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文字数 13,170文字

男として、エロに興味を持たない人間など、この世にはいない筈だ。絶対に男ならば興味がある。

無論、辿星あれきもその一員であり、高校時代も、陰キャを極めていたものの、クラスの女子にはある程度ドキマギしたことのある初心な男子であった。
よくクラスメイトに「あれきって好きな女の子とかいる?」と聞かれる度に「いや、二次元にしか興味ないし」と百パーセントの臆病で相手に嘘をついていたことは今でも忘れない。
そんな嘘くさい言い訳がよく通じたなと、今では思うのだけれど、考えてみて当時はその返しを真顔でしていたから、変にリアリティがあったのかもしれない。ならば得心いく。

実際、二次元のキャラクターを性的な目で見ることは少なくなかった。ただ、かといって別に三次元の可愛い女の子を性的な目で見ないということは断じてなかった。

席替えの時、自分の前の席に可愛い女の子が座れば誰だって嬉しい。
また授業で隣の席の可愛い女の子とコミュニケーションを強制された時なんかも嬉しい。

自分とそうやって距離が少しだけ近づいた女の子に変な親近感が湧き、そっから変にその子で妄想してしまったりもして、鬱だらけの学生生活であったが、度々そういった女子を見たときに生じる眼福なんかが、メンタルを救ったというのはよくある話だった。

思うに、二次元のキャラクターに感じる欲情というのは、リアルでの経験がベースになっていると思う。
私の性癖というのは安定しないが、よく見られる傾向として、私の拙作(他の小説投稿サイトで投稿した作品)を見てくれている人ならご察しもつくかもしれないが、毒舌だけれどどこか大人びていてどこか幻想的な女の子が好きなのだ。

私の小学生から中学生の間まで好きだった女の子は現に毒舌であった。
それでいて、どこかフランクでどこか幻想的で、また愛らしく…………ともかく、彼女は私の性癖の地盤を固めるのに一役買ってくれた、といっても過言ではあるまい。

二次元のような非現実的物質とは基本リアルでの体験をもとにしないとクオリティの高いものにはならない。
料理もろくにできない人が、ネットで調べた情報だけでお料理小説を書けないように(実体験)、現実での視点はやはり二次元には必須なのである、と私は考えている。

だからこそ、エロゲーに登場するキャラクターというのは、シナリオライターの性癖(人生)が詰まっているというのは当然と言えるし、他者の人生を、エロという、普段垣間見れない視点から読み取るというのは、面白いことだと、私は思う。
赤裸々に己を表現出来るという点では、エロゲーは唯一無二の文学ジャンルなのだ。故に是非とももっと普及してほしいぜ、エロゲー文化。

さてここまで読んでくれた読者諸君は恐らく「でもエロを楽しみたいから買うんでしょ?そんな研究者視点はキザだよ」と思うこと必死であろう。
無論、君らの思う通り、私はそこいらも楽しみのうちに入れてエロゲー購入の旅へと出向いた。

ただ、どうしても、私の好きな作品というのは基本、ゼロ年代にエロゲーとして発売された作品の全年齢版ばかりで、有名な某泣きゲーの金字塔的ブランドのあそこだって、元は名作エロゲーのシナリオを世に発表して一世を風靡していたという話は有名だろう。
私が勝手に私淑しているゲームシナリオライターだって、元々はエロゲーのシナリオを書いていた。

結局何を言いたいのかというと、エロゲー購入は私自身の欲求処理も兼ねてはいるものの基本的には、エロゲーはストーリーがあってこそだと思っていて、メインの楽しみはストーリーを楽しむということなのである。そこを勘違いしないでいただけると助かる。
現に、十八歳の誕生日に買ったゲームの中で、単純にエロを楽しむ作品は無かった。

で、これより綴るエッセイってのはそんな誕生日に経験した感情をカタチにしようと試みた結果、ということになる。
そもこんな拗らせた文章を書いている作者の人間性など、ろくなものじゃないのは確かで、そういった半端な変人の抒情詩じみたエッセイなど、たいしたものじゃないかもしれない。いや、抒情詩というよりはポエムまじりの呟き日記といった方が適切かもしれないな。

