黒髪の君

文字数 766文字

 新しいクラスの座席は出席番号順に並べられていた。
 席に着いて驚いた。
 前に座る女子の、背中まで伸びる美しい黒髪。

 俺はその髪に触れてみたい衝動を必死で抑えた。

 数日後、出席番号順に並んだ席は席替えのくじ引きでランダムに並べ替えられた。
 黒髪の(きみ)――中田(かおり)さんとは席が離れた。

 俺、中山(さとる)、高校二年の春。

 ☆

 離れてしまった席から中田さんを観察する。
 中田さんは眼鏡の山本さんと仲がいいらしい。山本さんとは去年同じクラスだったから話したことがある。確か読書が好きな女の子。中田さんも読書が好きなのだろうか。
 山本さんがいない時、中田さんは文庫本を読んでいた。やっぱり読書が好きなんだな。
 山本さんは茶道部だったはず。中田さんも茶道部かな。

 その読みはあっさり外れた。
 HRの自己紹介で中田さんの口から出た言葉は

「ワンダーフォーゲル部」

 俺は耳を疑った。
 ワンダーフォーゲル部? そんな部活、うちの学校にあったっけ。何をする部活だ?

 ☆

 放課後のグラウンドは部活の準備で徐々に賑やかになっていく。
「なぁ和也(かずや)、ワンダーフォーゲル部って知ってる?」
 中学の頃からこだわりの黄色いスパイクに足を入れながら和也は答えた。
「知ってるよ。雅紀(まさのり)が入ってるじゃん」
「え⁉ 雅紀って中学の時、バスケ部でブイブイ言わせてた、あの雅紀⁉」
 俺は思わず立ち上がった。
「そうだよ。山に登ったりするんだろ。よく知らないけど、去年の体育祭のクラブ対抗リレーでテント(かつ)いで走ってたじゃん」
 
 体育祭のクラブ対抗リレーはエンタメ性を追求した部活紹介。
 そういえばテント担いで走ったやつがいたな……。あれが雅紀だったのか。
 そしてあのリア充の典型のような雅紀が中田さんと一緒の部活……? 山登り⁉ じゃあ雅紀は中田さんの手を取ってあげたりするのか⁉

 俺の妄想は暴走した。


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