第10話 それは挙手の敬礼なのか最敬礼なのか

文字数 13,516文字

 今回は笑えない、否、笑ってはならない誤りについて論じることとする。
 とは言え今回焦点を当てるのは世間から注目を集めるアイドルのミュージッククリップや衣装などであるから、本当にそんなシリアスな内容なの、と、思われるかも知れないが本当にシリアスな内容であることを最初に断っておく。
 さて昨今のアイドルと言えば多人数と相場が決まっており、昭和のアイドルのように一人や二人で活動するアイドルは皆無に等しい。
 殊に秋元康氏が手掛ける4ダース程度の少女が集うグループは、平成から令和に掛けての伝説的アイドルと言っても過言ではないだろう。
 それ程の大人数でステージに上がり歌い踊るアイドルが誕生することになろうとは、昭和の時代には想像すら出来なかったろう。
 しかも直売所で売られる不揃いのみかんを4ダース集めて美味しそうに見せ、千疋屋のメロンを凌いでしまう快挙だったのだからそのコストパフォーマンスたるや壮絶なものがある。
 例えば4ダース前後のそのアイドルグループの少女達を単体にして切り離し、単独でも人気を集めている石原さとみや本田翼或いは長澤まさみ、と、言った花形女優陣と比較するなら、それはもうハラスメントの域に達する嫌がらせに他ならない。
 それが証拠にその4ダース前後のグループを卒業するとどんなに人気のあったメンバーであっても花形女優としては成り立たず、自身を過信した凡そのメンバーが地上波放送や映画の世界から消え去ることになる。
 例外は容姿を売りにしないマルチタレントや個性派俳優のみであり、グループを卒業した途端に容姿のウエイトが高い花形女優としてはやっていけなくなるのである。
 それなのに4ダースのアイドルだった時代彼女達は最強だったのだから、そうした4ダースアイドルの形が如何に画期的で斬新な発想だったかが窺える。
 畢竟それだけの人数の楽曲は勿論のこと、その曲の振り付けを考案したり、衣裳を考案したり、況やDVDをリリースする際のミュージッククリップの企画考案ともなると、そのスタッフ各人に於かれては筆舌には尽くし難い苦労があったことのように思う。
 しかしである。
 だからこそ倫理を問われる結果を招いた場合には、取り返しの付かない一大事に発展する。
 何となれば彼女達のパフォーマンスは、世界中に配信されることになるからである。
 読者諸兄は欅坂46と言うアイドルグループが4年前の2016年11月ライブの際に、ナチスの軍装を模した衣裳を身に纏ったとして物
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議を醸したことを覚えておいでだろうか。
 カリフォルニア州ロスアンゼルスに本部を置くユダヤ係人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」が記者会見を開き、欅坂46のプロデューサーと所属レコード会社に謝罪を要求した件である。
 ちなみに名称の冠になったサイモン・ウィーゼンタールと言う人物は、ホロコーストの犠牲者でありマウトハウゼン強制収容所に収容されていたオーストリア系ユダヤ人で、ナチハンター(ナチス戦犯追求者)の異名を持つ。
 皮肉なことにその人権団体に謝罪を要求された欅坂46の所属レコード会社は、ソニーミュージックエンターテイメントだった。 
 ソニーミュージックエンタテイメントの親会社と言えば言わずもがな、あの大企業のソニーである。
 そのソニーは1989年バブル真っ最中にコロンビアピクチャーズエンターテイメントと言う映画制作会社を買収した。
 現在はソニーピクチャーズエンターテイメントに社名を変更し、アメリカはカリフォルニア州に籍を置いているのだが、これまた親会社は
あの大企業のソニーである。
 そのコロンビアの買収当時はジャパンバッシングの標的となり、米国内では相当な物議を醸したのだが、時を置いて発生した欅坂46の
ナチス軍装の件にも相当な因果が潜んでいる。
 何の因果かというと、買収したコロンビアピクチャーズの創業者であるハリーコーンはユダヤ系アメリカ人で、また買収当初ソニーが経営を任せたのもユダヤ系アメリカ人のピーターグーバーだった。
 それにも益してソニーの創業者の一人盛田昭夫は戦中帝國海軍の技術中尉であり、「ケ号爆弾(赤外線誘導の対艦徹甲爆弾)」の開発に携わっていた。
 そしてまたその海軍技術中尉だった盛田昭夫ともう一人の創業者である井深大とは、そのケ号爆弾開発研究所で知り合っている。
 それにこれは言う迄も無いが、史上最悪のファシストヒトラーの率いるナチス唯一の盟友は、悲しいかな大日本帝國であった。
 無論三国で同盟を結び枢軸化した当初は日・独・伊の三国であったが、早々と同盟を離脱したイタリアの影響力を鑑みると実質は日独同盟であった。
 その大日本帝國の盟友であるナチスは、史上最悪の悪魔の所業ホロコーストを生み出した根源である。
 ここまで述べても読者諸兄の中には、「否、それってヒトラーのやったことで、ナチスの責任でしょ。日本は関係なくないですか? それに欅坂46ってアイドルなんですよ。そんな難しいこと言われても」、と、思われた方も少なからずいらっしゃることだろう。
 しかし本当にそのような意見が世界で通用するのだろうか。
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 日本国内ではそれで良いかも知れない。
 しかし世界はそんな言い訳を聴き入れてはくれないだろう。
 