しかし、エロゲーに作者の人生がきわどく詰まっているように、私なんかでも性について熟考すれば、なにか人生論とまではいかなくともパンドラの箱っぽい邪悪な作品になるのではないだろうか。

そうなりゃいいなと思って、これから本文の執筆にとりかかるとしよう。



***



三月某日。私は出来る限りのオシャレをして最寄り駅から四つ離れた駅にまで足を運んだ。
高校生の頃は通学手段として早朝の電車には乗り慣れていたものの、昼少し前に乗る電車にはどこか新鮮な趣があった。

通学の際に利用していた路線は朝方では二車両編成のクセに、多くの学生が利用していた。
私の乗る駅に電車が到着する頃になると、平日だと、十人も座るスペースがないほどに混雑していた。
しかも、水曜日にはほぼ毎週、体臭がマジできついおっさんが乗車して座ることもあった。

電車が来るまでは一本の列が短く並ぶのだが、その列の一つ外れたスペースにおっさんは陣取り、電車が停車すると決まってその真横の列を遮ってまでして、一番に乗車していた。
最初の頃は、そのおっさん、通称水曜日のおっさん(と、私は呼んでいた)が横入りしてまで席に座るのを腹立たしく思っていた。

───が、よくよく考えていたみたら、それは彼なりの気遣いだったのかもしれない。

先述の通り、朝の二車両編成は需要と供給のバランスが崩壊している。くそ狭い動く鉄の箱に溢れんばかりの人間が収容されているが朝なのだ。
そんな人混みの中心に水曜日のおっさんが立ってみたと仮定するならば、きっと車内に彼の臭いが伝播して、車内は阿鼻叫喚の渦となっていたことであろう。あの体臭、持続時間が結構あるくせに、臭い移りもするから困る。経験者ゆえ語る。
反面、おっさんが席に座れば、おっさんの両サイドにしか被害は至らない。
私はその場面に、倫理の授業で習った、ベンサムの「最大多数の最大幸福」の話を想起した。有名な話である為、その話は割愛しておく。

ある種のマスコット的存在であったおっさんは卒業間近になると、姿を見せなくなった。嬉しいのやら嬉しくないのやら、複雑な気分で私は高校を卒業した。



「……」



当然、私が乗る電車にも水曜日のおっさんはいなかった。
あのおっさんといえば、屋根のある駅構内で傘を差しながらエレベーターを下っていたという記憶が色濃いが、まぁ追憶してもしょうもないことであった。

高校時代のことなど切り棄てるべきことであり、水曜日のおっさんに関して言えば、その対象なわけで。振り返れば面白かったけれど、しかし前に進むべき人間たる私にとって唾棄すべき記憶なのだ。

こうしてガタンゴトンと静かな車内に揺れる私の体はどこか空っぽであった。
朝の電車の喧騒は私の感情のエネルギーであった。一年生の冬頃から学校を嫌いだった私は、「何故こうも死にたいを抱えながら生きていかなくてはならんのか」と考えながら苛立ちともいえぬ負の感情を抱きながら、電車で眠っていた。

しかし、そんな強かった感情も進路が決まると当時の感覚は失ってしまい、今では思い返すことも叶わない。きっとソレは良いことなのだろう。
電車といえば、私にとってその感覚が強かった為、今こうしてすっきりとした気分で乗る電車は新鮮に感じたのかもしれない。

小学生の純朴な頃に乗った電車とは違って、何とも言えぬ虚無感。
人というのは変わっていくんだなって当たり前なことを痛感しながらも、気づけば目的の駅に電車は到着していた。終点であった。
アナウンスも、二月に聞いていた時と全く同じだというのに、違和感を私は覚えた。違和感の出所も分からぬまま、ただボーっとして私は電車を降りて、体の覚えている通りに改札口まで歩いた。

切符を回数券で買うよりも定期券で買った方が安くつくらしいので、私は高校生の頃ほとんど切符を使わなかった。
小学生以来滅多に使わなくなった小さな切符を通して、私は改札口を通過したのであった。

