちぃ、あんまダメージ入んなかったか』


 ―――悔しそうな、声。
 その反応は正しく、ルーパー・リーパーがわざとあの黒いヒーローに攻撃を向けたことを意味している。

 だが、何故。

「な、なんでヒーローがヒーローを……」

 なぜ味方であるヒーローを、彼は攻撃したんだ……?
 疑問は尽きず、俺は目の前の闘いからより目を離せなくなってしまった。
 父と母は既に避難しているようだが、俺にはできない。
 あの異常な戦いを最後まで見届けない限り、俺は―――、



『おい、無事か「トリック・ヴィジョン」!』

 その時だった。

 ルーパー・リーパーは、怪人のほうを向きまるで友人にでも話しかけるようにそう告げた。

「トリック・ヴィジョン」?その名前、どこかで聞いたことがあるような……?

 ―――そして、ついに種が明かされる。

『―――あぁ、なんとかなぁ……怪人の擬態のままで生涯を終えるとこだった……』


 その声と共に、怪人の姿がまるでモザイクのように歪む。
 背景ごと、解像度を落とした写真のようにグチャグチャになり、そしてそれは再び元の通りに戻る。

 元通りになった場所に、怪人の姿はない。

 ―――怪人の姿は、なかった。

「どういう、こと……」

『やっぱり、そういう算段か』


『ふぅ、やっと戻れたぁ……あんな姿、そう長くはしたくねぇなぁやっぱ』


 ―――そこに居たのは、ヒーローだった。
 身体の各部が多種多様なカメラのような造形をした、銀色の身体。
 そしてその腕には、正しくヒーローの証であろう腕輪。

「トリック・ヴィジョン」、その名前をどこで聞いたか、ようやく思い出せた。
 先月の防犯強化週間のときにうちの学校に来ていた、「英雄達(ブレイバーズ)」のヒーローだ―――!

 そして彼は、怪人の姿になっていた。
 それはつまり、自分達を襲ったのはあのヒーロー本人だったということで……、

『なるほど』

 そこにきて、黒いヒーローが重い口を開く。

『片方が怪人に扮し、片方がそれを倒す様を一般人に見せつけて自分の名声を上げる……とんだマッチポンプだな』

 黒の言葉に、思わず背筋が凍りつく。

 ―――まさか、あの時?
 学校で一瞬すれちがっただけの俺を、あのヒーローは標的として定めたというのか。
 一言も交わしてすらいない、この俺とその家族を―――!?