 欅坂46ナチス軍装騒動の際のソニーミュージックエンターテイメントの謝罪コメントは以下の通りであった。

「ご不快な思いをさせてしまったことに対し、心より御詫び申し上げます」
「当該の衣裳に関しては、今後一切着用いたしません」

 また秋元康氏は以下ののようにコメントしている。

「事前報告がなかったので、チェックをできませんでした」
「監督不行き届きだったと思っております」

 そして以降暫くの間欅坂46関連音楽番組の放送中止が決定。

 読者諸兄はどう思われるだろうか。
 私はこう思う。
 これは国内向けの謝罪コメントや行動であって、とてもではないが世界に向けて発信出来やしない、と。
 お粗末過ぎる。
 日本人として、たとえ戦後とは言え日本に生れ落ちた者のする謝罪として、これほど不誠実な謝罪はない。 
 世界の人々はこのような謝罪を謝罪として決して認めないだろう。
 勘違いしないで欲しいのであるが、私はソニーミュージック関係者や秋元康氏、また衣裳の製作者、益してや欅坂46そのものに対してなど、特定の人物を非難したいのではない。
 私が異論を唱えたいのは、現在の日本と言う国家そのものの姿勢に対してなのである。
 それは欅坂46の関係者がナチス軍装事件の際にした、このような言い訳がましい謝罪が正論として罷り通る日本の国情に起因する。
 あのような謝罪が普通に罷り通る日本と言う国家は異常だ。
 またそれが日本と言う国家の正体であり、戦争放棄と言う正論がましい言葉で総てを片付けて来た帰結なのてある。
 しかも日本国内だけであれば、そうしたことに無知であったことを悪びれる必要も無いし、恥ずかしがる必要も無いのである。
 知らなかったから、気付かなかったから、だからごめんなさい。
 そんな馬鹿げた謝罪で赦して貰える国家。
 それが日本と言う国家の偽らざる現在の姿なのである。
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 畢竟健全で無知な日本国民である欅坂46の関係者は、ナチスと大日本帝國の拘りについて何の知識も持たなかったのであろう。
 そうだとすれば彼等に罪は無い。
 この件で罪を問われるべきは、彼等に何も教えて来なかった日本と言う国家そのものだ。
 つまり国家ぐるみでナチスと大日本帝國が同盟を結んでいた時代を隠蔽すべく、自国民に何一つとして史実を伝えてこなかった罪である。
 有史以来幕末までを日本の歴史とし、唯々漠然と戦争放棄と言う言葉のみを教科書に記す。
 