と、改札口の先には一人の男が立っていた。私服で体の大きな、ちょっと下卑た男。



「……」



彼は私と小学生の頃から仲の良い友人である……にしても友人、か。友人とはなんと綺麗すぎる響きだろうか。
彼と左様な間柄は些か気持ちが悪い。ここは百歩譲って悪友ということにしといてやる。親友とはそのくらいの認識の方が、共依存にならんだろうから。

悪友である彼は、私の姿を視認するとこっちを無言で見てきた。
彼は私の通っていた高校よりも偏差値の高いところへ通っていた。受験結果の報告を学校側に報告してきたらしい彼は、わざわざ近場のデパートのトイレで速やかに着替えたらしい。

私と反対に彼は第一志望の大学に合格したそうだ。つまり私はおちた。
つっても、悲観すべきコトじゃない。
私自身の合否は堕落をしていたツケがまわった当然な結果ではあったが、彼は何やら気が使える人物であったため、どこか気まずそうに接しているように感じることもあった。

だが、第二志望の大学に私は特待生合格をしていた為、第一志望の合否は、私にとって重大な問題ではなかった。
しかも、全額免除だった。私立の大学ではあった為それなりにはしたものの、大学生活に必要なお金高くはなかったのである。
その話を悪友にすると、明るく返答してくれた。

小学生の頃であれば、自分の話したいことばかりを好き勝手話していたなと、今になって当時の傍若無人ぶりを反省する。
歳を重ねれば重ねるほど、人は一つの感情を失うのだけれど、でも、人との話し方は、ちょっとずつ上達するのである。



「たのしみだ」



……それはそうと私は呟く。
エロゲーを買うということが楽しみというのもあったのだけれど、十八禁の世界に足を踏み入れるというのは、知らない世界を知るということであり、自分が人として成長できるのではないのかと期待を膨らませていたのだ。

聞くとミチルはお金を持ってきたと言っていた。だが、四千円程度しか手持ちが無かった……。



「なめとんのか?」



エロゲーをある程度知っている人であれば、こういう感想が漏れるのは普通だと思う。
エロゲーってのはPCゲームがポピュラーで(てかPC以外無いんじゃね?)、となると、値が張るのは当然なワケで。
私が行こうと思っていた店は中古ソフトしかないから、どうとも言えないがその時分の私には無茶だとしか思えなかった。もっとも、彼はその手の業界を詳しくないから仕方がないのだけど。エロゲー買うのには一万でも足りないのよね。

しかし、ここは許す。何故ならば、私が向かおうと考えていたエロゲーを取り扱う店までの道順を、ミチルが知っているらしいのだ。
彼とエロゲーを買いに行く約束をするまでは、スマホのグーグル先生を頼りに向かう予定だったんだけれど、彼が知っているとのことだったので、俺はすっかり安心しきって彼の案内に従ったのであった。

                     ◇

「いや、此処じゃねーけど」



と、彼が着いたぞと言って指を差した場所は、私の目的としていた店とは違った。
某DVDレンタルショップに私たちは着いた。

けれど、私が元来行こうと思っていたのは中古の品を買いとる系ショップ。つまりレンタルショップだった。

どうやら打ち合わせに穴があったらしい。てか、打ち合わせもクソもなかった。

あれき「誕生日エロゲー買いに行く」
ミチル「俺も行きて―」

……という単調な会話だけ。

これにはミチルも俺も焦った。意思疎通へたくそすぎるだろ、十二年の仲なのに。
寧ろお互い歳をとるにつれて、言いたいことを好き勝手言わないようになったから、却って、伝えたいことを上手く伝えられなくなったのかもしれなかった。
もっとも、無事アイデンティティの拡散を成し遂げた私だけが問題だったのかもしれなかったのだけれど。私の高校時代の病が、起因していたのかもしれない。

しかし、某レンタルショップとて黒い暖簾があって、その先にはユートピアが広がっているのは間違いなかった。
どうせエロゲーは売ってないだろうと思ってたけど、ウォーミングアップのつもりでひとまず入店してみることにした。