『ヘッ、それに気付いたってんなら、お前を生かしちゃ置けねぇなぁ!』

 ヒーロー―――「ルーパー・リーパー」はその指摘をあっさりと肯定し構えを取る。
 もはやそんな些末事(さまつごと)を隠す必要もない、そう告げるかのように。

 それすなわち、ここで件の事態を見聞きした人物はこの場で抹殺するという宣言に他ならない。

 だがそんな窮地にも関わらず、二人がかりのヒーローに対する黒きヒーローは言い放つ。

『それは、こちらの台詞だ』


 ―――その言葉が、戦端の火蓋となった。

『死、ねェ!』

 ルーパー・リーパーは大地を蹴り、空中に飛び上がり鎌を振りかざす。
 その速度は一般人である自分には、目にも止まらぬものに見えた、だが。

『遅い』

 黒い仮面のヒーローはそれを難なく避ける。
 彼が一秒前に立っていた場所は十字の斬擊によって刻まれ、アスファルトに埋められていた水道管が破裂する。

 間欠泉の如く噴き上がる水。

 その雨のごとく降り注ぐ水が、不意に何かに衝突したように宙で割れる。

『―――そこか』

 それを見た黒いヒーローは、何もない地点へと拳を振るう。
 一見は間抜けそうに見える光景。

 だが、その拳は確実に何かに着弾していた。

『なッ―――!?』

 ―――何もなかった空間に、人が出現する。
 それは先ほどまで怪人に扮し俺らを襲っていた「トリック・ヴィジョン」と呼ばれたヒーローだった。

『自分の身体を透明にして俺を攻撃する算段だったんだろうが、甘かったな』

 トリック・ヴィジョンは拳の威力にたまらず倒れこみ、うずくまる。

 そして黒いヒーローはそれに止めを刺そうと、その拳を握り、腕の装備に手をかける。
 それが必殺の切り札を使うのに必要なフローなのだろう。

 俺はそれを、固唾を飲んで見守っていた。
 ―――だからこそ、気付けた。

「―――ッ!後ろォッ!!!」

 そのすぐ後ろに、鎌を今まさに振り下ろそうとするルーパー・リーパーが突如現れたことに。

『―――!』

 その声を聞いてか、それとも始めから気付いていたのか。
 黒いヒーローはそれを身をよじることで紙一重で回避。そのままの勢いで左足を軸に回転し、後ろ蹴りを放つ。

 ―――強烈なカウンターだ。

『グゥアッ!?』

 その不意討ち返しを鳩尾に喰らったルーパー・リーパーは、後方に吹っ飛ばされて無様に転がる。
 その威力から呼吸困難となったのか、ぜいぜいと息を吐き、咳が入り交じる。


『時間もそうない、お前からだ』

 黒いヒーローは改めて腕輪へと手を伸ばし、その中心部の機械をスライドさせる。

 <MASKED:最大解放(チャージアップ)

 辺りに響く、電子音声。
 ―――それと同時に、左腕の腕輪から全身の装甲の隙間を経由して光のラインが走る。
 それが右腕に到達したその瞬間、黒いヒーローの手甲が変形、展開。
 露出した機械部分から、夥しい量の紫の光が放出された。

 素人目にもわかる。
 きっとあれこそが、あのヒーローの力の源、その破壊的エネルギーの奔流。

『―――拒絶(ディナイアル)

 刻一刻と増していく力と呼応し、黒き仮面の戦士がその絶技の名前を呼称する。

『させ―――ッ!?』

 それを防ごうとするルーパー・リーパー。

 だが、その行動はあまりにも遅すぎた。

(フィスト)―――!』


 ―――瞬間、黒いヒーローの拳から、光が放射状に発される。
 それはまるで、開いた掌のような姿を形取り、真っ直ぐにルーパー・リーパーへと向かっていく。

 そして彼が、その奔流に呑まれた。

『ぐ、あァァァァ!?』

 通り過ぎ行く破壊的エネルギーの雨の前に、彼は成す術もなくその身体を晒すしかなく。

 全身の装甲が分解され、破壊されていく。彼の悲痛な叫び声すらも、遂には聞こえなくなった。

 相手の全てを否定し、排除する絶対断絶の拳。

 ―――それが過ぎ去った後には、無惨にも変身が解除され、倒れ伏す自分と同年代くらいの男性が転がっているばかりだった。



『―――次はお前だ、「トリック・ヴィジョン」』

 黒いヒーローはそれを一瞥(いちべつ)すらせず、次のターゲットへと視線を移す。

『ひ、ひぃ!!?』

 既に立ち上がっていたトリック・ヴィジョンは震え上がったように、飛び退き、そして。

 ―――透明になった。

『逃がすか―――』

 それを受けて、追おうとする黒いヒーロー、だが。

『「リヴェンジャー」さん?聞こえますか? 』

 ―――突然入った通信により、それは妨害された。
 聴こえてきた声は女の声だ。
 なにやら甘ったるい声で、通信先の顔はさぞ美人であろうと伺える。


 ―――それにしても、なんでそんな物までこんな離れた場所にいる俺にまで聞こえてくるんだ?


『これから敵を追跡する、切るぞ』

 俺がそんな疑問を抱くなかも、通信は繰り広げられる。

『あぁ、大丈夫です、そこら一帯は完全にうちの部隊で包囲してますから、すぐに確保されるでしょう』

『それよりも帰ってきてメディカルチェックを。あの日から一日も休んでいないでしょう?』

『そんな暇は―――』

 俺には一切関係ない、そんな雑多な通信内容。
 だが、次に発された言葉には、すこし心当たりがあった。

『ちなみに、これは命令なので。もし背いたら、“妹さんの治療“も……』

 ―――治療中の、妹。
 どこかで聞いた話だ、とそう変に気になった、それだけ。

『……はぁ、分かった、帰投する』

 話を終えた黒いヒーローは、その場から飛び去る。

 残されたのは滅茶苦茶になった十字路と、天井が崩壊した我が家。

 ―――そして呆然と立ち尽くすばかりの、国見ヶ丘ダイキの姿があるばかりであった。


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