 当時大日本帝國と言う国家が何を考え何故戦争へと突き進んでしまったのか、或いは同盟を結んだナチスがユダヤ人に何をしたのか。
 そう言ったことを国家は国民に対し何も伝えないし、教えない。
 唯々口を噤むよう促すのだ。
 臭いものには蓋をしろと言わんばかりに。
 純粋アーリア人は卓越した人種であり、アーリア人のみが世界を支配する資格が有るとした、ナチスの優生学理論とは何か。
 或いは駐独大使であった外務官僚出身の東郷茂徳を退け、駐在武官から横滑りして軍人の大島浩が駐独大使となり、三国同盟推進を図る事態が惹起した悲劇。
 それ等を何も伝えようとはしない日本と言う国家は異常である。
 試しにユーチューブで検索してみると良い。
 松岡洋右三国同盟、と。
 三国同盟締結時に当時のベルリンにあるブランデンブルグ門を乗車したまま通過し、颯爽とヒトラーの元に向かう松岡外相が見れる筈だ。
 そこには今や欧米では禁忌とされるハーケンクロイツと日章旗がはためくブランデンブルグ門があり、ベルリン市民が日章旗を手に歓喜して迎える姿がある。
 世界は決して忘れないのだ。
 大日本帝國がナチスの盟友であったことを。
 幾ら日本が忘れようとしても世界は追い掛けて来るのだ。
 いい加減逃げるのは止めたらどうか。
 文科省は、そして日本と言う名ばかりの国家は、いつ迄あの時代から逃げるつもりでいるのだろうか。
 日本人同士で納得し合っても何の解決にもならないし、欅坂46のナチス軍装騒動も起こるべくして起こったことのように思う。
 何より当事者に最低限の知識さえあれば、回避出来た事件である。
 そしてこのような事が起こる度に、決まって政府の見解はこうだ。
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「政府と致しましては今回の件はまことに遺憾であり、関係者各位には今後充分留意して戴くよう申し上げたところであります。
 但しそれが意図的に為されたことではないこともまた事実であります。
 あのような悲しい時代を二度と繰り返さない為にも、我が国は戦争放棄しているのでありまして・・・・・」
 念仏のように戦争放棄と言う言葉を繰り返すだけで、肝心の「あのような悲しい時代」を本気で伝えようとしない国家を、読者諸兄は如何に思われるだろうか。
 恐らく文科省も、国家も、そのような詭弁を繰り返し続けるのだろう。
 しかし私はこう思う。
 日本人全員が「あのような悲しい時代」を知る義務がある、と。
 そんな欅坂46のナチス軍装騒動の起こる数年前にも、4ダースアイドルであるAKB48の楽曲DVDに収録された短編映画に於いて、同様の有ってはならない誤りが有った。
 私の知る限りで、二度も。
 無論そのことに気付いたのは私だけではないかも知れないし、また仮に私がSNSを通じてネット上に拡散させていたら、そこそこ問題になっていたかも知れない。
 しかし発売当時にその件がネットにアップされて問題視されたとしても、当事者が責められるだけで国家の責任を問うような話にはならなかったろう。
 時が経ちほとぼりの醒めた今だからこそ、問題提起することに意義があるのだ。
 AKB48の人気が下火になっている今なら、仮に騒ぎになったところで今更当事者の無知や責任が問われることも、或いは当事者に金銭面での補償が求められるものではない。
 だからこその、今、なのだ。
 私は「あのような悲しい時代」を伝えてこなかった国家の責任をこそ、問うべきだと考えるのである。
 私は読者諸兄にそのことを自身の眼で確認して戴き、知らないと言うことがどれほどの罪になるかを知って戴きたいのだ。
 繰り返しになるが当事者を責めるのではなく、何より日本人の為に、日本と言う名ばかりの国家に対し、「政府にはあのような悲しい
時代を国民に対して伝える義務がある」、と、私は言いたいのだ。
 それが本エピソードに於ける唯一無二の私の主張なのである。
 