                     ◇

エレベーターに乗ってDVDコーナー。
DVDコーナーとゲームコーナーは同じ階にあるため、私たちは其処に足を運ばした。
十八禁ゾーンを探すこと三分ほど、端っこの方に発見した。



「─────────」



エロ。エロ。エロ。
私の元来の目的はエロゲーを買うことであった。

しかし、パッと見、例のエリアはくそ狭いのである。
で、この階では、確かにゲームも取り扱っているのだけど、ほとんどDVDが占めているのだ。

ともすれば、この店で十八禁コーナーに入るメリットというのはやっぱり全然無かった。どうせゲームは売っていないだろう。

……。……。…………。

だが、真面目な話。私とて一人の男なのだ。
AVに興味ないという、変な意地を張る理由などあるまい。至極当たり前な興味を否定するってのは、少々風情に欠ける。
一介の男として、私は悪友とともに人生初の十八禁ゾーンに入場したのであった。



                     ◇



「……なるほどね」



予想通り、一通り確認したけれど、DVDしか置いていなかった。
平日に出向いたためか、中には中年のおじさんやら、六十代くらいのおじさんしかいなかった。
ここで水曜日のおじさんもいたら面白かったのだろうが、いなかった。

聞いた話によると男性は歳をとると性欲がエグイくらい弱くなるとのことだったが、百聞は一見に如かずという言葉がある通り、ある種幻想的な世界に感ぜられた。

……。
いや、ばっちぃよ!やだよ、幻想的な世界がおっさんまみれとか!!
『夢喫茶のウツツちゃん』という私の作品にも、幻想的な世界が物語の舞台になっているのだが、それと同等に扱うのは自分でも嫌だな。

けれどそう一瞬感じてしまうほどに、暖簾の奥の世界は新鮮であった。
海鮮市場並みの純度だよ。いや、でも、これも何となく想像の範囲内だったし、ある意味予想通りだったのかも、この光景。
男ってほんと馬鹿だよ。だって歳くってまでもこうして性に執着するんだから。

俺としてはまだAV広場を冷やかしていても良かったのだが、ミチルがさほど興味を強く示していなかった為、私たちは満場一致でその場を去った。
退場する時の私とミチルの会話は淡泊なものであったが、短い会話で意思疎通が完璧に為された。

ミチルの勘違いと私の言葉不足で来店したけれど、エロを通じて速やかなコミュニケーションを出来たというのは実に爽快であった。



***



道中のお話。

某レンタルショップ近場のファミレスで適当に飯を食ったあと、グーグルマップを活用して、我々は目的のエロゲを買いに足を運ばす事にしたのだ。
なのだが……。



「おい、なんだこのクソアプリ」



グーグルマップで示される道は、最短経路を表示してくれる。
私たちはありがたくソレに従って住宅街を歩いていたのだけれど……「ここを右に曲がって〇〇メートル」と示される道の途中に電車のレールが通っていたり、また、他人の家の敷地内を通れといわんばかりの経路を促してくるのである。
グーグル先生は道なき道を多く指し示すから始末が悪い───。

私たちはうんざりしながら歩いていた。
幸い、昼食は量多くは食べなかったし、ドリンクバーを少し楽しんだくらいであり、歩くのに支障の出るレベルで腹は膨らんでいなかった。

ただやっぱり距離があった為、歩く時間はかかるので、店に着く頃になると、汗がおでこを濡らしていた。

先に自販機で買っておいたお茶を一飲みして、私たちは、店に入店したのであった。



***



店の中はごちゃついていた。リサイクルショップだったから、レトロな品だらけ。
カードだったり、書籍だったり、ギターだったり、モデルガンだったり。エトセトラ。

ミチルはモデルガンが好きだったらしくわりと興奮していた。ヲタクっぽくて気持ち悪かった。

で、先に行った某レンタルショップよりも此処の店内は入り組んでいて、土地面積はこちらの方が小さいにも関わらず、さきほどよりも十八禁ゾーンを見つけ出すのは苦労した。

案の定店の壁際にあった暖簾を発見した私は、一瞬立ち止まり、生唾を飲んだ───。



「───」



この先は、私が高校生時代に憧れていた楽園が広がっている───そう思うだけで、一度収まった汗も再び出てくる。
先ほどのレンタルショップの時は、十八禁コーナーの初体験だった。しかし、もう初めてを終えて、二度目の入場な筈なのに、緊張は先ほどよりも大きかった。

