第6話 二階のいちばん奥の部屋

文字数 3,590文字



「気持ちいい!」

 洗い物を終えたルナが外へ出ると、いちばんに、ここが空気のきれいな場所だということがわかった。

 ルイ・マックールのお城は立派(りっぱ)というより、古めかしい。夜にはちょっと怖いくらい。
 けれど、お日さまがのぼり、一歩外に出てみると、印象(いんしょう)がガラリと変わる。
 ここにあるのは少ない木々と、その上に広がる青い空。
 あとは、後ろにルイ・マックールのお城がひとつあるだけ。

 なんて開放的(かいほうてき)なところ!

 山のてっぺんだからか、木々の数はそう多くない。

「あれ?」

 木陰(こかげ)に小さな生き物らしき姿が見えた。
 ルナは何だろう、と目を()らした。猫のようだ。

(この山にはちゃんと、動物たちもすんでいるんだ!)

 野生なのか、野良(ノラ)なのか、どこかのおうちの猫なのか、わからない。
 
(そういえば、ふもとに一軒、家があるっておっしゃってたなあ)

 猫ちゃんはそこの子かもしれない。
 お師匠さまが飼っている、ってこともあるかもしれないけれど。
 どっちにしても、動物が山にいるということは、お師匠さまが平和に暮らせている(あかし)のような気がして、ルナはそれがうれしかった。

「待たせたね」

 深呼吸するルナに、ルイ・マックールが声をかけた。

「ルナは洗い物の手際(てぎわ)がよかったんだね」

「家でお菓子作りをするので、その時に……あ!」

 ルイ・マックールの手には、1本のほうきが(にぎ)られている。

「ありきたりではあるけれど」

 新品には見えないが、お師匠さまが使うには小さすぎる。――と、いうことは……! ルナの(むね)(はず)んだ。
 ルイ・マックールはルナに古いほうきを持たせた。

「飛ぶんですね!」

 ルナはドキドキしながら、ほうきにまたがった。

「いや……」

 少し言いにくそうに、ルイマックールはルナから視線(しせん)を外した。

「今日は、そのほうきで城の中を掃除(そうじ)するんだ」

 ルナはほうきから飛びのいた!
 顔から火が出るほど()ずかしい!

 うつむいたまま、ルナは顔を上げることができない。
 ルイ・マックールはそんな新弟子をフォローするように、あたたかい声で言い()した。

「飛ぶというのは決して勘違(かんちが)いではないよ。飛ぶために、まずはそのほうきと仲良くやっていかなくちゃならないんだ。クセを知ったり、手をなじませたりね」

「ここを全部おそうじ……」

 お師匠さまのおかげで、どうにか顔を上げることができたけれど……。ルナは、ルイ・マックールのお城を見上げた。

 外から見たルイ・マックールのお城は、実に無駄(むだ)のない二階建て。
 ちょうどカステラを一切れ分、小皿の上に乗せたような形だと、ルナは思った。

 そのカステラを横から見て、真ん中の下の方に両開きの(とびら)がある。これが表の玄関で、もう少し(となり)に行くと背の高い窓が並び、裏には小さな出入り口もある。
 
 ルナははじめ、お城といえばおとぎ話のお姫さまが暮らすような、とんがり屋根がいくつもある3段重(だんがさ)ねのウエディングケーキみたいなものを想像していた。

 だから、初めて外からルイ・マックールのお城を見たとき、お師匠さまには内緒(ないしょ)だけれど、がっかりした。
 その感想も、お掃除するよう言われたばかりではコロッと変わる。
 今は、そんな大掛(おおが)かりなお城じゃなくてよかったと、ルナは心の底からホッとした。

 とはいえ、ルナのおうちと比べたら、はるかに大きくて広い立派なお城に違いない。

「ほうきだけでいいよ」

 心配が顔に出ていたのか、やさしいお師匠さまの声がした。

「始めようか」 


 昨夜のルナには気がつかなかったことだけれど、カステラ一切れの分の内装(なかみ)は、案外(あんがい)、物が少ない。

 もしそこに、甲冑(かっちゅう)の置物なんてものが(かざ)ってあったら、ルナがそうっと()こうとするだけでも、倒してしまう。
 けれど、この城にはそういうコレクションは何もないから安心だ。
 美しい模様(もよう)の描かれた大きなツボも。
 ()ったデザインの額縁(がくぶち)に入った大きな肖像画(しょうぞうが)なんかも。

 ルイ・マックールという人は、生活に直接(むす)びつかないものは持たない主義なのか、真実は(なぞ)。けれどお掃除がしやすいのは、助かる。
 動かす物がないから、ルナは、ただ()()ぐに床や廊下を()いていけばいい。それにルナは、おそうじがそんなに苦手ではない。

 (まずは二階の部屋から始めよう)
 
 ルナはある程度の、段取(だんど)りを考えながら階段へ向かった。
 二階には真っ直ぐな廊下と、ルナの部屋がひとつあるだけ。
 ルナの部屋はいちばん奥だから、部屋から廊下。廊下から階段へ奥から()りるようにすれば、流れがいい。
 小学校でも、上から下。高いところから低いところへおそうじすると、習ってある。

(ほうきだけのおそうじだから、これなら夕方までには終わりそう!)