 さて読者諸兄の記憶にも残っていると思うが、2011年5月に、「everyday,カチューシャ」と言うAKB48のメジャー
21作目となる楽曲が発売された。
 その楽曲DVDに収録された短編映画の撮影は、本広克行と言う著名監督の下で行われた。
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 彼は「バブル世代」である1965年の戦後生れであり、終戦までの一年間マリアナ・パラオ諸島に於いて日米が交戦したことを、恐らく記憶に残るほど学んだ経験もまたそのことを学ぶ必要もなかったように思う。
 で、なければ、以降に私の指摘する映像を撮影することなど有ろう筈はないからである。
 何故かは知らないが、この「everyday,カチューシャ」の短編映画のロケ地はグアム島だった。
 恐らく予算の関係なのか、スケジュールの関係なのか。
 意識してグアム島でなければならなかった、と、言う理由はなかっただろうし、単に海での撮影がしたかったと言うだけでグアム島がロケ地に選ばれたのかも知れない。
 しかし偶然なのか必然なのかは別にして、その短編映画にはグアム島で撮影した映像としては、余りにも日本人として良識に欠けるものが多数含まれていたのだ。
 現在も尚そのことに言及した人が一人も居ないと言うことは、監督を始め撮影関係者は元より、そのDVDを購入した受け手側に於いても誰1人として気付かなかった、と、言うことになる。
 その「everyday,カチューシャ」が大ヒットしたにも拘らずである。
 付け加えれば倫理審査を行う日本コンテンツ審査センターでさえ、そのことに気付かなかったと言うことになる。
 性的表現や暴力的表現以外のものであれば、仮に倫理に反するものであってもそれは表現の自由の範疇に含まれる、と、言うことなのだろうか。
 それが日本人が日本人を嗤う、或いは戦争を嗤うことに繋がっても、そうなのだろうか。
 表現の自由の範疇である、と。
 しかしそれが今の日本人の偽らざる倫理感なのかも知れない。
 で、なければ、グアム洋上に於いて無邪気に微笑む日本の少女達に軍隊式の挙手の敬礼をさせるなど、有り得ない演出である。
 しかもヨットの上で日本海軍式ではなく、米国海軍や米国海兵隊式の挙手の敬礼を無邪気に微笑みながらする演出など。
 その上終戦間際一方的に日ソ不可侵条約を反故にし満州国境へと雪崩れ込んだ旧ソビエト軍の、自走式多連装ロケット砲の呼称でもあった「カチューシャ」の髪留めを挿したまま。
 それにまだもう一つある。
 グアムにある南太平洋戦没者慰霊公苑を訪れるならまだしも、何処とも知れぬ外人墓地を悲しそうな顔をしたアイドルが歩くのだ。
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 無論そのアイドルの少女は日本人である。
 グアム戦当時の日本人なら女子挺身隊に入隊している年齢の、だ。