女性との一線を越える時も左様な緊張を覚えるのだろうか。私はめまいを起こしそうになった。

───だが、恐れるな辿星あれき……お前はその暖簾を超えずには新たなる扉を開けることなど叶わないのだぞ。

思えば、私がこの手の業界に強い興味を持つようになったのはいつぐらいのコトだったのだろう。
高校一年生時にはあまり興味を持っていなかったと記憶していたが、せやな、二年生時のことだった筈だ。
記憶は曖昧だけれど、ノベルゲームの名作は基本エロゲー出身のものだとイメージを植え付けられて、そこから興味深々になったのだ。

数えてみれば二年にも満たない短い我慢だったけれど、今日、その悶々とした感情も失われる。それこそ、高校生時代に抱えていた闇と同様に抹消されるだろう。
それはきっと幸せなコトなんだろう、何かを失って得るものはきっと素晴らしいものに違いないのだ。私は泣き潰れて先の景色を自ら遮断するような愚者は卒業したんだ。
だったらあの日エロゲーのCS版に魅了された自分も抹消されるべきなんだろうか。何だかよく分からなくなっていた。

意を決して、私とミチルは、新たなる世界を目の当たりにすべく、暖簾の先に足を踏み入れたのであった───。



***



「うおーーーーーやべえええええええええうぎゃああああああ!!」



誇張表現ではない。声は大きくなかったけれど、マジでこんな感じのテンションで私は十八禁コーナーに足を踏み入れたのであった。
当時のミチルの、冷静具合を今でも私は忘れない。
ある程度の感動はあれ、隣に気持ち悪いリアクションを見せる人がいると、得てして人は冷静さを保てるというもの。彼は私のおかげで発狂しなかった。

十八禁コーナーは狭かったけれど、エロゲーは思いのほか量があった。近くのAVの棚ではぁはぁ言っているおじさんがマジでいたのはおいといて、そんなに関係ないといわんばかりに私は興奮していた。
全年齢で言語化するとアウトなものから、有名作も多々あった。

そして何より驚いたのが、某有名ゲームブランドの同人時代のゲームも売られていた。月〇関連ってだけでレアすぎないか?「あなたを犯人です!」。今振り返ってみてあれって型○公式のヤツだったかどうか怪しかったけれど、公式が病気なのは今に始まったことではないし判然としないのが現状だ。

ともかく、私はできるだけ最近発売されたエロゲーを購入しようと考えていた。けれど『某十八禁版日本語で遊ぼう』みたいな作品は有名すぎるので、購入対象外であった。もっとも、その作品は無かったのだけれど。最近のエロゲー界隈では大人気だったしな、アノ問題作。中古品になっていないあたりご察しだ。

そのクセ、ゼロ年代の作品が当時のパッケージで棚に並んでいたのは驚きであった。
くそデカイ箱に入った伝説的作品の限定版が三千円以下という安価で並んでいたりもした。

ただ、それらほとんどが、私がその当時利用していたパソコンのバージョンに対応していない作品であった。
昔やった古いシューティングゲームなんかも、パソコンのバージョンに対応していなかったせいか、正常に起動できなかった、なんて経験もあった。
そういった過去のことを考えた結果、私はゼロ年代の作品は大方パソコンに対応していないから、結局購入しないことにした。

新しい作品とともに、昔の名作も同時購入したかったけれど、プレイできないんだったら仕方がない。
コレクター精神からか手に置きたい衝動はあったものの、金欠気味だったから、買わなかったのであった。

と、左様なドラマを私の脳内で繰り広げていたところ、ミチルが声をかけてきた。何やら薄い本もこの店では置いてあるらしかった。
彼に誘われてついていくと、何やら見覚えのある絵柄がたくさんあった。