「あれ?」

 二階に上がったルナは、思わず足を止めた。

 ここには(たし)か、両側が(かべ)の真っ直ぐ廊下が1本。
 そのいちばん奥に、ルナの部屋がひとつあるだけ。の、はずが――
 廊下を中心に左右、奥まで、扉の数が増えていた。

 まず、階段の向かいに1部屋。
 それから、その両隣に1部屋ずつ。
 そして、

いちばん奥のルナの部屋。
 さらにルナの部屋の右隣に、もう1部屋、追加されている。
 追加された部屋のとなりに、またもう1部屋。
 せめてもの救いは、その向かいは壁で、もう新たな部屋はないこと。

「1、2、3、4……」

 ルナは二階だけで、全部合わせて6部屋も掃除しなければならないことになった。

「そんなあ……!」

 後ろからお師匠さまもついてきているというのに、何とも情けない声が出た。
 無理もない。いくらおそうじが苦手じゃなくたって、部屋の数がこんなに増えていたら、大仕事になる。
 
 ルナは助けを求めるように、優しいお師匠さまを振り返った。

「さあ、行くよ」

 ルイ・マックールに笑顔で背を押され、ルナは肩を落とした。
 廊下の奥までとぼとぼ歩くルナはまだ知らない――このおそうじの本当の大変さは、部屋の数なんかではなかった。

 ルナが、いちばん奥の部屋で掃除を始めてすぐのこと。

「わあっ!」

 そこは、ルナの部屋のある場所だが、扉を開けると、もっと広い別の部屋になっていた。
 昨夜は初めてのルナが迷わないように、魔法をかけておいたのだと、後ろから師匠が説明した。

「うわあ! きゃあ!」

 ほうきで()くことが、こんなにも大変だったなんて!
 ルナは全く、ほうきが使えなかった。〈まともに〉と、言った方が正確かもしれない。

 ルナが右に掃こうとすれば、左方向へ

力が加わる。
 それならばと、左に掃こうものなら、ぐるんと無意味にその場で一回転。
 手がほうきから放れ、ルナは尻もちをついた。

「いたた……」

「大丈夫かい? すまないね。そのほうきは持ち主に置いて行かれたままだから機嫌(きげん)が悪いんだ」

 まったく、このほうきの(あば)れること、暴れること。これじゃあまるで、暴れ馬(ロデオ)だ。

「相変わらず、主人そっくりだ。それにしても、まだ機嫌を直していなかったとはね」

 ほうきに苦戦(くせん)するルナを後ろで悠長(ゆうちょう)に見学しながら、ルイ・マックールは少し困ったような口ぶりで、うなる。

「そりゃあ、誰だって! 捨てられたら、機嫌も悪くなると、思います! ああっ!」

 ルナはついに、ほうきに振り飛ばされた。

 (かた)いレンガに激突(げきとつ)する! 

 ――ところだった。ルイ・マックールの助けがなければ。

 ルナの体は黄色い光を放つ、魔法陣にやわらかく受け止められている。
 魔法陣といっても大小様々あることくらいルナも知っているが、魔法陣がやわらかいなんてことは、初めて知った。

なんて言うからだよ」

「お師匠さまが、そうおっしゃったんじゃないですか……」

 ほうきに文字通り振り回されて、ルナはもうヘトヘト。

「置いていったことには違いないが、捨てていったんじゃない。カーネリアは(いきお)いで出て行ってしまっただけだと、僕は長いことそう思っているよ。そのほうきだけじゃない。彼女の大切なものは、すべてここに置いたままになっているからね」

「……!」

 ルナは、ひとつひとつ確かめるように部屋の中を見渡した。

 ピンクと赤が少女らしい、チェックの柄のカーテンに、学習机。
 パッチワークのベッドカバー。
 壁には洋服のかかっていない、うすピンク色のハンガー。
 その隣には、古めかしい額縁が豪華(ごうか)姿見(すがたみ)が立てかけてある。

「じゃあ、このほうきって……!」

 ルナはお師匠さまの顔を見あげた。
 ルイ・マックールはいつものように、ルナに優しく()んでうなずいた。

「この部屋は最後にしたほうがいいかもしれない」

 ルイ・マックールは(はかな)げな顔をして、部屋の中をしばらく(なが)めた。
 青色の瞳は、どこかとても遠いところでも見ているようだった。

 二階のいちばん奥の部屋。

 ルイ・マックールの城の中で、一番いい場所(ところ)

 そこは、ルイ・マックールの初めての弟子にして、彼同様、100年前に世間を騒がせた天才美少女――。

 カーネリア・エイカーの部屋だった。









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登場人物紹介

【ルイ・マックール】

15歳の若さで世界一の大魔法使いとなった天才。

当時世界中の注目を集めたが、それっきり姿を消していた。

今回、約100年ぶりに沈黙を破り、突然の弟子とりを発表した。

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