 飛び石作戦と言われるマリアナ・パラオ諸島の戦いは火力や艦船の数に於いて圧倒的優位を誇る米軍が、それ等地域の中でも比較的攻略が容易な地域を特定し徹底的に日本軍を叩いたことで知られる。
 殊にサイパンやグアムと言うのは日本軍がバンザイ突撃を敢行した後に玉砕しており、悲惨極まりない戦場となった。
 自決した第31軍司令官の小畑英良中将、参謀長の田村義富少将を始めグアム島守備隊日本軍の死者は21247名にも達する。
 また米軍の死者も7083名にも達した。
 この悲惨な戦いの有ったグアム島に於いて何故軍隊式の、しかも米海軍や米海兵隊式の挙手の敬礼を日本人の少女にさせたのか。
 或いは深い理由は無いのかも知れない。
 単にアイドルが敬礼すると可愛いからとか、案外そう言った緩い理由だとは思う。
 しかし日本海軍式の挙手の敬礼は彼女達にさせた敬礼のように、肘を横にピンと張ってするものではない。
 甲板上で肘を張った敬礼をするとぶつかって落水の危険性があるので、危険防止の為脇を締めて肘を横に張らないようにするのが日本海軍式なのである。
 それに挙手の敬礼は飽く迄着帽時の略式敬礼であって、日本軍であれば陸海軍を問わず上官に対しては必ず脱帽し十度の敬礼をする。
 益してやグアム洋上ともなると日米双方の英霊に対する栄誉礼でなければならないから、日本人であれば脱帽し腰を深く折る最敬礼をしなければならない。
 即ちカチューシャのような髪留めをしているだけでの挙手の敬礼であれば、それは日本人アイドルの少女が腰を折る敬礼をしない米軍式の挙手の敬礼を模していると言うことになる。
 グアム戦に於いて戦死した日米双方の英霊に対して、それ以上の不敬があろうか。
 しかも日本人アイドルの少女が無邪気に微笑みながら、それをしているのである。
 その上旧ソビエト軍の自走式多連装ロケット砲の呼称でもあった「カチューシャ」の髪留めをした状態で。
 元来この「カチューシャ」と言うロシア語は、「エカテリーナ」と言う正式名の女性に対する愛称であり髪留めを指すものではない。
 大正時代にトルストイの「復活」と言う演劇が上演された際、松井須磨子演じるカチューシャのしていた髪留めが大人気になり、それ以降
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そう言った類の髪留めを「カチューシャ」と呼ぶことになったのであり、完全な和製ロシア語である。
 そのカチューシャを挿した状態で一般の外国人墓地を日本人アイドルの少女に歩かせたのも、きっと凄く緩い理由からだと思う。
 単に外人墓地を歩いている物悲しい雰囲気が欲しかったとか。
 そう言う意味では、グアムにある南太平洋戦没者慰霊公苑が撮影の候補に上がらなかったのは、当然と言えば当然の帰結であろう。
 そうした、「everyday,カチューシャ」の短編映画に於けるバラバラに筋の通らないピースを寄せ集めると、日本と言う国家が戦後如何に自国民に対して伝えるべきこと、或いは教えるべきことを放置してきたかが浮き彫りになる。
 これを表現の自由と言うならば、私はそんな表現の自由は必要ないと思うのだが読者諸兄は如何か。
 また私はこうした問題は個人の責任で済ます問題ではないと思う。
 仮にそれをするなら製作サイドや審査機関、或いはこれを視聴した受け手側迄、つまりこれに拘わった日本人総てに責任を問わなければならなくなるからだ。
 これ即ち国家の責任と言わずして何と言うべきか。
  
 加えて今ひとつの誤りは2011年8月に発売された、「フライングゲット」と言うAKB48のメジャー22作目になる楽曲の短編映画に有る。
 タイトル名は武闘映画「紅い8月ー頂上決戦編」で、堤幸彦監督に手によるものなのだが、私はそれを見終わった際の背筋に戦慄が走った記憶を、これから先も一生忘れることが出来ないだろう。
 読者諸兄は昭和7年に起こった「第一次上海事変」と言う、上海共同租界周辺で起きた日中両軍の軍事的衝突をご存知だろうか。
 もしご存知でなければそれは何も恥ずかしいことではない。
 この「紅い8月ー頂上決戦編」の監督堤幸彦監督を始め、製作関係者も同様に何も知らなかった筈だから。
 この作品の監督の堤幸彦氏も本広克行監督同様戦後生まれで、学生運動が下火になり政治的無関心の広がった「しらけ世代」の中期、1955年が彼の生年である。
 そうなのだ。
 ここに有る誤りも「everyday,カチューシャ」の誤りと同様、日本と言う国家が「あのような悲しい時代」を等閑にして我々戦後生まれの日本人に何も伝えてこなかった、その帰結なのだ。
 
 この「紅い8月ー頂上決戦編」のジャケットやDVDには、「飛翔入手」と如何にも中国を意識した和製中国語が記されている。
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 そうしてフライングゲットを「飛翔入手」と和製中国語で記した上、出演者であるAKB48のメンバーにはチャイナドレスを着せた。
 とは言えこの「紅い8月ー頂上決戦編」の何処にも、前述の「第一次上海事変」との拘りについてはまったく記されていない。
 してみると製作サイドは「第一次上海事変」と「紅い8月ー頂上決戦編」との拘りを公言したくないのか、或いはそれについて全く何も知らなかったかのどちらかと言うことになる。
 私は欅坂46ナチス軍装事件と同様、制作サイドはそのことを全く知らなかった後者の方だと思うのだが読者諸兄は如何か。
 無論前者の可能性も有るには有るが、その当時AKB48の日本側運営サイドはSNH48と言う上海を基盤にしたアイドルグループを発
足しようとしていたのだから、そのご当地の上海でわざわざ過去に日本の起こした不祥事を、映画と関連付けたりはしないだろう。 
 そのことを前提に話を進めたいと思う。
 