ミチルは当時、自分のパソコンを所持していなかったことから、同人誌を中心的に見ることにしたらしかった。
ともすれば手持ちの四千円でもちゃんと戦力になる。私は安堵を覚えた。
彼もまた私とは違った視点でエロの世界に興奮しているらしかった。もうね、手の動きで分かるよ。

しゅぱぱぱと、無駄のない動きで作品を漁るのは見ていて気持ちが良いほどだった。

けれど、其処に置いてあった作品は、まさしく主体がエロの作品ばかりで、私は言うほど興味がそそられなかった。性癖にストライクな絵もあったが、今の私は気分が違った。
今日は物語を楽しむのだぞ、という強い意気込みで来た私は持ち場に足を戻した。

───ではしばし別れを盟友。我はエロと人生が交差する世界へ、君はエロを心ゆくまで深く広く探究し、また、楽しみたまえよ……。

ミチルは純粋なエロと萌えを楽しんでいた。
私はそこに更にメッセージ性が内包されずしては興奮しない。

なんていうか、エロを楽しむスタンスに生まれる違いはこれまでの人生に影響するのだなって思った。

私は自分という人間がどうしようもなく気にくわない性分であり、また、色々と深くまで物事を考えて落ち込んでしまう、メンヘラ系男子だった。その辺が影響してか、私は細かくまで作りこまれた世界設計やキャラクターに魅力を感じるようになった。死にたいなんて空想を秘め事にして生き苦しんでいた私なのだから、変にエロに対しての考え方を拗らせていたのだ。

ミチルの高校生生活はどうであったかは知らないけれど、こうやってエロの観点で違いがでる辺り、私とはまた一味違う高校生活をおくってきたのは間違いなかろう。

エロから見る人間性の分析はやっぱり面白いな。

───なんて考えながら、入口付近のエロゲーの棚を物色していた時のことだった。
十八禁印の暖簾が揺れ動く。視界の端に、私よりも容姿の整った青年が映った。
私はそれを無意識に認識しつつもゲームを眺めていたところ、視界の端の彼が、どたどたと、あからさまに動揺したかのような動きをしてみせた。体の動きはオーバーで、後ろに倒れ込むんじゃないかと思うほどの勢いだった。転んでいなかったから安心した。

思わず私は笑みがこぼれた。
きっと彼もこのエリアには初めての入場だったのだろう。
入っていきなり他人が目の前にいたから驚いたのだろう。

その青年はきっと初心で、つい出来心で、後ろめたさがありつつも、衝動が抑えきらずに、入店しちゃったんだろうな。
それで、変に気持ちが高ぶって、緊張して、勇気を出して暖簾を通ったら、人がいてびっくりしちゃったんだろうな。分かるぜ、その変な罪悪感。
私は心の奥底でその青年に「若いな」と微笑んだ。もっとも、私は十八歳になって初日だったから、彼は私より若いなんてこと、ないんだけれど。

彼の行く先は目で追わなかった。でも、たぶんそういうグッツだとかビデオを見に行ったのだろうなと推測した。
私はミチルと、そのコーナーをその後見て爆笑したりしたけど、話の都合上割愛させていただく。



***



私は結局エロゲーを二つ買うことにした。一つはミステリー系エロゲーで、もう片方はキャラ性とシナリオ両方が評判のブランドの作品だ。

会計口までその二作品を持っていくと、会計口は客の顔を店員に見せないように工夫されていて驚いた。身分証明書も一応準備していたのだが、どうやら必要なく、さらりと会計は終了した。
私は先ほどの青年と違い、文芸作品を楽しむという気持ちだったので、変に緊張せずに購入を済ますことができた。罪悪感なんて空っぽだった。

ンで、ミチルは当初の予定とは変わって、エロゲーを買っていた。

ミチルに話を聞くと「これだけは絶対に欲しい作品だった」とコメント。
パソコンは月末に届くらしく、それまで辛抱するらしかった。

ただお金の都合上、同人誌は購入できなかったらしく、ちょいとしこりが残ったそうで……「バイトしたらまた一緒にこようぜ」と言われた。
私は満面の笑みで首肯した。

私たちはルンルンと暖簾を通って退場するのであった。

───ただ最後の最後で私は忘れられない恐怖体験をした。
暖簾を超えたあたり、銃に興奮しているミチルの横でぼそりと私は呟いた。



「なんかあのおっさん、私が入場してから退場するまでの間ずっと同じ棚漁っていた……」



そんでもって私とミチルが暖簾の奥の世界に滞在していた時間は一時間とちょっと。しばしばあのおっさんは同じ棚を前に興奮の声を漏らしていた───。
知らなくても良い世界はあるのだなと、その時私は思い知らされたのだった。



***



私とミチル二人はそのまま駅まで真っ直ぐ向かった。
お互い片手には黒い袋が。中にはエロゲーが隠されている。

そんな状態の中、平凡な街並みを二人でルンルンと歩んでいた。

あんまりにその状態がおかしくて、私とミチルは笑いを漏らす。



「パッと見この袋の中って日用品だとか、大判の小説が入ってるようにしか見えんよな」



私がそう言うと、彼も同調した。くだらない会話が弾んだ。

エロゲー買った帰り道、私たちはまだ冬の寒さが残った街を歩いていた。
なんてことのない、これまで高校生活を過ごしてきた街に、ちょっとだけ異端な私たち。
ちょっとだけ奇抜なものを片手にぶら下げているのは確かだけれど、それだけで、なんだか変に嬉しかった。



「久しぶりだな、ここまでゲームにワクワクするのって」



ふと、ミチルは本日の感想を漏らす。
私はその言葉に昔日の心を想起した。

小学生の頃、新しいゲームを買うと、その帰り道は期待に胸を膨らませてはわくわくしていたものだった。
帰宅の道中には、早くこのゲームをやりたいという純朴なる幼心が足を急かしていた。あの時分の私はもういなかった。私は穢れてしまったのかもしれない……。



「…………」



だが、果たして早計に結論付けてもいいんだろうか?
こうして一日を通してエロの世界を見てきたものの、私は自分がまだ変化の最中にいることを知った気がする。
現に、こうして手元のエロゲーに対する期待というのは、幼き日の私と重なるところがあった。

変わっているようで変わっていない。
過去と今の自分は寧ろ、ズレているだけだったのかもしれない。

エロの世界に飛び込んで、新たなる世界に飛び込んできた我々だったけれど、暖簾の先にいたのは、純朴なる青年だったり、心底気持ち悪いだけのおじさんだったり。
純朴なる心や腐りきってしまった醜い心だって両立していたのが、私がかつて憧れていた世界の真実。

思ったより俗っぽく、日常の延長線上の世界でしかなかった。

そして、その世界に本日いた、青年とおじさんの、二つの正直すぎる魂は、高校生時代の私と今の私も持っているものであった。

その光景を見て私は何を感じ取ればいいんだろう。わかんない。
ただ、こうして今が未来にズレていく感覚というのが堪らなく気持ち悪くて仕方がなかった。



***



帰りの電車。
車内には一・二年の高校生が散見された。

私たちの現在の身分は、三月中はまだ高校生で、けれど、もう卒業はしてしまっていて、半端な身分というのが適切だ。

私とミチルがエロゲーの会話を、より婉曲的により小さな声でぼかしながらしていたところ、私の対岸の席に一人の女子高校生が腰を下ろした。
私はしばし、彼女に見惚れた。

制服を見た感じ、私とミチルの通っていた高校とは違う生徒であり、見覚えのない女の子であった。

ストレートロングの髪の毛と、少し幼げな顔。
合法ロリが好きな私としては、性の対象であった。



「───」



しかし、今の私は半端な身分である。高校生というわけでもない、大学には進めるけれど高校時代には帰ることのできない身分なんだ。
そんな私が、彼女に性的な興味を示すという自分自身に気持ち悪さを覚えた。