 さて先ずは読者諸兄の中にもこの短編映画を観たことのない方もおられるだろうから、この「紅い8月ー頂上決戦編」のストーリーを簡単に紹介する。
 仮面をした謎のチャイナドレスの人物が「紅べこ48士」と称する謎の地下集団に、AKB48のアジトを襲撃するよう唆す。
 謎の人物の思惑通り、「紅べこ48士」がAKB48のメンバーの居るアジトを襲撃、強い筈のメンバーは悉く駆逐され最後にナンバー1の前田敦子が登場。
 果たせるかな前田敦子が「紅べこ48士」を撃退するが、その直後ナンバー2の大島優子が現れ、自分が謎の仮面の人物であり「紅べこ48士」を唆した張本人であることを吐露する。
 前田敦子を排除するつもりだったが逆に「紅べこ48士」が撃退されたので、前田敦子と対決せざるを得なかった大島優子。
 やがて大島優子が言い放つ。
「気付いてしまったの。民主主義なんて幻影だって」、と。
 そしてふたりは闘い結局は前田敦子が勝ち、それでも前田敦子は大島優子を抱きしめ、最後の台詞を耳元で囁く。
「皆孤独と闘ってるの。
 これからも前を向いていきましょ」
 と、ハッピーエンドのストーリーである。
 しかしこの「紅い8月ー頂上決戦編」のストーリーがラストのハッピーエンドの部分を除いて、「第一次上海事変」の発端となる日本人僧侶襲撃事件に驚くほど酷似しているのだ。
 私の思い過ごしなどではない。
 そのことは上海事変の日本人僧侶襲撃事件がどのようなものであったかを知れば、自ずと分かる筈である。
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 では次に「第一次上海事変」について軽く触れておこう。
 昭和七年一月二十日午後四時ごろ上海租界のタオル工場付近馬玉山路に於いて、日蓮宗系の日本人僧侶二名と日本人信徒三名が50から60名の中国人により襲撃された。
 そしてそのことを始め旧日本陸軍の画策したその他数件に及ぶ事件により、上海周辺で旧日本陸軍と国民革命軍とが戦闘に及んだ。
 また旧日本海軍率いる十数隻の艦船で、敵対する上海共同租界を囲い込んだ。
 裏工作により自らの国民を自ら叩いておいて大日本帝國の曰く、「日本住民の生命や財産を守る為」であった。
 ところがその「第一次上海事変」を起こした大日本帝國の本来の目的は国民革命軍との戦闘にあったのではなく、満州帝國建国と言う一大事業を完遂する為、世界の眼を他に釘付けにしておく必要に迫られてのものであった。
 言わば「第一次上海事変」とは大日本帝國による満州帝國建国の為の、自作自演の一大マジックショーだったのだ。
 加えて死傷者迄出した日本人僧侶襲撃事件もまた自作自演だった。
 その頃上海公使館附陸軍武官補であった田中隆吉が板垣征四郎に命じられて画策したのだ。
 当時の中国には宗教団体を隠れ蓑に阿片を扱ったり少女の人身売買をしたりする地下組織があったのだが、田中隆吉が日本人の僧侶達を襲撃させた中国人の中にもそう言った組織の者が少なからず含まれていた。
 それが「紅卍教(こうまんじきょう)」の宗徒であった。
 つまり大日本帝國が満州帝国を建国する為、地下組織の中国人を雇って日本人が日本人を襲撃させたのである。