聞き慣れた、電車のアナウンスとともに電車は出発する。

揺れる、電車、私、女子高生、ミチル、世界、境界、身分、目に見える感ぜられる全てを抱えながら電車は動く。何かが女子高校生とともにズレていく……そう、感じる。

よく聞く話、大学生と高校生と付き合っているというのは世間体があまりよろしくない。
私が今覚える性の心も、世間の人々からは唾棄されるのかもしれない。

こうやって自分の中で変化しそうでしない何かを抱えながらも、着実に世間体の私の身分は変化してゆく。

ただ心はなんとも半端で、まだ、高校生の気分が抜け落ちていなくって、しかし時間と私の心はズレていく。

聞き慣れたアナウンスに朝覚えた違和感は、こういったズレを無意識のうちに認識していたからかもしれない。

変わらない心は確かにある。でも変わっていかなくてはならないものもある。それこそ、高校時代に抱えていた闇は変えていかなくてはならないものだが、エロゲー買った帰り道に思い出した幼い心を失ってはいけない。なんと面倒くさい生き物なんだろうか、私。

高校時代の病みはもうない。それは昔に棄ててきた。
その過去と今の差異に戸惑っていたので、私は電車のアナウンスに違和感というズレを覚えたのだ。

ともすれば、こうして変わっていく世間体と私の心。女子高校生に性的な感情を覚えることに、私はそのズレを覚えている。であれば、私はその性の心を失わなくてはならないのか?
高校時代の闇とともに、過去に棄ててこなくてはいけないのだろうか?



「……」



そこで私は思う。エロゲーは高校を舞台に扱った作品が多い。ストーリーとキャラクターの構成を大事に取り扱っている作品ほど、多くその傾向は見られる。(主観)

エロゲーってのは作者の人生が詰まっている。性というきわどい精神が詰まっている。

私はそういった作品を高校生の時代に熱狂的に愛していた。今も愛している。

でも、なんで高校生の時の私はそういった作品に強く惹かれていたのか分からなかった。
───でも、今なら分かる気がする。

高校生活に闇を抱えてきた人間たちが、こうした、エロゲーをリリースし続けているというのは、忘れてはならない、青春時代の性的な視点を、作品に残したかったからなのではないか?
彼らエロゲーのシナリオライターが私ほど幼稚な悩みを抱えていたとは思えないけれど、でも、私のように青春時代に強い感情を持って、ソレを忘れないように、彼らはエロゲーを書き続けているのではないだろうか。

世間ではダメなことだと、嫌悪されるべきコトだと思われるのが当たり前だから、彼らはその楽園のような世界を、十八禁というコンテンツに設けたのかもしれない。思い出の詰まった世界を創ったんだ、彼らは。

───私もまた彼らに似て、青春時代の性と闇を無きモノにしたくなかったのだろう。

そう思うと、棄ててきたと思っていた、高校時代の私の負の側面でさえも、今となっては名残惜しい。

揺れる電車の中、それでも前に私は進んでいる。こうやって、失いたくない気持ちを、誕生日(今日)という日に、結局棄てられなかったのに───。



***



電車はそれから私たちの街に停まった。
私とミチルは、出口へと向かって歩を進めた。

私たちは人に生まれたのだから、それぞれの道を進んでいかなくてはならない。

”失いたくない気持ち”は失いたくない。
たとえ、それがズレているものだったとしても、心の奥底では愛していたい。

空にはもう月は浮かんでいた。欠けていて、半端に月は輝いていた。

そういえば、今の私の創作スタイルの原点は満月にあったのだなと、振り返る。
記憶を振り返ることで感ずる白昼夢に似たふわふわ感覚の中、私は手持ちの袋を見守る。で、ふと思った。

───エロゲーはいわば夜空に浮かぶ星のようだ、と。

忘れたくない、記憶・感覚を輝かしい物語にして、輝かしく表現する。
過去の思い出を残光にして芸術と為す。
私はソレをアルバムのように想った。



「───」



エロゲー買った帰り道、私は袋の中のエロゲーたちに、心の中で敬礼し、いつもと変わらぬ道を進んでいく。
この大きな箱の中には、どんな宝石が詰まっているのだろうか───なーんて乙女趣味とかいう柄にもないことを考えてしまうくらいには、今日の私は気持ちが良かった。

私もそんな作品をこれから書いていければな、と思った。
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