 ここ迄読み進んだ読者諸兄にはもうお分かりのことと思うが、自作自演で自らが自らの仲間を地下組織の連中に襲撃させる点、また「紅べこ48士」も「紅卍教」も何れも冠に「紅」が付くこと、それに何より当時の中国人の最もポピュラーな服装である満州服(チャイナドレス)を、「紅べこ48士」もAKB48のメンバーも双方が身に纏っていることなど、類似点を挙げれば枚挙に暇がない。
 元来日本ではチャイナドレスと呼ばれる満州服は書いて字の如く、代々清朝皇帝の地位にあった愛新覚羅家を始め満州族が身に着けていたもので、現在も尚中国人の94%を占める漢族のものではない。
 そのサイドスリットの起源は満州族が馬賊だったことに由来する。
 つまり馬に跨り易いように。
 またその立ち襟は満州特有の黄砂が衣服の中に入ることを防ぐ為であったと言われている。
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 無論大日本帝國が建国した傀儡国家である満州帝國皇帝の愛新覚羅溥儀も、その満州族であった。
 とは言え短編映画の製作サイドに取ってそんなことはまったく意識にはなく、チャイナドレスをAKB48に着せたこともバトル系のゲームで女性格闘家キャラが着ていて可愛い、と、でも言った緩い理由なのだろう。
 或いは敢えてそんな中国をイメージする短編映画にしたのは、翌年結成予定だったSNH48を意識したものだったのかも知れない。
 何れにしてもこの「紅い8月ー頂上決戦編」が、「第一次上海事変」に拘わる日本人僧侶襲撃事件に酷似した武闘映画になってしまったことが、総て偶然であり製作サイドは意図していなかった、と、いうことだけは確かである。
 で、なければ、そんな危険なことを超の付く程緩いアイドル出演の短編映画に盛り込むことなど、有り得よう筈もないからである。

 危険と言えば冒頭での柏木由紀の台詞である。

「だから私は欲望の話をしてるの。
 欲望って満たされれば満たされるほどもっと大きくなるでしょ。
 海の水を飲むともっと喉が渇くみたいに。
 それが怖くなるときがあるの。
 私の中にモンスターがいるって感じ」

 これを昭和初期の大日本帝國や大本営を指したものであるとするなら、これ程的を射た台詞はなかろう。

 また大島優子の台詞。

 「気付いてしまったの。民主主義なんて幻影だって」

 これなどその後に「現実は帝國主義なの」、と、でも続けたいのかとの疑念さえ生まれる。
 それは私の妄想なのかも知れない。
 しかし前述した「紅い8月ー頂上決戦編」への懸念が私の妄想だったとして、それを製作サイドはどのように打ち消すのだろう。

 例えばこんな感じなのかも知れない。

「それは誤解です。
 それは偶然そうなったもので我々にそのような意識は無かった。
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 何より第一次上海事変のことなど知りませんでしたから」

 しかしこんな国内向けのコメントが世界に通用するのだろうか。
 殊に中国当局に対してはそのようなコメントは絶対に通用しない。
 一歩間違えると外交問題に発展する可能性さえある。
 9年前私がこの短編映画を観て背筋に戦慄が走ったのも、それを懸念してのものだった。
 そして私はこれが発売された時期が、9年前の2011年で本当に良かったと思う。
 聴けばSNH48も現在は日本の運営サイドの手から離れたとのこと、大事に到らずに本当に良かったと思う。
 何故なら9年前と違い現在は中国当局のAIによる映像や動画のチェックシステムが、格段に高度なものになっているからだ。
 読者諸兄は中国に「国家情報法」と言う法律が存在するのをご存知だろうか。
 この法律は中国政府が望むなら、個人情報を始めありとあらゆる情報を当局に提供しなければならないと言うものだ。
 そしてそれを当局に違法と判断されたら、それを犯罪と判断されたら、外国籍の企業や外国人は何であれ当局に従うしかないのだ。
 それでなくとも米中で対立を深める昨今のこと、香港での国家安全維持法を巡っての攻防や米国での「TIKTOK」排除問題など、様々な問題で米中の狭間で揺れ動くしかない弱い立場の日本である。
 これが2020年の現在なら、またSNH48の立ち上げが現在だったらと思うと、私は戦慄を禁じ得ない。
 無論エンターテイメントとナショナリズムを結び付けることは禁忌であり、そんなことは許されないと言う意見もあるだろう。
 しかしナチス軍装事件がそうであったように、表現の自由が通用しないことは往々にして有り得るのだ。
 殊に枢軸国であったナチス・ドイツや大日本帝國の過去に纏わることに対しては。
 もしこの「紅い8月ー頂上決戦編」と「第一次上海事変」の関連性を説いたのが私ではなく中国当局だったら、或いは「フライングゲット」が本年度の発売で、SNH48の進出が来年度であったら、どうなっていたのだろうか。
 そしてその場合果たして表現の自由は中国当局に通用するのだろうか。
 或いは知らなかった、で、中国当局は許してくれるのだろうか。
 ではその答えを、文科省に、国家に、訊いてみてはどうか。
 何故我々戦後の日本人には、大切なことを何も教えてくれなかったのか、と。
 最低限の知識さえ持つことが許されなかったのは何故なのか、と。
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 誤解しないで戴きたいのだが、私はAKB48のアンチでも秋元康氏のアンチでもない。
 私は彼と彼の天才的なプロデュース能力と、彼の過去にプロデュースしたアイドルのファンである。
 殊に秋元康氏の類まれなアイドルを選り抜くセンスに、私は惹かれている。
 だからこそ心を鬼にしてこのような苦言を呈したのである。
 で、なければ、「everyday,カチューシャ」も、「フライングゲット」もそんなにこと細かく観はしないだろう。
 また私は秋元康氏のファンであると共に、指原莉乃が今のように売れる前から判官贔屓していた。
 日本人の胸の内には常に弱い者を味方する判官贔屓の心情がある。
 これは私見であるが指原莉乃こそ、アイドル界の九郎判官源義経であり、前田敦子や大島優子或いは渡辺麻由、と、言ったところの最強アイドルと言われた面々は源頼朝でしかない。
 そのことから言わせて貰うと乃木坂、欅坂、日向坂、と、言った坂道シリーズのアイドル達は、差し詰め源氏に取って替わった執権北条一門と言ったところか。
 悲しいかな人気では絶対に九郎判官源義経には勝てない。
 それは我が国の歴史が証明している。
 話は変るが直近では「IZ★ONE(アイズワン)」と言う日韓混合のアイドルを秋元康氏のプロデュースで組成したらしいのだが、メンバーの日本人アイドルが靖国に参拝しただの、旭日旗を模した衣裳を着ただの、右翼アイドルと言うデマが韓国内で実しやかに飛び交ってい
ると言う。
 また当の秋元靖氏も右翼作曲家のレッテルを貼られ、防弾少年団と言うK‐POPアイドルの彼が作詞した新曲発表を取り止める事態にも
なっていると言う。
 これこそ表現の自由へのナショナリズムの介入である。
 しかしそれが日本と言う名ばかりの国家に生まれた国民の、日本人に生まれた者の宿命だとも言えよう。
 ならばどう対処すれば良いのか。
 それは学ぶしかないのだ。
 国家や文科省が教えてくれないのなら、自ら進んで学ぶしか。
 如何に秋元康氏が天才と言えども、こればかりは自ら学ぶしかないのだ。
 政府の言う「あのような悲しい時代」を。
 
 私は今回のこのエピソードを書くに当たって「縁」であるとか、或いは「因果」、と、言うものを感じざるを得なかった。
 何故なら「everyday,カチューシャ」も、「フライングゲット」もキングレコー
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ドが版元であるからだ。
 キングレコードは歴史の有る会社で戦中敵性語排斥の折には社名を「富士音盤」に改名して、「出征兵士を送る歌」など数々の軍歌を世に送り出したことで知られる。
 そしてその「富士音盤」の親会社と言えば、「大日本雄辯会講談社」であり、現在も尚キングレコードの親会社は講談社である。
 加えて極め付けなのは私が今このエピソードを発表しているノベルデイズが、講談社の運営によるものだと言うことだ。
 もしそのような「縁」や「因果」のパワーが私の声を天上の野間清治氏に届けてくれるのであれば、最後にひとつどうしても彼の口から私の願いを伝えて戴きたい人がいる。
 同じく天上にいらっしゃる第五十七代内閣総理大臣である。
 天上の岸信介元総理に、「幼い頃膝の上で『安保反対』と言って貴方を苦笑させたお孫さんの晋三氏に、この時期リモートで良いから、もう少し日本国民が『あのような悲しい時代』の理解を深めるよう政策を練り直して欲しいのですが」、と。
 天上の野間清治氏そして岸信介氏、ご両名にこの私の声が届きますれば、それはこの上ない幸甚の極みであります。

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